無理だから努力すんなよ

なんか、アキラの言うことを大きく誤解してる人がいると思うんだよね。

 

いきなり冷たいことを言う。

今、社会の底辺以下の糞生ゴミとして生きている人。

もしかしたら将来に希望を持っていると言うかもしれない。ここから成り上がるんだ、ここからまともな生活に戻るんだと期待しているかもしれない。

でもね。

たぶん、というか絶対。そのまま年老いて死ぬだけだよ。成り上がるわけがないし、まともな人生にならない。

底辺から劇的に復活して成り上がってみせるっていう根性は意味ないんですか?って言うだろうよ。

でもそれでも言う。たぶん、そんな根性だの思いだの目標だの、何の意味もない。

 

ご存知の通り、俺は元ホームレスだよ。莫大な借金があり、仕事はなく、いろんな人の信用をなくし、食い物もなく、しょんぼりしながら命だけを繋いでいた。

そりゃ俺だって思ったよ、このままじゃ嫌だ、今に見てろ、今に成功してやるって。

今思うと、だからお前そんな糞ホームレスに落ちるんだよwwって自分に言ってやりたい。

結果的に俺はホームレスを脱出して、人並み以上の生活を手に入れることはできたけどさ、それはたぶん、根性でも無ければ目標の力でもなかったと思い知らされる。

 

今に見てろなんて言って、華麗に底辺から成功したなんて人ってそんなにいるかい?俺の周りにはいないよ。

失敗はいくつかあったし、ひどい目にもあったけど、あの人は成功するだろうなって思った人だけが成功してるだけの話。

万引きの常習犯で?レイプ犯で逮捕されて?釈放されたら殺人事件して捕まって?それでまた出てきて、今に見てろ人生変えてお前ら驚かせてやる、なんてことは死んでもないわけだよ。

あったらいいねと思うけど、ない。ないもんはない。

 

俺は甘えている奴らに言いたいよ。

うじうじと成功願望にしがみつく前に、今やらなきゃならないことやれよって。

今、お前が逃げていることをやれよって。

 

それは何かって。

まともな生活習慣のことだよ。

 

朝はやく起きて、家族に挨拶する。妻に挨拶する。子供に挨拶する。

時間をかけて身支度をして、食事をして、行ってきますといって仕事に出かける。

独身の人なら、朝起きて恋人にLINEをするとか。

今無職なら仕事を探しに行く、勉強をしに行く。

職場についたら掃除のおばさんに元気よく挨拶をして、同僚に大きな声で挨拶をする。

そりゃ仕事だから面白くない事は沢山あるだろうよ。でもやるしかねえんだから、出来る限りきちんとやろうとする。

 

まともな生活習慣っていろいろあるだろ。

ホームレスしてた俺がなんとか復活するきっかけは別に俺の能力だの根性だのじゃねえよ。

それでも俺のことを心配してくれる人がいて、その人に素直に感謝して、ありがとうと言ったからだと思ってるよ。人のご縁でしか成功できないんだから。そしてそんな甘ったるいことだけじゃなく、せっかくご縁で頂いたチャンスを死んでも物にしなきゃ俺は一生このままだと思ったから。

俺の能力だの根性だのそんなもんどーでもいいし、意味もないと思う。目標も会ったような気がするけど、多分俺の糞目標なんてのも意味もない。

 

はっきり言うと、成り上がりますとか言っといて、朝起きるのが遅いやつが人生変わるわけないでしょ(笑)

人生変えますとか言って、ろくにLINEの返事もできない男には無理でしょ。

うじうじうじうじ腐りきったまんこみたいなブログ書いてるやつには一生無理だ。

 

戦うって言葉がブログには多いけど、それはなんか気持ちの問題じゃなくて、今この瞬間にちゃんとした生活態度をしてるかどうかだよね。

特に人の気持、自分を大切に思ってくれている人の気持を、きちんと汲めるかどうかじゃないの。

 

俺は人のご縁や気持ちを無視して、独りよがりで戦ってるふりした人間が死ぬほど嫌い。どうせ何もしてないくせに。

 

本当に今の人生を変えたいと思ったら、自分のことじゃなく、他人のことに尽くしてみるべきだよ。

大きなことを言ってるわけじゃない。あなたが昨日粗末にした人に今日謝って、明日一つ何か貢献してあげること。

戦ってもいないくせに戦ったふりをして、無神経な発言ぶっこいて自己憐憫に酔った今の自分を恥じること。

努力も根性もいらないから、まともな生活態度を1から始めること。

そしてそれからはじめて、具体的な戦略に基づいて、具体的な努力をすること。

 

でもさ、そんなことができないのは、結局困ってないからだよね。

 

今のウンコみたいな人生が心地良いからだよね。

 

 

 

 

誰よりも弱っちく、誰よりもみっともなく、そして誰よりも強く

Suburbiaのメンバーに共通するのは、口汚さ。それはもう誰もが知ってると思う。

何かあるたびに口汚く罵るのは日常茶飯事で。口汚さを通り越して、その言葉にオリジナリティと芸術性まであるときがある。罵倒の言葉が芸術にまで昇華する瞬間があったりして。

 

俺みたいな昭和の子供だと、共通する体験がある。それは「子供の教育に悪い」と言われる情報に24時間晒されて育ったということ。

例えばテレビ番組だって、ドリフターズのあのお下品かつ芸術的な番組が20時から放映(しかも生)されていた時代だ。修正が聞かない舞台中継で、出てくるのはウンコにちんこ、しかも小人症のお笑い芸人が笑いをとったり、今なら人種差別と言われるに違いない表現とかね。今だったら絶対ありえない表現ばかりだったな。

コミックでもそう。映画もそう。

陰湿に人を殺しまくり、レイプしまくり、差別したかと思えば復讐されて殺されて、最後は主人公まで無残に死ぬ。もうね、死ぬというところに共通した美学があったような時代だったと思う。殺す、死ぬ、死ね。

学校でもそうだ。1980年代は学校が史上最も荒れた時代だよな。俺が通っていた中学校では、バイクに乗った無職少年(二年生の不良生徒の兄)が校庭を走りまくり、ジャージ姿の教師がそれを追いかけるなんて日常茶飯事でさ。教師は叱るのではなく怒っていた。顔面の骨が折れるほど生徒を殴りつけるなんて当たり前。教師の車のフロントガラスを割るのも当たり前。新卒の女教師をレイプしようと群がるのも当たり前。不良だった俺も、全校集会で目をつけられ、体育教師に思い切りぶん殴られ鼻血を派手に垂らしながら隣の生徒に支えられながら立っていたり(笑)

暴力も当たり前の時代。教師という権威は絶対の時代。権威に反抗するのは子供の義務だった時代。

自分を強さを試し、それを誇示することで周囲の尊敬を得なければならなかった時代だ。黙っていることは死ぬということ。逃げるということは服従するということ。

暴力、エロ、排泄、差別、排斥。そんな時代の雰囲気があったよね。

 

でもどうだろうね?

その当時、そんな教育に悪いことばかりの今の40代のおっさんおばさん達は、どんな価値を持ってるだろうか。

キーワードはこうだろう。

 

強さ。勢い。友情。愛情。メンツ。悪さ。

きっと、2017年の今のこども達には馬鹿にしか見えないだろうな。

 

suburbiaの周辺では10代の子どもたちもたくさんいる。当時17歳だった弟子の子は、アキラの直系の弟子で、俺の歪みに歪んだ価値観を多感な時期に浴びまくった。

仮性包茎のちんぽが陰毛を挟んでしまうことを、俺は「ちんげざるそば」と呼んでいた。だから17歳の可愛い子が、えへえへ「ちんげざるそばかよ!」って罵っていたり。

ほんと教育に悪い。

suburbiaではセックスをエッチとは言わない。海綿体が充血することを勃起と呼ぶ。挿入をぶち込むと言う。最高のセックスを、犯すと呼ぶ。

金がないことを貧乏と言い、腰抜けの男のことを底辺乞食野郎と罵り、根性がないやつのことをオカマちゃんと言う。

男も女も、みんなモノの言い方に「お品」がない。

なぜなら耳障りのいい甘ったるいものでコーティングされた言葉で、自分が頭を撫でなられながらとんでもねえゲテモノみたいなもん食わされるなって教えられるから。

 

「なあ、おまえどんな大人になりてえんだ?言えよ」と俺は18歳の女の子に言った。

「あ、はい、世の中のために貢献できるような大人になりたいです」と女の子は言う。

俺は突然キレる。

てめえふざけんなよこの腐れチーズまんこが。もう一回言え。

「・・・すいません、お金を稼いでいい思いしたいです・・・」女の子はビビりながら言う。

「じゃあ、今なにすんだよ?」俺は不機嫌に言う。

「えっと、えっと」女の子はまた言葉を探そうとする。俺が喜ぶような言葉を探そうとする。だから俺は突きつけてやる。

「あのよ、死ぬ気で働けってことだよ。おまえみてーな根性無しは死ぬまで働けないからよ」

ブラック上等よ。なぜならここより下の世界は刑務所だけだから。

 

そうだろ。18歳のガキが、社会貢献なんて欲しがるかよ。欲しいのは金だろ。マネーだろ。銭っこだろ。それ使って可愛い服欲しいだろ。うまいもん食いたいだろ。自分をイジメて馬鹿にした同級生に高級車見せつけて唾吐きたいだろ。自分を能無し呼ばわりした母親の胸ぐら掴んで口に一万円札突っ込んでやりたいだろ。自分をレイプした父親をカネの力で土下座させたいだろ。

糞みてえな育ちしてるくせによ、何かっこつけてんだ。

俺だってそうだぞ。金稼いでよ、いい女とすげえ夜景の見える部屋でエロいことして眠りてえよ。シャンパン口に含んでフェラチオしてもらいてえよ。なぜなら、俺もお前もどーせ糞以下の家で間違って生まれたんだから。

いい思いしたがるのは当たり前の話だろ。

それをなんでお上品な物言いでごまかすんだ。どこで覚えたその卑怯な物言い。

 

耳障りのいい言葉で何も飾らず、今の自分が信じるもの、ほしいものに向かって高速でぶっ飛んでいくんだ。

だからこそ、

だからこそ、

本当に本当に本当がどこかにあることを知るんだ。

テメエ勝手な欲望をいくらでも欲しがってぶっ飛んだ先に、気づくものが絶対ある。

 

それはいつも言うよ。

愛。

想い。

貢献。

 

俺、お前のことなんとかしてやりてえ。そういう思いを強く抱くようになる。

仲間のこと見捨てたりはできねえ。それが当たり前になる。

俺は生かされているって。俺は自分の力では生き残ってはいねえって。

 

常識ぶった世界の裏路地を、非常識なスピードで疾駆し、歯向かう奴らに唾を吐きまくってやってきた薄汚い公園から、紫色に染まる東の空に何か希望みたいなもんが見えたりするんだ。

 

臭えかな?俺の言葉。臭えと言ってるお前が卑劣な生き方してるんじゃねえのか。逃げてる臆病者なんだろうが。乞食みてえに金と女欲しがってるくせによ、何を綺麗な言葉に逃げてんだ。

俺は、そういう腰抜けから女を根こそぎ奪ってやりてえんだよ。

 

俺は言ったよ。その昔。

強い男に守られたい女は犠牲を払わなければならない。

なぜなら、強い男は自分の持ち物食い物まで人に分け与えてしまい、何も持ってないからだ。

犠牲を払わず愛のようなものを求める女は、愛に似た何かまがい物を食わされちまう。幸せな家庭に似た、とんでもなく不幸せなグロい感情だけを培養する日々を手に入れてしまう。

 

最近のお子ちゃまたちはいいよね。学校の教育のおかげかな。

口汚く罵る言葉を下品と言う。ひどい言葉を使わない。みんななかよく。隠し事なく、なんでも話します。人に土足で入ることはしません。

いいね。

 

でもさ、俺は言うよ。

そんなお優しい男の子女の子たちがさ、どれだけの愛を知ってるのかなって。どれだけ本気で自分を傷つけたことがあるのかなって。どれだけ人を心配できるのかなって。

俺は、自分の女が腹が痛いと言っていたら、「お前ケチャマンだったのはいつだ?」と真剣に心配して聞く。うんこしたか、下痢してんのか、いつうんこぶりぶりしたんだ、とか。

だってよ、本気でこいつに尽くしてやりてえって思うからだろ。

痛くて苦しいって言ってんのに、それでも距離保ってんのってどうだろうね?男じゃねえよな?礼儀?そんなこと言ってる場合かよ。

お前が死んだら俺が困るんだよ!って思わねえのか。

 

俺は自分の女が金がないって言ったら、俺は飯食わなくても金渡すよ。返さなくて結構。別れてしまっても返さなくて結構。今の俺にはお前の幸せが俺の幸せだからだ。自分のものまで渡して俺は水飲んでまた金稼ぐよ。

だって、俺の女はいろんなもんを犠牲にして俺といるんだからさ。当たり前だろ。

 

自分の女がふざけたこと言うと俺は怒鳴り散らす。間違えたこと、失礼なことをすると殺す勢いで叱る。叱るんじゃないな、憤怒するんだ。

それでも俺は自分の女を見捨てたりはしねえよ。だってよ、好きだから。こいつしかいねえって思うからいつも。

 

そんな粗雑な俺についてくる女だもん、いい女に決まってる。守ってやらないで誰が守る。

 

こういうこと言うと、優しいですとか言う女いるよね。いや違うね。その甘ったれた感性じゃ無理なんだよ。

俺は女を甘やかさない。しっかりと教育する。躾ける。あおいも、なつきもそうだった。でも、俺が必ずみっともなく後始末してやるからって。言ったことはないけど、そういう気持ちでいた。

人を守るって、みっともねえことの繰り返しだぜ?何も体張るばかりじゃねえ。

糞みてえな乞食みてえな客に頭を下げて、罵倒されて、死ねオヤジとか言われ、それでも申し訳ありません、すいませんと気が済むまでサンドバッグになってくる。正直理不尽だしぶっ殺してやったほうが早いんじゃねえかと思うんだが、法律がそうもいかないのでとにかく謝るだけ。

自分の女を守れるなら、理解があるふりもする。素直なふりもする。反省したふりだってする。

 

何回も言うけど、優しいからじゃねえ。優しいって言葉はマヌケ女の使う言葉だ。

 

俺が自分の女に言って欲しいのは、「あんたつえーよ」だよ。「あんた男だよ」だよな。

男の中の男っていうのは、負けることができる男だと思うよ。負けることで自分じゃない誰かを守ってあげられる男だと思う。

自分が持ってる小さなプライドまで貢いで、みっともなく負けてきてやることだと思ってる。

 

ストレートに生きたほうがいい。ストレートに、品がない言葉で愛を語り、みっともなく大切なもんを守るように每日仕事したほうがいい。

 

カッコ悪いのがカッコいいと思うよ。

いつまでも自分守っていてもさ、お前の腐れたまんこ彼女は俺見てえな下品な男のちんぽにむしゃぶりついてんだぜ?

俺がみっともなく生きているのを隠さないからだ。

品のない生き方を絶対に譲らないからだ。

 

 

 

 

 

 

セックスが「愛を確かめる行為」などではないのはこんな理由

ラブレスキューなどずっと読んでいただいている方にとっては、アキラってそういう感性だよねってご理解いただけていると思う。

俺は、セックスは「愛を確かめる行為」なんかではないとずっと思ってる。

愛しているからセックスできるとか、愛しているからセックスしたいとか、抱かれていると安心するとか、抱かれているから確認できるとか、そういう感情が全て気持ち悪くて仕方ない。

もっと言えば、ぽっきいがよく言う「セックスしながら戦争はできない」って言葉、それも少し違う気がしてる。

 

愛などなくてもセックスなんかできるし、愛なんか無くても中出しすれば妊娠する。子供が生まれて新しい命が芽生えるのは神様に祝福されるべきことだが、別のそのプロセスに愛などなくても成り立つわけだよな。

レイプしたってセックスできるし、むかし・・・怪我で意識がなくなった負傷兵士と看護師が騎乗位でセックスして、生まれてきた子供の人生を描いた小説もあったな。

 

別にセックスが愛で祝福されているわけじゃないんだよな。

 

思い出して欲しい。セックスというものは最初からステキなキラキラなものだっただろうか。

早い人は10代の頃にセックスしたんじゃないの。俺もそう。

俺が初めてセックスしたとき、なんて汚らしいんだと思った。おまんこはグロテスクで変な臭いがし、体液がぐちゅぐちゅ出て来るし、体位を変える度に屁みたいな音までする。それとうらはらに俺のちんぽはギンギンになって、臭っせえ精子を排泄するたびに、セックスってきったねえなと思っていた。精神的に汚いんじゃなく、便所でうんこするのと同じレベルの行為だなと思ったもんだ。

セックスするたびに当時の彼女が言った。「わたしのこと大切?」

いやそれとセックスは違う気がしますよと思ったんだが、言わなかった。

愛があればウンコも食える、ウンコ食うからには愛がある、それと事態は何も変わらないと思った。

 

18歳の頃から俺は東京のある街で、中年女性とセックスする仕事をしていた。正確にはセックスだけじゃなくて、実際はデートクラブ的なもんなんだけどね。まあ女たちの目的はセックスだろう。

その中年女性はみんな、若い頃に「性から逃げ回った」女ばかりだったと思う。若い頃に見合い結婚をし、結婚してから初めてセックスをし、お勤めとして夫とセックスをしていたもののセックスの意味するものを考えたこともなく、ただ、いやらしい行為としか思えなかった女たち。夫とのセックスが苦痛で、でも生まれてきた子どもたちは可愛くて。早く夫が老いてセックス出来なくなって欲しいと願っていた女たち。

 

でも40代になって、向き合ってこなかったセックスに苦しめられるようになる。

距離を置いてすかしていたセックスというやつが、強引に居候始めたようなもんだ。

若い頃にセックスを自分のものにしようと付き合ってこなかった天罰のように、身勝手な性欲を押し付けるために若い俺に金を握らせ、身勝手にセックスする。

みんながみんな言うんだ、「若い頃は一通り悪いこともしてきたし、エッチなことも沢山してきたけれど」ってね。ほんとにみんな同じことを言う。

んなわけねだろってガキだった俺でも分かる。

お前らみたいな鈍くせえババアがそんな華やかな過去があるわけねえだろうと。ガッコつけんじゃねえ。

みんな、自分の過去を美化し、今の自分を必死に守りながらも、黒ずんだマンコを満足させたくて金を払ってセックスしていた。

今だったらさしずめ、「裏垢」とか称してTwitterで気持ち悪いエロツイートし続ける迷惑なおばさんというところだろう。

何を守ってんのかしらねえが、今のあんたらは性欲妖怪潮吹きばばあだ。

 

みんな、アキラをペットのように扱った。

「もー、アキラったら1人じゃ何もできないんだから」とか

「アキラは威厳がないわね」とか

「アキラは頼りないからきっと年上の女性が向いてるわよ」とか。

お前らが俺の何を知ってる?お前らは俺に何か質問したか、俺の18年の歴史に何か質問したか?俺がどこで生まれ、どんなことがあって何を考えたか、知ろうとしたか?

まるでマヌケな衣装着せられた小型犬のように、俺はちんぽギンギンにさせて、チンチンの芸をしてみせるだけ。

ババアの性欲はきもちわりーな、そう思っては毎晩ムカついていた。

金だけが俺の癒やしだった。早く払えよと思いながら、マヌケな小型犬を気取っていた。

だから、仕事が終わるとたまに風俗に寄って抜いてもらった。さっきちんぽから血が出るほど抜いたのに、自分のために射精がしたくて風俗で乾いた雑巾を絞るように射精したんだ。

当時付き合っていた派手な見た目の女たちもいて、俺のアパートの部屋で俺がうなされながら眠るのを笑って見ていたり。

 

俺のように公衆便所やってるやつらは、男でも女でも、人の腹の底が透けて見えているもんだ。

セックスって愛という御大層な観念なんか関係なく、ちんぽまんこを丸出しにして、利己的な欲望を押し付け合う行為だから。だからこそ、本性が丸出しになる。昼間の肩書など意味がない。学歴も職歴も意味がない。過去も未来も、預金残高も何も関係ねえ。

自分の見栄にしがみついて一生懸命自分を守ったところで、マヌケにしか見えねえよ。丸出しちんぽ勃起させて生徒に生活指導する教師のようなもんだ。

 

セックスは愛を確かめる行為ではなく、そいつの腹の底を査定し合う行為だよ。

自分も相手も欲望に身を任せる不潔な粘膜のこすり合いなんだから。

 

だから、20歳のとき、セックスから逃げた人間は男でも女でも、惨めな中年セックスをするようになる。御大層な旗を広げて、理念を語って、やってることは地味なパンツの中の仮性包茎ちんぽをおっ立てている。

ババアだとしたら、Twitterみたいな安全地帯でエロを気取って、似たような男にチヤホヤされて自己承認欲求を満たすマヌケにもなるだろう。

 

セックスとは暴力

セックスとは差別

セックスとは、俺とおまえが一番触れてほしくない心の炎症を起こした部分を思い切りこする行為。

 

セックスとは殴り合いだ。それが本質である以上、セックスが逃げるのは腰抜けでしかない。そして逃げてしまえば後でつけを払うことになる。セックスから逃げれば利息を払うときが来る。必ず。

 

ぽっきいのようなひでえ言葉の羅列と、偏見と、差別。それがセックスそのもの。

そこから逃げちまったらセックスに小突き回されて、街を追い出されちまう。

 

セックスから逃げてはいけない。

おいおい、悪い冗談言い過ぎだぜって言いながら、セックスと付き合っていかなくてはならない。

おいおい、シングルCDみたいな乳輪隠してろよ、なんて言いながら。

セックスというガキ大将からは逃れられない。セックスを利用するか、セックスに取り入るか、それとも征服して自分がガキ大将になるか。

 

幸せなことに、俺は45歳の今、セックスに何のコンプレックスも僻みも持ってない。ひん曲がった感情をセックスに託さずに済んでる。

セックスと上手く付き合っていると思う。そしてセックスで色んな人とつながっている。

 

でもセックスは油断できねえテロリスト。どんな悪い思想持ってるか知れたもんじゃねえ。

 

セックスの本質から逃げるな。

 

「世の中結局カネだろ」って言う人間は、なぜカネを稼げないのか

風俗業にいた時代。

決まってこう言うやつがいた。男でも、女でも。

「世の中、カネっすよね。カネあるもんがいい思いするんすよね。」

俺はそいつらの顔も見ないで、PCをいじっている。

「だから俺、カネ稼ぎますよ。だって世の中カネ次第っすからね」

 

そう言う男は、決まって金を稼げないまま消えたし、そう言う女は風俗で小銭は稼いだけれど、風俗を辞めたら小金持ちの客の愛人になっては捨てられ、たいてい乞食みたいなババアになるのが関の山だった。

あれ?って俺は思う。

世の中、カネなんじゃないの?なんでそんな乞食みたいになってんの?

カネカネ言ってたじゃん、なんで金ないの?って。

 

答えは簡単な話でさ、この乞食みたいな育ちで底辺でうにうにやってきた俺でも知ってることだよ。

つまり、「世の中は結局カネではない」ということ。

俺も金で苦労したよ。借金に追われホームレスで食い物に困ってパン盗んで食ったり、公園で水飲んで空腹をしのいだりね。金に困った武勇伝ならたぶん滅多に負けない自信がある。

それでも思うんだよね。世の中は結局金ではないし、金次第にどうにかなるのはせいぜい風俗嬢にちんぽしゃぶらせることくらいだ。

 

もし自分が貧乏で、その惨めな生活からいち早く抜け出したいと思ったら、脳みそに叩き込んでおく法則があるんだよね。それは、世の中は金で動いてないってことだよ。金次第で動く人間があなたのそばにいるとしたら、あなたのいる環境が恐ろしく貧しいと思って間違いない。人間性の貧しい環境にいるってこと。

あなたが思うよりもっと多くの人間が、金だけでは絶対に動かない。金銭の多寡で物事を判断してない。もっと言えば、損得だけでは動かない人のほうが多いんだよね。

 

きっとあなたは思っているだろう。自分が女に相手にされないのは金がないからだ、自分が貧乏な生活をしてるのは学歴がないからだ、家に金がないから大学に行けなかったからだ、アキラやぽっきいは金があるから女にモテるんだろ、いろいろ綺麗事言ってるけど結局金だろ、とかね。

いや、世の中、金がなければどうにもならないよ。いつもの新宿駅の改札をくぐるとき、Suicaにチャージされてなければゲートがしまってしまう。世の中金じゃないから入らせろとか言いつづければ、そのうち警察がやってきて連れて行かれる。

でも残念なことを言うと、俺は、ホームレス時代に色んな人が俺から離れていったけど、そこから脱出できたのは俺が落ちぶれても色々世話してくれたなつきという美人な仲間のおかげだった。それに、ホームレスは脱出しても随分長い間貧乏だったのに、たくさんの女たちが俺の世話を焼いてくれた。仕事を紹介してくれたり、人脈を紹介してくれたり、食べ物をくれたり、彼氏が捨てると言ったシャツやネクタイをくれたり。つまり、いくら貧乏でも、俺は女に縁がなくならなかった。俺は何をしてやるにも金がないっていうのに。

だから言うけど、女にモテないのは金のせいじゃないよ。金がないせいじゃない。あなた自身が努力してないから、それだけでしょ。勝手に金のせいにされたら、金は怒ってしまうんじゃないの。

お前の女事情なんか俺のせいじゃねえわって、お金が思ってるよ。

 

何度も言うんだけど、お金を稼ぐチャンスって、人伝いにやってくるんだよ。

ネットとか、ノウハウ本とか、お小遣いサイトとか、そういうところに転がってる情報は全部うんこ。チャンスは必ず人伝いにやってくる。

 

今、もし自分にチャンスがやってこないと思ってるなら、理由は一つ。

あなたが人を粗末にしてるからだ。

あなたが人に感謝をしていないからだ。

だからあなたにチャンスが来ない。せっかく近くまで来ていたチャンスに気づかないで、通り過ぎてしまう。

 

お金ってね、ご縁で稼がせてもらうんだよ。しかも、人のために尽くしたことの報酬で稼がせてもらうんだよ。

綺麗事言ってると思ってる?残念ながら、それは風俗でもそうなんだよね。夜のいかがわしい世界でも、信用のあるやつのところに金が流れ込み、居心地がいいのかずっと居座ってる。お金さまが。

 

そして、金持ちのやつらは必ず言う。

世の中、金じゃねえんだよなって。愛だよなって。貢献だよなって。人に尽くして大切にすることだよなって。

金持ちになっていい思いしたいと思ったら、まずやることがあるだろ。

毎朝元気よく挨拶する。

ビルの掃除のおばちゃんにも明るく挨拶する。

自分の彼女にありがとうと言う。

自分の彼女に、今日も可愛いねって言う。

職場の事務の女性に、今日もありがとう助かるよって言う。

道にゴミが落ちていたら拾って捨てる。

銭湯で椅子と洗面器をほったらかしにして出ていくやつがいたら、自分が片付けてやる。

自分の奥さんに、ごはんおいしいよって言う。

仕事が大変で困ってる同僚がいたら手伝うよって言う。

 

そういうことって、「優しい」とかそういう安っぽいもんじゃないんだ。本気で人に尽くせますかって話。

それができないくせに、ネチネチ仕組みの話をしたりさ、損得の話をしたり、そういうのは呑気なサラリーマンが居酒屋で語り合っていればいいよ。

本気で、孤独に、ハードにサバイバルして、成功を手に入れたいと思ったら、まずは人に感謝をし滅私奉公したほうが近道だよってことなんだ。

 

成功とまで言わなくても、どん底から這い上がってなんとか生き延びたなって思うことがあったら必ず思うから。

俺が生き残れたのは、人のおかげだなって。

俺はこのブログを読んでくれている人にも感謝してる。このブログのお陰でたくさんの出会いも金も稼ぐチャンスももらった。このブログを読んでくれる人がいるお陰で俺が文章を書きまくり、その結果、俺が一番の気づきを得ていると思う。

 

それが、世の中カネっすよね!とか俺が言っていたら、今頃俺は刑務所にいると思うよ。詐欺とか、婦女暴行とかで。

頭がポンコツになってたと思う。そして貧乏していた。

 

人が幻覚を見たかと思うほどの美女と、信じられないほどの華やかな夜景を眺めて、ケツ出してシャンパン飲んでるような瞬間でも、

俺は人に尽くすことで大きく稼がせていただいてるって意識は絶対に忘れてない。誰かが俺にチャンスを差し出してくれたこと、それに飛びつくことを許していただいたこと、そして多くの人が俺のマインドを支持してくれたこと、そういうことに感謝を忘れてないよ。

 

金稼ごうと思ったら、必要なのはチャンスじゃない。

まずは、人に感謝をするという姿勢。そしてまずはあなたの成功を支援しますっていう貢献の行動。

 

結局さ、世の中は、愛だよね。愛。

愛が金を稼がせてくれるんだよね。

 

 

人間関係に優先順位をつけるその癖、当たり前じゃないって知ってる?

前回のブログで、共依存が原因のDVを受けてきた女は、結局人からの信用も無くしていくっていう話を書いた。

 

今回はその続きというか、関連した話。

 

共依存に堕ちた人間が、なぜ人からの信用を無くすかというと、つまるところここに行き着くと思う。

「人間関係に優先順位をつける癖が当たり前になってる」ということ。

どういうことかというと、ここ読んでる人も少し考えてほしいんだけど、こんなことって経験ないかな。自分でも、周りの人間でも。

 

あなたは女性だとする。そして2歳年上の彼氏がいるとする。

今日は京都に二泊の旅行に行こうとして早朝に起きて準備している。シャワーを浴びて、化粧して髪をセットして、昨夜に揃えたスーツケースを玄関に持ってきて。そろそろ出かけようかとしていると、電話が鳴る。彼氏からだ。

突然だけど、旅行行けなくなったって言うんだ。なぜ?びっくりして訊く。

するとこう言う。

「出かけようとしたらうちの母ちゃんがさー、なんか機嫌悪くなって。旅行行くって言ったらなんか怒ってるんだよね。ごめん、旅行いけないわー、キャンセル代俺が払うからさー。あー、あのババアほんとないわー、むかつくわー、ごめんねー」

結局旅行はなくなり、昨日買ってきたワンピースを脱いでクローゼットに戻し、スウェットに着替えてリビングで理不尽な思いに駆られる。

 

つまりね、彼氏は母親と共依存の関係なわけだよ。母親は自分の知らないところで知らない人と旅行に行くなんて怖い、怖いから頭にくる。息子は母親の顔色が気になる。ちょっとでも曇ると不安で仕方がない。

旅行に行くななんて言われてないし、誰と行くんだとも言われてない。でも顔が曇っただけで自分の行動を辞めてしまう息子。

そして、簡単にキャンセルされてしまう彼女。

 

彼女は思うだろうよ。わたしは、何なんだって。不倫でもあるまいしコソコソ付き合う関係なのかって。突然のキャンセルが事故とか病気とか仕事だったらいい。でもそれが母ちゃんが怒ってるからって。

彼女は自分の自己重要感を思い切り傷つけられる。そして傷つけたことすら気づいてない彼氏。その日、彼氏からフォローのメールも電話もない。来たかと思ったら、「今日は暑いね」とかそんな内容。

 

彼女との関係と、自分の母親との共依存の関係と、天秤にかける癖があるんだよね、この彼氏。母親が怒ってないなら旅行に行ったということだろうから。

これ、極端な例だけどさ、共依存の人間関係に堕ちてる人間は人間関係を天秤にかける癖が当たり前だと思ってる。他の人間もそうだって。

もちろん、彼氏のことが好きだから何より優先して生きてるっていうのはいいんだよ。でもその優先するべき人間関係があるのに、違う人間関係もあって天秤にかけてキャンセルしたり小馬鹿にして付き合ったりっていうことが、当たり前の人間は多くないって知ったほうがいい。

彼氏が優先であれば、家族より優先なんだよ。普通。

でも彼氏も大事、お父さんも大事、でも今はお父さんの機嫌取ろう、みたいな考え方では、まともな彼氏なら離れていく。まともな人ほど相手にしてくれなくなる。

 

彼女と喧嘩したからデリヘルに行って、デリ嬢がやって来てプレイ始めようってするときに、彼女から電話メール来て仲直りしたいって行ってるから、デリ嬢に金渡してとっとと帰ってくるとか。

デリ嬢だからなんか話がぼやけるけど、同じことで、それ当たり前の行動じゃないんだよね。彼女のことが優先だとしたら、そもそもデリ嬢とは会わない。彼女にも無礼だし、デリ嬢にも無礼だろ。金払えばいいってもんじゃない。

そもそも他人を当て馬にしてる神経って、まともじゃないよ。

 

最初に出てきた彼氏はきっとこう言う。

「いやキミのことは大事だよ、でも親も大事でしょ」って。

普通の神経している人なら、もういいわってそんなやつは切ってしまう。

 

いや言ってること分かるかな?それ何が悪いのって思ってるとしたら、相当、感受性ポンコツだぜ?

人間関係に優先順位をつける状況に、普通の人ならならない。複数の人間関係に優先順位がつく生活をしているとしたら、つまり、共依存の不気味な関係と、そこから逃げるための半端な付き合いが両方あるからなんだ。

彼氏がいて、女友達との遊びの予定と、天秤にかける瞬間は普通なら絶対ない。天秤にかける対象ではないでしょ。別次元の人間関係だから。

彼女がいて、自分の母親との人間関係を、天秤にかける瞬間は絶対ない。これも別次元の人間関係でしょ。

夫がいて、夫以外の男との人間関係を、天秤にかける瞬間があってはならない。そもそも天秤にかけてはならない対象だし。

 

彼氏と会えなくてヒマだしむしゃくしゃするから、女友達との飲みにたまに行こうかとか、そういう神経は普通しない。旅行に行く前に母親が不機嫌でも、普通はキャンセルなんかするわけない。

 

これが普通のことで、他の人もやって当たり前って考えてるとしたら、結構危ない脳みそしてるよ。

 

DVは見殺しにしますごめんなさい

俺がこれ言う度に、良識ぶった人が眉をひそめるんだけどさ(笑)また言う。

 

「DVと不倫の相談には乗らない」


特に成人女性の話だけど。

子供の虐待は別だ。

 

おいおい、不倫は自分の都合だから分かるとして、DVの相談も乗らないってどうなのよって顔をされる。人間性どうなのよって。

DV、つまり夫や彼氏からの暴力で悩んでいたとしても、俺は一切関わらないということにしてるんだよね。たとえ血みどろで助けを訴えてきたとしても。ちょっと、悪いけど違う人に頼んでくれるかな?って。

それが友達だとしても、スタッフだとしても、後輩だとしても。たとえ見捨てた結果に死んでしまったとしても、それはそれでいいと思ってる。

 

いや、俺もそういうの助けてた時代あったよ。風俗業の世界にいたんだから。DVなんて日常茶飯事だよ。午前3時に仕事を終えて帰った嬢が、午後4時半には彼氏に腕折られて病院に担ぎ込まれるとかね。その都度俺は心配して、俺の部屋に住まわせたり、彼氏が近づけないようにあちこち奔走して手続きしたりした。

でもねえ、今はそういうのもうやらないんだよ。

 

なぜかって。面倒だから。それだけ。

若かった頃の俺は、正義感で世の中の不正義が解決されるものと思い込んでいた。でも違うんだ。世の中はそう単純ではない。

例えばDVは、悪意とか敵意で暴力が起こるのではない。敵意で始まる暴力は世の中にそう多くはないんだよね、実際。DVのほとんどは、共依存から始まる。共依存。読んで字のごとくで、夫と妻、彼氏と彼女、父親と娘、母親と娘の関係で、両者が完全に依存し合ってる状態のこと。

これ、恋愛経験が貧弱な人には分からないんだが、恋愛経験が少ない人にこそ起こりやすい精神病理なんだ。ラブホテルの名前じゃないが、ふたりぼっちの関係に極度に依存する。自分と相手の境界線がなくなり、自分が知らない相手の世界を見ると激しく動揺するんだ。たとえば、自分の知らない友達が出来たとか、自分の知らない職場の人と話をしているとか、自分が好きじゃない人と話をしてるとか、そういう自分の知らない相手の世界を見ると恐怖に慄く。そして激高する。

共依存っていうのは、二人間の関係だけではなく、友達グループでも、家族単位でも、職場の派閥でも、同じ事起こりやすい。

恋愛感情や夫婦関係の時は、自分達以外の世界=浮気という敵対関係があるし、

友達、家族、職場の派閥では、何か共通の敵を設定していることがほとんど。上司とか会社とか、除け者にした友達とかね。共通の敵とか、あってはならない道徳規範みたいなものをぶち上げて、お互いの行動を縛り合う。お互いが最初は安心感の中で暮らすんだけど、そのうち、どちらかの世界が広がってしまう。

 

そして暴力が起こる。身体的な暴力もそうだし、経済的な暴力、言葉の暴力、支配の暴力、無視などの関係性の暴力、いろいろね。

(厳密にはDVだけでなく、ハラスメントと呼ぶべき状況もあるが、いずれにしても暴力には違いない)

 

DVをしている側は、しつけとか愛情、気づかせるため、などと思いこんでいる。

DVを受けた側は、苦痛のせいでその場を逃げ出してしまう。その時相談をする相手が問題でね。

その時に知り合ったばかりの友達や彼氏、職場の同僚や先輩という身近な人になるんだ。相談された相手はびっくりする。そんなのありえないと。だから、そんな彼氏とは別れたほうがいいよとか、旦那さんと離れて実家に非難したほうがいいよとか、必死にアドバイスする。旦那さんが仕事に行ってる間に荷物まとめて実家に帰ろう、俺が車で乗せていくから、って男友達が色々してくれようとしたり。

もちろん、最初はその通りにするかもしれない。

でもね、ダメなんだ。DVの根本は、共依存だと言っただろ?共依存の世界をナメてはいけない。

出て行かれた夫や彼氏は、泣きながら土下座して謝る。俺が悪かったと。

それを見た妻や彼女は、暴力さえなければこの人はいい人なんだと思い、許す。許すのではなく、この人がいなければ自分は生きていけないって心の底では思っている。だから元に戻る。

一方で、心から心配して、この女性が正しくいい人生になるようにと思ってあれこれ手伝った友人たちはあっけなく捨てられる。

 

俺も経験がある。夜中に助けを求められて迎えに行き、実家に送り届けた。実家の前に置いて帰って、ふと思って一時間後に夫の家の前に行ってみると、その女が平気で戻っているのが分かった。

まだ20代の頃だったからね、俺も。びっくりしたよ。そしてこういうDVの相談っていうのは「ノロケ」なんだと気づいた。

ノロケのために人を巻き込むのが、DVの被害者なんだよね。

結局、DVの被害者って人生は変わらない。必ず元にあった心地いい共依存の関係に帰っていく。

 

当時、俺の事務所にいたスタッフがね、みんなの心配を裏切って元に戻った時にその女に言ったことがある。

「本当に助けを求めたんじゃなければ、みんなに謝って」

女は平気な顔で言った。

「ごめんなさい。みんなに迷惑かけるのでもう心配してくれなくてもいいです」

その時、そこにいたスタッフ全員が血が沸騰するのが分かった。

てめえとか言いながら掴みかかる女性スタッフもいたので、俺が必死に止めた。DV女が言った。「みんなそうやって私を殴るんですよね」

女はそのまま消えた。二度と来なかったし、その後俺がきっちり解雇した。DVはその後も続いていたと思う。

スタッフの中には何年たっても、あいつ殺すとか言ってるやつもいたくらい、周りを怒らせた女だった。

 

DVが共依存から始まるってことを知識として知らないと、DVの相談に安々と乗ると必ず馬鹿を見る。何か職業として対価をもらってDV相談に乗るのではない限り、俺はDVの相談に乗るのは馬鹿だと思ってるよ。共依存という目に見えないものを相手にして、1人ピエロになるだけだから。

 

共依存DV女は、その後の人生は絶対に上手くいかない。決まった一つのレールに乗るんだよ。

25歳までの間は、真剣に心配してくれるまともな大人が周りにいる。職場の先輩もだし、男友達もだし。

でもDVの相談で一度失敗すると、一気にまともな大人が周りから消える。

そして30歳を過ぎた頃になると、DVの相談をする相手は、「出会い系サイトで知り合った男」みたいにレベルが下る。

出会い系の男は、相談に乗ることで親しくなれると思うような未熟なおっさんだったり。あるいは、年下の何も知らないモテないガキとかね。

しかしそれすら裏切る。

40歳を過ぎた頃には、すっかりメンヘラで。スケベそうな車の営業マンとか、損保の手続きした営業マンのおっさんとか、そういうのをひっかけて相談するけど、結局不倫で。不倫とDVのダブルノックアウトで、こてんぱんにやっつけられる。

共依存だった夫もいなくなり、親からは縁を切られ、精神科に入院して逃げるしかなくなる。

 

DVというより、共依存を自分で断ち切らないかぎり、DV被害者は何度でも虐げられる。


文句言う客は糞。俺の子分が正しい。子分以外は死ね。

実は風俗店でも、普通の会社員でも、人が集まって仕事をするところはどれも似たようなもんだよ。

優秀でスタッフに好かれる上司がいれば、無能でスタッフに馬鹿にされる上司もいる。スタッフが不満だらけで愚痴が多い職場もあれば、スタッフが前向きに明るく仕事してる職場もある。労働時間が長すぎて休みがないくせに収入が少ない職場もあれば、適切な労働時間で相応の収入が得られている職場もある。

どれも風俗でもある話なんだよ。人が集って誰かがリーダーをすれば、どこでも同じ状況になる。特に風俗は女性の世界だからね。ボスの態度のとり方をちょっとミスるだけで店自体が崩壊しかねない。

 

結局ね、俺思うんですが、「情」を理解できないポンコツ感受性のボスには俺もついていけない。それが風俗嬢ならなおさら。

たとえばさ、風俗って客との関係で理不尽なことが多すぎるわけ。正直まともなやつは風俗使わないだろ。客の9割は、馬鹿丸出しか、利口ぶった馬鹿か、どちらか。無神経な態度取れるやつか、風俗嬢にすら嫌われたくなくてビクビクしながらいい人ぶる無能か、どちらかとも言える。まあどっちでもろくでもねえわけ。

すると、客の中にはセコいやつもいてさ、風俗嬢にさえクレーム言い出すやつもいる。やれ時間に遅れただの、やれ態度が悪いだの、やれ本番嫌がっただの。風俗嬢本人にウジウジ言うわ、店に電話かけてきて受付の女性にグダグダ言うわ、俺の気持ちはどうなる、俺の立場はどうなる、俺の時間をどうしてくれる、俺の期待をどうしてくれる、とにかくうぜえんだ。たいてい酔っ払ってるのもあって、電話で怒鳴り散らす。

たしかにさ、客だけが悪いんじゃないよ?嬢も人見てテキトーな態度取ったっていうのもあるだろう。カスな客には露骨に顔に出やすいからね。もちろん、それは接客業としてあるべき態度では・・・ない、たしかに。

 

でも俺は、そんなクレームの電話がかかってくるような嬢が事務所に戻ってきた時、いつもかけている言葉があったよ。

「大変だったな」そして「心配するな、俺に任せろ」

もちろん、客の言い分も正しい部分だってあるだろうさ。でも、俺は絶対に嬢を責めないと決めていた。どんなにクレームがあったとしても。俺は客のクレームは信じないし、一切参考にはしない。記録にも記憶にも残さない。

そんな客との諍いで一番堪えてるのは嬢本人だからね。当たり前だろ。言われなくても分かってることだよな。一番悔しいにも嬢本人だ。

俺は、そこを理解してるぞっていう姿勢は必ず見せるようにしていた。これ見よがしに媚びる必要はない。でも、客への文句があるなら俺が聞いたし、愚痴があるのも聞いた。ただ、大変だったなとか、心配するなとか、ぶっきらぼうに俺は言うだけ。

絶対に本人を責めないと決めていた。そしてその客は店にとって迷惑客としてすべてNGにした。他の嬢も一切つけなかった。要するに出禁にした。客は理不尽だと言い、ネットの掲示板でも騒いだがどうってことない。金払わなきゃ女も抱けねえクズ男は他にもゴマンといるわ。

 

俺は、そこのところの情をないがしろにして、「キミの接客態度はプロじゃない」とかそういう一般論というかお説教というか、そういうこと言う馬鹿にはなりたくないと思っていた。

 

プロとして、シビアで実務的であろうとすればするほど、俺は現場で戦うやつを100%を庇うと決めているだけだ。客の意見は申し訳ないが必要ない。顧客目線なんて無価値。俺のスタッフが100%正しい。正しくなくても、正しい。

もちろん、それには条件はある。それは俺というボスに無条件に従っている限りの話だ。当たり前だろ。俺の子分だから、親分の俺が守ってやるっていうだけの話。俺に意見してくるなら勝手に死んでしまえと思ってる。知らん。蹴るわ。

 

これ、俺が20歳の頃、所属していた店で社長がいつもそうしてくれたんだよな。俺は気が短くて口汚かったから、かなりクレーム起こした。ガラの悪いおっさんが乗り込んできたこともある。でも社長は、俺のことだけ信じてくれて、俺がたとえ嘘をついていたとしても俺を庇ってくれた。そして俺が悔しいと思っていることを理解してくれているのかは知らないけど、こう言った。

「しーんぱいするな!アキラ!次がんばれ!その客は糞だ」

そして落ち込んでる俺に高そうなウイスキーをグラスに入れてくれて、俺はストレートで一気に飲み干した。喉を熱いのが落ちていった。

「メシくってんのか?今どんな女と暮らしてる?」社長はどうでもいいことを俺に聞き、いつも以上に笑った。

俺は、この社長についていこうと思ったよ。そんな夜のゲスな仕事でもさ。

社長に責められなくても、どうせその夜は俺は悔しくて眠れないんだから。でも社長がそうしてくれたから、次の夜の出勤には俺はまたエネルギーが復活していた。

その社長も、俺に良くしてくれたのは、俺がきっちり子分だったからだよ。

 

俺を庇ってくれた当時の社長も、スタッフを庇った俺も、現場の具体的な仕事の内容なんか知らない。スキルもない。知識もほとんどない。現場にいないんだから。でも俺は100%庇うというのがボスの役割だと思ってたな。

 

もちろん、ビジネスはそんなに甘くないとか、厳しく責任を追求するとか、顧客目線でどうこうとか、クレームに感謝するとか、カイゼンとか、そういう意見もあるだろうさ。

でも俺にとってはそれはすべて糞。どうでもいい。会社員であっても、部下のことを庇えない上司なんている意味ないだろ。そもそも。

すくなくとも、部下を庇ってから責任とか事情を聞いていけばいい話でしょ。

俺のいた低学歴低学力のゲスな世界では、文句言う客は糞、俺の子分は最高。子分守れないボスは死ね。それだけの話。底辺のやつらがゲスに金稼ぐ世界ではそんなもんで十分上手くいく。

クレームなんか感謝しねえよ。クレーマー死ね。

 

もう少し、自分の群れを意識して大切にする気持ちってあったほうがいいぜ。