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三流以下の男ってこんな感じ

話せば話すほど気分が悪くなる男だなと心底思った。

話したあとに、本当に胸糞が悪くなる。三流の男っていうのはこうなんだなと痛感した。そして、三流以下の人間が集まる場所っていうのは、とことん腐った場所なんだとも思った。

 

仕事で出会った45歳の某会社の営業マンと話をする機会があったんだが、残念すぎて文字通り吐き気すらしたんだよね。

その男はこんな感じだった。

口を開けば会社の愚痴と批判、同僚の悪口ばかり。Twitterに蛆虫のように湧くガキじゃあるまいし、誰がむかつく、会社のやり方は間違ってる、管理職はみんな入れ替えたほうがいい、そればっかりなわけ。

 

「じゃあ辞めたら良いじゃないですか。仕事なんて沢山ありますよ?」俺は我慢して言った。

「いやあ、それでも頑張るつもりだけどね、オレは」とそいつは言う。

じゃあ言うなよって話だけどさ。典型的なサラリーマンなんだろうね。俺には全くない感覚をお持ちのようで。

魅力が全くない営業マンだった。45歳だと聞いて、さらにびっくりした。実年齢より老けて見える。髪はボサボサでだらしなく、スーツもどこかの量販店で買ったものらしくて全体的にみすぼらしい。きっと29800円みたいなもんだろう。センスのないネクタイも小紋柄の刺繍の糸が解れて毛が飛び出している。顔の肌も乾燥してところどころ赤くなり、目も充血している。

緊張感がなく、他人に人生を依存して生きている男の典型的な見た目だ。東北新幹線に乗るとこういう外見をしたサラリーマンがたくさんいるよ。会社の金で移動しているくせに、席でビールと安いツマミを喰らう乞食サラリーマンな。

 

俺に対して、俺の仕事のことを色々質問してくるので、あー嫌だなーって思った。だから俺は全部てきとーな嘘を教えてやった。そもそもさ、他人の仕事について質問したいならそれなりの礼儀がある。

教えてもらうってタダだと思ってんだよ。言っとくけど情報はタダじゃない。タダで教えてもらえるのは、俺の女だけだね。俺が寵愛する女だけ。当たり前だ。

いい年したおっさんが俺にズケズケ聞いてきても、俺は嘘しか言わないし、それにどうせ聞いてもそれを活かすこともしない。ただのカスだろ。

参考になりましたくらいのことを言うのもこういうカスリーマンだ。嘘でも押し付けとけば十分。その通りのことを仮にやったら必ず業界人として死ぬ。そういう情報を提供しといた。

 

でもさ、あんまりにも三流すぎて逆に興味すら湧いてしまって。こいつに質問してみた。こいつの胸糞悪さの源泉はなんなんだろうと思ってさ。

 

「○○さん、あなたは何のために仕事してるんですか?」俺が質問した。

答えは即答だった。

「金ですね。オレ、プロですから。」

 

はあ・・・プロ。しかも、金、ですか。

 

たしかにね、プロとは報酬でしか評価されない存在だから、報酬額に徹底的に拘るのが当たり前だよ。俺もそう。報酬額にとことんこだわって仕事している。

でもな、少なくとも俺はこいつとは違う。だからもう少し訊いてみた。

 

「その金を何に使うんですか?」と俺。

「物欲と老後資金っすね」と三流リーマン。

 

もういいわと思った(笑)すげえな。こいつその年になるまでどうやって生きてきたんだ。あまりにも安っぽい。こいつの本質が、物欲と老後資金とはな。いやあ、すげえわ。

18歳の時から、ときどきこういう三流以下の人間を見る。夜の世界には文字通り蛆虫がたくさん湧くんで、三流どころか死んだほうが良いような人間のクズが沢山いるんだが、こういうサラリーマンはまたそれとは違うクズさだよ。

 

俺が教えてやるよ。

俺がいままで沢山見てきた超一流と呼ばれる本物のプロ達は、全員、評価としての報酬を目指しているが、「なぜその仕事をするのか」という本質の部分もはっきりと共通している。

それは「他者への貢献」とか「社会的な意義」とか「○○を変えたい」っていう、使命感がはっきりとあるんだよね。

金を稼ぐ、それはビジネスの基本だし、徹底的に追い込んでいかなきゃならない実務だよ。それはそれでハードな戦いだ。金を稼ぐことから逃げる人間はプロにはなれない。

でもそれの根本にあるのは、使命感の部分。使命感がない人間がいくら金を稼ごうとしても、結果は難しい。

なぜなら、吐くほど疲れてもういい加減寝ていたいって思うときでも、またネクタイを締めたり作業服に着替えて出かけていくのは、自分には使命があると思えるからだよな。自分の金だけを目標にしてると、疲れたときに簡単に休むようになる。

人は、不自然な努力を重ねて成功を目指すより、貧乏に慣れたほうが楽な生き物だからだよ。

 

それに、使命感なく金の目標を達成したとしたら、そこで簡単に休んでしまいさらにその先に行こうとしなくなる。

親が常識的な収入のサラリーマンっていう普通の家で育ってるなら、金にたいしても欲望は必ず上限がある。だってそうだろ?来年あたり二億円のブガッティ・ヴェイロンを欲しいと本気で思える人間じゃないだろ?だとしたら、金を目標にしたら、かなり低いところで行動が止まってしまうはずだ。俺もそうだ。貧乏な育ちの俺が金を目標にしたら、せいぜい月収50万円くらいで満足してしまっただろうな。

 

そうじゃなく、もっともっと仕事しなければと毎日思えるのは、使命感の部分だと思うよ。

 

青臭い使命感の部分を馬鹿みたいにたくさんの人に話すことで、そのひたむきさに支援者が増えていく。その仕事ぶりに本当に感謝するひとが増えていく。だからビジネスが自分の想定を越えて運命的に回転していく。当然、マネーの部分でも目標を達成できるようになる。マネーが自分の力で稼げたものではないと心から思えるようになる。

そして文字通り、幸せに成功するようになる。その幸せは、サラリーマンの幸せとは全く異質のもんだけどね。24時間幸せに仕事に没頭できるっていう意味だよ。幸せに朝5時から仕事を始められるっていう意味だよ。矛盾するみたいだけど、仕事に没頭しながらも家族や恋人との時間も自由に持てるのも幸せな成功のあり方であって。

 

金と、使命感っていう2つのものが同時に高速回転する人間は、必ずオーラがある。いやでも垂れ流してるよ。

俺の師匠も、先輩たちも、みんなそういう人間だった。俺もそうありたいと思ってる。エロの世界ですら、プロっていうのは使命感に突き動かされるやつらだった。

もちろん、このブログだって、誰かの人生にわずかでもいい影響が与えられたら良いと思って2007年から書いてる。誰かの救いでもあろうと思ってる。もちろんプロの世界の使命感だから、ゆとりのガキどものような甘っちょろい意味ではないけどね。

 

物欲と老後資金とか言ってる三流の男には、俺は人生をかけてまで支援したいとは思えない。対等に話をしたいとも思えないし、時間を一秒でも費やすのはお断りします。

 

三流は結局三流のままなんだろうね。

 

The Journey To The Heaviside Layer

明日で東北の震災から6年になります。

大切なご家族や友人を亡くされた方も多いと思います。俺を含めて、俺の周りでも身近な人を亡くしている人がとても多くいます。

明日は、無念にも志半ばでこの世での人生から旅立っていった人たちの人生そのものに、心を寄せる祈りの日でありたいと思っています。

 

震災の当時のブログを読み返すことはないが、あの頃、マスコミが垂れ流す美談の数々に激しく苛立っていたのを覚えている。まるで安物のドラマのように、安っぽい感傷を強調しては感動物語を作り出そうとしていた。

覚えているのはテレビ番組で、安っぽい音楽とともに、”救えなかったあの人がいる・・・”なんていうテロップが流れていた。お涙頂戴の感動ストーリーがそんなに欲しいのかと。

または、父親が行方不明になっている幼児が急に立ち上がって、”これからオレがみんなをまもる!”と言ったとか。

レイプや略奪などの混乱はなかったとか、ね。あったけど。

最近も何も変わってない。6年間、行方不明になったままの子供を探して海の砂を発掘作業のように濾して骨を探そうとする父親の話を報道していた。悲しみに打ちひしがれ戦う父親の姿の姿を淡々と報道するのかと思ったら、変な作家まで出てきて人間の美しい姿だと感傷的に持ち上げる有様。

震災から6年過ぎても、寒気を通り越して恐怖すら感じる。このマスコミのあり方に。

 

それの何がダメなの?って俺もよく言われる。そういうの好きな人がいるんだからいいじゃん、って。感動物語だろうと悲しんでる人に共感するのはいいことでしょ?って。ダメなの?って。

 

ダメなんだよ。俺は騙されない。俺は嘘を素直に飲み込んだりしない。俺は世間のイージーな誤魔化しに迎合などしない。

真実はそこにはない。そういう形では存在しない。悲しみも苦しみも、マスコミのフィルターを通すだけで歪む。それに無自覚なままでは、いつかマスコミに煽られ世間に流され、集団ヒステリーに陥るだけだ。

 

俺の身の回りでは昔から死んでいった人間が多い。普通の45歳ではあり得ない死人の数だと思う。病気、事故、自殺。いろいろ死に様はあった。目の前で心臓の鼓動が打つのを止め、何かが抜けるようにゆっくりと人生から去っていく姿を、何人も見た。壮絶に苦しむ人、静かに逝く人、いろいろ。

死というものには何の意味もないが、それをどう理解しようとするかっていうのが、残された人の生きざまなんだよな。そう思えるくらいに、リアルに沢山の死と向き合ってきたと思う。

 

マスコミの垂れ流すお涙頂戴のメロドラマ性は、きっと死を知らない人たちの感傷のせいだと思う。

そして死を知らない人は、きっと生きるということがどんなことなのかも考えたことがないだろう。

 

もし、何のお別れも言えずに大切な人が去っていった時。きっと俺やあなたは激しく混乱するだろう。恋愛ですら突然別れてしまうと混乱する。その数十倍の規模でコンフュージョンする。

その時、その死という現実を受け入れるのにどのくらいの時間がかかるだろうか。そもそも受け入れるということがどんなことか分かるだろうか。

きっと、何年も何年も受け入れることができないかもしれない。津波のときのように、家族が死んだことを受け入れられず、でも骨を探し続けることが自分の使命だとすり替わってしまう人もいる。

亡くなったのは分かっているけど、いつまでも失踪届を出したままの人もいるだろう。葬式をやらないままの人もいるだろう。

そういう感情ってきっと誰でもある。その人にしか分からない感情があるよ。

 

でも、まともな人ならやがて気づいていく。どんなに自分の思い出が理不尽に奪われようとも、それを静かに受け入れていくときがやってくる。

自分の思い出を大切にしたいと思うのなら、そして自分の家族や友人を愛しているというのなら、自分の「納得」や「感傷」よりも、あの人が間違いなく生きていたということに思いを馳せてあげることが、尊厳というものじゃないのかなって、気づいていく。

骨をいくら探しても、それはいつか自分の生きがいにすり替わる。

死を認めなくても、それはいつか自分の意地にすり替わる。

そうじゃなくて、静かに思い出と向き合って、あの人の、あの子の人生がたしかに存在したんだと強く認めてあげることが、「受け入れる」ってことだと俺は思うんだよね。

 

仏教だとしたら、葬式という儀式は、去っていったその人の人生に思いを馳せて認めるという尊厳の意味があると思う。それによっって「成仏」というファンタジーを遺族が与えられ、心を落ち着けていくことができる。

キリスト教だとしたら、魂が天に召されたあとは、人の身体は入れ物でしかなくなる。入れ物にこだわるのではなく魂を認めてあげることが、その人が確かに存在していたという尊厳を守るということになるだろう。

 

そこに気づいていくのは人それぞれ時間差がある。何年もかかる人がいるのは当たり前。何十年、もしかしたらそのまま人生を終えてしまう人だっている。

それはものすごく不幸だと思うんだよね。

大切な人がいなくなったことを受け入れることができれば、恋愛だって元の彼氏や彼女の幸せを願うことができるようになるだろ?それと同じで、受け入れられなきゃ、自分も亡くなった人も、不幸なままだ。もっと厳しく言えば、受け入れることができなければ、亡くなった人の尊厳を踏みにじるのと同じことだとすら思う。

 

その受け入れられていないコンフュージョンの状態を、面白おかしくお涙頂戴物語にするマスコミはキチガイかよと思う。

すくなくとも、混乱が何年も続くのであれば、それはPTSDすら心配してあげるべきであって。それをエサにして感動物語を仕立てるのは、人間としてあってはならないゲスな行為だよ。

絶対に、混乱が続く姿をテレビで流しちゃいけない。感動物語にしてはいけない。混乱の中、おかしいことになりながらもがいている姿は、客観的に取材すべきで。美しい姿だなんて誰かの主観を押し付けるべきじゃない。

 

思考停止してマスコミの安っぽい感動物語を見ているのではなく

死んでいった人たちにそれぞれかけがえのない人生があったことに、思いを寄せてあげること。

まだ受け入れることができずもがき続ける人の戦いを、お涙頂戴を抜きにして静かに見守ってあげること。PTSDのような病的であれば救いの手を差し伸べてあげること。絶対に感動物語のエサにしないこと。

 

自分にとってかけがえのない存在だったその人を、静かに認めてあげる行為は、自分にしかできないことだよ。

 

命日っていうのはそういう日であるはずだよね。Heaviside Layerに旅立っていった人に永遠の命を与えるのは、残された人の思いを馳せる力だと俺は思ってるよ。

 

 

 

夜の街に巣食うファザコン女の精神病理

夜の世界に限らない話かもしれないが、実は夜の仕事の女性にものすごく多いのが「ファザコン」。

誤解がないように言うけど、ファザコンといっても「年上の男性が好き」とか「年上の男性にしか恋愛感情を持てない」とか「父性や包容力を感じさせる強い男性が好き」という意味じゃない。それは狭い意味でのファザコンであって、本物のファザコンっていうのはほとんど病気だと思ってる。

 

その本物の深刻なファザコンになる女は、夜の街に病的に巣食うことが多い。たとえばデリヘルで深刻な不祥事を起こす女の一定割合は、絶望的なファザコンが背景にあるんじゃないかな。本番とか店外とかの問題な。

 

絶望的なファザコンっていうのは、つまり「父と娘の共依存」ってことだよ。

(あ、共依存っていう言葉は学術的な用語としては使ってません。学術的に語りたいかたはどうぞここではなくお仲間と語り合ってください。ここは気に入らないとおもいますので。)

 

父と娘の共依存っていうのは、文字通り父親は娘に、娘は父親に依存している状態のことだよ。

多くの場合父親は精神的に成熟してないことが多く、娘に対して自分の支配下に起きたがる。自分が不安に思うことはさせない、自分が不安に思わないような行動だけを許すようになる。いわゆる過干渉だよね。

たとえば、彼氏が出来たら行動の全てを知りたがる。帰りが遅いと父親は半狂乱になり怒鳴り散らす。昔いた嬢は高校を卒業すると青森の八戸市ってところから仙台にある専門学校に進学した。そのとき、父親は寮やアパートに入ることを許さず、八戸から仙台まで毎日新幹線で通学するように求めたらしい。片道400キロ。新幹線往復で18000円はする。娘もそれを不満に思わず、毎日新幹線で仙台まで通ったが、3ヶ月もしないうちに中退した。当然ながら父親は金が続かなかったし、娘も学校で友達が出来なかった。そもそも学校に行く意味が最初から理解できてなかった。

 

しつけを通り越して過干渉になり、それを通り越すと病的な共依存が生まれるんだよ。

この娘はその後父親の顔色ばかりが気になる大人になった。父親の表情が曇ると激しく動揺する。自分がやりたいと思ったことは全て父親に反対される。男と付き合うな、外泊するな、18時には家にいなさい、誰と会うのかどこにいくのかお母さんに言ってから行きなさい、なんて調子でね。

そもそもそういう育ちをしているから、自分がやりたいことなんてセックスくらいしかないいわけだよ。もう少しソフトに言えば、恋愛がしたいと。恋愛じゃないな、「彼氏と付き合ってる」という状況を手に入れたい、かな。

父親に呆れられながらも、その当時流行りの厚化粧をして、派手な服を着る。オシャレに興味があるので、ファストファッションの安い服を大量に買う。高校の同級生だった女性の彼氏と偶然街で出会い、その日のうちにその友達の彼氏とセックスする。その男が二股をかけることを黙認して、同級生の女性に知らない顔をして過ごす。

男は派手でそこそこ可愛い女に夢中になる。生活感がなく、オシャレで、愛想がよく、頻繁にプレゼントをくれる女にぞっこんになる。

でも、そのうち、この女のポンコツさがバレていく。男とラブホに入ったとき、父親から電話がある。「今日は何時に帰るんだ、今日はおとうさんが夕食を作る、17時半には帰れるよな?」

ほんとは18時には帰ろうとしたんだが、17時半だとそんなにラブホにいられない。そう思うと、どうしていいか分からなくなる。過呼吸になってきて、動揺する。男はどうしたの?って訊くんだが、女はヒステリーを起こし「もう帰る!」と泣き叫ぶ。そして、男を置いて、勝手に1人で歩いて帰ってしまう。

男はびっくりして、女に電話をするが出ない。1時間待ったが帰ってこないので、精算して1人で車に乗って帰る。男を置いてきぼりにして、自分は父親の前で良い子になって家族団らん。

その日は絶対に電話に出ることはない。

夜になって男は、自分の彼女に電話する。彼女は自分の仕事を持つ自立した女性だ。ほんの20歳だけど、自分のアパートの部屋も借りてる。生活は楽じゃないけど、やりくりをして生活をしている。

「どうしたの?元気ないね?」と彼女は言う。浮気してるなんて知るわけもない。男は自分を激しく恥じると同時に、この慣れた彼女の自立した女性としての魅力をまた思い知る。そしてあの女とはもう会わないと決める。

女は次の日に電話をかけてきたが、男はキミとはもう会わない、彼女の良さがよく分かったよと告げる。女はヒステリーを起こす。

「男はみんなそう!死ね死ね死ね!レイプされたって警察に言う!レイプされそうになって1人で逃げたって言うから!ホテルの防犯カメラに残ってるはずだから!」

キャンキャン言うよ。

男は、こんな女とセックスして彼女を裏切った自分を激しく恥じる。

 

女は恋愛など決まって3ヶ月で破綻してしまう。しかもそれは全て不倫か浮気なんだ。原因は、すべて父親との共依存だよ。

娘は父親にとっていい子でいたがるから。父親に嫌われたくないから。だから父親が最大の優先事項で、それ以外はカスになる。

だから、不倫か浮気ばかりする。男を父親とは違う存在として恋愛し、人間関係を築いていこうとする気持ちを知らないから、カスらしい存在を無意識に選ぶ。自己重要感が低い女が、わざわざ自分より格下の、馬鹿にできる男を選んで付き合うのと同じ。カス男をわざわざ選ぶようになる。そう、この女が、彼女を裏切って浮気するような男を好んで付き合ったのはこの理由。

 

父親の機嫌が悪くなると取り乱して、彼氏を山の中に置き去りにしてでも父親のもとに走っていく。まともな人間関係を築くなんて絶対にできない。恋愛も何か知らず、結婚もできない。不倫相手が夢を見て結婚したいとか言いながらセックスするのが関の山だ。不倫相手が、お前と子供を作りたいとか寝言言うのに酔うのがせいぜい。

 

こういう女は、必ず一定数が風俗嬢の面接にやってくる。主体性も感受性もポンコツだから、「知り合いに誘われて」っていう他人のせいにしてやってくる。

父親には「男を知らないいい子」を演じながら、風俗店の面接にやってくる。

こういうのはすぐ分かるよ。男の俺を見ると、くねくねくねくね媚を売るから。このクネクネに夢中になるモテない既婚者オヤジがどれだけいるか。モテない男は、こういうのにすぐ騙される。

 

仕事をさせてみるとロクでもない。客と本番する、客と店外で会う、客と店外で3Pする。やりたい放題。しかも夜はお父さんが厳しいから仕事しない。全部昼。そういうめちゃくちゃするのが全部昼間っていう異常っぷり。

最初はクネクネして媚を売ってるこういう女は、そのうち豹変する。気に入らないことが少しでもあると、自分で判断できないので、とにかくキレる。行動を改めろと注意したりすると逆ギレするんだ。

警察に言う、ヤクザを頼んで殺してもらう、知り合いに殺し屋がいる、もうファンタジーすぎることを俺にまくし立てる。

 

でも俺は言う。こういう女は沢山見てきたんだ。

「お前のオヤジに全部言うからな」

 

これで終わりだ。お父さんは関係ないし!ってキレるんだが、言い続けると土下座して謝る。ほんとに。

お前のオヤジに風俗店で働いて客と本番して店クビになりそうだって俺が電話かけて言うからな。その言葉は死刑宣告に近い。

 

アキラというカスに、父親という最優先の人間関係を蹂躙されることの恐怖な。

 

こういう父親共依存する女は、夜の世界は山ほどいる。

こういう女は、絶対にカス男としか付き合えない。同性の友達が1人もいない。不倫をしている。何かをきっかけに豹変する。キレやすい。嘘をつく。

これが男だと病的なマザコンにもなるわけだね。

 

自分の子供に依存すると、子供が簡単に風俗嬢になっちまうぜ?しかも風俗嬢ですらクビになるようなカスになるぜ?

 

断捨離とか言ってるのは、さえないおばさんばかりのワケ

さて、昨日のブログでの予告通り、今日は「断捨離」とか「ミニマリスト」ってもう止めませんかって話をしたいと思います。

 

特に男性のみなさん、断捨離って知ってる?知らない人多いよね。

中年女性に多いんだけど、持ち物を捨てて最低限のモノを大切にして生きていきましょうっていうことだよ。そういう生き方をする人を「ミニマリスト」って読んで、一部の中年女性は憧れるらしい。

断捨離断捨離うるせーよって思うんだけど、まあよくも買ったものを次々捨てますわ。

 

はっきり言いますよ。うんこ漏れそうなくらい気持ち悪いです。

なにがって、そのおばさんたちの未熟さが。

捨てなきゃならないもんはその服じゃなく、違うもんじゃないんですかって思う。

 

断捨離って言葉に心地良さを感じるとしたら、あなたは生き方を根本から見直したほうがいい。絶対にウンコだから。その生き方。

なぜ、自分の持ち物を捨てたがるかって、簡単なことだよね。

 

中年女性が、そんな年になるまで、自分とは何なのか理解できてないから。もっとはっきり言えば、自分を認めたり許したり評価したりすることから逃げているからでしょ。

だから、世間が認めている「これが幸せです」とか「これってステキだよね」とか「こういう女性って愛されます」っていう、誰か他人の価値観に依存する。インスタグラムでステキな女性がいれば、すぐその人の持ち物を真似して欲しがるよね。こういう中年女性は、インスタグラムに蛆虫のように湧いてる。「これ、わたしも持ってます!」とかコメントするおばさんがそうだよ。おまえが所有してるか誰も興味ねえから。

 

生き方そのものもそう。誰かが発信する価値観や世界観をそのまま欲しがるだけ。こうじゃなきゃダメ、こうじゃなきゃまともじゃない、こうじゃなきゃ幸せとは言えない、こうじゃなきゃ人から見て恥ずかしい、そればっかり。

 

でもどうだろね。その結果、当然幸せなんかないだろうよ。冷静に家の中を見ると、似合いもしない服の山。ナチュラルな生活に憧れすぎて、なんだよその浮浪者みたいなダブダブのパンツは(笑)

自分で嫌になるだけだろ。自分のことが。自分のクローゼットが。自分の家の中が。

 

自分じゃない誰かの価値観を自分に移植したがるのは、自分を認めていないから。自分を受け入れてないから。

ブスなのは知ってるよ。誰が見てもおまえはブスだよ。でも、ブスなのにさらにお前に似合いもしないどこかの女の生き方を真似してる姿がもう痛々しいよ。

 

だから断捨離ですか。だから断捨離というまた誰かの価値観を真似してリセットごっこですか。

今の気分は捨て捨てマンってだけでしょ。

 

それでミニマリストになります言われても、滑稽でしかない。

フランス人は何着かしか服を持たないみたいなどうでもいい情報を信じて、靴は3足しか持ちませんみたいなことを本気でやりだす。

しかしどうでしょうね。靴がそんなに少なかったら、すぐにボロボロになる。いくらお気に入りのものでも、日ごとに腐っていく。良いものを手入れして長く、なんて無理だよ。

本来、大切に使うっていうのは、気に入ったものを大量に持っていて、ローテーションで使っていき、登場する機会を減らすと長持ちするっていうのが本当のところだよ。

20足の靴を交互に履いて、一回履くと手入れして元に戻しておき次に履くのは早くて3週間後。そうすることで、本来は自分の好きなものに囲まれて快適に生きていけるはずだ。

それが3足しかなかったら、靴も服も手入れなんか絶対意味ない。

断捨離だのミニマリストだの言ってるような気持ちの弱い中年女性は、ボロボロになって飽きた靴を履き続けることなんかしない。だって自分がみじめに感じて死ぬほど苦しいから。

そんなにミニマリストがいいながら、おれの叔父さんはシャツを2着しか持ってなかったぞ(笑)2着とも洗濯したら着るのなくて肌着で家にいた(笑)しかも二着がボロボロになってた。ミニマリストってこれだろ(笑)

 

そして断捨離中年オンナは、やっぱり次には買う買うマンに戻ってしまう。

 

みんな、さえない見た目してるよ。そのとき流行ってる服は着てるけど、別にどうでもいい女にしかみえないし。断捨離なんかしなくてもお前の人生は捨てるほど何かを手に入れたようにも見えないし。

 

成功した女性で、断捨離なんて言ってる人は1人も見たことがない。

捨てなきゃならないものなんか買ったことがないから(笑)そんな選択をする生き方をしてないから。

リセットで何か逃れられると思ってんのは、いい年して生き方があやふやな気の弱い女だけだろ。

 

 

 

女子力なんてもう止めませんかね

俺の周囲には本当に優秀で成功した女性が多いんです。ほんとに、羨ましくなるくらい。くらいというか、羨ましいよ。

だいたい、30代後半以降の女性だね。

金銭的にも成功し、社会的ステイタスも高く、周囲から信頼も信用もされ、自立して、洒落ていて、そして美人で、性格もよく、頭もいい。

もちろん、地べた這うような下積みの日々が長いのは共通してる。社会の底辺から突き抜けてきた人達が多い。

 

そんな幸せに成功している彼女たちが、絶対に言わない言葉がいくつかある。

 

「女子力」「女を磨く」

「断捨離」「ミニマリスト

「可愛げ」

 

このうち、女子力のことについて話そうと思います。明日は断捨離について書きます。

 

女子力って何かっていうと、Wikipediaではこうある。

輝いた生き方をしている女子(一部の男子)が持つ力であり、自らの生き方や自らの綺麗さやセンスの良さを目立たせて自身の存在を示す力男性または女性からチヤホヤされる力。」

だそうです。

たとえば、誰にでもニコニコしてて?気配りができてて?料理が上手で?フェミニンな服のセンスで?美人で?ぽわーんとしてて?男性から大切にされてて?女性からも一目置かれてて?周りを幸せにできるとか?

そして、「幼さを魅力にできるひと」のことも女子力が高いと言ったりするよね。定義は様々だけど、まあ、こんなことを女子力というんだろう。

 

この女子力という言葉を、成功した女性が絶対に使わないのも頷ける。はっきり言って、軽蔑する言葉の一つだよな。

 

たとえば分かりやすく言うと、若い女性が1人で外国を旅行してみるとすぐわかると思う。男が1人で旅行するのと訳がちがう。見たり体験したりする世界が全く違う。

アジア人としての日本人が、1人で、たとえば某先進国の観光地ではない路地を無防備にうろついていたらどうなるかというと・・・その国で絶望的に差別されているであろう、英語もろくに話せない底辺で貧乏なアジア系移民がナンパしてくる。もう日本では見ることのない底辺以下の階級の人間がほんとにいる。女を見たらぶん殴って犯すことしか考えてない。

そして隙があれば複数人で女を連れ去ろうとする。運が悪ければレイプされ、顔が判別できなくなるぐらい殴り潰されてから殺され、ゴミ箱に捨てられる。またはかつて事件であったように、数週間麻薬漬けにされ何十人にも殴られ回され続けてから捨てられる。

発展途上国の話じゃないよ。先進国での話だ。平和な日本人の想像を越えてる。

そういう時に、いわゆる「女子力」など危険なことでしかない。ニコニコしてるのはニヤニヤしてるだけに受け止められ、おどおどしてる仕草は精神的な障害にすら感じられ、はっきり言えないのは弱さに受け止められるだけだろ。

必要なのは、人間のクズに対して「失せろ」と言えること。余計な干渉をする人間に警告すること。そして、無防備に危険な場所に立ち入ったりクズと話をする機会を持たないこと。だよね。

 

ほんの27年前、俺が高校生の時だって、知り合いの知り合いという怪しげなやつの自宅に行くことがあって、その時、2階の部屋で女が回される悲鳴が聞こえてた。悲痛な女の悲鳴と男の怒鳴り声、大勢の若い男の笑い声。日本でさえそんな時代があったんだよね。噂では、誰かの彼女らしかった。平和ボケして「男の子たち」にまじって遊ぼうと思った結果だ。彼氏は一発1000円で女に中出しさせてくれてたらしい。当然、数日は家になんか帰れない。ひたすら回され続けるだけ。1980年代の10代のありふれた姿だ。そういう結果死んでしまった事件もあったが、俺の周りでは死なないまでもありがちな光景だった気がする。

俺と友達は気分が悪くなって帰った。

女子力なんて何の意味もない。男に媚びる女、気配りが誰にでも通用すると思ってる平和ボケの女、他人の目ばかり気にする女は、間違いなく弱い女でしかなかった。弱い女は遅かれ早かれ狩られる。

 

それは女子だけではないが、生き残りをかけて戦う場所では、女子力や幼さなど危険でしかない。

必要なのは可愛げより、強さ。そして判断力。そして、相手を選んで笑顔を見せること。相手を選んで会話をすること。相手を選んで視界に入ることを許すこと。

この世の中には、差別よりも区別が必要だと自覚すること。

信用できる男には笑顔も気配りも存分に発揮するけど、それ以外のクズは徹底的に区別し突き放すこと。はっきりと拒絶し、嫌悪感を表現すること。

 

この基本的な考え方がないと、この日本ですら女性はビジネス社会で成功は絶対できない。

あえての笑顔、あえての気配り、あえてのパフォーマンスは必要だが、幼さや馬鹿さを隠さないと必ず食い物にされる。天然なんて思われた自殺行為だよ。

金っていうのは、弱いやつからいくら巻き上げるかだっていうのが正直なところ。いろいろ美しいことは言うけど、本質はそうだと思ってる。弱いやつって誰?頭の悪い男、田舎者、そして馬鹿な女。

狩りの標的であるはずの女性が成功するっていうのは、男以上に強さにこだわらなければならないと思う。

あのね、6年前の震災だって、レイプは多かったんだよ。略奪もあった。震災を政治利用する国会議員もいた。日本人の冷静さが海外から絶賛されてるって言ってたのは日本人だけで。

 

今後の日本だって、どんどん格差が進んでいくよね。去年、「サムライ」っていう居酒屋に入ったら、店員がインド人と東南アジア人の女性ばかりでびっくりしたけど、日本人の底辺は仕事をどんどん奪われていくと思う。

若いのに仕事にありつけない日本人は増えるよ。

もし不法の入国者が増えてしまったら?日本の近くの某独裁国家が崩壊したら?乞食みたいなのが不法に押し寄せたら、それこそ底辺の仕事は奪われたりレイプはし放題だろう。そんなことは起こらないと思ってるのは、女子力とか言って平和ボケしてるやつだけだよ。

 

昔、フランスで。絵葉書屋に入った俺を見て、店のオヤジが舌打ちをして露骨に嫌がったことがあった。絵葉書を買おうとレジに持っていってもしばらく無視する。ようやく会計をすると、釣り銭は乱暴にレジ台の上に放り投げる。それを見ていた違う客のオヤジがニヤニヤして何か俺をフランス語でからかった。

この逆のことは日本でだって見る。観光客のアジア系外国人を小馬鹿にする日本人はよく見る。牛丼屋のバイトのアジア人女性やコンビニのバイトのアジア人男性を、汚い作業服の男が「意味わかってますかー」とか小馬鹿にして挑発してるとか。それが白人だったら何も言わないんだろうよ。

日本社会だって確実にハードになってる。

俺はもっと呑気な時代に風俗店をやっていたので、よかったと思う。今後は次第に外国人客が増えると思うよ。売春婦なんて殺してもいいっていう宗教的な背景を持つ人間が客に来る可能性があるとしたら、俺はもう風俗嬢を守ることはできないな。

 

今よりも戦わなきゃ生き残れない環境になっていきてるのは、女だけじゃなく男も同じ。

 

こんな中で生き残るために必要なのは、女子力なんて平和ボケしたファンタジーよりも、強さだと思う。

 

間違ったプロ論の押し付けが、あんたを失業者にする

よくsuburbiaブログでは「プロ」って言葉が出てくるよね。

セックスにまでプロをつける有様だけど、よくまあプロって単語が出てくる。たぶん「クソ」の次に出てくるのが「プロ」、次に「愛」だと思う。

 

そのプロって言葉。一般の社会生活ではちょっと使い方に注意が必要だなと思う。または、プロって言葉を耳にしたら一回は冷静によく聞いてみたほうがいい。

 

結論を言うとね、間違った人が、間違った意味でプロを押しつけてくると、色んな人が不幸になるだけなんだ。

 

どういうことかというとね、こんな状況って想像できると思う。

 

たとえば、ファミレスの従業員だとして。ファミレスはファミレスでも、深夜になると底辺民がうじゃうじゃ集まってきて何時間も居座るような安い店だよ。ドリンクバーがあったりするところ。

当然、そういう客層だからクレーマーもいる。どう考えても従業員の自分は悪くない。落ち度がない。でも客はぷんぷん怒ってる。

普通に考えたらそういう客を店は切るべきだよな。

 

でも現実はそんなことは絶対しない。とりあえず従業員は謝る。頭ひとつじゃ足りないって言うから、店長も出てきて謝る。そして誠意見せろと言われて飲食代無料にしたりする。

問題はこの後。ウンコみたいな店長は従業員に言う。

「おまえはプロじゃない」と。叱責するわけだ。

 

プロはどんなお客様も満足させられて当たり前だ、だからおまえはプロじゃない、と言うわけ。

従業員は思う。

「プロってなんなんだ、辛いな」

でも店長が言うんだからと、「プロ」であろうとする。サンダル履きでレストランに来るような客に愛想を振りまき、何を言われても無理を通そうとする。クレームが来たら負け、クレームを起こす従業員はアマチュア、そう思い込まされて、必死に底辺客のご機嫌伺いばかりする。

そのうち、まともな客を待たせて底辺客の要望に必死に答えようとする。

 

そして必ず心が折れる。社会人として間違ったプロ論を押しつけられ、プロであることに激しく抵抗感を覚えるようになる。そして、頑張ってた仕事も辞めていく。

 

同じようなことって、何の仕事でもありえるよね。俺もあるよ。20代の始め、営業の仕事で理不尽な客を拒否したら、プロじゃないと言われたよ。そしておっさんの上司にこう言われたっけな。

「どんな客でも売ってくるのがプロだ」なんてね(笑)

言ってるおっさんはプロではなくただの会社員だったから滑稽なもんだ。

 

プロであるというのはそういうことじゃないよ。

 

プロとは、「断ることができること」とイコールだと思ってる。

自分の能力ではできない、その要望は自分では答えられないので、お引き取り願うこと。それがプロの絶対条件だと思うけどな。

それはいい意味でも悪い意味でも。

 

緊急時に人の命を救うのが使命の救急車の隊員であっても、タクシー代わりに救急車呼ぶようなやつのご機嫌を取るのはプロじゃないだろ。満足させなくてもいい相手もいると理解するのがプロで。それでいくら相手が激怒しようと、できないもんはできない、とダメ押ししてくれるのがプロの上司でしょ。

 

もし、やってあげたくても、状況的にも技術的にも物理的にも絶対無理だとするなら、できないと伝えたり、違う手段を提案するのがプロであって。どうしても無理なら諦めてねって言うのもプロ。

自分の店の客じゃないなら断るのもプロ。自分の店の従業員を奴隷にさせないように守るのがプロの上司。

 

・・・のはずだって、まともな人なら分かってるはずだと思うでしょ?

 

でもねえ、この日本にはまともな人って、すごく少ないみたいだよ。

間違ったプロ論とかプロ根性論で、どんどん民度が下がってるのがこの日本らしくて。

 

俺、風俗の仕事をしていたとき、それも俺がまだ若かった時に、当時の経営者にすごい人がいたんだよ。

間違いなくプロだった。

風俗客ってまあ、金払ってるって思うからなのかメチャクチャなことも要求するんだよ。礼儀がなってない、口の利き方ができてない、俺は客だからまずは膝をついてございさつするのが当たり前じゃないのか、とか、色々ね。

それを風俗嬢に言わず、店に電話かけてくる客は多いんだ。

電話で怒鳴り散らし、次はその女をレイプしてやるからなとか言い出す男もたまにいたくらいだ。

普通のサラリーマンなんだけどね。

 

その時、経営者が言うのはこうだった。ドスの効いた低い声して丁寧に言うんだ。

 

「お客さん、風俗にあまり多くを求めないでくださいよ」

 

それで客は電話を切る。もちろん二度と客としては来ない。ネット掲示板では経営者に恐喝されたとか必ず書かれるんだけど。それを信じて騒ぐギャラリーの群れもいるんだけど。「俺が突撃する」と威勢のいいこと書いてるやつもいるんだけど。

 

結果、誰も来たことがない。来るわけがないしね。

 

昼の仕事も同じだ。毅然と断ったり、客を選別するようにして取引を辞めてしまえば、ぐちゃぐちゃ文句を言うやつはいる。でもいいんだ。おまえは客じゃないって言ってもいいんだから。

 

上司が馬鹿で間違ったプロ論を押し付けるなら、直接はっきり言ったほうがいい。おまえはアマチュアだって。上司も怒り狂うだろう。でもいいんだ。そいつはいずれ上司じゃなくなる。

 

間違えたプロ論に折れてしまえば、いずれ仕事を失うのは自分なんだから。

 

繰り返すよ。

 

間違えたプロ論に折れてしまえば、いずれ仕事を失うのは自分なんだからさ。

 

糞ヤリマンと戦闘糧食

あの東北の震災からもうすぐ6年になろうとしています。
あらためて、犠牲になった方とご遺族の方にはお悔やみ申し上げます。
 
震災のことを思い出すと同時に、ここ最近の世界情勢を見てると不穏な空気しかないよね。特に相変わらずカリアゲが無慈悲にやんちゃしてるし、性格と女の好みがアキラと同じ金髪のガキ大将が毎日吠えるしで。
 
そこでやっぱり食料の備蓄は大切だなあと実感してる。震災を強烈に経験したから、防災の備えはしておくに越したことはないと思うよ。
そこで食料の備蓄と、サバイバルのグッズをらまた整備し始めました。またももかさんとかが指さして笑うだろうけど。
なにせ俺は車のトランクに安全靴に非常食にサバイバルナイフにロープにグローブまで備えるような危機意識過剰男だ。どうする?雨が降る山道を50キロ歩くことになったら?
そして大切な人が隣にいたら?自分だけじゃなく俺の仲間も俺は支えなきゃならんよ。だから備える。みんな笑うけど、あの3.11を忘れちゃいけません。
 
ということで、昨日あらためて食料を買い込みにスーパーに行った。6年前の震災の時は、大停電になったけど俺の家はガスと水道は使えたんだよな。だからお湯を沸かすことが出来た。食料さえあればなんとかなった。でももし熱を起こすことができない状況になったら、カップ麺とかレトルト食品は難しくなるなあ、とか、血糖値が下がって死にそうになるのは嫌だなあ、飴は必要だなとか、色々考えていたらスーパーで1時間半も過ぎていた。こういう作業は結構嫌いじゃない。
 
とりあえず第一回の買い込みは、緊急時の糖質補給をテーマに、あれこれ選んだ。高カロリーの調味料は大切だなと思った。
それから面白いところではこれ。
 

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自衛隊の戦闘糧食。五目飯。これ、訳あって缶詰を含めてレーションを沢山もらったんだけど、うまそうなので平常時にいくつか食ってしまった。高カロリーで素晴らしい。五目飯ってあるとは知らなかった。

そもそも俺は14歳の時から、世界の軍隊のレーションマニアでして、非日常の食事にそもそも興味があるのかもしれない。

 

話は変わるんだけどさ、このレーションをくれたのが昔からの知り合いの女でして。それもまたとんでもない糞ヤリマンでして。

こいつ、自衛官の男たちをターゲットに、完全にロックオンしてるわけです。

既婚の自衛官をとっ捕まえて不倫をすることに執着する、人間のクズな。このヤリマンがさ、自衛官との結婚にこだわる。セックスしたら出会って1週間でも結婚しようとする。だから、奥さんと別れて攻撃をしかけるんだよ。でもそんなすぐに離婚も結婚もするわけない。だからヤリマンは逆上して、警察に駆け込む。「レイプされました」とか狂言ほざく。もちろん警察も信用しないし、周囲の人間は、こんなクズ人間とは一切関わろうとしないんだけど。

でも、いるんだよね。こういう女にクネクネ言い寄られると、ほいほい騙されるやつ。

こいつに関わったお偉いさんは、結局不倫がバレて出世コースから完全に外れて左遷されるわ、若い男の場合は、ヤリマンが妻に電話をかけてお前の旦那にレイプされた慰謝料よこせとか言ったり、すげえんだ。

自衛隊の官舎が立ち並ぶところを、厚化粧のこいつがぴょこぴょこ走ってるのを見ると、人間って滑稽だなと思う。

 

俺がこいつと知り合いなのも俺の人生の恥の一つなんだが、仕事の都合でたまに話をすることがあった。それで去年レーションを大量にもらったんだ。

 

え、これって、自衛官がみんなお前にくれるわけ?ってびっくりした。レーションくれる不倫関係ってなんだよ。お前を乞食だと思ってくれたんじゃねえのか。

 

ちなみに、このヤリマンは去年に秋に俺を怒らせる事件があり、激怒のうえ縁を切った。本当にレイプされたと相談してくるから、俺も騙されたんだよね。そしたら痴話喧嘩の狂言だった。

俺の時間を返せこの糞まんこって俺は激怒し、1時間10万円の相談料として50万円を支払わせ、こいつの父親のところに俺が出向き、ワケを話して50万円を突き返してやった。ちなみに父親も元自衛官だという粗末な話。

このヤリマンは今日も不倫ごっこからの結婚願望に狂ってるらしい。人間には底辺の下に底辺があるな。福沢諭吉も嘘ついたよな。人の下に人を作ってるじゃねえか。

 

はい。糞くだらねえ話でこの記事を締めるとします。