「世の中結局カネだろ」って言う人間は、なぜカネを稼げないのか

風俗業にいた時代。

決まってこう言うやつがいた。男でも、女でも。

「世の中、カネっすよね。カネあるもんがいい思いするんすよね。」

俺はそいつらの顔も見ないで、PCをいじっている。

「だから俺、カネ稼ぎますよ。だって世の中カネ次第っすからね」

 

そう言う男は、決まって金を稼げないまま消えたし、そう言う女は風俗で小銭は稼いだけれど、風俗を辞めたら小金持ちの客の愛人になっては捨てられ、たいてい乞食みたいなババアになるのが関の山だった。

あれ?って俺は思う。

世の中、カネなんじゃないの?なんでそんな乞食みたいになってんの?

カネカネ言ってたじゃん、なんで金ないの?って。

 

答えは簡単な話でさ、この乞食みたいな育ちで底辺でうにうにやってきた俺でも知ってることだよ。

つまり、「世の中は結局カネではない」ということ。

俺も金で苦労したよ。借金に追われホームレスで食い物に困ってパン盗んで食ったり、公園で水飲んで空腹をしのいだりね。金に困った武勇伝ならたぶん滅多に負けない自信がある。

それでも思うんだよね。世の中は結局金ではないし、金次第にどうにかなるのはせいぜい風俗嬢にちんぽしゃぶらせることくらいだ。

 

もし自分が貧乏で、その惨めな生活からいち早く抜け出したいと思ったら、脳みそに叩き込んでおく法則があるんだよね。それは、世の中は金で動いてないってことだよ。金次第で動く人間があなたのそばにいるとしたら、あなたのいる環境が恐ろしく貧しいと思って間違いない。人間性の貧しい環境にいるってこと。

あなたが思うよりもっと多くの人間が、金だけでは絶対に動かない。金銭の多寡で物事を判断してない。もっと言えば、損得だけでは動かない人のほうが多いんだよね。

 

きっとあなたは思っているだろう。自分が女に相手にされないのは金がないからだ、自分が貧乏な生活をしてるのは学歴がないからだ、家に金がないから大学に行けなかったからだ、アキラやぽっきいは金があるから女にモテるんだろ、いろいろ綺麗事言ってるけど結局金だろ、とかね。

いや、世の中、金がなければどうにもならないよ。いつもの新宿駅の改札をくぐるとき、Suicaにチャージされてなければゲートがしまってしまう。世の中金じゃないから入らせろとか言いつづければ、そのうち警察がやってきて連れて行かれる。

でも残念なことを言うと、俺は、ホームレス時代に色んな人が俺から離れていったけど、そこから脱出できたのは俺が落ちぶれても色々世話してくれたなつきという美人な仲間のおかげだった。それに、ホームレスは脱出しても随分長い間貧乏だったのに、たくさんの女たちが俺の世話を焼いてくれた。仕事を紹介してくれたり、人脈を紹介してくれたり、食べ物をくれたり、彼氏が捨てると言ったシャツやネクタイをくれたり。つまり、いくら貧乏でも、俺は女に縁がなくならなかった。俺は何をしてやるにも金がないっていうのに。

だから言うけど、女にモテないのは金のせいじゃないよ。金がないせいじゃない。あなた自身が努力してないから、それだけでしょ。勝手に金のせいにされたら、金は怒ってしまうんじゃないの。

お前の女事情なんか俺のせいじゃねえわって、お金が思ってるよ。

 

何度も言うんだけど、お金を稼ぐチャンスって、人伝いにやってくるんだよ。

ネットとか、ノウハウ本とか、お小遣いサイトとか、そういうところに転がってる情報は全部うんこ。チャンスは必ず人伝いにやってくる。

 

今、もし自分にチャンスがやってこないと思ってるなら、理由は一つ。

あなたが人を粗末にしてるからだ。

あなたが人に感謝をしていないからだ。

だからあなたにチャンスが来ない。せっかく近くまで来ていたチャンスに気づかないで、通り過ぎてしまう。

 

お金ってね、ご縁で稼がせてもらうんだよ。しかも、人のために尽くしたことの報酬で稼がせてもらうんだよ。

綺麗事言ってると思ってる?残念ながら、それは風俗でもそうなんだよね。夜のいかがわしい世界でも、信用のあるやつのところに金が流れ込み、居心地がいいのかずっと居座ってる。お金さまが。

 

そして、金持ちのやつらは必ず言う。

世の中、金じゃねえんだよなって。愛だよなって。貢献だよなって。人に尽くして大切にすることだよなって。

金持ちになっていい思いしたいと思ったら、まずやることがあるだろ。

毎朝元気よく挨拶する。

ビルの掃除のおばちゃんにも明るく挨拶する。

自分の彼女にありがとうと言う。

自分の彼女に、今日も可愛いねって言う。

職場の事務の女性に、今日もありがとう助かるよって言う。

道にゴミが落ちていたら拾って捨てる。

銭湯で椅子と洗面器をほったらかしにして出ていくやつがいたら、自分が片付けてやる。

自分の奥さんに、ごはんおいしいよって言う。

仕事が大変で困ってる同僚がいたら手伝うよって言う。

 

そういうことって、「優しい」とかそういう安っぽいもんじゃないんだ。本気で人に尽くせますかって話。

それができないくせに、ネチネチ仕組みの話をしたりさ、損得の話をしたり、そういうのは呑気なサラリーマンが居酒屋で語り合っていればいいよ。

本気で、孤独に、ハードにサバイバルして、成功を手に入れたいと思ったら、まずは人に感謝をし滅私奉公したほうが近道だよってことなんだ。

 

成功とまで言わなくても、どん底から這い上がってなんとか生き延びたなって思うことがあったら必ず思うから。

俺が生き残れたのは、人のおかげだなって。

俺はこのブログを読んでくれている人にも感謝してる。このブログのお陰でたくさんの出会いも金も稼ぐチャンスももらった。このブログを読んでくれる人がいるお陰で俺が文章を書きまくり、その結果、俺が一番の気づきを得ていると思う。

 

それが、世の中カネっすよね!とか俺が言っていたら、今頃俺は刑務所にいると思うよ。詐欺とか、婦女暴行とかで。

頭がポンコツになってたと思う。そして貧乏していた。

 

人が幻覚を見たかと思うほどの美女と、信じられないほどの華やかな夜景を眺めて、ケツ出してシャンパン飲んでるような瞬間でも、

俺は人に尽くすことで大きく稼がせていただいてるって意識は絶対に忘れてない。誰かが俺にチャンスを差し出してくれたこと、それに飛びつくことを許していただいたこと、そして多くの人が俺のマインドを支持してくれたこと、そういうことに感謝を忘れてないよ。

 

金稼ごうと思ったら、必要なのはチャンスじゃない。

まずは、人に感謝をするという姿勢。そしてまずはあなたの成功を支援しますっていう貢献の行動。

 

結局さ、世の中は、愛だよね。愛。

愛が金を稼がせてくれるんだよね。

 

 

人間関係に優先順位をつけるその癖、当たり前じゃないって知ってる?

前回のブログで、共依存が原因のDVを受けてきた女は、結局人からの信用も無くしていくっていう話を書いた。

 

今回はその続きというか、関連した話。

 

共依存に堕ちた人間が、なぜ人からの信用を無くすかというと、つまるところここに行き着くと思う。

「人間関係に優先順位をつける癖が当たり前になってる」ということ。

どういうことかというと、ここ読んでる人も少し考えてほしいんだけど、こんなことって経験ないかな。自分でも、周りの人間でも。

 

あなたは女性だとする。そして2歳年上の彼氏がいるとする。

今日は京都に二泊の旅行に行こうとして早朝に起きて準備している。シャワーを浴びて、化粧して髪をセットして、昨夜に揃えたスーツケースを玄関に持ってきて。そろそろ出かけようかとしていると、電話が鳴る。彼氏からだ。

突然だけど、旅行行けなくなったって言うんだ。なぜ?びっくりして訊く。

するとこう言う。

「出かけようとしたらうちの母ちゃんがさー、なんか機嫌悪くなって。旅行行くって言ったらなんか怒ってるんだよね。ごめん、旅行いけないわー、キャンセル代俺が払うからさー。あー、あのババアほんとないわー、むかつくわー、ごめんねー」

結局旅行はなくなり、昨日買ってきたワンピースを脱いでクローゼットに戻し、スウェットに着替えてリビングで理不尽な思いに駆られる。

 

つまりね、彼氏は母親と共依存の関係なわけだよ。母親は自分の知らないところで知らない人と旅行に行くなんて怖い、怖いから頭にくる。息子は母親の顔色が気になる。ちょっとでも曇ると不安で仕方がない。

旅行に行くななんて言われてないし、誰と行くんだとも言われてない。でも顔が曇っただけで自分の行動を辞めてしまう息子。

そして、簡単にキャンセルされてしまう彼女。

 

彼女は思うだろうよ。わたしは、何なんだって。不倫でもあるまいしコソコソ付き合う関係なのかって。突然のキャンセルが事故とか病気とか仕事だったらいい。でもそれが母ちゃんが怒ってるからって。

彼女は自分の自己重要感を思い切り傷つけられる。そして傷つけたことすら気づいてない彼氏。その日、彼氏からフォローのメールも電話もない。来たかと思ったら、「今日は暑いね」とかそんな内容。

 

彼女との関係と、自分の母親との共依存の関係と、天秤にかける癖があるんだよね、この彼氏。母親が怒ってないなら旅行に行ったということだろうから。

これ、極端な例だけどさ、共依存の人間関係に堕ちてる人間は人間関係を天秤にかける癖が当たり前だと思ってる。他の人間もそうだって。

もちろん、彼氏のことが好きだから何より優先して生きてるっていうのはいいんだよ。でもその優先するべき人間関係があるのに、違う人間関係もあって天秤にかけてキャンセルしたり小馬鹿にして付き合ったりっていうことが、当たり前の人間は多くないって知ったほうがいい。

彼氏が優先であれば、家族より優先なんだよ。普通。

でも彼氏も大事、お父さんも大事、でも今はお父さんの機嫌取ろう、みたいな考え方では、まともな彼氏なら離れていく。まともな人ほど相手にしてくれなくなる。

 

彼女と喧嘩したからデリヘルに行って、デリ嬢がやって来てプレイ始めようってするときに、彼女から電話メール来て仲直りしたいって行ってるから、デリ嬢に金渡してとっとと帰ってくるとか。

デリ嬢だからなんか話がぼやけるけど、同じことで、それ当たり前の行動じゃないんだよね。彼女のことが優先だとしたら、そもそもデリ嬢とは会わない。彼女にも無礼だし、デリ嬢にも無礼だろ。金払えばいいってもんじゃない。

そもそも他人を当て馬にしてる神経って、まともじゃないよ。

 

最初に出てきた彼氏はきっとこう言う。

「いやキミのことは大事だよ、でも親も大事でしょ」って。

普通の神経している人なら、もういいわってそんなやつは切ってしまう。

 

いや言ってること分かるかな?それ何が悪いのって思ってるとしたら、相当、感受性ポンコツだぜ?

人間関係に優先順位をつける状況に、普通の人ならならない。複数の人間関係に優先順位がつく生活をしているとしたら、つまり、共依存の不気味な関係と、そこから逃げるための半端な付き合いが両方あるからなんだ。

彼氏がいて、女友達との遊びの予定と、天秤にかける瞬間は普通なら絶対ない。天秤にかける対象ではないでしょ。別次元の人間関係だから。

彼女がいて、自分の母親との人間関係を、天秤にかける瞬間は絶対ない。これも別次元の人間関係でしょ。

夫がいて、夫以外の男との人間関係を、天秤にかける瞬間があってはならない。そもそも天秤にかけてはならない対象だし。

 

彼氏と会えなくてヒマだしむしゃくしゃするから、女友達との飲みにたまに行こうかとか、そういう神経は普通しない。旅行に行く前に母親が不機嫌でも、普通はキャンセルなんかするわけない。

 

これが普通のことで、他の人もやって当たり前って考えてるとしたら、結構危ない脳みそしてるよ。

 

DVは見殺しにしますごめんなさい

俺がこれ言う度に、良識ぶった人が眉をひそめるんだけどさ(笑)また言う。

 

「DVと不倫の相談には乗らない」


特に成人女性の話だけど。

子供の虐待は別だ。

 

おいおい、不倫は自分の都合だから分かるとして、DVの相談も乗らないってどうなのよって顔をされる。人間性どうなのよって。

DV、つまり夫や彼氏からの暴力で悩んでいたとしても、俺は一切関わらないということにしてるんだよね。たとえ血みどろで助けを訴えてきたとしても。ちょっと、悪いけど違う人に頼んでくれるかな?って。

それが友達だとしても、スタッフだとしても、後輩だとしても。たとえ見捨てた結果に死んでしまったとしても、それはそれでいいと思ってる。

 

いや、俺もそういうの助けてた時代あったよ。風俗業の世界にいたんだから。DVなんて日常茶飯事だよ。午前3時に仕事を終えて帰った嬢が、午後4時半には彼氏に腕折られて病院に担ぎ込まれるとかね。その都度俺は心配して、俺の部屋に住まわせたり、彼氏が近づけないようにあちこち奔走して手続きしたりした。

でもねえ、今はそういうのもうやらないんだよ。

 

なぜかって。面倒だから。それだけ。

若かった頃の俺は、正義感で世の中の不正義が解決されるものと思い込んでいた。でも違うんだ。世の中はそう単純ではない。

例えばDVは、悪意とか敵意で暴力が起こるのではない。敵意で始まる暴力は世の中にそう多くはないんだよね、実際。DVのほとんどは、共依存から始まる。共依存。読んで字のごとくで、夫と妻、彼氏と彼女、父親と娘、母親と娘の関係で、両者が完全に依存し合ってる状態のこと。

これ、恋愛経験が貧弱な人には分からないんだが、恋愛経験が少ない人にこそ起こりやすい精神病理なんだ。ラブホテルの名前じゃないが、ふたりぼっちの関係に極度に依存する。自分と相手の境界線がなくなり、自分が知らない相手の世界を見ると激しく動揺するんだ。たとえば、自分の知らない友達が出来たとか、自分の知らない職場の人と話をしているとか、自分が好きじゃない人と話をしてるとか、そういう自分の知らない相手の世界を見ると恐怖に慄く。そして激高する。

共依存っていうのは、二人間の関係だけではなく、友達グループでも、家族単位でも、職場の派閥でも、同じ事起こりやすい。

恋愛感情や夫婦関係の時は、自分達以外の世界=浮気という敵対関係があるし、

友達、家族、職場の派閥では、何か共通の敵を設定していることがほとんど。上司とか会社とか、除け者にした友達とかね。共通の敵とか、あってはならない道徳規範みたいなものをぶち上げて、お互いの行動を縛り合う。お互いが最初は安心感の中で暮らすんだけど、そのうち、どちらかの世界が広がってしまう。

 

そして暴力が起こる。身体的な暴力もそうだし、経済的な暴力、言葉の暴力、支配の暴力、無視などの関係性の暴力、いろいろね。

(厳密にはDVだけでなく、ハラスメントと呼ぶべき状況もあるが、いずれにしても暴力には違いない)

 

DVをしている側は、しつけとか愛情、気づかせるため、などと思いこんでいる。

DVを受けた側は、苦痛のせいでその場を逃げ出してしまう。その時相談をする相手が問題でね。

その時に知り合ったばかりの友達や彼氏、職場の同僚や先輩という身近な人になるんだ。相談された相手はびっくりする。そんなのありえないと。だから、そんな彼氏とは別れたほうがいいよとか、旦那さんと離れて実家に非難したほうがいいよとか、必死にアドバイスする。旦那さんが仕事に行ってる間に荷物まとめて実家に帰ろう、俺が車で乗せていくから、って男友達が色々してくれようとしたり。

もちろん、最初はその通りにするかもしれない。

でもね、ダメなんだ。DVの根本は、共依存だと言っただろ?共依存の世界をナメてはいけない。

出て行かれた夫や彼氏は、泣きながら土下座して謝る。俺が悪かったと。

それを見た妻や彼女は、暴力さえなければこの人はいい人なんだと思い、許す。許すのではなく、この人がいなければ自分は生きていけないって心の底では思っている。だから元に戻る。

一方で、心から心配して、この女性が正しくいい人生になるようにと思ってあれこれ手伝った友人たちはあっけなく捨てられる。

 

俺も経験がある。夜中に助けを求められて迎えに行き、実家に送り届けた。実家の前に置いて帰って、ふと思って一時間後に夫の家の前に行ってみると、その女が平気で戻っているのが分かった。

まだ20代の頃だったからね、俺も。びっくりしたよ。そしてこういうDVの相談っていうのは「ノロケ」なんだと気づいた。

ノロケのために人を巻き込むのが、DVの被害者なんだよね。

結局、DVの被害者って人生は変わらない。必ず元にあった心地いい共依存の関係に帰っていく。

 

当時、俺の事務所にいたスタッフがね、みんなの心配を裏切って元に戻った時にその女に言ったことがある。

「本当に助けを求めたんじゃなければ、みんなに謝って」

女は平気な顔で言った。

「ごめんなさい。みんなに迷惑かけるのでもう心配してくれなくてもいいです」

その時、そこにいたスタッフ全員が血が沸騰するのが分かった。

てめえとか言いながら掴みかかる女性スタッフもいたので、俺が必死に止めた。DV女が言った。「みんなそうやって私を殴るんですよね」

女はそのまま消えた。二度と来なかったし、その後俺がきっちり解雇した。DVはその後も続いていたと思う。

スタッフの中には何年たっても、あいつ殺すとか言ってるやつもいたくらい、周りを怒らせた女だった。

 

DVが共依存から始まるってことを知識として知らないと、DVの相談に安々と乗ると必ず馬鹿を見る。何か職業として対価をもらってDV相談に乗るのではない限り、俺はDVの相談に乗るのは馬鹿だと思ってるよ。共依存という目に見えないものを相手にして、1人ピエロになるだけだから。

 

共依存DV女は、その後の人生は絶対に上手くいかない。決まった一つのレールに乗るんだよ。

25歳までの間は、真剣に心配してくれるまともな大人が周りにいる。職場の先輩もだし、男友達もだし。

でもDVの相談で一度失敗すると、一気にまともな大人が周りから消える。

そして30歳を過ぎた頃になると、DVの相談をする相手は、「出会い系サイトで知り合った男」みたいにレベルが下る。

出会い系の男は、相談に乗ることで親しくなれると思うような未熟なおっさんだったり。あるいは、年下の何も知らないモテないガキとかね。

しかしそれすら裏切る。

40歳を過ぎた頃には、すっかりメンヘラで。スケベそうな車の営業マンとか、損保の手続きした営業マンのおっさんとか、そういうのをひっかけて相談するけど、結局不倫で。不倫とDVのダブルノックアウトで、こてんぱんにやっつけられる。

共依存だった夫もいなくなり、親からは縁を切られ、精神科に入院して逃げるしかなくなる。

 

DVというより、共依存を自分で断ち切らないかぎり、DV被害者は何度でも虐げられる。


文句言う客は糞。俺の子分が正しい。子分以外は死ね。

実は風俗店でも、普通の会社員でも、人が集まって仕事をするところはどれも似たようなもんだよ。

優秀でスタッフに好かれる上司がいれば、無能でスタッフに馬鹿にされる上司もいる。スタッフが不満だらけで愚痴が多い職場もあれば、スタッフが前向きに明るく仕事してる職場もある。労働時間が長すぎて休みがないくせに収入が少ない職場もあれば、適切な労働時間で相応の収入が得られている職場もある。

どれも風俗でもある話なんだよ。人が集って誰かがリーダーをすれば、どこでも同じ状況になる。特に風俗は女性の世界だからね。ボスの態度のとり方をちょっとミスるだけで店自体が崩壊しかねない。

 

結局ね、俺思うんですが、「情」を理解できないポンコツ感受性のボスには俺もついていけない。それが風俗嬢ならなおさら。

たとえばさ、風俗って客との関係で理不尽なことが多すぎるわけ。正直まともなやつは風俗使わないだろ。客の9割は、馬鹿丸出しか、利口ぶった馬鹿か、どちらか。無神経な態度取れるやつか、風俗嬢にすら嫌われたくなくてビクビクしながらいい人ぶる無能か、どちらかとも言える。まあどっちでもろくでもねえわけ。

すると、客の中にはセコいやつもいてさ、風俗嬢にさえクレーム言い出すやつもいる。やれ時間に遅れただの、やれ態度が悪いだの、やれ本番嫌がっただの。風俗嬢本人にウジウジ言うわ、店に電話かけてきて受付の女性にグダグダ言うわ、俺の気持ちはどうなる、俺の立場はどうなる、俺の時間をどうしてくれる、俺の期待をどうしてくれる、とにかくうぜえんだ。たいてい酔っ払ってるのもあって、電話で怒鳴り散らす。

たしかにさ、客だけが悪いんじゃないよ?嬢も人見てテキトーな態度取ったっていうのもあるだろう。カスな客には露骨に顔に出やすいからね。もちろん、それは接客業としてあるべき態度では・・・ない、たしかに。

 

でも俺は、そんなクレームの電話がかかってくるような嬢が事務所に戻ってきた時、いつもかけている言葉があったよ。

「大変だったな」そして「心配するな、俺に任せろ」

もちろん、客の言い分も正しい部分だってあるだろうさ。でも、俺は絶対に嬢を責めないと決めていた。どんなにクレームがあったとしても。俺は客のクレームは信じないし、一切参考にはしない。記録にも記憶にも残さない。

そんな客との諍いで一番堪えてるのは嬢本人だからね。当たり前だろ。言われなくても分かってることだよな。一番悔しいにも嬢本人だ。

俺は、そこを理解してるぞっていう姿勢は必ず見せるようにしていた。これ見よがしに媚びる必要はない。でも、客への文句があるなら俺が聞いたし、愚痴があるのも聞いた。ただ、大変だったなとか、心配するなとか、ぶっきらぼうに俺は言うだけ。

絶対に本人を責めないと決めていた。そしてその客は店にとって迷惑客としてすべてNGにした。他の嬢も一切つけなかった。要するに出禁にした。客は理不尽だと言い、ネットの掲示板でも騒いだがどうってことない。金払わなきゃ女も抱けねえクズ男は他にもゴマンといるわ。

 

俺は、そこのところの情をないがしろにして、「キミの接客態度はプロじゃない」とかそういう一般論というかお説教というか、そういうこと言う馬鹿にはなりたくないと思っていた。

 

プロとして、シビアで実務的であろうとすればするほど、俺は現場で戦うやつを100%を庇うと決めているだけだ。客の意見は申し訳ないが必要ない。顧客目線なんて無価値。俺のスタッフが100%正しい。正しくなくても、正しい。

もちろん、それには条件はある。それは俺というボスに無条件に従っている限りの話だ。当たり前だろ。俺の子分だから、親分の俺が守ってやるっていうだけの話。俺に意見してくるなら勝手に死んでしまえと思ってる。知らん。蹴るわ。

 

これ、俺が20歳の頃、所属していた店で社長がいつもそうしてくれたんだよな。俺は気が短くて口汚かったから、かなりクレーム起こした。ガラの悪いおっさんが乗り込んできたこともある。でも社長は、俺のことだけ信じてくれて、俺がたとえ嘘をついていたとしても俺を庇ってくれた。そして俺が悔しいと思っていることを理解してくれているのかは知らないけど、こう言った。

「しーんぱいするな!アキラ!次がんばれ!その客は糞だ」

そして落ち込んでる俺に高そうなウイスキーをグラスに入れてくれて、俺はストレートで一気に飲み干した。喉を熱いのが落ちていった。

「メシくってんのか?今どんな女と暮らしてる?」社長はどうでもいいことを俺に聞き、いつも以上に笑った。

俺は、この社長についていこうと思ったよ。そんな夜のゲスな仕事でもさ。

社長に責められなくても、どうせその夜は俺は悔しくて眠れないんだから。でも社長がそうしてくれたから、次の夜の出勤には俺はまたエネルギーが復活していた。

その社長も、俺に良くしてくれたのは、俺がきっちり子分だったからだよ。

 

俺を庇ってくれた当時の社長も、スタッフを庇った俺も、現場の具体的な仕事の内容なんか知らない。スキルもない。知識もほとんどない。現場にいないんだから。でも俺は100%庇うというのがボスの役割だと思ってたな。

 

もちろん、ビジネスはそんなに甘くないとか、厳しく責任を追求するとか、顧客目線でどうこうとか、クレームに感謝するとか、カイゼンとか、そういう意見もあるだろうさ。

でも俺にとってはそれはすべて糞。どうでもいい。会社員であっても、部下のことを庇えない上司なんている意味ないだろ。そもそも。

すくなくとも、部下を庇ってから責任とか事情を聞いていけばいい話でしょ。

俺のいた低学歴低学力のゲスな世界では、文句言う客は糞、俺の子分は最高。子分守れないボスは死ね。それだけの話。底辺のやつらがゲスに金稼ぐ世界ではそんなもんで十分上手くいく。

クレームなんか感謝しねえよ。クレーマー死ね。

 

もう少し、自分の群れを意識して大切にする気持ちってあったほうがいいぜ。

 

出会った直後の一週間で、本質なんか理解できる

それが彼氏であったり、彼女であったり、妻であったり夫であったりするかもしれない。もしあなたに好きな人がいたとして、その人のことをどれだけ知っているだろうか?

いや、知ってるよと言うかもしれない。

出身はどこの街で、高校はどこで、大学はどこで、兄弟は何人で、前に離婚歴があって、こんな職業を経験していて、今はどこに勤めていて・・・とか、ほら、知ってるよと言うかもしれない。

でも、それは単なるインフォメーションでしかないよ。もっと深いこと、もっと本質的なことを知ってるかっていうと、どうだろうね?

 

例えば。想像してみて欲しい。

今、これを書いているのは深夜0時。俺も、あなたも、今日という1日にいろんなことがあったわけだ。いろんな作業をして、いろんな感情の流れがあって、楽しさも喜びも、悔しさも怒りもあったと思う。もちろん俺もそう。

そんな今日という1日で、「誰にも言えたことがないな」っていう出来事や感情ってきっとあると思う。

俺もあなたも、目標というかゴールがどこかにあって、それを目指して毎日生きている。どのプロセスの中でどんなことで悲しみ、どんなことを毎日気にかけ、どんなことがあったら最高だと思っているのか。

それを、あなたの彼女や彼氏や夫や妻は、正確に理解しているってあなたは思えるだろうか。

 

俺も今まで色んな女性と付き合ったけど、俺自身が持っている心の澱のようなものとか、希望とか、目標とか、不安とか、怒りを正確に理解していた人はほんの数人しかいなかった。

「それはアキラが一番やられたくないことだ」とか

「それはアキラが一番理想としていることだ」とか

「それはアキラの仕事であってはならないことだ」とか

「アキラだったら絶対そっちを選択するだろうな」とか

「アキラはそろそろ撤退したほうがいいんだろうな」とか

俺の状況も、感情も、割と正確に理解している女性がやっぱりいたよ。

それってさ、一緒にいる時間の長さとは関係ないよ。

 

正直いってね、2年とか3年とか付き合ってるのに、「最近やっと彼女のことが分かってきた」とか、「うちの彼氏、やっぱり謎」とか、そんなこと言ってるようではもう別れたほうがいと思う。

たぶん、相手の本質的なところを理解するのには、1ヶ月もあれば十分過ぎると思うよ。1週間もあればいいんじゃないの。

俺だって、始めて話す女性が現れたら、喋りすぎるくらいおしゃべりになって、四六時中相手のことを知ろうとする。

知りたいのは相手の情報ではない。学歴とかそんなのはどうでもよくて。知りたいのは、もっと本質的なもの。何を目指して、どうあろうとしているのかっていうものだよ。

毎日電話をしたり、毎日メールを交わしたり、毎日コミュニケーションを大量に取りながら、理解しようとする。もちろん相手も同じで。

セックスなんて通過点にしかすぎず、ベッドの中で眠る直前でも、居酒屋でお酒を飲みながら話をする時でも、ずっと相手のことを知ろうとしてる。その頭のなかにある感情の物語をね。

一週間も経てば、相手に謎なんか存在しない。100%ではないだろうけど、わりと正確に相手のことが理解できると思うよ。

 

そうしたら、お互い、なくてはならない存在になるだろ?

もし今日、とても悲しいことがあったとしたら。真っ先に相手に話そうって思うよね。パートナーに話すことで共感が得られたり、自分と同じ目線で話をすることができるとしたら、もっともっと話したくなるだろ。

 

あのさ、誤解がないように言うけど、同じ職場だから共感できるとか理解できるとかじゃないんだよ。全く違う世界を抱えている2人でも、理解なんて簡単だろ。話して教えあえばいいんだから。同じ職場だから同じ目線になるとか言ってるのはほんのガキだよ。

 

知り合って、ほんの一週間。きっとコミュニケーションを大量にとっていた時期があると思う。そこでとことん相手を知ろうとしなかったり、とぼけたコミュニケーションしか取ってなかったとしたら、たぶん何年付き合おうが進展はしない。

後から理解しようなんて無理なんだよ。

本当に伝えたいと思っているのは、出会った直後の一週間だけだろ。そこを怠惰に過ごしてしまったら、絶対に2人の軌道がクロスするポイントがないまま、別れてしまう。または冷え切った関係のままでいるだろうね。

 

今日、悔しかったこと。

「あのね・・・」ってパートナーに言いたいと思えなかったら、その関係は続けるだけ時間のムダ。

それは相手のせいではない。

あなたが、出会った直後の1週間を粗末にした結果だよ。

 

持たざる者たちが成り上がるための処世術

今朝、電車の中でこれを読んで、深く深く刺さってしまった。

ちょっと読んでみて欲しい。どう思うだろうか。

tabi-labo.com

これは、日本人には少し誤解を招きやすいんだけど、最後の文章がすごく刺さるというか問題提起をしてると思うんだよね。

 

努力をすれば誰でも報われる。もしあなたに子供がいて、あなたはそう子供に断言できるだろうか。努力さえすれば、チャンスをものにできるんだと。努力は絶対裏切らないんだと。どんな環境で生まれても、どんなに虐められていても、どんなに低い能力だとしても、努力さえあれば人並み以上のいい人生になると言い切れるだろうか。

 

このマンガに出てくるポーラは、ほんと、俺そのものだと思った。

まともな人なら少し眉をひそめるような雑な家で生まれ、人並みの学習環境が用意されていなくて、いつも1人でテレビを見ながらメシを食っては、布団の中でいろんな空想をしながら1人で眠りにつく子供時代。

 

 

金はない。欲しいお菓子も食べられない。食べたい料理も食べられない。テレビに出てくる世界が俺の世界。

言葉の発育が遅れていたのは、誰も俺と話をしなかったから。俺に興味を持ってくれていなかったから。

「アキラとは遊んじゃいけません」そう近所の子の母親達は言い、その都度俺は誰とも話せなくなった。

 

夜の世界でいろいろあったけど、22歳からはまたまともな世界で戦おうとした。でも学歴のない俺には大手企業の会社員になるとか、そんなチャンスはなかった。田舎の小さな会社で働く、作業係だった。

こんな犬のような生活ではなく、もっと成功したいと思ったんだよね。だから23歳で起業した。精神分析みたいなのは苦手だけどね、きっと何かが足りないと思っていたんだろう。飢餓感みたいなものが。

もっと認められたい、もっとお金を稼ぎたい、もっと褒められたい、そんな子供じみたい感情だったような気がする。

だから、若かったし睡眠時間なんて3時間くらいで毎日毎日働いた。会社員時代は残業が100時間は余裕で越えていたし、ハードワークは慣れていたよ。それに残業100時間くらいの勢いで自営で仕事したら、成功はするだろうよってたかをくくっていた。

言っとくけどまだガキの頃だぜ?会社員の時間感覚と、経営者の時間感覚の違いなんか

分からなかったよ。沢山働けば、いい生活になるんだと思いこんでいたよ。

 

もちろん、それは叶わない夢でね。働けば働くほど増えていくトラブル、頑張れば頑張るほど減っていく銀行残高、自分の会社の規模が大きくなるのは簡単だったけど、利益を残すという商売の基本的なことが年を追うごとに難しくなった。スタッフを100人近く抱えるような規模になっても、自分の夢はどんどん枯れていくようだった。

スタッフに給料を支払っている立場の俺が、実はコンビニでジュースを買う金にも事欠いているなんて、誰にも言えなかった。給料を払うための金策が必要だったことはないけど、経費を払ってしまえば残りは何もなかった。

 

その会社はある日、ちょっとしたトラブルで俺がブチ切れてしまい、解散することにした。廃業したんだ。取引先は慌てていたけれど、俺を甘くみたらこうなると本当に言って、1ヶ月で廃業した。スタッフを解雇し、事務所を整理し、机やパソコンも売り払ってしまった。車も売った。業者を呼んでセロハンテープのスタンドからボールペンにいたるまで売ってしまうと、手元に金が少し残った。ほんの100万円程度。あんなに頑張っても残ったのはこれだけ。

「自己破産するよりはいいよ」誰かがそう言った。

俺は何も言わずに、自宅でテレビの画面を見ながら思ったよ。努力って叶わないもんなのかなって。

そんな時、つまり無職だった頃、スーパーで買物をしているとかつての同級生と偶然会った。自分の出身大学をこれ見よがしに自慢するセコい男だよ。今何をしてるのって俺が訊くと、某大手医薬品メーカーの名前を出した。いや、何をやっているのかって聞いているんであって、どこに勤めているかなんて聞いてないんだけどな。

「アキラは何をしてる」そう聞かれたので、「無職だよ」と答えた。

その同級生は聞いちゃだめなことを聞いたという表情になって、頑張ろうなって言ってそそくさといなくなった。隣にいる馬鹿そうな顔の女は彼女らしく、小声で「早くいこう」って言っていた。そんなに俺が迷惑か(笑)

いや、迷惑なんだろう。ガキの頃からそうだからさ。いかがわしい商売をしているゴロツキだったわけで。

俺の年齢は20代後半で、お育ちのいい同級生たちはそろそろ昇進して部下もできていていた。自分は会社でどのくらい自由に経費を使える身分なのかを自慢するようになっていた。自由に使えるなんて、それ会社の金だろって俺は思ったけどね。自分の身銭じゃない金を自慢できるセンスがすごいと思った。俺はいつでも身銭で仕事をしてきたから。100円のボールペン一本すら、自分の金だったから。

 

そこからもう15年以上が過ぎて、いつも思う。同じ光景はいつでも見るなって。

自分の力ではないものを、まるで自分の力であるかのようにドヤ顔で語り。

自分はしなかった努力を、あたかも血の滲むような経験であったかのようにうっとりと語り。

そして、誰かが言っていた言葉を表面だけ真似をして、部下や後輩に説教を垂れる。

自分だけは幸運のお陰で最初から持っていたものを、「いかにして手に入れたか」というノウハウとか考え方みたいなものを得意げに語っていたり。

アゴ髭生やしてカッコつけて、座禅ごっこしてるのをフェイスブックで上げていたり。

 

そしてそういう輩をチヤホヤする部下や後輩がいて。

○○さん、すげっす、○○さん、アツいっす、○○さん、やべっす。

40代にもなっているのに、「金の簡単な稼ぎ方」を俺知ってるぜと言わんばかりにご披露する。大抵は小手先の安っぽいテクニックなんだけどな。ダメな大人を見て育つ若者がまた増えてしまい。

 

一方で。

本当に目立たないところで毎日毎日努力して、人のために真摯に働いている地味なやつはもしかしたら金銭的に恵まれていなかったりする。結婚もしてなかったり、彼女もいなかったり、親とも疎遠になっていたりする。仕事では顧客のために毎日真剣に誠実に働いているけれど、不器用で会社の中で上手く立ち回れない。だから昇進もしない。自営業だとしたら、顧客のために利益を度外視して頑張るから、信頼は熱いけど毎月の支払いに困っていたりもする。

この漫画のように、カッコつけたやつらが住宅ローンを組めて、真摯に頑張ってるやつらが所得の低さから住宅ローンを断れるか、高い金利で組まされたりする。

金がないから子供に良い教育を受けさせるチャンスがなく、生命保険も入ってないからもし死んだら家族はもっと困窮する。子供は親がお金がないから旅行もしたことがないし、ちょっと洒落たレストランに入ったこともない。

細かいことが積み重なって、やっぱり子供も豊かな人生には慣れないことが多い。健康も害することが多いだろうし、子供も視力が悪かったり、身長が低かったりする。

 

俺は、本当にヒーローは、こうして人知れず頑張っている人たちだと思っているんだけどね。マンガのポーラのように、モノを持って育ったリチャードが武勇伝を語るのを横で聞いている人のほうが多いんじゃないのかな。

 

本当に、そんな世の中にならなければいいなと、俺も思うよ。

 

じゃあ、ここからどうしたらいいかって、それがアキラブログの本領発揮なんだけどね。簡単なことだよ。びっくりするほど簡単だから、きっとまた俺を批判する人が絶えないだろう。

それは、

「正しく生きる」「貢献の生き方をする」「そんな自分を認める」の3つだと思うんだ。

ここには、小手先のテクニックを覚えるとか、人から奪うとか、敵を貶める、という考え方はない。

正々堂々と正しく生きること。人に尽くし、感謝すること。そういう自分を誇ること。

それ以外のものでは人生は変えられない。俺のように底辺育ちであればあるほど、これが実は成り上がるためのテクニックでもあるんだよ。

ただしく生きるということが。

職人なら依頼主のために、営業マンは顧客のために、教師なら子供のために、警察や消防なら住民の安全のために、料理人なら客のために、ドクターなら患者のために。当たり前の貢献を、正しく当たり前の方法でやること。

そのことで、人から貶められることは一切ないから。それは夜の世界でだってそう。正しく生きているやつは、正しい場所で生き残れるように出来ていた。正しくないやつが生き残れる場所は、しょせん正しくない場所なわけで、早晩潰れて追われて消えるのが常だ。風俗業ですらそうなんだよな。

 

焦る必要はない。正しいことをきちんとやればいい。

挨拶を笑顔でできることとか、食事のマナーをきちんとすることとか、相手に貢献をするように生きることとか。ネクタイをして人と会うこととか、当たり前のことをこれ以上ないくらいに当たり前にね。

 

それが成り上がってやるための、貧者の処世術ってやつだよ。

それを綺麗事と言うのは、モノを持ってるやつらばかりだってこと。

 

 

 

 

 

 

もし最高に幸せな日を挙げるとしたら

昔、昔の話をする。

 

長年付き合った恋人が俺にもいた。俺も仕事が忙しくて、世の中の恋人たちのように頻繁に会ってデートするなんてことはできなかった。

土日も平日も仕事仕事仕事。働いても働いても生活は一向に良くならない。食べ物も粗末なものを買い置きしてほそぼそと食べていた。靴だって一足しかなくて、ボロ隠しに毎日一生懸命磨いたり、靴底の穴を補修ゴムで埋めている有様だった。新型家電なんて到底縁がなく、車だって誰かが捨てるものを数万円で買ってきて乗っていた。

それは付き合っていた彼女も同じような有様でね。近所のスーパーで仕事帰りに買ってきた300円の弁当を毎日食べているようだった。いつも身ぎれいにしている美人だったけど、生活がとても苦しいのを俺も知っていた。

もちろん、どちらも世間的にはまともな仕事についているはずなんだけど、この日本では真面目に働くだけではお金に余裕なんてできないんだって痛いほど思い知っていた。

 

そんな生活の中でも、恋人だった女性はとても気が利く子で、誕生日とか記念日とかはいつもサプライズでお祝いしてくれた。夜景の見えるレストランで、俺の誕生日を店に頼んで祝ってくれたり。ボロボロの安っぽい名刺入れを使っているのを知っていて、新しいものを買ってくれたり。

数万円もするスイス製の名刺入れを送ってくれたのに、俺が「○○ちゃんはどんな名刺入れを使ってるの」と聞くと、正直言って数千円で買えるような安いビニール製のものだったんだよね。あー・・・と思った。ありがとうと思った。

このオンナは幸せにしないといけないと、ろくな金も稼げないままの若い俺は思った。

夜の世界で派手に生きてきた俺だったけど、当時はまともな昼の世界で戦っていた。学歴もない、田舎の不良育ちの俺が、マイナスからまともな人生を積み上げようと必死に生きていた。そういう努力を、無神経な人間たちはいつも「綺麗事ばかり言う」と罵るもんだ。でも、俺は、こうして付き合っている彼女や、仕事で出会う人達、協力してくれる人たち、もっと言えば俺を人間扱いしてくれる人たちに、本当に感謝をして生きようとした。そういう努力を綺麗事だと馬鹿にする人間に腹を立てながらも。

 

彼女も必死に戦って生きているのを知っていた。毎日言いたいこと、苦しいこと、悔しいこと、不安なこともあっただろう。でも、俺はいつも一緒にいられるわけでもなかった。できることは限られていた。

だから、少しでも何か貢献しようとした。それは、暖房用の灯油を買いに行くことだったりもした。女性が1人で18Lのポリタンクに灯油を買ってくるのは重いだろうと、その都度俺は車で買いに行ったり。ガソリンの負担がなくなると少しでも楽になるだろうと、目盛りがあと僅かになった軽自動車を満タンにしたり。

金も時間もない俺には、そんなことをするのが精一杯だったけど。その都度、笑顔を顔いっぱいに咲かせて感謝してくれる彼女に、俺も幸せな気持ちになった。

してあげることがこれだけ自分の幸せになるのかと、まだガキだった俺は始めて知った。だからとにかく自分のことより、相手のことを思いやろうと。そのことがきっと、この貧しい生活の中から幸せになっていく近道なんじゃないかと思ったんだ。

 

喜ぶ顔が見たくてって言うと偽善に聞こえるかもしれないけどさ。いや、喜ばなくてもいい気もして。少しでも苦労が和らげばよかった。

何か必要なものはないか、何か困ってることはないか、といつも訊くようになった。もちろん何もないと言うのだけれど。

たまに行く旅行には、いつも当日の朝に美容院で髪をおしゃれにしてから来ていた。そうやってとても喜んでくれていることが幸せだったっけ。

 

そんな風に付き合っていた彼女とも、やはり別れのときは来るわけで。

きっかけは彼女の転職だった。転職したときに彼女は人生を変えたいと思っているのが分かった。俺もまた病気になっていて、その当時はめったに会うこともなくなっていた。

自分のことで精一杯だったんだ。俺も。今のように大人で、何もかも自分でできる人間じゃない。眠る瞬間までストレスを抱えて、ぎこちなく眠りに落ちるような惨めな毎日だった。

別れてしまうと、もっとやれたことがあったんじゃないかって、辛い思いをした。

自分のためにじゃなく、彼女のためにしてあげられることがもっとあったんじゃないかと。

彼女のけじめだったんだろう。最後にある高級ホテルに招待してくれた。そこで食事をして、眠った。朝にはもしかしたら他人になっていたのかもしれない。

その数日後には別れてしまった。

そこからは俺の病気がもっと重くなってしまい、しばらく仕事もできなくなってしまっていた。

 

その後数年間、彼女とは会うことも、メールすることもなくなっていた。SNSがある時代じゃないし、住んでいる場所も遠く離れていたからもう今何をしてるのかさえ分からなくなった。俺は病気が和らいだ頃に、献身的に看病してくれた女性が新しい彼女となっていた。でも、あの彼女との時代のように心が動くような付き合いにはならなくて、たった1年半で別れてしまっていた。

思えば酷いことをしたと思う。あれだけ溢れていた貢献の気持ちは40%しかなく、正直、何かをしようとするたびに面倒臭いな・・・って思ってる自分がいた。いや、ものすごく美人だと思う。世間の男がうらやましがるような。でも、違うだろ。ああいう恋愛はそう多くはないもんだからさ。

 

そんなある日のこと。俺はいつものように仕事をしていた。相変わらず鈍くさい俺が、もたもたしながら。偶然、彼女が住んでいる(であろう)街で仕事をしていた。

突然ケータイにメールが入った。それは彼女からだった。

俺は、彼女のメールアドレスも電話番号も削除したけれど、どちらも忘れずに覚えていたからすぐに誰か分かった。

「相談事がある」

そういう趣旨の内容だったと思う。ひさしぶりとか、どうしてるのとか、そんな社交辞令もなく、じゃあ、今日会うかということになった。

俺は知っていたんだ。彼女が別れるときにはすでに新しい彼氏がいるということも。

どんな相談内容かは知らなかった。でも検討はついていた。

別れたオンナからされる相談なんて世の中には3つしかないからね。

 

待ち合わせ場所は駅だった。でも仕事帰りのアポだったから、約束の時間に大幅に遅れてしまっていた。道路が渋滞で間に合わなかったんだ。

そのうち彼女からメールが入った。

「彼氏が急に早く仕事が終わることになって。ごめん」

そうか、こちらこそ申し訳ないってことになってね。待ち合わせ場所を通り過ぎて、俺は帰った。歩道を歩く彼女を見かけたが、それは言わなかった。

 

「残念だよ」俺は言った。

「わたしもね。アキラの好きなプルーンを買ったのに。」

待ち合わせ場所近くには、いつも通っていた高級青果店があった。

 

でも彼氏がっていうわりには、その後ずっと夜までメールのやり取りをした。

「相談ってなんだったの」と俺が訊くと、

「仕事のこと」と言った。

長く付き合った俺だから気づかないわけがない。そんなの嘘でしょと。本当のことがあるでしょと。

結局、仕事の相談などなかった。その頃、俺が抱えていた仕事のトラブルの話をしていて、返事が帰ってこなくなり、最後のメールは着信拒否になってしまった。

 

でもね。

俺は気づいていたんだ。本当は何を言いたかったのかって。

きっと、子供が出来たってことだったんだと思う。そこから仕事のことや、生活のこと、人生のことを、聞いてほしかったんだと思う。本当に苦しいとき、本当に困った時、親にも言えないことを話せるのが俺だっただろうから。

でもそれは勇気がいることだろうし、元の彼氏に言うことなのかって最後まで悩み、そして会うのをやめることにしたんだと思う。そして着信拒否にしたんだって知ってる。

 

ずっとずっと時間が過ぎてこの2017年になって、思うんだよね。

 

貢献が愛だと知ったのはずっと後のことだけれど、俺が彼女との付き合いの中で一番幸せを感じた瞬間があるとしたら、あの、会えなかった日だったと思う。

子供ができたと知ったら、俺は声をあげて喜んだはず。新しい人生を祝福し、勇気づけたと思う。それが直接できなかったとしても、俺は人知らず影から祝福をする。

たった一人で、自宅で祝杯をあげるよ。

そのしあわせに俺という人間が関われなかったとしてもね。

 

愛ってそういうもんだろ。

愛ってさ、貢献のことなんだよ。