それは卑屈なのではなく、幸せに生きていくためのスキル

 

しばらくまえにツイートしたこれ。

 

ふと思い出したんだが、かつて俺と仕事をしていた女性がこれだった。風俗嬢ではなく事務スタッフさんだったんだけどね。

彼女は31歳で、夫との人間関係がとても悪化していた。夫は妻の顔を見る度に苛立ち、家では話しかけても無視をしたり、突然キレたりね。

そして職場に来るといつも夫の愚痴を言っていた。思いやりがないとか、モラハラだとか、精神病じゃないかとか。そして決まって言う。わたしはダメ人間なんで、とか。わたしが美人じゃないから、とか。わたしが気が利かないから、とか。

 

正直、それを聞く度に、こういう女性って多いんだろうなあと痛感した。これは俺でもキレるだろうなって。ここまですっとぼけていたら、人生はハードだろうなあって。

 

夫婦関係や恋人関係でうじうじする人間に多いのは、結果から言うと「自分に矢印が向きっぱなし」だからだよね。

なぜ、この女性は夫が「なぜキレるのか」ということについて考えたりできないんだろうと思っていた。たったそれだけの思考作業なのに、なぜできないんだろうかって。

 

職場でたった数時間、每日過ごすだけで夫がキレる原因は簡単に分かったよ。彼女が夫と喧嘩になる時の夫のセリフも参照すれば、きっとこれだなって分かった。

 

彼女が結婚したのは21歳の時だったらしい。夫も同じ年の21歳。出来婚ではないからきっと恋愛が盛り上がって、一緒にいたい!っていう純粋な思いから結婚したんだと思う。すごく素敵なことだ。お互いの気持に惹かれ合うものがあったんだから。

 

でも、一つだけ、性格というか習慣の違いがはっきりあったと思う。それは、夫は生真面目で思慮深いタイプだということ。彼女は明るく社交的でいつも笑っているタイプ。夫は常に自分の身の回りを清潔にしていた。必要以上に物を置くのを嫌い、一年以上着ない服や見ない書類はすぐに捨てるのを好んだ。開いたら閉じる、出したらしまうの生活習慣がきっちり身についている男だった。

 

一方で、彼女の方は、極度に片付けが苦手だった。使ったものは出しっぱなし、言われないと自宅の掃除も一年以上しなくても平気。棚や家具の上にほこりが積もり、それが湿気を含んでぐちょぐちょになっても見えていない。夫が結婚したときに持ってきた真っ白いオーディオは、一年も経つと中華料理屋のメニュー表のように茶色にベタベタになってしまった。夫と家具屋で選んだダイニングテーブルは、ふきんで拭くこともしないので食べかすがこびりついている。ふきん自体も雑巾のようにどろどろに汚れているのでたとえ拭いたとしてもテーブルの表面に汚れた油で膜ができていく。寝室は脱ぎ散らかした服が散乱し、洗濯をしてもどういうわけか汚れが取れていない。

 

彼女の方は不潔と言うよりも、脳機能の障害レベルで片付けができないのだと思う。一緒に仕事をしていても、机の周りは散乱し書類が全く整理できていない。あるスタッフの過去三ヶ月の出勤状況と売上額の資料を見せてって言うと、それにとりかかったまま半日は用意できない。かと思うとどうでもいい弁当屋のメニューをファイルに閉じていたり。若かった俺も怒鳴りそうになったが、必死に我慢したもんだった。

彼女の車の中はまるでゴミ収集車。一度乗せてもらったんだが、どうしてこうもあらゆるところがベタベタしたり、シートに油のような大きな染みができるんだろうと不思議でならなかった。

 

彼女が言う愚痴の中にいつも出てくるフレーズがある。

「掃除しろよ!って夫がすぐに怒鳴るの。掃除してるのに。」

「夫がわたしに勝手に大掃除して、わたしのプライドはずたずたにされた」

「夫が勝手に掃除して、嫌味だった」

夫は妻任せではなく、掃除しようと頑張っている。それでも妻はすぐに不潔な状態に戻してしまう。

 

ポイントはきっとそこなんだろうと俺でも思う。夫は、家の中が綺麗になっていたら文句は何もないはずなんだ。

人が機嫌が良くなるポイントって複数は絶対にない。必ず一つなんだよ。複数あるように見えるのは、「代替ポイント」でしかない。

この夫でいえば、掃除がいまいちでも、料理が美味いとか。

掃除がいまいちでも、妻が美人すぎるとか。

掃除がいまいちでも、とても優しくて気が利くとか。

掃除がいまいちでも、お金をたくさん稼いでくる奥さんだとか。

これはポイントが複数あるわけじゃなくて、「整理整頓や掃除」っていうポイントの代替えになりうるものが複数あるだけに過ぎないわけ。

 

彼女の夫は、家の中があまりにも汚れていることに次第に恐怖心すら覚えるようになったと思う。そして妻のことを考える度に、汚れた部屋と結びつくようになり、苛立ち、そして恐怖を感じる。自分の棲家が信じられないほど汚れていて不潔で悪臭がするという現実に向き合う自分の感情が怖い、その状況を作っている妻が怖い。

そして、掃除をしてほしいと何度行っても生返事で、ろくにやろうともしない。強く言うと、プライドばかり高いのでむしろやらなくなる。そして相変わらず台所は生ゴミの臭いで充満している。

 

こうなると夫としては離婚するしかないのだが、多くの男は離婚という安易な方法は選ばない。なんとか夫婦関係を続けようとする。未熟な妻はその気持にすら気づかない。

そして「自分はクズだから」とか「自分は馬鹿だから」とか、そういうセリフで逃げようとする。そう、自己憐憫という逃げ道に。

 

違う、部屋を真剣に片付けろ。休みを一週間やるから、7日間一日5時間でいいから片付けろ。ゴミ袋50枚分くらいゴミが出るだろうから、それを処理場に持ち込んで捨ててこい。雑巾なら買ってやる。バケツも事務所のやつを持っていけ。ほうきがないならそれも買ってやる。とにかく真剣に、死ぬ気で、覚悟決めて掃除しろ。それとも俺が30万円出すから家の中まるごと掃除してゴミ捨ててくれる業者呼んでこい。30万円で足りないならもっと出してやる。とにかく、掃除しないなら人生終わると思えよ。掃除してからウジ虫みてえな愚痴言えよ。

 

夫の言うことが聞けないなら、俺が怒鳴るまでの話であって。

結局、俺が違うスタッフ2人にお願いしてバイト代を払ってやり、家の中の掃除をさせた。ゴミは2トンのアルミトラック一台分あった。2トントラックも俺がレンタカーから借りてきて用意したんだ。

結果、とても綺麗になった。

きれいになりましたで済ませたら元に戻るので、俺は彼女に行った。

 

旦那の怒りの根源は、この汚い部屋なんだよ。部屋が汚いから、何をやっても、おまえが息をしているだけでムカつくんだよ。その怒りは必ず子供にも向く。子供も不潔な部屋で平気で過ごすようになるから。そして家庭が壊れていく。

性格とかなんとかそんな問題じゃない。掃除をしないというその一点だけで、家庭なんか壊れるし、家族全員の人生が壊れてしまうってこと、腹に落とせよ。

 

でも、馬鹿なのでやっぱり分からなかっただろう。

それでも、その直後は旦那の機嫌はすこぶる良くて、あんなに行きたがらなかった外食にも家族を連れて大盤振る舞いし、妻にお洒落なコートまで買ってあげたくらいだ。

 

ほらな、だろ?

俺はそう言ったんだ。

相手の機嫌のポイントを探るっていうのは、子供の頃から鍛えていないと絶対に身につかない。苦労するのは自分だろ。自分が苦手であっても、大切なパートナーがそれで不機嫌になるのであれば変えていかなきゃならない。ポイントを押さえるだけでご機嫌になるんだったら、自分も相手も幸せだって俺なんかは思うんだが、それをパワハラとか卑屈って思う人もいるわけだよ。

だから、お前ら生きづらいし、しんどそうに不幸そうに生きてるんでしょって思う。

 

その彼女は今は50歳。

今でも部屋はゴミ屋敷のまま(笑)相変わらず夫に怒られていて、每日どこかで愚痴を言い、自分は不幸だとのたまう。

そしてありのままの自分を受け入れてくれるのがいい夫だと、50歳になっても思い込んでいる。

 

その人生じゃしんどい。

相手のご機嫌ポイントを探ることを、負けとか卑屈とか思うのであれば、もうどうにもならない。10歳の頃から絶対に鍛えていかなきゃならない能力だと本当に思う。

そうじゃなきゃ、人生もっと卑屈なまま老いていくだけだから。

 

「その後」の世界

俺は18歳から「闇夜に浮かぶラズベリー色の花の世界」にいた。

東京、というより当時アジアで一番いかがわしく、一番闇が深い街。

 

そこは俺のように虐待を受けて育ち、生まれてきたのが間違いと言われ続けてきた人間が日本中から集まってくる場所だった。

俺は障害を持っていたが治療や処置を受けさせてもらうこともなく、家では殴られ食事も与えられず、学校では徹底的に苛め抜かれた。友達もいない。学習が遅滞して高学年になっても九九が言えず漢字もろくに書けない有様で。風呂にも入れず臭いので当然虐められるよね。しばらく言葉さえ喋られなかったんだから、自分がどれほど苦しくて嫌な思いをしているのかさえ人に伝えられない。言葉を持たないというのは悲惨で、SOSを発信することができないということだよ。

そんな俺は、殴られても馬鹿にされても、ただ笑っているだけの惨めな子供だった。

 

そうやって育った俺は、18歳になると育ててくれた養父母の元を離れて上京した。上京するとき、実の母親に会おうとしたが拒否をされたけれど、養母が少し涙を浮かべたような顔をして駅で見送ってくれたんだ。育った街にはまだ新幹線の駅もない時代。乗り込んだ特急列車で1人泣いた。

東京で何をするのか何者になるのか、何も分からなかった。自分が何が出来るのか知らなかったし、これから何歳まで生きられるのかさえ考えたこともない。一つ言えるのは、別に長く生きなくてもいいやってことだった。いつ死んでも良かったし、何なら今日くたばっても構わなかった。

俺のような馬鹿の能力で、1人で生き抜くなんて無理だと思っていた。1人で金を稼いで、1人で食事して、他人と人間関係を築いて、なんて。人にとって当たり前のことが俺には無理だと分かっていた。そんな俺の能力の低さで1人で東京に出るなんて、自殺行為だと思っていたから母親は気が狂いそうになるほど心配したんだ。

俺はこのまま死ぬつもりで上京した。夢もなく覚悟もなく、ただ死ぬつもりで。

 

その先で待ち受けていたのは、絶望的な孤独。心が切り裂かれてしまうような劣等感。キラキラした東京の夜で、俺だけが1人、友達も知り合いもいなかった。家具もないがらんとしたアパートの部屋で、一日一日がものすごく長く感じた。

それでも、東京はそれ以上に熱気に咽返るようだったし、見たこともない美しい女たちが歩いていた。テレビも電話もないその部屋で、每日本だけを読んで過ごしていた俺だったけれど、アルバイトをしている時に知り合った女に誘われて、夜の世界に吸い込まれていった。

別にそんな派手でいかがわしい世界に興味があったわけじゃない。それでも行き場所のない、つまらない每日を送っていた俺には友達が出来るかもというだけの理由で受け入れた世界だった。そう、友達づくり。同世代の大学生が入学するとサークルに入るように、俺は夜の世界に友達を求めて行った。

行くまでは知らなかったけど、その世界に行ってみると、俺と同じような人間ばかりがたくさんいた。まるで胡散臭い宗教にハマっていくように、俺は風俗の世界を居場所にするようになった。そこには、無価値と言われ続けて育ったような同類の友達がたくさん出来たからだ。みんなそこでしか生きていけないように見えたし、実際そうだっただろう。そこにたどり着けなければとっくの昔に死んでいたに違いない。

ガキの頃の俺にまともな家族があったとしたら、きっとこういう場所だったのかもしれない。横暴で厳しいけれど愛情に溢れるオヤジ、ちょっと馬鹿で間が抜けてるけど無条件に優しい母、よくイジメるけど遊び相手になれる兄、臆病でいつもべったりくっついている妹。それが俺にとっての、夜の世界だった。

家族というのが陳腐なら、そこを俺はムーミン谷と呼ぶ。ムーミントロールやスニフやスナフキン、そしてさびしがりやのクニットがいる、あの谷だった。

 

でもどうだろうか。

そのうち、その世界からは足を洗うときが来る。足を洗うきっかけは人によって様々だ。

ある人は親や家族に「救出」と称して田舎に連れ去られていく、

ある人は店や会社が潰れてしまい、居場所をなくして放り出される、

ある人は彼氏や彼女が出来て、辞めようと決意する、

ある人は病気を悪化させて行方不明になる、

ある人は、殺されてしまうか、自分を殺してしまう。

オーナーでもない限り、その世界から身を引く時はほんの数年で訪れる。

ムーミン谷から出た後、多くの人間はまた絶望的な生きづらさを抱えて行きていくことになる。

 

たとえば、家族に「救出」されて田舎に連れ去られた女は、東北のバスが一日に4本しかない田舎町でうつ病になり、每日母親をなじり、父親をバットで殴り、売春に明け暮れ、最後に自殺した。

ある女は、「まともな世界」で生きたいと願い、履歴書にウソを書いて普通の会社に就職しようとした。しかし、単なる事務員の仕事の給料では家賃を払ってメシを食ってしまえば、ろくな化粧品も買えず、美容院に行けなくなり、去年買った服をまた着るのがやっとの生活でしできない。やがて忘れようとしていたはずの夜の世界に半歩ずつ足を踏み入れてしまい、最後は勤め先にもバレてしまって解雇になる。たった一年もしないうちにまたもとの生活に戻ってしまう。勤め先にバレるのはたいてい客とトラブったことがきっかけでチクられてしまうんだ。だから勤め先の同僚や先輩からの信用もなくなって放り出されるので、夜の世界により強く依存するようになってしまう。完全にリバウンドだった。

ある女は、結婚した翌週から不倫が始まった。子供が出来て臨月だと言うのに違う男とラブホテルに行くようなザマだった。そして生まれてきた子供の首が座る頃には離婚していた。何の不満もないような立派な夫だったというのに。

 

「まともな生活」をしようとすると、みんな自分の出自を再認識することになる。夢うつつで忘れていたことを数年ぶりに思い出すことになる。社会を下から見上げて知ったようなつもりにはなるが、実は何も知らなくて、知っているのは小賢しいテクニックだけ。年だけ食っているので、普通の社会でやれることはほとんどない。やれる気がしていたのもつかの間、あっけなく恐怖感で凝り固まってしまう。

それと金銭感覚の問題も加わり、元の世界に戻っていくのが常だ。

 

俺の場合は、22歳で一度会社員になった。田舎に戻って、4月に新入社員として働いたんだ。正直、何も悪くなかった。每日出勤すれば固定給はくれるし、年金に健康保険もあるし、休んだことはないけど休んでも給料が減るわけじゃないって聞いた。それに周りの社員はいつも愚痴を言っていた。会社のせい、上司のせい、客のせい、いつも自分以外の誰かのせい。そんな話をツマミにして酒を飲んでいた。

俺はその会社では誰も友達はいなかったけれど、別にそんなの慣れていたし、こんな環境じゃ出世は楽勝だと思った。夜の世界で習ったことがそのまま通用する部分が多かったしね。平和ボケしたやつらの中では、このハードにサバイバルしてきた俺様の勝ちだと思った。

でもまあ、仕事は慣れてくるとつまらなく思えて。だって20年先の先輩が20年後の自分の姿だろ。それは、42歳になってもカネがないと後輩にぼやく情けないやつれた会社員の姿だった。なんか冷めちゃって、2年ほどで自営業者として起業し会社を辞めることになったんだ。

実はもっと大きな理由があって。そのまま仕事を続けていたら、俺は犯罪者になったような気がする。自分の心の奥底のほうになる暗いものが広がっていく気がずっとしていた。夜の世界にいると何も感じなかったどす黒いものが、床にこぼした墨汁のように広がっていく気がした。夜の世界だったから飼いならしていたのかもしれない。それがこの隙だらけのサラリーマンの世界では、野獣を放つようなものだと思った。

もちろん会社で横領も不正も一度もしなかったけれどね。でもそのうちもっと大きな犯罪を犯すに違いないと思ったんだ。

会社を辞めるとき、役員までもが俺を引き止めてくれた。慰留してくれたのはものすごく感謝している。でも、「俺はそういう立派な人間じゃない」という思いがどこかにあって。

まるで走り去るようにその世界から消えた。

 

案の定、そこからの人生は苦労しっぱなしだった。犯罪を犯したことは立ちションと速度違反しかない。誘惑もあったし、いかがわしい儲け話もたくさんもらった。でも全部断った。

けれど、金銭面でまともな人生になるには長い年月がかかったし、精神的なものは障害もあるので今も每日を生き抜くことで精一杯だったりする。前者のことでは信頼も信用もなくしたことがあり、後者のことでは人間関係を失うことにもなった。

それでも、まあ、人生は悪くないなとは思ってる。死ぬまでは生きるしね。

 

だが、風俗業界にいた俺のもとでスタッフをしていた女性たちの多くは、「その後」の人生は全くうまく行っていないことが多い。やっぱりね。

原因ははっきりしていて、俺は無責任に甘やかしたこと、なんでも肯定してきたこと、ムーミン谷よりももっと谷底にあるアキラ渓谷にムラを作って住まわせていたこと。

その先に卒業するときが来た後どうなるかというと、言葉は悪いが、社会不適合者そのものだろう。

知っているようで何もしらない現実と、狂いっぱなしの金銭感覚と。それに、普通の社会では「情」を基準に物事考えてくれないってことに戸惑ってしまう。根拠も何もないけど、おまえを信じるとか、悪いことをした過去を本当に忘れてもらえるという超能力とか。現実の社会はそんなわけはない。エビデンスと履歴が重要なんだから。

 

当時、俺もまだガキ経営者だったので、その後に野に放つときの作法を知らなかった。

 

いまだったらどうするだろう。野に放つ時になんてアドバイスするだろうか。

 

きっとこう言う。

「大学を卒業した22歳と同じ人生になれると思うな」って。

「高校を卒業してから中小企業で事務員をして、23歳で出来婚をして主婦になった同級生と同じ世界で生きていけると思うな」って。

 

言いすぎかもしれない。

同じように就職もできるし、主婦にもなれる。何にでもなれるよ。今まで頑張って働いてきたんだから。

でも、心の奥底にあるその野獣を飼いならすことが、一生できるのであれば、だ。

真っ黒いものが墨汁のように広がっていくのを食い止めることができるのであれば。

 

俺は出来なかったよ。22歳で勤めた会社を、何も悪いことをしていないのに逃げるように辞めた時、ここで野獣を放つわけにいかないと思ったんだ。 

 夜の世界は腹の底の野獣に生肉のエサを与え続けるんだってこと。言葉にすればそういうことかもしれない。生肉の味を覚えてしまえば、次は鳥小屋を襲って食うだろう、そのうち人間を襲って骨までしゃぶるようになる。

 

ADHDの3割が自営業だってツイートをどこかで見たが、似たようなものかも知れない。普通の新卒の子達がやること、やれることとは決別して、自分で仕事を作って食べていくのが一番安全な気がする。

そして交際したり結婚したりする相手も同じことで、同じ世界の人間はあまり勧めないけれど、腹の底にある野獣を見たことがあって鞭で調教できる器の人物と一緒にいるべきだ。絶対に、何も知らない純粋培養の男といるべきじゃない。絶対にその彼の肉を食うことになる。その彼と築いていたはずの幸せを自分の手でぶち壊すようなことをするようになる。

そう考えると仕事も恋愛も家庭も、全部難しい条件になりそうなんだけどさ。

わざわざ生きづらい世界でまともぶって生活するよりも、仕事と恋愛を自分に合わせてわがままにオーダーメイドしたっていいわけね。

 

昔の俺は、スタッフの子たちが、普通の親なら安心するような進路に進むことを望んでいた。普通に就職したり、一般的に認知されている職業に就いたり、結婚したり、主婦になったり、昔からある職種に自営でなるとか。

全部間違いだった。

 

本当はこうだった。

普通の生活なんて無理なんだから、好きなように生きて金を稼いで、犯罪者になったり自分の家庭を壊すような真似だけは避けろ、って。

少なくとも、誰もが知っている職業に就いて、まともぶって苦しげに生きるのはやめろて。

 

麻薬としてのセックス

今日のブログは、少し性的な話題を含みます。不適切なエロ記事にするつもりはありませんが、性的な話題が一切苦手という方はご注意ください。

元からのCROOZ読者さんには違和感はないはずなので、そのままお読みいただいて大丈夫です。

 

さて、いきます。

今日の話題は、「女性のセックス依存」について。

俺は臨床心理士でもなければカウンセラーでもないので、学問的な立派なことを言えるわけじゃない。でも18歳の時からセクシーな世界で体張ってサバイバルしてきた中で、痛みを伴って個人的体験を積み上げてる。だからあくまでも個人的な体験を書いていこうと思います。ご自身の何かに置き換えて読んでいただければ、何か気づきがあるかもしれません。

 

それは、俺が21歳だったころ。ちょうど、ラブレスキューの”カルティエ”の時代。俺の女友達の中で、Nという21歳の子がいた。別に風俗嬢ではないし、夜の世界の住人でもない。ただの大学生だよ。当時の言葉で言えば、グルーピーというか。痛々しく毎日身を削って生きている夜の世界の男に、まるで何か詩的というか文学的な酔狂を持って付きまとう女。ファンではない。派手な服を着たストーカーまがいの女だ。

最初はなんだこいつはって感じで冷たくあしらうんだけど、そのうち受け入れてしまった。Nが求めているこの夜の世界、暗闇の中で浮かび上がる濃いラズベリー色のような世界。時々、俺の心が軋んで歩くことすらままならない時があって、そういう時は恋人ではなく、Nを呼び出した。Nは何時でも呼び出されることに特権意識を持つような女だったので、俺にはものすごく便利な友達というか。別にセックスするわけでもなく、いつも新宿から離れて暗い路地の一角にある居酒屋で会った。それでもNに対して俺は心を開くことはなく、単なる暇つぶしとして利用しただけだった。Nが見ているのは俺ではなく、「アキラにまつわる世界」だったから。

 

Nと絡んでいると、次第にNのことが分かってきた。Nはどうやらものすごい数の男とセックスしているようだった。大学の後輩から、サークルの先輩、テレクラで出会ったサラリーマンのおっさん、自宅のエアコン設置に来た電気屋のオヤジ、そして売れないホスト達。あとは、バイセクシャルだったらしく、同世代の女の子や都市銀行に勤める30代のOLともセックスしているというのが分かってきた。

 

「ふーん」と俺は言った。「そんなに性欲すごいのか」

Nは言う。「分かんないけど、セックスしてると満たされるっていうか、寂しいのかな」

結局、Nがセックスしたがっているのが分かったので、たまに俺もセックスしていた。セックス自体は別に平凡だった。セックスが派手な女が周りに多かったせいもあるけど、これでセックスばかりしているようには思えなかった。

セックスっていうのは、古今東西同じ行為ではない。特に日本では、セックスのプレイ内容には流行りもあるので、古いとか新しいっていう感覚も付きまとうんだよね。Nのセックスは別にイマドキのものではなく。オーソドックスというか、もしかしたらそれ以下のちょっと鈍くさいものだった。

でも、Nのセックスが他と違うのは、少し不快にも思える甘え方だと思った。甘えと言うか依存というか。セックスそのものに依存するように、必死にしがみついているように思えた。

「アキラは私のことすき?」とNが言うわけ。

「好きじゃないよ」と俺は返事する。

「いじわるなこと言って」とNがいつも言う。

俺とセックスしても、その直後に必ず一人か二人の男と会い、「サクッと」セックスしたがる。

私のこと好き?なんて臭いことを言うわりに、Nはいつも違うことを考えているように見えた。そして少し疲れているようにも見えた。

そのうち、このNを俺の個人のアシスタントみたいにして、バイトとして雇った。店の先輩はNは厄介な病み女だから深入りするなと忠告したよ。それは分かってる。でも、Nの居場所がここだとしたら、別に俺は構わないし、バイトだったら毎日ここに来るのも変じゃないだろと思った。

 

ある日、Nの「セフレ」事情がはっきりと分かった。セフレとして会っているのは、男が32人、女が6人いた。そのほかに「彼氏」が1人。彼氏は3歳年上で、大学に入ったばかりのころにサークルで知り合って付き合った男。卒業してからは都内の大手企業に就職していたが、忙しくて滅多に会えなくなってしまっていたらしい。

近くでNを見ていると、最初に印象として感じていたエキセントリックなものは薄れ、平凡で退屈な21歳の女に思えるようになった。セックス依存症のような雰囲気を出していたが、慣れてくれば、その行動の原因は違うところにあるんだと分かってきた。

 

当時の俺の客の女性で、38歳の社長夫人がいた。その夫人との会話の中で、Nのことを言ったんだ。するとすぐに言葉にしてくれた。

「背伸びをした恋愛の顛末ね」

はあ、なるほどなと思った。夫人が言う。

「私の夫はね、私しか女を知らなかったのよ。宮城の田舎から出てきて大学に入って就職して、仕事ばかりしてきたの。絵にかいたようなまじめな人だから、お客さんたちに担がれて独立して社長になったそうよ。私と知り合ったのはお見合い。それまで女と手をつないだこともなかったのよ。」

「ふうん、それで?」

「仕事も順調に育っていって、私も子供ができたのが28歳のとき。夫は31歳だった。子供が生まれてものすごく喜んでくれたんだけど、どうやらそのころ、女と出会ったみたいなの。ホステスの女ね。私とは全然違う派手な女のひと。」

「ああ、あるね、そういう話」

「夫はその女に夢中になって、仕事をほったらかしてまで会いに行ってた。店にも行くし、女の部屋にも行って泊まったり。そのころ、夫の様子がとてもおかしかったのよ。”ぼくはいま、やる気にあふれてるよ”って(笑)初めて浮気してちやほやされて、元気になったのね。」

「うん、それから?」

「当たり前の話だけど、そのうち女は男に飽きてしまうのよね。女にウソつかれて会えなくなったり、ドタキャンされたり。女に連絡するときは、自宅から絶対電話しなかったのに、夜遅くまでどこかに何度も電話してるのを見たわ。女がつかまらなくなったのね。」

俺は生唾を飲んだ。

夫人の話によると、それから夫は狂ったように手当たり次第に女に手を出すようになった。部下の事務員にも、取引先の社長の妻にも、風俗店にも出入りするし、性病で泌尿器科に通った形跡を見つけた時もある。結婚まで女を知らなかった男にしては人が変わったような生活になった。

 

ある日、夫の友人の経営者から夫人が忠告を受けた。夫はセックス依存症になっていると言った。

それはなに?精神病?と夫人は笑いそうになったが、友人が話してくれる夫の異常行動は依存症としか言えなかった。

 

「これはね、最初にホステスの女と不倫したせいなのよ」と夫人が言う。

「男でも、女でも、背伸びをした恋愛をすると良くも悪くも世界が変わるの。男は仕事のエネルギーが湧いたりするよね。女はまるで世界が雲の上のハンモックみたいに安らいで感じるもの。でもそれは、別にすごい恋愛でもないし、特別なものは何もなくて。自分が勝手にその行動を美化しただけ。それを失いそうになったとき、人は激しく不安に振り回される。不安を解消するには?背伸びをした世界の延長の行動を何度も繰り返すのよ。夫の場合、ホステスの女との華やかな恋愛とセックスを再現しようと、相手を変えて何度も何度も試す。それがセックス依存の原因ね。」

 

大学生のNの場合、どうだっただろうか。最初、大学のサークルで4年生の男は随分と大人に見えたに違いない。その恋愛は高校生の恋愛とは違って、大人のものだった。何もかもが高校生の時の幼い彼氏と違っていて。

その男は就職と同時に、関心ごとの優先は自分の仕事になっていった。別れてはいないけれど、学生の時のように彼女だけ一筋にはなれない。そうして、Nは「背伸びをした世界」に異様に引き込まれていく。背徳感のあるセックスや、知らない世界の男とのセックス、彼氏以上に大人とのセックス、性別すら超えたプレイ。

でも、その先にあるのは、虚ろ。空虚。甘いチョコレートでコーティングされた、中身が空洞のセックス。

 

大人になった今、セックス依存症と聞くと、あのNと夫人を思い出す。男でも女でもたくさんいる。

セックスと言うのは、彼女たちにとっては、麻薬みたいなもの。セックス自体が好きなわけじゃない。淫乱ぶってはいるけれど、セックスが好きなわけじゃない。

セックスという麻薬でごまかしたい不安がその裏に必ずある。セックスでごまかせるのはNが若く美しい女だからだ。老いて男に相手にされなくなると、不安をごまかすのがギャンブルだったりもする。パチンコ屋でもたくさんいるだろう。ゲームセンターのコイン落としゲームに異様な顔つきでのめりこんでいる中年女性を見たことはないだろうか。彼女たちはセックスではないものに依存してごまかしたい不安があるんだろう。

それがネットワークビジネスとか、起業ごっことか、キラキラコンサルごっことか、不動産投資ごっことか、のめりこんでいく先はいろいろある。

 

Nのセックスは平凡だった。セックス自体がしたいのではなく、セックスが象徴する何か違うものを欲しがっていたんだろう。

セックス依存症のような行動言動を始めると、近づいてくる男の質はとたんに低くなる。質の低い男は言うだろう。「へえ、セックス好きなんだね、性欲の強い女の子は大好物です!」とか、「セックスで癒しあいましょう」とか、「欲望に正直なのはいいことだと思います」とか。

ツイッターに山ほどいる。

そうじゃない。セックスが麻薬になってるなんて、おじさんたちは理解できないだろう。同世代の男でも全く理解できないよな。

 

そこのところを理解しないで接してしまうと、本人も周りのおじさんもみんな不幸になる。おじさんは一生で一回だけの奇跡かもしれない。だからしがみつく。ストーカーになったりする。そして揉め事が増えていく。

 

セックス依存症」の女性は、いつでも集中力が散漫な印象を受ける。そして行動言動のわりに疲れているし、ノリがいいわけじゃない。

セックスしたーい、みたいなノリは一瞬しかない。圧倒的に多くの時間、本人は焦っている、不安になっている、欠落感に押しつぶされそうになっている。そして孤独だと思っている。

 

残念ながら、Nは俺と知り合って半年後には大学を辞めて北海道に引っ越してしまった。理由は分からない。実家は神奈川のどこか田舎町だったはずだけど。セックス依存の先に、何か違う安らぎと自信を手に入れた末の行動だったらいいと思う。今はどうなっているかは知らない。フェイスブックにもいないし、それは名字が変わっているせいかもしれない。

 

セックス依存をどうにかする方法って、実は簡単で。

一時期、「プロ」の男と過ごすことだと思う。麻薬としてセックスを意図的に演じられる強い男。プロといっても半端なホストとかではないし、安っぽいヤリチンのことではない。

自我を完全にコントロールでき、消すことも出すことも自在で、麻薬セックスを受け止めたり演じたり。恋愛もできるし、コミュニケーション能力も神がかっている。そんなプロの男に半年でものめりこんでみるのがリハビリになるんだよね。

そんなプロの男が決して多くはないのが問題ではあるんだけどさ。少なくともそれは自称はしていない。地味に大衆の中に紛れ込んで、普通の生活をしている。

 

カウンセラーはきっと他に夢中になれる趣味を見つけましょうなんて言うだろう。それは間違いだ。麻薬に代わるものがあるはずがない。酒に代わりになるソフトドリンクがないように。麻薬としてのセックスに代わるものは、何もないよ。

 

闇夜に咲く濃いラズベリー色の花の代わりになるものは、どこにもない。

 

セックス中毒を乗り越えるには、強い麻薬のような男を見つけるか、老いてセックスができなくなる時を待つしかない。

 

 

やりたいことを探している場合じゃない

Twitterでも何度か書いたけど、俺は元々は夜の世界の出身です。時代が時代だったので今とは違うが、18歳の頃から当時アジアで最も猥雑な街に居場所を見つけて小銭を稼ぐようになった。

青森の八戸っていう港町からオドオドしながら上京してきたガキだったわりに、エロの仕事では下積み時代は一切なかった。最初から売上を出したし、失敗らしい失敗もしたことがない。もちろん努力は死ぬほどしたけど、食うに困るような緊急事態の中で努力したことはなかった。

普通は、ド田舎から東京の魔界みたいなところに放り出されたんだから、うだつが上がらなくてもコツコツ頑張ろうって考えると思うんだ。でもどういうわけか、上手くやれる気がしないのに、すべてのことが上手くいった。

まあ、本当はうだつが上がってなかったのかもしれない。自分ではそうは思わなかったわけ。

 

俺は高校卒業まで地元のスーパーでバイトをするくらいしかやったことがないし、勉強はまるでダメだった。スポーツだけは某団体競技で強豪チームでレギュラーになれたのに2度も骨折して終了した。何にしても、上手くいったという経験がなかった。だけどエロの世界は、自分で言うのも何だけど、謙遜して言っても才能があるとしか思えなかった。才能というのが不適切だとするなら、宿命みたいなものだと思った。

上手くいくしかないんだから、真面目に努力しろ、そういう感覚だった。

 

いつの時代も、困った時に自分の身を助けたり、大切にしている女を助けるために必要になるのはこのエロの世界なんだよね。いや、情けない話なのは分かってるけど。金のないガキの俺を食わせてくれるのもエロなら、金に困った女を助ける金を稼ぐのもこのエロの仕事。

その仕事が好きかと言えば、はっきりと好きではないと言える。仕事自体も、そこにいる人間も、そもそも俺は朝日を見るのが死ぬほど嫌いなんだ。夜が明ける朝日を見ると死にたくなる。

それでも上手くいくんだから、人の能力ってわからないもんだ。好きこそものの上手なれなんていうのは半分ウソだ。好きじゃなくても上手になれる。それしかなければやるしかないし、上手くやれるならそのうち好きな気もしてくる。錯覚なんだけどね。

愛情はなくても、愛着くらいはわく、そんな感じ。

 

でも俺も一時期結婚しようと思っていたので、エロの仕事ではなく本業を持とうと努力してきた。22歳でサラリーマンにもなったし、自営業としてお硬い仕事で結果を出そうともした。

でも、残念ながらね。そこそこ上手くいく、位にしかならないんだ。今のビジネスも7年間食えなかった。食えないっていうのは文字通りカロリーが摂取できないんだよ。金がないから。カネがないからガソリンも入れられない、だから仕事が自由にできない、仕事の経費が捻出できないからとにかく何もかもが不便で不自由。

ここまで才能がないもんかと惨めな気持ちになった。

職業選択を間違えていると何度も思ったよ。今も思ってる。

 

そういう時、日本人は好んで使う言葉があるよね。

「コツコツ、がんばる」

「成功するまで諦めない」

「頑張っていると誰かが見てくれている」

 

それは間違いなく真実だけど、そこに依存できるほど頼りがいのある真実ではない。

 

コツコツやっていけば、必ず成功するんだっていう励ましというか、慰めというか。

これもね、半分は本当なんだけど、半分はウソなんだよね。

 

結論から言えば、コツコツ頑張ることと、成功することとは、直接の因果関係はない。成功するまで諦めなければいつかは成功するなんていうのも大嘘で、人間には集中力と体力を持って取り組める生物的な限界があるんだから。成功する前に老いて死ぬわって。老いる前に社会的に死ぬわって。

 

コツコツ頑張って上手く行くっていうのは、それはある程度軌道に乗せられた凡人が、さらにスキルアップして上を目指していくときの研究の姿勢のことに過ぎないよ。ゼロスタートから10までにコツコツなんて考えていれば、俺みたいに7年も食えない惨めな人生になる。100のうち20くらいまでは余裕でうまく行かせられた人が、80くらいになれるように努力するのなら、コツコツっていいと思う。

 

だからはっきり言うと、今この現在に、食えないほど上手く行ってないならその道は抜本的に見直したほうがいい。辞めるってことも考えながら。

そして、いつか起業するとか、今じゃないけど将来なにか始めるとか思っている人は、今この瞬間に諦めたほうがいい。

 

上手くいくものは、この瞬間に上手くいく。

今すぐ始める才能がなければ、将来やってもどうせ上手くいかない。

スタートのために準備が必要だと少しでも考えているなら、それは絶対に上手くいかないから今すぐ諦めたほうがいいよね。

 

準備よりもスタートのほうが先で、戦略や戦術もスタートの後で用意してもいいと思う。スタートした後で研究を重ねてもっと高みに登っていけばいいわけ。

少なくとも、スタートのまえに準備や戦略をこねくり回してるなら、失敗して自殺する前に大人しく今のままの人生でいたほうがいい。

怖くて自身がないから準備したいんだろ。その時点で才能はないわな。苦労する。必ず。自分だけじゃなく、家族に苦労かけさせ、友達には迷惑をかける。

 

俺の自身の反省も込めて言うんだけど、下積みが長くなっているなら早いところ諦めたほうがいい。そこから幸運が降ってくることは万が一の確率だから。俺自身が7年の下積みを抜けられたのは、正直幸運があったからだし、その間に俺を食わせてくれたのはやっぱりエロの副業だったんだよね。

コツコツやったから上手く行ったんじゃなくて、上手く行き始めたからコツコツ頑張ったんだよ。

 

でもさ、成功した人ってそうは言わないよ。みんな過去の努力を武勇伝にしたがる。美談にしたがる。

そう言うと必ず怒るんだけど(笑)

アキラにしても、努力してエロの仕事を軌道に乗せた、なんて武勇伝言い始めたらそりゃ大嘘だわ。俺には天賦の才能があり、宿命が味方をしてくれて、ありとあらゆる幸運が俺に降り注いだわけだから。

 

いま就活をしている大学生とかね、よくやりたいことを見つけるとか言うじゃない。

それはやめとけ。

やりたいことではなく、自分に出来ること、自分でも才能があることを早いとこ見つけて、好きじゃないことでもそこを居場所にしたほうが人生はうまくいく。

 

俺の知り合いには、40歳まで中学校教師をしていたけど家業の運送会社を継いで親の代よりはるかに成功させた人もいるし、大学受験を何度も失敗してから暇つぶしで始めたネットビジネスで億万長者状態の人もいるよ。

公務員だから商売はできないとかウソだし、大学受験に失敗したから人生は落伍するっていうのもウソでしょ。

自分がやれること、才能があることは、誰しもある。そこを見つけるのが努力っていやつで。

 

好きなことややりたいことを探しているようじゃ、あっという間に老人になるだけだよね。

 

 

才能っていうとオカルトみたいに感じるかもしれない。

 

人をとっ捕まえて、見つけるのは新しいフレーズ

性格が悪いのか、俺の脳味噌の障害のせいなのか、俺は「相談を受ける」ということが想像以上に苦手みたいです。

 

例えばビジネスに関することで、後輩に仕事を教えたりすることも結構あるんだけど、教える以上に「相談」の類を持ちかけてくる人が多いような気がする。

その多くは、内面のこととか、心のありようについてなんだよね。

 

例えば、大きい夢を抱えてビジネスを始めたけれど、なかなか上手くいかない。結果が出せないだけではなく、結果に繋がる商談とか仕込みの行動量も増やすことができない。フリーランスの人間としては、このままでは近い将来に廃業するか続けるかの選択を迫られることになる。そんな状況。

すると、相談をしてくる人がかなりいる。もしかしたら女性のほうがやや多いかもしれない。

 

俺は快く「相談」に乗ろうとする。

が、話の内容はなにか雰囲気がおかしい。たいていこんなことを言う。

 

収入が減っているという現状

仕事を受注できないという現状

家族や彼氏・彼女から反対されているという現状

現状に問題が多すぎて仕事に集中できないという現状

そして、知人の会社から転職をして入社しないかと誘われているという状況。

または、彼氏に結婚してほしいと言われているという状況。

でも、今のこのビジネスは辞めたくないという状況。

 

うーん。と俺は心の中で困ってしまう。いや、分かるよ。気持ちは分かる。俺もそうだったし、むしろもっとうだつが上がらず人生負けていたから、分かる。

でもさ、俺は思うわけ。

この「相談」とやらに、「うんうん、分かるよ」とか言う優しい先輩が世の中にはいるだろうなと。そんな先輩だったら、きっと分かってくれて嬉しいです!とか言いながら酒を飲み交わすこともできるだろう。そして、「元気が出ました!」とか言って、「辞めるの辞めました」って話になって家に帰って寝るんだろう。

 

性格の悪い俺はそうできない。俺は思うんだよ。

「”うん、わかるよ”って他人から言ってもらえる相談事をして、お前恥ずかしくないのか」って(笑)

 

いやいや、困った時に気持ちの支えが欲しいのは本当によく分かる。でもそれによって、どうなるの。元気出ました!って家に帰って風呂入って寝て、朝起きたら何も変わらない現実があるだけだろ。

そのうち、その「相談」もしなくなり、勝手に辞めることするだろ?文字通り、勝手に。

「退職のご挨拶をしたい」とかメールで寄越して、アポを取ろうとしてくるだろうよ。いや、いらねえしな。というかこの前「相談」に乗った時間を返せと言いたい(笑)

 

性格悪いんでしょうか。

 

でも俺だとしたらどうだっただろうか。確かに同じように気持の支えを欲しがっていたガキの時代があったと思う。その先はホームレスに繋がっていく奈落の道だったよ。

そこからなんとか復活していく道に戻ってきてからは、他人に相談することって本当になくなった。基本的に他人に相談はしないと決めてる。

 

相談するときは、極めて実務的なことを質問するだけだよ。だから相談じゃなく、「質問」なわけ。

今も仕事で上手くいかない現象が起きたら、その理由をひたすら考えて、言葉に落とし込むまでノートに記録してる。どうしたら上手くいくのか、どうしたら改善できるのか、まるで研究者のように每日、その日のうちに言語化しようとしてる。

必要な勉強や情報は、ネットや本や研修資料なんかを掘り返して見つけようとしているが、どうしても答えが出ない課題もある。

その時だけ、ヒントがありそうな人に「質問」するために、丁重にアポをお願いしてる。

 

でもそれってさ、いくら俺が実務家だとしても、質問も相談も他人の時間とエネルギーを奪う行為なんだよね。めちゃくちゃ申し訳ないなと思ってる。当然。

 

だから人をとっ捕まえて質問や相談をするときには最低限のマナーが必要だと思うんだよね。

一つは、相談することで、その相手にメリットがあること。

もう一つは、相談するからにはリタイアしないと絶対に誓うこと。

 

メリットって何かと言うと、謝礼も一つなんだろうけど、それ以上に相手のビジネスにも継続的にプラスになる情報や状況を手土産に持っていくことだよ。

これがないと、ちょっと俺は人の時間をもらうことには抵抗がある。

あとは、もちろん、いくらメリットがあったとしても相談しておいて辞めましたは論外だと思うので、諦め半分だったらそのまま死んだほうがいいとも思ってる。

 

相手から実務的なヒントをいただこうと質問するわけだけど、俺の場合は、一番大事なのは実務処理のスキルではなく、「言葉」だと思うよ。

 

この行き詰まったモヤモヤした部分を、新しい言葉、新しいフレーズにバシッと言語化してくれたらどんなに最高だろうと思うわけ。

ああそうか、そういう感じでいいんだ、っていう。それがいわゆる気付きっていうやつだよね。

ちなみに「気付きをもらう」っていうフレーズだってもう陳腐過ぎて、もっと新しいフレーズで表現されたら、気付きも深まっていくと思うよ。

もっと言えば、相談や質問をすることで相手の中でも言語化が進み、相手にも新しいフレーズが生まれるのなら、それもメリットになるんだよ。

本当に優秀なやつから相談を受けると、俺のほうが思考が深まったり理解が深まったりする。

 

優秀な人間の相談は、自分にも相手にも「インプット」を与えるものなんだよ。

 

それが、相手から「うんうん分かるよ」と言われて慰められたり励まされたりするなんて、俺は恥ずかしい行為だと思う。

そんな相談なんて、自分の中の老廃物を「アウトプット」する行為だよね。

要するに、うんこ。人をとっ捕まえてウンコしてみせて、それ食えって話。自分のウンコをアウトプットして、相手にそれをインプットしろと。

 

違う。相手にとってインプットにならない相談や質問は、全てうんこ。

 

自分がインプットを続けている人間しか、他人に相談してはならないのはこんな理由。

 

お前に求めているのはサプライズじゃない

つい最近の話。

付き合いのある某研修会社の営業マンから売り込みを受けたとき、家に帰るとポストに葉書が入っていた。

郵便局が配達に来る時間でもないのにおかしいなと思ってよく見たら、投函したのは郵便局ではない、その営業マンだった。

そこには習字の文字でこうあった。

「さきほどはお時間を頂戴してありがとうございました!アキラさんのお話に感銘を受けました!お目にかかれたことに感謝です!」

つまり、数時間前に会った営業マンが、その場で葉書を書いて、俺の自宅のポストにわざわざ入れていったということね。しかも筆ペンを持ち歩いているんだろう。どうにもこうにも達筆風というか、相田みつおみたいな文字というか、「感謝」と大きく書いてあった。

 

俺がひねくれているのかもしれないが、俺は素直にそれを受け止められなかった。こんなことはよくあるし、俺も真似したことがある。

でもこうやって受け取ると、こう聞こえるんだ。

「ほら、感動したでしょ?会った日にポストに入れていったんだよ?こんなことする営業マンはすごいでしょ?思いが伝わるって思うでしょ?どう?感動した?」

 

悪いが寒いだけで感動も何もない。その日の深夜、その彼の会社のメールアドレスに返事をしておいた。

「葉書わざわざありがとう。恐縮なのだけど、会社の経費を使って今後こういうことは必要ないので遠慮いただきたい。葉書があなたの自腹だとしても、これを投函する時間に対してもあなたの雇い主は給料を払っているのだから、時間を大切になさい。」

 

感動の押し売りはいらないんだ。本当に迷惑なんだ、こういう押し売り。会社でこんなことを教えてるのが分かる。感動を売りましょうとか言ってるんだろう。期待以上のサービスをして感動していただきましょうとかね。

 

悪いけど、それは三流なんだよ。

 

これが男女間で例えてみれば、サプライズすればモテるとどこかで覚えた男みたいなもんだよね。

もちろん、嬉しいよね。俺も誕生日にサプライズで祝ってもらったことがあってすごく感動して感謝したけど、それは溺愛している彼女からのものだったからであって。別に好きでもない女からされても喜んだふりしか出来ないよ。

女性だったらなおさらそう思うだろう。好きでもない男に、はっぴ~ばーすで~とぅ~ゆ~♪とか言ってケーキ持ってこられても、顔を引きつらせながら笑顔を作るのが精一杯だろうな。

 

どう?感動した?俺のこと好きになった?とか押し売りされてもね、余計不愉快なだけだよ。

 

俺は、感動ってビジネスでは必要のない感情だと思ってる。感動より必要なのは、感心とか関心とか興味、安心であって。感動が一番脆弱で当てにならない感情だよ。

大切なのは感情より信頼だと思うんだよね。長続きして強固な繋がりって、感動より信頼だと思う。

少なくともサプライズでは、女性の信頼も、取引先の信頼も得られないんじゃないの。

 

信頼って、ポイントの積み上げゲームなんだよ。

そこでは、サプライズをやっても1ポイントでしかなく、電話の折り返しをきちんとしても1ポイントだし、ありがとうと言ったことも1ポイントなんだよ。

でも、電話をきちんと折り返すことが3回あって3ポイントだとしても、サプライズを3回やっても3ポイントにならない。下手したら複数回サプライズをしたらマイナスになってくことさえある。

 

もし車の営業マンだったら、習字の葉書を何枚送ってきても、誕生日にいきなりケーキ持ってきても、俺は次第に苛立ち注意することになる。俺が求めているのは、車が壊れたとき、電話したらすぐに折り返してくれて、じゃあすぐに代車用意するから来れますかとか、これないなら業者手配するとか、具体的にやってくれることなんだよね。何も事件が起きないなら、そのままほったらかしでもいい。でも電話すればあいつが何か力になってくれるって思えることが信頼だと思ってる。

葉書もカレンダーもいらないし、用もないのに「近くまで来たんで」とか顔出すのは辞めて欲しい。

 

不倫関係じゃあるまいし、非日常のイベントを繰り返してサプライズしても、信頼のポイントは積み上がらないんだよね。

 

インフルエンザで苦しんでいる時に「大丈夫なの?」って何度もLINEをくれたり、デートの帰り道に楽しかったよと言って渡してくれるコンビニのチョコレートだったり、

読んだ本の感想を教えてくれたり、今日一日の仕事のことを話してくれたり、

男が女性に対して気持ちを寄せてながらやってくれる、そんな些細なことのほうが、ずっとポイントが積み上がるんだと思う。

そりゃサプライズは楽しいよ。でも、過ぎ去ってみればそれは思い出の一つでしかなくて。大切だったのは、一緒に見上げた月のほうだと思う。その夏夜の時の流れとか、風の感触や、汗が引いていく冷たさとか。それを言葉にして思い出す時のぬくもりとか。

 

仕事にも、恋愛にも、感動なんていらないよ。

 

大切なのは、当たり前の感情を手のひらで温めるような些細な時間の積み重ね。

 

 

 

 

過小評価を強制されると

いつの時代もそうだと思う。俺が10代の時もそうだったし、きっと今もそうだろう。

若い子達が、同級生に対して「過小評価」を強制してくるって光景、見たことがある人が多いと思う。

旬の話題で言うと、フィギュアスケートの金メダリスト、羽生結弦選手を見て子供たちがナルシストだとかなんとか一生懸命になって悪口を言おうとする。

もっと身近な例で言うと、中学時代とか試験勉強を徹夜でやったのに学校では「勉強なんかしていよ」って体調悪そうな顔で言ってるヤツとか。

自分の努力とか結果に対して、「大したことないよ」「全然努力してないよ」「自分怠けてるよ」「結果出ねえ~」なんて言うことが、謙虚だと思われ、それに従ってる奴らはごまんといるよね。

これは別に謙虚ということじゃなくて、「過小評価の強制」なんだよね。

過小評価を強制するということは、本人に「ウソでもいいから大したことないって言ってくれ」ということじゃないかな。

 

もちろん、みんながそうではないよ。陰で努力して大きな成果を挙げたやつを賞賛する子もたくさんいたし、結果はどうであれ自分は頑張ったぜ!って公言するやつに、すげーって感嘆する子もいた。

でも圧倒的多数は違う。苦しみも喜びも人に見せないのが謙虚だと言う。

そのうち、周りはみんな同調してしまう。すると独特の暗さと静かさが覆い尽くすようになる。目立ってはいけない、主張してはいけない、自分は大したことがないと思わなきゃいけない、大きな夢を持ってはいけない、突拍子もない目標を掲げてはいけない、出来ることでも出来ないといったんは言わなければいけない、って感じになる。

田舎の暗さってこれなんだよね。カネがないからとか、商売がうまくいかないから、だけではそうそう暗くならない。

過小評価を強制する空気に同調してしまうと、表情はあっという間に暗くなっていくわけ。強制されているとは感じないほどに、それが「腹落ち」してしまうと、人生はちょっとややこしいものになる。

 

わざと同調しているだけならいいよね。

でも本当にそう思い始めるとかなり厄介なんだよ。

たとえば、「分相応」って言葉があるじゃない。分相応な車を買う、分相応な家を買う、分相応な生活をする。それを綺麗に言いかえると、「丁寧な暮らし」ってことになるかもしれない。

車は高級である必要がないから軽自動車でいい、服はユニクロで十分オシャレになる、デニムは経年変化を楽しむ、安い靴でもきちんと手入れすれば50年履けるらしい、旅行するとしても車で行ける範囲でいい、泊まるホテルも一泊2人で6000円でいい、家は家賃4万円の築35年のアパートだが新築は分不相応なので中古を買ってリノベーションする。

それが金がないなら別にいいよ。公務員同士の夫婦で世帯年収で1300万円ある家族がそれを本音でやってしまう場合がある。何か目的があって金を貯めているわけじゃなく、本気でそれが分相応って思うらしいんだよね。いくら老後の年金が崩壊しそうだとしても、新築の家を買っても十分な貯金ができる計算のはず。

ケチなんじゃなくて、自分を過小評価する習慣が骨の髄まで染み込んでるんだよ。

 

残念ながら、これは公務員だから成り立つけど、会社員や自営業者だったら出世も売上アップも不可能になるだろう。

過小評価っていうのは、過大評価よりもはるかに無能な人間の習慣だからだよ。

ほら、分かりやすく言うと、スーツを着てずっと仕事をしていた人が、病気で休職して半年ぶりにスーツを着たとする。すると鏡を見てびっくりするよ。スーツが全く似合わなくなってることに。冴えねえなあって思う。

ジャージばかり着ていたら、ジャージしか似合わない人間になるし、デニムがボロくなったのを経年変化と言い換えていたら、ボロ着しか似合わない人間になる。誤解がないように言うと、俺もデニムの経年変化は嫌いじゃない。ジャージやデニムが悪いと言ってるのではなくて、「自然体」という言い方で、自分を過小評価して必要以上に粗末な生活を自分に課してないかってこと。

俺は労働者階級だからと言うのは、実際俺もそうだし自然なことのように思えるけど、その階級で固定するような言葉を発してしまうととたんに運気が下がっていくもんだよ。

服で例えるとよくなかったかもしれない。Tシャツばかり着てる億万長者もいるからね。つまり自己評価の話だよ。

 

一度過小評価のマインドセットになると、他人の力では絶対に変えられない。

過小方向へ矮小してしまうと、現状維持バイアスと言って、現状を変えることにものすごく抵抗を感じるようになる。歯磨き粉のブランドすら変えられなくなる。自動車の排気量を660ccから2000ccに変えるようとするだけで恐れ慄くようになるよ。

每日の些細な選択に、自分の過小評価マインドが邪魔をして、どんどん下方向へ自分を落としていく。

分相応だと思って買った中古車が故障しまくって大金がかかったり、分相応だと思って買った中古住宅が性能が低くて光熱費が高額だったり。

実際、金がないと言ってる人の自宅のクローゼットは、ユニクロやらプチプラの服でぎゅうぎゅう詰めだったりする。もっとまともな服買えるし、今のままだと本当に貧乏な人だって印象を与えてしまうと、とね。

 

過大評価がいいとは言い切れないけど、少なくとも自分で自分を認められない人間に大切な仕事は任せないよね。

世の中、ビッグマウスのほうが結果を出すのは、そういう過大評価気味の選択肢の積み上げのおかげだろうと思う。

「出来もしないのに、俺できますよ」と言って大変な思いをしてなんとか帳尻合わせようとする人間と、

「わたしにはとても無理です、他をあたってください」と、堅実に仕事を請け負う人間と、一見後者のほうが信頼がある気がするけどさ。

信頼があるようでいて、ない。その自己評価の範囲でしか仕事は任せてもらえないから。

実際は前者のほうが早く成功すると思う。もちろんトラブルも多いけどね。

 

過小評価を謙虚と受け止めてくれる人は、同じマインドセットを持つ人間だけだよ。

過大評価を自信と受けて止めてくれる人もそう。

世の中、自信がない人より、自信がある人の力で回ってるんだから、成功が早いのは当たり前だよね。

 

過小評価は自分を苦しめるだけ。それを自然だとも、丁寧だとも、誠実だとも思わないほうがいいと俺は思うけどな。