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ラブレスキューのためのスケッチ

例えば19歳のとき。あてもなく東京に出てきた俺には金がなかったから、夜の仕事をしていた。今で言うところの出張ホストなのかもしれないけど、俺の場合、もっと暗闇の中の紫色の世界だった。金とセックスと見栄と孤独とに振り回されているような中年女性が客だった。中年女性のオナニーのような恋愛ごっこに俺は全力で付き合っていた。風俗の女性と違って「抜く」のが仕事のメインではない。セックスはプロセスのごく一部でしかなく、仕事のメインは「恋をすること」だったと思う。親子ほど年の離れた、今の俺くらいの年齢の女性とけだるい恋愛ごっこをする。キャバ嬢をもてなす今時のホストとは違う。11月の日比谷公園から見上げる曇り空のような、重苦しく垂れ込めた灰色のような気持ちだった。

俺は消耗品のようでいて、実はそうじゃなかった。ぶっ壊れるまで何度も修理してこき使われる耐久財だと思った。

 

それでも、俺は金を稼ぐ必要があった。何より自分が食っていくためだ。まともな部屋で寝て、まともなモノを食べていくため。青森の田舎から出てきた鈍臭い不良には、東京ってものすごく深い海溝のようにさえ感じたよ(笑)東京では、金をいくら稼いでもそれを上回るスピードで消えていった。

 

そんな生活はものすごく孤独だったけど、そんなガラの悪い夜の世界でも俺はたくさんの恋愛をした。ラブレスキューにも一部書いたけどね。客の中年女性に、俺がビンタされたことがあった。なんてことない。旦那にも相手にされず、金だけ渡されて贅沢だけはし放題だけど、ずっと孤独と性欲を抱えて生きる42歳の中年女性が、俺みたいなガキに対してヒステリーを起こしただけだ。俺みたいな粗末なガキにさえ金でしかつながれないんだから。でもそれは一時的な感傷でしかなく、また元に戻るもんだけど、仕事とはいえ、ガキだった俺にはその理不尽さは堪えた。暴力的だった実の母を思い出しながら、殺したいほど腹を立て、一方では母を思い下を向いた。その時結構ひどく殴られたので俺の顔が腫れていた。腫れた顔をひっさげて、同じ年の彼女と待ち合わせて深夜に家に帰ったことがあって。彼女は事情は深く聞かなかったけど、何かを察していたのかめっちゃ楽しませようとしてくれてさ。家で彼女が客からもらった桃を剥いてくれて、シャンパン飲みながら食べた。桃とか葡萄とか、果物をつまみながらシャンパンを飲むのは彼女から教えてもらった趣味だった。リチャード・ギアが映画で苺とシャンパンを合わせていたけど、あれだけは不味いと彼女はかなりの勢いで小馬鹿にしていた。次第に明けていく朝に怯えながら、遮光カーテンで部屋を閉ざして薄暗い灯りだけでいつまでもくだらない話をして笑っていた。

 

でも、そんな喧騒のなかの隠れ家みたいな恋愛も、いずれこっぴどい終わり方をする。どうしてこんなことになるんだろうって、女ゴコロを商売道具にしていても俺は女ゴコロがまるで分からなかった。身体と心を切り売りする仕事で一番辛い瞬間は、恋愛ごっこに熱を出して頑張って、ひとり脚を引きずるように冷たく暗い部屋に帰るときだった。駅から帰る途中にあるセブンイレブンでチョコレートを買い、家に山ほど転がってるシャンパンを開けて飲んでは、ソファに転がって寝落ちしてしまう。最悪なのは起きた瞬間で、色々腐りそうなことばかり考えてしまうので熱いシャワーを浴びてから、最近見つけた手頃なセフレの風俗嬢と新宿で会ってセックスしたらもっと死にたい気持ちになったり。

 

結局、孤独なのは俺もだった。客の中年女性だけじゃなく、俺もひとりぼっちで心を軋ませながら生きていた。

「あなたの夢はなに?」と客の女が俺に言った。

こいつ殺してやろうかクズって思った。夢なんかあるわけねえだろ。お前からかすめ取った金を貯めて、髪の長くて脚の綺麗な美女とハワイにでも行くことだよ、とは言えないので、お決まりの「夢トーク」をする。

孤独な中年女性は、金を払って遊んでもらってる男の夢の話を聞くのが好きなもんだ。だからウケのいい夢の話は用意してる。一字一句、言葉の順番まで緻密に練習してる。結局、その夢トークが金になるんでね。

「俺ね、留学したいんだ」それが俺の定番のウソだった。

 

俺が欲しかったのは、まるでムーミン谷のような場所で美女と静かに暮らすこと。できればケツがプリケツのほうがいい。

そんな妄想をしながら、夜7時の靖国通りの雑踏をすり抜けるように待ち合わせ場所に向かって歩いていた。

 

 

そのお話の美しさとは全く違う次元には大人の事情がありまして

異論があるというよりは、事実を知らないだけの人もいるだろうけど。

たとえばオリンピックに関してはIOC国際オリンピック委員会)が利権団体であることを否定する人はあまり多くないと思う。一部に不正行為があったと報道されたように、オリンピックの運営が少なくとも小学校の運動会の運営とは全く違う世界だというのは多くの人が知ってるよね。

まあ、大人の事情が渦巻くおじさんたちの世界だよ。

詳しく知ったらオリンピック憲章がかなり白けて見える。

でもそれとは別に、競技者の方々の努力と才能と献身は一流のものがあって。観戦してとても興奮する。尊敬もされてる。記録にも記憶にも残る。競技者が全員クリーンではないこともみんな知ってるけど、それでも、競技者はすごい人に違いはないよね。

 

同じ構図は歴史観ってやつにもあるみたいで。

たとえば14歳にとっては戦争って、国と国がお互いの主張をぶつけ合い暴力で排除する行為っていう定義だと思う。(44歳でもそう思ってる人もいる)

でも実際にはそんな正義とか主張なんかで巨額の歳出をするわけにいかないでしょ。夜の街で粋がるチンピラでもそんな小競り合いしても無意味だって知ってるよ。

あたりまえだけど戦争って実際はビジネスだよね。利権の奪い合いの歴史なわけだよ。政治的な駆け引きにはかならず誰かが利益をあげるっていう構図があって。日露戦争では、バンカーだったジェイコブ・シフが外貨建て国債を引き受けて資金調達できたわけだけど、この返済に日本が1986年までかかったのは有名な話。しかも日本は賠償金を得られず、結局儲かったのはバンカーだけ。いろいろ美化されてる坂本龍馬フィクサーは武器商人だったトーマスブレーク・グラバーで、グラバーはアヘン戦争のきっかけを作った香港の大商社ジャーディン・マセソンのエージェント。マネーの利権から流れを辿ってみると、すっきり理解できて頭に入るから不思議だよね。

俺、高校時代に世界史が死ぬほど苦手だったんだけど、それはきっと教科書に書いてある近代史の流れが不可解過ぎたから。戦争する意味がちんぷんかんぷんで飲み込めなかった。んなもんで国家予算使うんか?って。

それと、そんなもんで、特攻みたいなものを美化する人間が本当にいるのが信じられなかった。

でも、金の側面から辿ってみれば、本質は正義や思想とは関係がないことが分かる。

ただ、惨めなのは、美しい歴史観を飲み込まされて正義のために努力し、そして人知れずのたれ死んでいく、俺みたいな底辺の人間ばかり。

 

残念な事実なんだけど、正しく生きることと、大きく稼ぐこととは、まるっきり違う立場での努力なんだよね。

オリンピックの金メダリストは、黙っていたら大富豪になることは絶対ない。努力した英雄ではあるけれど、それなりのいい暮らし程度ができるくらいだろう。尊敬も名声も手に入れるけど、巨万の富を手に入れる立場になるにはちょっと生き方を斜め横に変えなきゃならない。

正しい会社員であることは、正しい人間であるかもしれないけど、権力や富とは無関係になる。せいぜい多少年収が高い会社員になれるのが限界。部長くらいになれたらいいねってところだろうな。

もちろん、そんな大富豪になる必要もなくて、きちんと家族養えればいいわけだけどさ。世の中にはそれじゃ満足出来ない人も結構いて。

 

桜子じゃないけど麻布十番とかのカフェで通りを眺めていると、頻繁にポルシェやマセラティを見る。どうすればそんなに金持ちなれるんだろうって昔不思議に思ってた。俺も自営業だけど、俺の力では年収3000万円程度が限界。しかも1000万円に落ちたりすることもザラ。きっとそれは、俺の生き方の限界値なんだと思ったよ。

 

年収1億円とか10億円になるとしたら、きっと本質を理解しないと無理なんだろうね。

俺やあなたの職業の本当の本当の本質。お客様に喜んで頂くとか、ありがとうが欲しいとかそういうメルヘン話のことじゃなく。もっとリアルでハードな本質の話をね。

例えば金融機関の話をすると、銀行の本質は、「集めた金を貸出し、残高を減らさず長期でズブズブにしてやること」だよね。証券会社だったら「運用資産を何度も預けかえさせて、手数料でズブズブにさせること」、保険会社だったら「長期運用する高額の終身保険を販売し、40年以上死んだ時以外には返さなくていい運用資金を調達すること」、だよね。

ここに、お客様の幸せのためにとか、資産づくりを応援して安心の老後をとか、そんなのは別にどうでもいいことだったりする。

もちろんその本質とは別に、お客さん思いのバンカーも、証券マンも、保険セールスマンもいるわけで。でも、それは出世もしないだろうし、給料も稼げないでしょ。歩合の証券マンだったらそのうちクビになるだけ。

本質から離れた独りよがりな正義を振りかざすのも結構だけど、そのサイズの成功しかない。俺は独りよがりな正義を振りかざすタイプではあるんだけど、ことごとく、本質からズレていく自分を発見して凹む。そういう時は必ず年収が下がってる。

 

そこそこの年収で自分の義を追求して人生を生きるのか、

冷酷な本質に寄り添ってパワーゲームの中で成り上がろうとするのか、

汚い大人な話をするけど、両立はないよ。絶対。両立したら幸せ過ぎるけど、よほどの精神倒錯起こしてる。

 

前者でも年収3000万円まではいけるから、それでもいいとはいえ。それ以上のことになったら、もう少し現実見て生き方変える必要はあるわけだよね。

 

 

好きなことを仕事にするとどうなる

Twitterで少し書いたんだけど、ちゃんとブログで書いたほうがいいと思うので、ちょっとやってみます。

 

なにかっていうと、「好きなことを仕事にする」ということについて。

 

例えば、車が好き。車を運転するのもいじるのも見るのも全部好き。寝ても覚めても車のことばかり考えてる。車輪が4つついていたら、たとえ軽トラでも興味がある。そんな人に向いている仕事は、営業マンとか整備士とかじゃないのて思いがちだよね。

好きなことを職業にしたらどれだけ幸せだろうって思うじゃない。普通。

 

でもどうだろうね。たとえば自動車の営業マンって、別に車が好きじゃない人もたくさんいるよ。車の性能とか歴史とかマニアックな知識が豊富であっても、もっと言えば車への愛情が深かったとしても、営業マンに求められる能力はそこじゃないわけだよね。

もちろんそれが無関係なわけじゃないけど、自動車営業マンに必要なのは、見込み客を見つけてきて商談テーブルに連れてくる能力とか、競合メーカーとコンペになったときの駆け引きだとか、故障やミスへのクレームに対応する力とか、自分の成績を確保するためのほぼ違法なスキームを持っているとか、そういうところだよね。あとは、そうだな、無能な上司との折衝とか、もっと言えばウソをつく能力、身勝手になれる能力。

 

自動車整備士にしても同じようなことじゃないのかな。愛情を持って車を直すというのが本来の仕事のはずだけど、ルール無視でどんどんめちゃくちゃになっていく入庫の順番とか、無能な営業マンのせいで納期が理不尽になっているとか、営業のミスを整備士のせいにされるとか、残業をしないとこなせない仕事を入れられてるのに就業時間内でこなせないことを責められたり、誰かのウソの片棒を担がされたり。

ただ車の仕事をしているだけで、やってることはどの仕事でも同じ。

そこには「好き」とか全く関係なくなってしまうよね。

最悪、あんなに好きだった車が嫌いになってしまう。車輪が4つついた乗り物を見るたびにげんなりするようになる。

 

何を言いたいかっていうとね、

好きなことを仕事にできたら、たしかに幸せなことだと思う。でも、好きなことを仕事にして収入も精神的な満足度も何もかもうまくいけばの話だよ。

もし、その好きなことが、自分にとって「得意なこと」ではないとしたら悲惨なことになる。

車が好きだけど、営業マンとしての能力に大きく適性が欠けていたら?車が好きなのに、他人に共感する能力が足りなければ営業マンとしてどうなる?朝のミーティングでは激詰めされ、行き場所もなく街中を放浪し、わずかな商談も断られ。収入は低いままで、社内では馬鹿にされ。

 

逆に、車は好きじゃないけど、その仕事が得意だったとしたら?このほうがよっぽど多いんだけど、仕事は順調になるよね。収入も高い。社内でも一目置かれる。別に車なんかなんでもいいんだけど、仕事はまあ楽しいよって感じるだろう。

 

好きと得意が両立することってほとんどないよね。

 

好きだけどいまいち得意でないことをやり遂げるために努力するとしたら?・・・これ、俺も経験あるんだよ。やめたほうがいい。下積みが長すぎるから。いや、やってることは好きなことだし、変な話だけど成功してないカスだからこそストレスもないって状況あるよね。だからダラダラやってしまう。世の中のカスみたいな夢追い人はほとんどこれだ。

ギタリストになりたくてバイトばかりしているうちに35歳になったけど、今は別に食うの困ってないしってことで45歳になってもまだやってるだろう。45歳で成功してもギタリストとしての収入は生涯でぱっとしないだろうね。

 

例えば俺は、正直言うとエロの仕事は好きじゃない。気持ち悪いんだよね。晴れた昼下がりに、子供が公園できゃーって遊んでるのを横目に、フェラチオとか顔射とか言ってるとか。体調が悪いのに、おまんことか。

セックスって好きな女としっぽりエロくやってんのが好きなだけで、四六時中、エロくはいられない。正直に言うとね。

 

でもさ、そのエロが得意なことかって言うと、ほんと、得意なのよ。エロのビジネスで一回の失敗も挫折もない。最初からうまくいった。仕事を始めた初日からだよ。ずるいことをする必要がないくらい、王道で成功した。風俗店の仕事では、ウソも誤魔化しもなかったし、警察の注意を受けることも、同業者と揉めることもなかった。

本業の昼職ではウソだらけだったのにまともな収入も得られず、エロに関しては正々堂々と金を稼ぎまくった。

それでもエロが好きになることはなかったよ。得意なだけ。

 

俺の今の本業はエロじゃないが、これは成功するまで7年かかった。今も苦労してる。きっと得意じゃないんだろうと思う。好きだどうかと言われたら、好きじゃない(笑)

ただ、「義」の部分で俺がやるべきだと思ってるので、それだけで努力してるし、そのことで結構幸せに生活してる。

 

「好き」と「得意」と「義」。

その中で、おれらのような凡人が大切にしたほうがいいのは「得意」の部分だろうな。

好きなだけでも仕事はうまくいかないし、義だけでも苦労する。仕事なんて初日からうまくいったほうが良いに決まってる。

 

好きなことをしてお金を稼げたら幸せなんだけどさ。でも人生でそう苦労するもんじゃない。得意なことを仕事にしたほうがいい。

 

好きなことが得意で、それで社会に貢献してるような一部のスーパーエリートみたいなやつと自分を比較しないほうがいい。

普通は、逆境を楽しむなんてできないよ。大舞台を楽しむなんて無理でしょ。エリートなオリンピック選手のインタビューと自分は違うんだよ。

 

クソむかつくけど、俺はこの仕事が得意だから、しかたねえこれやって家族養うよ。そんなのが現実的な進路だと思うけどな。

 

 

色々と社会には理不尽なことがあるけれど

人は誰だって思うよね。

「俺はそんな人間じゃない、ホントの俺を知ってほしい」とか

「俺はそんなこと考えてない、ホントの俺の考えを知ってほしい」とか

「わたしはそんな意地悪でしてるんじゃない、私の気持ちをしってほしい」とか

「わたしの噂は全部ウソ、真実を知ってほしい」とか

 

世の中にはそういう理不尽なことがわんさかある。

言ってもいないことを言ったと言われたり、考えてもいないことを企んでいると噂されたり。

仲のいい友達ですらそうだったりする。もっと言えば、親や兄弟姉妹からですらそう思われたりするよね。彼女や彼氏からさえ偏見を持たれることがある。

 

誰かが意図的に自分の悪口を流していることもあるよ。誰かが無能なために真実を理解できないってことも多い。人間的に未熟なせいで正しい姿を判断できないこともあるよね。

 

俺も日頃そうだよ。

俺に対する評価を並べてみると面白いよ。

「アキラはいい加減。整理整頓もできずだらしない」

「アキラは仕事をやる気がない。無気力な人間」

「アキラは人の悪口ばかり言う」

「アキラは人を蹴落とす事ばかり考えている」

「アキラは人に迷惑をかけてもなんとも思わない性格だ」

 

どれもこれも、俺じゃないなあって思う。

でもさ、ここ読んでる人に言いたいんだけど、それは放っとけって話だよ。

自分の真実の姿を理解して欲しいなんて願望は早く捨てたほうがいい。俺の今までの経験だと、人は、誰かの正しい姿を理解しようとは絶対に思わない。自分にとって都合のいい姿でいるか・いないか、だけしか興味がないよ。

 

例えばおっさんがいるとして、自分の娘の彼氏は、一流企業に勤めていて年収800万円以上かどうか、とか(笑)一流大学を出ているかどうか、とか。

貧しい家庭に生まれたとしても、新聞奨学生をして借金しないで大学を出ていて、親孝行もしてるとか(笑)

自分が理解できる範囲内で、自分が納得できる美談があって、自分が安心する状況があるかどうかしか興味がない。

 

俺なんかよく経験あるんだけどさ、若い頃、付き合っている彼女と結婚を考えると必ずこういう偏見から来るブロックが入った。貧乏な生まれ?親が違う?元不良?元パン助?え?元ホームレスで?風俗の仕事してたことがあって?転職もあって?学歴ない?

→とーんでもない。クソに決まってるから辞めておけ。

それで結婚しなかったことが何回かある(笑)

その偏見を覆す努力が必要とか付き合ってる彼女は言ったけど、申し訳ないけど、付き合うことすら辞めた。

 

俺は、あの夜の世界の師匠に、そういう真実とは違う姿に歪められても放っておけと教えられたんだ。

なぜなら、人はその印象を持ってその人を見たほうが安心するからだ。

人に対して自分なりの評価を下したということに安心感を持つんだから、その安心感を覆す努力は全くのナンセンスだと。

 

だから普段の仕事でも、プライベートでも、自分に対するイメージや評価は放っておくことにしてる。

結果、孤独になっていくよ。変な噂を立てられたら消える人もいる。変な噂で態度を変える人もいる。

 

でもさ、そうやって孤独になっていくかっていうと、実はそうでもないよ。これは絶対言える。

自分に悪意を向ける人は必ず自分から去っていく。それは最初から自分に対して悪意を持っていたからだよね。

そこに仲良しを演じていれば、自分の付き合う人間はその程度ということになるよ。

 

だから、理解はいらない。

 

その結果、人脈のレベルはどんどん上がっていく。

すごい人が周りに増えていき、またその繋がりでどんどん広がっていく。

逆に、自分に対して悪意を持つ人はそのままどこかで俺の悪口を言うだけのこと。

 

今のあなたが環境に理不尽を感じるとしたら、あなたはまだそこで仲良しごっこをしたいだけってことなんだよね。

実際、そこの低レベルでちまちまやっていたい人もいるよ。

 

でも、もっといい人生にしたかったら、離れていく人には感謝しとけ。

自分を開放してくれてありがとう、ってね。

 

目標を持っている限り、自分の人生は悪くなりようがない。たとえ苦労したとしても上昇基調は変わらない。変わるとしたら諦めた時だけ。

 

自分に対して勝手なこと言うやつは、放っておけばいいというお話でした。

 

では晩御飯の時間ですので、調理したいと思います。

 

ではまた。アキラより。(美咲のまね)

 

 

ヒマヒマ言う男と関わると運気が下がる

またやりますコミュニケーション講座。

一体誰の役に立ってるのか分かりませんが、とにかくやります。ご自身の何かに置き換えて、役に立たせてください。ではいきます。

 

本日のお品書きは

「気になるあの人からのお誘い、ほいほい乗っていいの?」です。

 

例えばだよ、前から気になっていた可愛い女性がいて、なんと幸運にもこんなこと言われたとする。「○○くん、今度の日曜日か来週の土曜日、空いてる?ご飯でもどうかなって思って」

 

こんな幸運なことは俺には絶対ないけどね(笑)もしこんなこと言われたとして、男性であるあなたは何て言う?女性だったら自分に置き換えて考えてみてください。

 

もし18歳だった俺なら、「もちろん、いつでもいいよ、今日でもいいよ、今週も来週も全部いいよ!」って言う(笑)だってさ、こんなチャンス二度とないって思うだろ。だから予定が合わないから、じゃあまた今度ねって言われてそれっきりになるのが怖い。

こういうの、営業マンなら仕事でもよくあるよね。予定が合わなくてアポがキャンセルになるんじゃないかっていう恐怖。

 

でもねえ。。。実はこれって本当にダメなんだよ。もちろんその時はいいよ。いつでもいいよ!って言って、その通り予定入るだろうし。でも、二回目、三回目と会っていくにつれて、自分の価値はどんどん逓減していくんだよな。つまり、だんだんどうでもいい存在になっていく。

 

似たようなことは身近に沢山ある。つい先週、俺は深夜に仕事のアポがあって、車で二時間半運転する機会があったんだ。自宅の近くにはコンビニが2つある。同じ通り沿いにあってさ、手前の一つは・・・店名は言わないけど全国的にどこ言っても三流コンビニの代名詞みたいなところ。店は空いてる。駐車場もガラガラ。

その先のもう一つの店は、全国的にシェアがトップの某コンビニ。夜になっても独身の人や中高年のおじさんで混んでる。

まあ、俺はコンビニあまり行かないけどさ、毎日飲んでる野菜ジュースと移動中に夕食代わりの食べ物が欲しかったんだ。午後7時くらいかな。

 

これから道中長いし、ストレスなく買い物したいなと思って、つい手前の暇そうなコンビニに入ったんだ。駐車場はガラガラで停めやすい。

でもさ、店に入ってみて激しく後悔した。いつもの野菜ジュースは売り切れ、そしておにぎりは2個しかない。弁当などは不味そうなのが3つだけ。19時の話だぜ?

これ、あっちのコンビニ行くしかないかと思いながらも時間がないので、パンの棚を見たけど、食パンしかない(笑)

仕方ないので水買った。レジのおばちゃんは白髪で表情もなく暗い。奥の事務所からオーナーらしき坊主頭の中年男が出てきて、店の外に行く。でっぷりと太って、顔に生気が全くない。いらっしゃいませも何も言わない。

 

あー失敗したと思いながら車に乗り込むと、そのオーナーのおっさんは店の前でだらーっとタバコを吸ってる。

ダメ人間の経営するダメ商店って言葉が浮かぶほど悲惨な光景だったな。俺が出ていく時に車で入ってきたのは、田舎のヤンキー車に乗る冴えない中年オヤジだった。

 

結局、その先のコンビニに入った。駐車スペースを探して、やっと中に入ると野菜ジュースも美味しそうなおにぎりも弁当もパンも沢山ある。時間はないけど、4人くらい並んでやっと会計して外に出た。時間のロスは結構あったんだが、目当てのものが買えたし見たことがない新商品も買ってみたので、満足感があった。

 

その時も思ったけど、時間と手間と煩わしさを代償にしてでも、売れてる店で買うべきだなと。あのダメコンビニは二度と行かないと思う。

 

これ、何を言いたいかというと、ヒマということにしか価値がない人は、いずれ捨てられるということだよね。

 

例えば売れっ子の営業マンがいて、その人から物を買いたいとする。そしたら「水曜日の5時と、金曜日の10時しか空いてません。ちなみに土曜日は2ヶ月先まで予定で終日埋まっているのでできれば平日の日中にしてください」と言われるとする。

もう一人、売れてない営業マンがいて、「いつでも合わせますよ!土日いいですか?土日も仕事してます!」と言われたとする。

どっちからモノを買う?俺なら絶対に前者だよ。仕事を休んででも平日に予定を作って会う。

逆にさ、後者を選ぶ人もいると思う。でもその結果は知れてるし、後者を選ぶ自分という価値も低い。利便性を追い求めて暇な営業マンをつかまえてみたり、ネットで比較してモノを買おうとしたり、結果いい買い物はできないだろうね。

 

だから、たとえ好みの女の子に食事に誘われても、「いつでもいよ」なんて死んでも言っちゃだめなんだよね。いくら予定表がガラガラだったとしてもだよ。

俺の知り合いの営業マンは、ダミーの手帳を持っていた。予定で埋まっていく予定表を客に見せることで自分の価値があがると言う。満足の行く買い物をしてもらう努力だよな。実際もかなり埋まってるんだけど、それ以上に真っ黒の手帳を作ってるんだよ。

 

同じことで、食事に誘われても「誘ってくれてありがとう。もちろん行きたいよ。予定は確認してから後で決めていいかな?」っていう答えがベストだと思う。

「忙しいところごめんね」って言われて初めて成功だよね。

なんかそれいやらしい小細工じゃない?って思うかもしれない。でも、相手にとっても、変なやつ誘っちゃったと後悔させないためでもあるよ。

 

もし、それで「忙しいなら今回はいいです」って言われるのなら、かえって好都合でしょ。その程度のお誘いは暇つぶしでしかないんで。

 

そうやって繰り返していくことで、本当に人として高いレベルの人と出会っていくんだよ。

 

今日は、ヒマヒマ言うやつとは関わるな、ヒマヒマ言う人間になるな、そういうお話でした。

 

ひさしぶりにコミュニケーション講座~大切な人だと思われたいとき

久しぶりにやります、コミュニケーション講座。

 

今日の話題は、「相手に重要な人だと思われたいとき」です。

 

日頃生活していて、人から自分が軽んじられているんじゃないかなって思うことないですか?

または、初対面の女性と会うとき、なんだかちょっと小馬鹿にされてるんじゃないかなって思うことは?

はたまた、初対面で出会った人が、全然話をしてくれなくて自分がブスだからじゃないかなって思うことは?

付き合っている彼氏や彼女が、大切な話を全然してくれないと感じることは?

 

俺はこれ結構あった。10代の終わり頃にはよくこんな思いをすることがあったよ。

 

これ、実はあなたの外見の問題でもなければ、人間性の問題でもないし、あなたの過去の問題でもない。もちろん学歴でも年収でも仕事でもない。話し方が気持ち悪いとか体臭がするとかでもない。

 

じゃあなにかって。

それは、自分が自分で、大切に思われなくてもいいというシグナルを送っているから。

自分で、自分と話をしなくてもいいというシグナルを送っているからだよ。

 

コミュニケーション能力で結構大切なキーワードがあってね、それは

「人は、自分が認めた能力までしか自分の感情を開示しない」という絶対ルール。

 

自分が判断した相手の能力以下しか、自分の情報も感情も開示しないんだよね。

 

その自分が認める能力の範囲って、初対面の2分くらいで判断されるんじゃないかなって思う。

専門的に言うとね、それは「能力開示」が成功したかどうかなんだよね。

自分がどんな能力があって、どんな能力を世の中から必要とされているかっていう情報をどのくらい開示するかで、その後のコミュニケーションが全部決まる。

 

もちろん仕事じゃないからさ、自分の能力はこうですこれができますなんて言わないよね。

その代わり、能力開示と同じくらい意味を持つのが、「気配りと笑顔と興味を持つこと」。しかもたった2分で。

 

自分で言うのもなんですが(笑)俺はここの能力だけとんがってます。

 

だから、中身が大したことないアキラという男に、世の中の美女はこれ以上ないくらい自分のことも感情も全部さらけ出して接してくれる。言っとくけど本当に大したことないからな?アキラっていう男は。

ただ、俺は、出会う人には「あなたという人間に俺は何ができるか今興味津々でコミュニケーション中」って顔してるから。

 

その範囲というか、エネルギーの範囲で女性が感情をぶつけてくれるんだと思ってる。

 

でも残念ながら、最初の能力開示を間違えたとき、2分の時間を無駄に費やした時、セックスはしても何も会話がないなんてこともあったよ。

 

これ、ぜひ意識してみてください。

 

 

副業とか言ってる前にやることあるだろーが

つい最近、15年くらい前に一緒に働いたことがある女性から電話があった。

記憶が薄い存在だったが、覚えているのは田舎者で仕事をするマインドが全く未熟だったということ。でもまあ、当時20歳くらいだったからね。

35歳になった彼女は電話で、最初から要領を得ない話をしていたが、どうやらネットワークビジネスのようなものに俺を勧誘したいのが分かってきた。

俺とお茶をしたいと言う。

まあいいよと俺は言う。

「私の先輩も連れて行っていいですか?すごい人なんでアキラさんと話が合うと思います。」なんてそいつは言う。

 

なんだかな。そんなもん今はじまったわけじゃない。大昔からマルチ商法なんて沢山あるよ。渋谷のNHKの前に社屋がある有名なやつから、インチキ臭すぎるものまで百花繚乱だろ。でもまあ、今時やってるのはデブスの貧乏主婦か、頭の弱いフリーターくらいだろう。

 

その女と会ったのは安いファミレス。プライベートで俺が絶対行かないような店。ドリンクバーとかあるようなやつね。

案の定、ネットワークビジネスの勧誘だった。女についてきたおっさんは40代くらいで、つまり女のアップラインだったわけ。ネズミの親分な。

話し始めて一分でぶん殴ってやろうとかと思うほどの稚拙な話。

「アキラさん、夢はなんですか」

「夢?ないよ」

「そうですよね、夢って大人になると忘れますもんね」

みたいな話からw

聞いていると、つまり金を稼げば自分も周りの人も幸せにできる、みたいな話をし始める。

あのねえ。。。

時間のムダだよな。マインドの幼さが悲壮感すら漂う。金を稼げばなんでも自由になるっていうのは、せいぜい20歳くらいまでの子供にしか通用しねえよ。おっさんにもなって、アウトドアブランドのリュックサック背負ったやつが、俺によく会おうと思ったよ。俺はいつものルイジボレッリのネクタイをしていたが、こいつは丸首のよれたスウェット。まあ、どこかのブランドなんだろうが、俺にはニート親父にしか見えない。

「俺、サーファーが仕事なんです。このビジネスで自由な生活手にいれたんだよ。ネクタイとは俺は無縁です」とか言う(笑)

ホンダのボロい中古車乗ってる貧相な色黒の男が言っても、俺には何の魅力もない。

 

そういう男がコンプレックスに思ってるもの。俺は知ってるよ。必ずむきになって反応するから。

「俺は毎日楽しく仕事してるから。今日も明日もお客さんに頼られて大きなビジネスをしてるし、会議も研修もある。俺は毎日楽しく忙しくしてるよ。」

俺がそう言うと、ほら。顔つきが変わる。

ネズミ講男は「忙しい」と同世代の男が言うことに激しく嫉妬する。いくら小銭を稼いだところで、同世代の男が、真っ当なビジネスで評価されアポで埋まり、忙しいながら幸せに成功している雰囲気を出すと過剰に反応するんだ。数年前にもブログに書いたかもしれない。

「俺は、仕事を通してお客さんに貢献する。その結果、世界がよりよく変わっていけばいい。その仕事で俺は報酬を得ている」

男が嫉妬で腹の奥が煮えくり返るのが分かった。ネズミの仕事で多少頑張ったかもしれない、でも男としての本質の稚拙さに自分で分かっているんだ。ガキっぽい仕事で小銭を稼いでる自分を誇れない、自分の金のために物を知らないガキどもをカモにしてるおっさんという自分の姿に自信がない。

もっとはっきり言うと、自由というよりヒマな自分に大人としての自信がない。

男は無言になり。

「役に立てなくてごめんね」と俺は女に言って帰ってきた。残念がら自称成功したサーファー君の数倍の年収が俺はある。それでも俺は成功したとは思ってない。そこに成功の評価軸を置いてないしね。

きっと、俺の悪口を必死で言っていただろう。それもお約束の姿だ。

 

俺を誘った女も、いい年して本当に安っぽい選択しかできないことにガッカリしたよ。

本業の仕事は今はどこかの会社の事務員らしいんだが、自分でその仕事をディスる。給料安いだのやりがいないだの。それでネズミに夢持ったんだろうけど。

本業の仕事での自分の使命も理解できず、本気にもなれず、関係ない人間に自分の仕事を粗末にするようなことを言う。安直に目の前にぶら下げられた安っぽい自称「成功者」の姿に吸い寄せられる。35歳にもなった女がやることじゃない。

その粗末な生き方してる人間と成功したいなんて人間はいないんだよ。ババアになっても自分の金のことしか考えてない。一生無理だよ。お前みたいなババアは一生夢見る貧乏人でいろ。

 

仕事ってなんだと思う?

金を稼ぐ手段としか思えないのなら、相当惨めだよ。物乞いと同じだよな。

せいぜい綺麗に言うとしたら、「夢を叶える手段」って言うかもしれない。でもそれも同じだ。夢追い乞食だろ。

 

金があったら幸せになれると思う?

俺はそうじゃなかったよ。金は絶対必要なものだよ。でもそれと同じくらい必要なものがあるんだよね。幸せに成功するためには。

それは、「義」の部分。

なぜ仕事をしてるんですか?っていう質問にあなたが答えて、相手が「それ手伝いたいです」って言ってくれる?

ネズミの仕事ではそれはない。せいぜい「俺も儲けたいです」くらいだろ。その先には成功もないし幸せもない。あえて言えば、儲けた金で違うことをして気分を楽にするくらいのものかな。旅行とか(笑)

仕事そのもので幸せになれるかどうかって、生き方が問われるんだよ。そのことでお金を稼げたら、本当に幸せに成功できると思ってる。

 

そのために必要なのは「義」

自分以外の誰かのために、社会のために、世界のために、自分の仕事そのもので貢献していこうとする生き方がなければ、40歳もすぎれば必ず焦燥感で死にそうになるだろう。

食うに十分な金を得た後ならそれがよく分かる。食えない状況では義なんてどうでもいいと思うかもしれない。でも、十分食えるようになったら、義がない人生は本当に苦しいって分かる。

 

人の役に立つことを仕事にして、それでお金を稼げる仕組みを作る。

それを昔から「先義後利」って呼ぶらしいんだけど、江戸時代から続く商人の基本だよ。

それは、きっと世の中の退屈そうな顔をした大人たちが言うことと違うと思う。

 

自分が楽しいことをして金を稼いでいいんだし

人の役にたつことを仕事にしていいんだよ。

仕事はイヤイヤやるもんじゃない。我慢してやるもんじゃない。確かに疲れるけれど、人に喜んでもらうことに夢中になって休まないで働くのって本当に幸せな姿だと思う。それでたんまり金稼げたら最高だろ?

それで税金払って社会に還流させていくのが、本当の商人だし、本当の大人。

それに気づいていくのが修行。気づかせてくれるのは自分の努力と、関わる全ての人。

好きなことをやって成功、成長するのはあたりまえのこと。それ以外では成功はできないし、成長もほとんどないなんじゃないの。

 

それにさ、ボランティアにしても、そういうのは成功してからやるものって言ってる人いるじゃない。自分が金を稼いでからやる、とか。

絶対やらないから。どれだけ金を稼いでボランティアするつもりなんだよ(笑)ビル・ゲイツみたいに財団作れるほどになってからやるつもりなのか。お前じゃ一生無理だろ。

人の役にたつのは、今すぐやるんだよ。それを仕事と呼ぶんだよ。

 

副業だの、安っぽい成功だの、そんなこと考えている前に、今目の前にある自分の仕事を必死にやったらどうよ。

それで食えてるなら文句ないじゃない。副業は、そもそも食えない人が仕方なしにやるもんなんだ。

 

目の前の仕事を必死にやっていると、その延長線上で人生を変える出会いがあるよ。

それは少なくとも、ネズミ講の安っぽいおっさんやおばさんではないから(笑)