歩合制で末端労働者を働かせるな

10代の終わりに、俺は夜の世界でクソくだらねえ仕事をしていた。金はふんだんにあったが、それでも俺は時々、同じ年の大学生がやるようなアルバイトもしていた。スーパーの青果売場とか、興信所とか、まあ色々やった。

その中で、ティッシュ配りとかチラシのポスティングっていうのもあった。ポスティングっていうのは、集合住宅なんかのポストにチラシをぶっこんでくる作業だよ。宅配ピザ屋とか学習塾、ハウスメーカーの見学会とかのチラシ。これ、結構大変なんだ。団地なら下の入り口に集合ポストがあるからさっさと終わるんだけど、普通の4階建てのアパートとかだと、いちいち階段を昇ったり降りたりしなきゃならない。スニーカーにTシャツで、首にタオル巻いて真夏の住宅地で仕事してたっけ。(ポスティングの仕事はたまに依頼されてやることがある。超絶アナログなマーケティング手法なんだけど、意図的に使うと結構効果があるのが不思議)

 

で、前置きが長くなったけど、こういうポスティングのバイトって、一枚2円とかの歩合になってることがあるんだよね。1枚2円×3枚セット=一世帯6円。500世帯に配布して3000円・・・笑

500世帯に配布って、2日はかかる。日当1500円。

チラシの枚数がたくさんあれば単価は高くなるけど、そうもいかない。元請けの会社はいいんだ。料金を調べたら一世帯ポスティング7円とかで、5円はピンハネできる。2万枚請け負ったら、売上14万円、バイト達に数千円ずつ合計4万円渡して、粗利10万円か。

それで、18歳のアキラ君にはクソくだらねえ計算に思えて、結局ひと夏やって辞めた。それを客のおばちゃんとか、店の同僚の女の子に離すと結構ウケるわけ。ネタとしては良かったけど。

あの時、バイトで真面目にポスティングしているのは俺だけだったような気がする。バイトしている仲間の主婦は、数十枚適当にまいたら、ゴミ袋に入れて捨ててるって言ってた。それで3000円なら美味しいでしょって言って(笑)

まあ、そんなことにはなるよね。

 

ずっと大人になってこの時のことを思い出すんだけど、ここに学びがあるなーと思う。

それは

売上単価に連動した報酬で末端労働をさせると、必ず場が腐る。

ということ。

こういうの平気で今もあるんだよ。例えば牛丼屋。店員どころか店長も非正規、その管理職も非正規なんて会社があって、店長など管理職の報酬は牛丼一杯あたりの粗利率で左右されていたりする。

例えば、生命保険や車の営業マン。歩合給と言うと聞こえはいいけど、実態は歩合のい商品を客の意向を聞くふりをして押し売りできなければ給料は増えないわけだよね。

ほんと必要がない保険を悲壮感漂わせてセールスしてるの見ると気の毒でしかない。

しかも一定の期間に売上が低迷すると、平気で解雇されるみたいだ。

営業マンはどこの業界もそうだけど、本当に客のことを考えている人は、業績に苦しんでいたりもする。客のことを思いながら売上もあげるスキルや考え方を教える風土がないからだ。

こういう単価に連動されて、現場の末端作業員をさせると、そこは無関心と無責任で満ちた地獄になりやすい。

よく、俺がお世辞にも日の当たる商売をしていたわけじゃないのに、スタッフ達が辞めたあとも楽しそうに絡んでる姿を見て、なんで?って不思議に思う人がいる。

まあ、俺は歩合制の給料にしなかったからだと思う。もちろん経営者の俺は歩合で当たり前だよ。でも経営者に雇用されたり契約しているスタッフは、どう言い換えたって末端労働者なわけだよ。そこに歩合を持ってくるのは好きじゃないので、基本的に固定給にした。たぶんそれだけの話だと思う。

歩合だったらもらえない額の給料だよ。ということは、経営側の取り分は圧倒的に少なくなる。でも、いいことがあって、場が腐りにくい。もちろん腐っていく人間もいるけど、それは職業観や人間性を指導したうえで改善がなければお引き取り願うまでの話。

結果、会社への無関心はなくなったし、不正も激減した。スタッフが弁護士連れてやってくるとか、そういうのもなくなった。

若い頃、完全歩合の業務委託契約で他人をこき使っていた時代、横領はすげえわ、傷害事件はあるわ、スタッフが群れて集団で飛ぶわ、まあすごかったww

女の金をピンハネしてるくせにって文句もすげえww

 

綺麗事だって言う人もたくさんいたよ。末端労働者は低単価でこきつかってやればいい、気に入らなきゃ代わりはいくらでもいると言う人のほうが多かった。

別に俺もいい人になりたいわけじゃない。お花畑に住んでるわけじゃなくて、俺も稼ぎったかっただけ。遠回りだけど、明日の金を心配しなくてい環境があれば必死に働く人間が多い業界だったから、そっちのほうが儲かるだろと思っただけだよ。

末端労働者に歩合制をやりはじめると、絶対に場が腐る。歩合でいいのは、経営者と一部の超絶優秀な社員だけ。そいつらは年収5000万円でも稼げばいいけど、能力が人並みでしかない労働者は絶対にそうはならない。一部の特殊な事例を一般論にして、夢を煽って歩合の労働をさえると、最後は場が腐って誰もいなくなる。

営業でも経営でもネットワークビジネスでもなんでもいいんだけど、誰でもできるような気がするしそう言って煽られるんだけど、誰にでも出来ないよね。実際。能力が半端な人間は、犯罪的なことをして稼ごうとしたり、能力が低い人間を食い物にしようとする。

歩合や時給や日当の報酬は、俺は自分の首を締めるだけだなと思ってる。非正規も同じだ。非正規が場に増えると、やっぱり最後はズブズブになるよ。

 

2万円しか利益がない仕事だったら、2万円全部が人件費になる。

100万円の利益が出て初めて、人件費払っても利益が出始める。

当たり前の話だと思うんだけど、当たり前じゃない光景がほんと良く見られるよ。

2万円の仕事を歩合とか言ってスタッフと分け合ったりするから、おかしくなるんだよね。繰り返すけど、スタッフは経営者よりどうしても能力が低いんだから。

 

大企業や立派な会社はどうか知らないけど、俺みたいな底辺野郎が生息する場所では、人の扱いを間違えるととんでもないことが起きるんだよね。

 

 

 

幸せになる準備をいつまでも始めない人たち

 

もし、泉の精が水面から現れて、あなたにこう言うとする。

「明日から幸せになりなさい」と。

「ただし」泉の精が言う。「幸せになったら何がしたいか、5つだけ、今すぐ答えなさい」

あなたはすぐに答えられない。あんなに幸せになりたいとか、わたしは不幸だとか言っていたくせに、幸せになったらやりたいことのたった5個が言えない。

泉の精が呆れたように、何も言わず水面の下に消えていく。

あなたはそこでどう感じるだろうか。

もしかしたらこうかもしれない。

「怖かった・・・あんな幽霊が消えてくれた良かった」

「幸せになれるとか、試すようなことを言う亡霊だった。きっとわたしは疲れてる」

「宝くじみたいに突然幸せになるなんてないんだよ、幸せは努力の先にしかないんだから」

 

*******

 

「アキラ、どう思った?」

 

この話は、俺が21歳だった新宿の夜更けに、たまに仕事帰りにたむろしていたバーの低いソファで友達の女が言ったこと。俺もだいぶ酔っ払っていたし、店の中は暗く、眠くなるようなループする音楽がかかっていた。もしかしたらそんな話は女がしなかったのかもしれない。俺がぽんこつになった脳味噌でぼんやり思っていただけかもしれない。泉の精って、正直者に3倍セールをやってくれる気前の良い奴だったと思うんだが、その話では謎掛けをして答えられないと見捨てるという性格の悪い女になってるし。

 

「どう思ったかって、どうも思わないよ」

 

だって、俺は幸せが何かなんて分からなかった。自分が幸せかどうかなんて考えたこともない。でも考えたらきっと落ち込むことになるから考えなかったんだと思う。幸せっていうことに何か基準があるとしたら俺は何一つ手に入らなかっただろうし、気持ちの問題だとしたら每日が生きていくことで精一杯で、そんな女子高生のポエムみたいなことに興味はなかっただろう。

 

命をつなぐように必死に生き延びた22歳までだったが、その後は駆け下りるように人生が壊れていった。

食うのも事欠くほど貧乏になったり、貢献する相手を間違えて大失敗したり。数え切れないほどの失敗をした。そして病気にもなった。

それでも自分が幸せなのか、不幸なのか、考えたことがなかった。幸せっていうものの存在は聞いたことがあったけど、それは俺が「成功」をした後にやってくる感傷なんだろうと思っていた。

 

でも、思い出せば不思議なことが22歳の頃からずっとあった。

 

(似たような話は以前「デフォルトのままの人生」っていう記事で書いた気がする。)

 

20代の前半から自営で仕事をしてきて、資金繰りが下手すぎて何度か不渡りを出しそうになったことがある。若いし何も知らないのでビビって必死に金策していたら、ちょうど不足していた金額と同じ入金があったりした。

でもまあ、それはたんなる自転車操業であって何も解決にはならないんだけど、それでも「必要な時に必要な分の金が転がり込んでくる」っていうことを繰り返したんだよね。

仕事じゃなくてもそう。来月、女の子とちょっとお金のかかる旅行に行くんだけど、もしかしたら金が厳しいかもなーって思っていたら、ちょうどその分に足りるような商売の売上が立ったり。

逆に、突然臨時の収入があってどうしたんだろうなーと思っていたら、仕事で使うパソコンが完全にぶっ壊れたり。

上手く行かない人生のなかで、かなりレベルの低いところで辻褄を誰かに合わせてもらって生きてる気がした。

 

お金だけじゃない、恋愛でもそう。人生いろいろありすぎて腹の中が腐っていたせいで、俺の恋愛観はかなり荒んでいた。人を思うということの価値を軽く見ていたせいで、人が俺を思ってくれていることに応えるということも軽く見てしまっていた。

結果、あれほど美人で、あれほどエロい女で、一緒にいれたらどれだけ幸せだろうなっていう恋人もメンヘラにさせてしまったことが何度もある。俺といるせいで、幸せになれないだろうなって俺はずっと思っていた。

ただ、自分で言うのもなんだけど女性にはモテるので、女がいないっていう生活は15歳以来経験がなかったりもした。

ここでもすごい低いレベルでの辻褄があってしまい、荒んで儚い恋愛をして少し夢を見ては破れ、そしてすぐに新しい恋愛がやってくることの繰り返し。

 

あの頃、新宿の薄暗いバーのソファで、誰かが言ったことを最近になって思い出すよ。

 

そうか、幸せになる準備ってあるんだろうなって。

 

自分はどうしたら幸せって思うんだろう。その条件を5つ上げてみるとしたら・・・?

そうだな、

時間が自由になるタイムリッチで、

友達がたくさんいるフレンドリッチで、

自由な収入があるマネーリッチ、

家族を大切にできるファミリーリッチ、

自分の商売とやりがいを確立するビジネスリッチ

そういうことだろうなと思うよ。

そして、それは具体的にどういうことかって、真剣に考えてみた。時間とは?友達とは?お金の使いみちは?家族って?自分の使命とは?

表面的なことではなく、もっと深く。もっとえげつなく。

 

そしたら、気づくよね。自分は、ものすごく小さいサイズで生きてきたなって。そしてその小さい人生に安心していたなって。

だから突然幸せになろうとするとブレーキを踏んでしまったのかもしれない。もっと大きなお金が必要になる豊かな人生が近づいてくると、ブレーキを踏んで逃げてしまう。

不自由で不幸せな人生に安住してしまうと、上方向に変化が起きると激しく快適さが亡くなるもんだよね。

女性は特に経験あるかもしれない。他人を好きになろうとすると自分にブレーキをかける。そして寂しい自分に安心してしまう。それで自分は不幸だと言ってみるけど、そこが心地よかったり。

ぽっきいが最近テンプレイベントをやってるけど、あれもそうだよね。ぽっきいが言う通りにやって修行していけば、今までなかったような規模で女性にモテ始めるっていう企画で、二の足を踏んだり、先に始める人に敵意を剥き出しにしているおじさんがものすごく多いようだ。なんで?あんたらあんなにエロエロ言って、女に嫌われておいて、いざこうなると逃げるんかい、と。やっぱりモテない自分が心地いいんかい、と。

分かる気はするけどね。

下方向に変化するのは、耐えられるんだよ。やっぱりだめかーって言う準備が出来てる人のほうが多いよな。そこには我慢できる。だって想定通りだから。

 

自分が想定する範囲でしか、夢は実現しないよ。

想定する範囲でしか人生は変われない。

具体的に細部までイメージして、具体的にそれにかかる費用を計算し、その結果どんな感情が手に入るのか想像し、それがとてもリアルに感じられたら、あとはもうその幸せを受け入れる準備ができたってことだと思う。

全部、辻褄が合う。

瞬間的に辻褄が合うんじゃなく、一生かけてずっと合い続ける。

理屈じゃなくて、もっと覚悟のような感情的なものの話をしてるんだよ。幸せになる覚悟、人生を楽しむ覚悟、もっと冒険する覚悟。

 

人を妬み、批判したりイジメたりする人間は、自分が幸せになることに罰を与えるタイプの育ち方をしてるのかもしれない。

なのに、「成功したい」と言ったり、「女にモテたい」と言ったり、「金持ちになりたい」と言ったりする。そのマインド引っさげて、絶対にそうなるはずもないのに。だってそこから逃げてるのが自分だってことに気付いていないんだから。

人を攻撃しているつもりで、自分の価値がないってことを確認しているなんて、惨め過ぎるだろ。

 

いつまで勉強と練習ばかりしてるんだろ。試合から逃げるから、試合で輝いてるやつに嫉妬するし、嫉妬してるから試合で負けたやつを批判するクズに成り下がる。

勉強と練習も大切だけど、試合に出て恥かく準備したほうがいいよね。試合に出なきゃ勝つことも負けることもないんだから。

 

幸せは努力の先にしかない、だからわたしはまだまだ努力が足りないので幸せになんかなってはいけない、

そんなつまらない人間になりたかったら、望みどおりきっちりそうなってしまうよね。

コミュニケーション講座・番外編

久しぶりにやります。コミュニケーション講座。

このアキラ師のコミュニケーション講座は、「モテスキル」みたいなものではなく、人生をよりよく、より楽しく生きるためのヒントみたいな感じで読んでいただければいいです。

ご自身の何かに置き換えて考えてみると、もしかしたら「あっ!」って気づくところがあるかもしれない。

俺は別に心理カウンセラーでも学者でもなんでもないので、語れることは俺自身の体験のことだけだよ。今日も俺の体験から始めようと思う。

 

10数年前、ある主婦と話をしていた。当時、小学生の子供がいる30代の主婦で、一度も就職したことがない女だった。

その人が小学生の子供の買い物についてこんな風に俺に言った。

子供はバスケ部に入っている。夫も自分もバスケ部に入るのは反対だった。まだ子供なのになぜあんなに長時間きつい練習をさせる顧問が馬鹿だと思うし、土日も家で勉強しなくなった、塾にも行ってない。子供に運動をさせるのは意味がない。

その子供が、ある日、自分のバスケットボールを買うと言った。買って欲しいというのではなく、お小遣いを貯めて買うと言う。値段は6000円。子供にとっては決して安くない。

母親はびっくりして、そんな無駄な買い物してどうするの!と叱った。ボールなら学校のものを使えば済むでしょ!馬鹿じゃないの!と。それを夫にも言うと、夫も激怒する。ボールにそんな大金をかけて無駄遣いだ!と。

夫婦2人で子供を責め立てた結果、子供は泣いてしまい、次の日バスケ部を辞めてしまった。勝手に辞めてしまったことをまた叱ったが、子供は何も言わなくなった。泣きもしない。ちょうどいい機会だと思って、塾に通わせようと思ったら、絶対に行かないと言う。

子供は、バスケなんかやらせたせいで最近おかしくなってしまった。全部あの顧問の教師のせいだと。

で、こういうことは教育委員会に苦情を言えばいいんだろうか?と、俺に言うわけね。

 

この母親、俺が個人的に親しい女だったので、ちょっとキツめに言った。

馬鹿かおまえ。

 

なぜ、バスケ部が馬鹿らしいことなのか?

なぜ、バスケ部を頑張ることがそんなに見下すような行為なのか?

子供はバスケ部を強制させられる被害者なのか?

子供はなぜ、自分のマイボールを欲しいと思ったのか?

子供はなぜ、買ってくれと言わずに小遣いを貯めたのか?

子供は、それが無駄遣いだと思って小遣いを貯め続けたのか?

6000円という値段は、何と比較して高いのか?

なぜ、バスケ部を辞めてきたのか?

なぜ、塾通いを拒否するのか?

なぜ、おまえを無視しはじめたのか?

 

女はその質問に全く答えられない。答えるんだが、答えになってない。6000円は高いものは高い、子供は勉強しないと浮浪者になるしかなくなる、バスケをやっても成績が上がらない、親の言うことを聞かない子供は施設に預ける、興奮してそんなことを口走るだけ。

だよな、その程度の人間だよなおまえは、そう俺が言うと激怒してしまった。そして俺に言う。「子供もいない人間に分かるはずがないよね!」

 

それから10年以上が過ぎ、その子供は高校を中退し、それをまた責め立てた母親をぶん殴って鼻を折り、家を出て行方知らずになったんだけどさ。

 

ここを読んでる人は、もしかしたら神さまの目線でこの事態を冷静に見れているかもしれない。でも当事者だったらどう思うだろうか。

 

これは、この母親である女の精神年齢の未熟さが原因なんだよな。そもそも、考えてみれば分かる。

何と比較してその価値観を持っているのかというと、何もない。どこにあるか分からないような、「世間一般的に」とか「自分」という曖昧な基準だよ。

子供に対していろいろ押し付けて、子供の努力すら平気で馬鹿にしているが、では自分としては子供にどうなってもらいたいのか言葉で他人にプレゼンテーションできるほどのビジョンがあるのかというと、当然ないよな。

 

俺だって分かるよ。子供は、自分のボールを愛情を持って手入れしながら、自主トレしたいと思ったんだ。それくらい、自分の今していることに大きな価値と目標を持っていた。レギュラーにもなれるほどの結果を出して、道具にこだわりたいと思うほどのレベルに達していたんだ。

それを、この馬鹿親はその行為を、くだらないとか、無駄遣いだとか無神経に責め立てたわけ。

もう、全てがくだらなくなるだろう。俺もきっとそうなる。小学生の子供だからなおさらね。

ちなみに、この父親の職業は公務員。貯蓄残高を眺めるのが趣味のくだらねえ男だ。口癖は、勉強をしないとテレビに出てくるような馬鹿なタレントみたいになる、だった。

 

2人が腹の底に持っているのは、恐怖でしかない。そして不安。

 

2017年の今、その夫婦は、中退した息子が今も行方不明であることを恥に思っている。それと同時に、恥を抱えて生きているのがひどく辛いらしく、子供を戸籍から除籍できないか色んな人に聞いている有様。なかったことにしないということか。子供の存在すら最初からなかったことにしたいということ。もちろん、日本の民法はそんなことができるはずもない。

普通の知的な大人が考えることじゃねえよな。

 

これって、ものすごく気づきがある。

 

その子供の価値観は、「○○をする」という主体的なものだった。

一方の親の価値観は、「○○をしない」という主体性のないもの。

 

例えれば、子供は「価値のあるものにお金を使いたい」と思っている。

親は、「そんなもの意味がない」と警告しようとする。

 

これって、生活のいろんな場面で似たようなことがあるよ。

 

例えば、カルティエのブティックでタンクを買わず、田舎のショッピングセンターのテナントで入っている並行輸入の激安店で買おうとする女。

理由は、正規店で定価でかうやつは馬鹿だから、と言う。

 

例えば、十分な年収がありながら、とにかく世の中で一番安い家を買おうと調べている男。家族の要望も、夢も興味がない。

理由は?損するのが絶対に嫌だから。失敗するのが怖いから。高い家に意味ないから。

 

例えば、アウディのディーラーで値引きを要求する農協勤めの男。

理由は?俺は値引きしないで買うほど馬鹿じゃない、から。

 

例えば、十分な学力がありながら、地方公務員になろうとする男。別に地方行政に使命を感じているわけじゃない。

理由は?給料が安定してるし貯金できるから。

貯金は何に使うの?何もない。あれば安心でしょ、それだけ。

 

実は、前述の馬鹿な母親と、哀れな子供を、同時に自分で演じている人が多いと思う。

 

大きな夢を持ちながらも、根拠もない自論や恐怖心だけで、自分の夢を汚してしまっている。

もしカルティエのブティックで定価で堂々と買ったら?

アウディのディーラーで値引きではなく、営業マンの熱心さと車の美しさに惚れ込んでサインをしたとしたら?

情けない理由で公務員になるのではなく、本当にやりたいことにチャレンジしたとしたら?その上での公務員試験だとしたら?

安い土地に安い家を建ててそれを自慢するのではなく、嫁や子供が飛び跳ねて喜ぶマイホームを買おうとしたら?それが決して安くもなかったとしたら?

 

結果、自分に対する尊厳ってゆらぎないものになるんだよな。

その逆は?

身に覚えがないだろうか?せっかく欲しかったカルティエアウディや家のはずなのに、1年後も自分を誇りに思えるだろうか。

そして、この質問に自信を持って答えられるだろうか。

 

「人生を本当に楽しんでいるか?」

 

それは、自分自身に対して、自分の望みを認めてあげたかどうかか、自分を理解しようとしてあげたかどうか、なんだよね。

欲しいのはなんだったのか?

スイス製のフランスのブランドの時間を測る機械?

ドイツ製の、3年経ったらぶっ壊れかねない内燃機関付きの車?

屋根と壁を柱で支える構築物?

違うんじゃないの。

自分が欲しいものを考えることって怖いことなんだよ。経験がある人も多いと思う。考えたこともないというより、考えることから逃げている人のほうが多い。

欲しいものを言葉とイメージで持った時、そこには必ずリスクがあるからさ。

イヤイヤ怖い怖いって、逃げて安全な選択をしようとしても、不安はなくならない。

 

なぜなら、それは自分が本当にしたい決断ではないから。

自分自身に、世間一般の常識という曖昧なものを押し付けて、自分を騙そうとするから不安になるんだよ。

 

自分とコミュニケーション取ってますか?

そのコミュニケーションに必ずあるリスクを受け入れようとしてますか?

そして、人生を楽しむ覚悟はできてるか?

 

ぽっきいみたいなこと言うけどね。

 

厚焼き玉子を食べながら言葉を紡いだ夜のこと

俺がまだ30歳そこそこだった頃、Yというスタッフの女がいた。

Yには実家と呼べるところがなかった。本当は母親という存在はいたけれど、17歳の時に家を出てから21歳のその時まで一度も連絡をしていないと言った。

Yは17歳の夏に高校を辞めて、その日のうちに家を出た。住む場所のあてもないまま東京をうろつき、そのうち偶然知り合った当時38歳だった男のボロいアパートに転がり込むようになった。

そして半年後、18歳でその男と結婚した。

男は発達障害で生活能力に乏しかったが、每日每日、小さな会社の事務員として仕事をしていた。Yは近所のコンビニで働くようになり、2人で細々と食っていくにはなんとなる収入を得るようになった。

每日ささやかな夕食をはさんで座り、食事後はテレビを見て、夫が10時に床に着くとYは深夜の仕事に出かけていった。東京の夜、駅前のコンビニまで歩いて行く道すがら、空気が冷たかった。夫からもらった男物のGAPのダウンジャケットを着て、マフラーに顔の半分を埋めてうつむいて歩いた。

店に着くとダウンジャケットを脱いで、朝まで必死に仕事をした。明け方に店の外が白けてきて、作業服姿の男達が缶コーヒーとサンドイッチを買い込む時間端になると、いつも思い出す言葉があった。

それがなぜ明け方に思い出すのかは分からない。

それは、母親の言葉だった。母親はこう言った。

「あなたは人と違う環境で育ったかもしれないけど、あなたには誰にも負けない価値があるの。どんな環境で生きていても、あなたには絶対価値があるの。それを信じるって約束して。いい?あなたには価値があるの。」

 

それを思い出すたび、Yは意識が一瞬遠くなる。そして気を取り直し、必ず小さく舌打ちする。

むかつく。あんだあの女は。そのいつもの言葉で、どれだけ自分の人生は絶望に突き落とされたか。どれだけ死にたくなったと思うのか。

 

母親がいつもそれを言う理由を、Yはなんとなく知っていった。でも言葉ではっきりとは言えなかった。

とても卑屈な何か、だったんだ。

Yが物心つくときには父親が存在しないことを知っていた。それが何故かを考えることはあったけど、すぐに辞めた。

自宅には母親を訪ねてやってくる男が何人かいた。母親は田舎町で小さなスナックを経営していた。深夜に家に帰ってきてすぐに寝て、昼前に寝床から起きると風呂に入って化粧を始めていた。疲れ果てた顔をした中年オンナは、化粧をすると別人のように派手になった。化粧が終わると、男がやってくる。母親より年上の中年男。腹が出ていて、若作りしたチェックのネルシャツを着ている。

幼かったYはリビングでテレビを見るように言われ、5分もすると奥の部屋から母親の色っぽい声が漏れてくる。いくいく、もっともっと、母親はそうやって喘いでいた。30分もすると何事もなかったかのようにリビングに現れた。男は頭に汗をかき、母親は髪が乱れ、口紅が取れていた。

「Yちゃん、元気か~」と男は言う。Yはその男の顔は覚えていない。顔を見ないようにしていたからだ。Yは返事もしない。すると男がちょっと怒るのが空気で分かった。無視していると、すぐに帰っていった。

母親は決して美人ではなかったが、きっと男なしでは生きられない情けない弱い女だったんだと思う。

每日のように違う男が家を訪ねてきた。それはきっと3人か4人はいつもいた。

Yはいつの頃からか、気づくようになった。自分の父親は、そのうちの誰かなんだって。でも、母親はそれが誰かなんて知らないんだろう。誰の子供を孕んだのかさえ分からず、誰の認知も受けてないのではないかと。

男はいつも誰かが抜け、誰かが新しく加わった。それでもいつも変わらないあの男、自分をYちゃんと呼ぶあのオヤジが自分の父親なんだろうと気づくようになった。認知されてないので想像に過ぎないわけだけど。

男と母親の逢瀬は、Yが家をでるときまで続いていた。

学校から早退して帰ってくると、玄関には男物の靴があった。それを見るとたとえ具合が悪くても、近所のマクドナルドで1時間ほど時間を潰すようにしていた。

Yはもう気付いていた。どいつもこいつも、妻子があるオヤジばかりなんだろうって。わたしの家はあいつらが排泄物をぶちまける公衆便所みたいなもんだねって。

 

そんな時に、まるで立派な母親のように言う。あなたには価値があるのよ、と。信じて、と。

あなたには価値があるのよ。

あなたには無条件で価値があるのよ。

あなたは世界で一番綺麗で可愛いの。

あなたは世界でただひとつの命なのよ。

あなたのことをわたしが世界で一番愛しているのよ。

あなたが生まれてきてくれて、お母さん幸せなのよ。

 

コンビニのレジから店の外が白んでくるのを見る時、なぜそんな母親の言葉を思い出すのかは分からない。

母親のその言葉でどれだけ絶望を味わったか。でもそれが何故かは分からないままだった。仕事が終わってまた歩いて家に帰って、シャワーを浴びてから仕事に行った後の夫の布団の中に潜り込むと、1分もしないうちに眠りに落ちてしまう。

価値がある、か・・・。

 

そんなささやかな居場所を作っていた結婚生活もある日終わりを遂げる。ある日、夫が家に帰ってこなかった。どうしたんだろうと心配しつつも仕事の時間になったので出かけようとすると警察からの電話が鳴った。

夫が自殺した、ということを知った。会社のビルのトイレで首を吊っていた。

 

Yがアキラのところに来たのは、その自殺から1年が過ぎた頃。

夜の商売にしては見た目に華がない。正直、美人ではない。

「わたし、ぶっさいくなんでごめんなさい」

Yはそう俺に言った。別に見た目なんかどうでもいいよ。Yはよく働く女で、決して頭がいいわけじゃないが与えられた仕事は素直に取り組んで、結果も出した。

Yには、俺はなにか引きつけられるものがある気がして、よく話をするようになった。結果も出していたし、わりと頻繁に食事に誘って俺んちの近所にある小さな居酒屋によく行った。

 

「アキラさん、質問があるんだ」とYが言う。

その時Yが言ったのは、あの母親の「あなたには価値がある」という言葉のことだった。

「それってどういう意味?」

俺にはよく知ってる状況だったよ。その言葉を言う母親の心の中が透けて見えるようだった。

俺はジョッキのビールを少しすすり、おしぼりで口を拭ってゆっくり言った。

「それはね」

「うん」

「母親が、おまえに、許してって言ってんだよ」

 

あ~~~~とYは、やっぱりかと言うかのように、あるいは腑に落ちたかのように、カウンターの上にあったテレビを見上げて無言になった。そして笑った。Yはなんか急に元気になったかのように笑いだし、俺の横にぴったりと身体をつけて、ふふふと落ち着かないように、厚焼き玉子頼んでいい?と言った。

 

あなたには価値がある、あなたは世界一の女の子、あなたはみんなに愛される、

女性は偉大、女性はすばらしいもの、自立して生きる女になりなさい、

あなたのことをお母さん愛してる、あなたのことをおかあさん信じてる、

あなたは美人、あなたは可愛い、あなたは自信持って、

 

そう言う母親が一番言いたいことって何?

「わたしを許して」ってことだよ。

誰か分からないくっさい精子を中出しして、欲しくもない子供が出来て、それで奥さんと別れるのを信じて産む決意したら別れてくれなくて、結婚してもらえなくて、それで強がって子供産んで、たぶんあなたは惨めな子、ごめんなさい、でもお母さんを許して。

そういうことだよな。あなたは無条件で価値がある存在。そう繰り返すのは、許しを請いたいから。

母親はそういうエクスキューズを娘に押し付けて生きてきた無神経で馬鹿な女なんだよ。くだらねえセックスに溺れることもやめられないくせに、男との不倫に依存するくせに、それでも娘には価値があると言ってしまう。

 

Yは厚焼き玉子に大根おろしを載せて、醤油をかけた。

「おいしそう」

ほふほふ言いながら一口食べて、Yは笑顔になる。「さすがアキラ“師”だよね」

その頃、俺はまだ師ではなく、ただのアキラくんだったんだけど。

 

じゃあ、もっと質問。そうYが言った。

「わたしは、母親になんて言ってもらいたかったんだろう?自分では分からないんだよね。」

 

ああ。俺は少しの間無言になった。エプロンをした女将にビールのおかわりを頼んだ。

「Y、おまえは不幸な出自で、父親似のブスな女だけど、世の中努力すれば結構いい思いもできるんだよ、世の中悪くない、だから勉強でも仕事でも頑張っていい思いしなさい。」

そう俺が言った。

そうだとしたら。もし母親がそれでも努力して每日面白おかしく生きようとしているのを見せてくれていたら、絶対違ったと思う。

 

Yは自分のことを言葉にしてくれて嬉しいと言った。

母親が、あなたの幸せあなたの幸せ、あなたの価値あなたの価値と繰り返す度に訳の分からない怒りでこいつぶっ殺してやろうかと思ってた。

自分の弱さと、自分の不安と、自分の後悔、自分の失敗を、娘になすりつけていたってことだったんだね。自分は何も努力せず、ただスレた女気取り、ワル気取り、そして不幸な女ごっこ。

母親が価値を持つのは自分に対してであって、娘に価値をなすりつけることじゃない。どうせ中出しセックスで間違えて出来た惨めな子供なんだから。

 

でも俺が言うよ。

世の中捨てたもんじゃない。おまえは不倫ちんぽから生まれた本来必要ないガキで、風俗嬢としてはブスだけど、努力すればいい思いもたんまりできるんだぜ?俺と楽しくやろうぜ。

 

居酒屋からの帰り道、住宅街の暗い路地を歩く時、Yが俺の腕に手を回した。

「17歳のとき、家を飛び出してよかった。」

そうYが言った。

公衆便所みたいな家で根暗な母親におまえには価値があると言われて育って、高校もろくに出てなくて、会社の便所で旦那が首吊ってくたばって。

意味がわからなかったよと。

 

その夜は、俺の部屋でソファでぶっ倒れるまでまたビールの飲みながらピザを食べて過ごした。

 

頭が悪すぎる営業マン

最近、取引先の会社を訪問したとき、ある営業マンに呼び止められた。

彼は29歳で、頭があまり良くないんだが上司や先輩に可愛がられて最近はずっとトップクラスの成績を維持している。給料もボーナスもきっといいんだろう。ナポリのハンドメイドのネクタイをいつもしているし、時計もブライトリングのクロノマット44に変わっていた。ちょっと生意気な感じもするけど、それだけ頑張ってきたってことだしね。30歳を越えたらもう少し落ち着くし、これから成長していけるだろうなと思っている営業マンだ。

そいつがこんなことを言う。

「アキラさん、オフレコなんですけど、実は俺、会社辞めるんです」

 

きたきた。なにこいつ。

 

俺は言う。

「へえ。次は何の仕事するの」

するとちょっと得意気な表情を浮かべて言う。

一年前に社内不倫がバレて会社をほぼクビ同然で辞めた先輩がいて、そいつが再就職した会社に誘われていると。お前ならこっちのほうがずっと稼げると言われたとかいい出す。

俺は相槌を打ちながら黙って聞いていた。

そしたら色々言うんだよね。

「この会社の将来を考えた時に・・・」とか

「今の給料は正当に評価された額じゃない・・・」とか

「他のメンバーもこの会社をやめたいと思ってます」とか

 

はあ。やっぱりさ、お前頭悪いわって俺は思いながらこいつの顔を見ていた。

上司はなんて言ってんの?って聞いたら、「必死になって俺を引き留めましたが、もう決めたことなんで」とか言うし。

ため息が5回くらい出そうになった。

 

俺は取引業者なんでそこにコメントする義理はないから黙っていたけど、喉まで出かかったよ。

「俺はなんでお前に何人も紹介したか分かってる?その人達のことをどう考えてる?そしておまえを紹介した俺がどういう目で見られるか分かってる?」

言うことはすべて自分のことばかり。

給料が安い?将来が不安?正当な評価?みんな辞めたいって言ってる?

頭の悪いおまえを育ててくれた上司や先輩、紹介をくれた取引先、おまえを信じて買った客、その人達に対する言葉はひとつもない。

しかも、社内不倫で新卒社員に手を出すスケベ野郎に利用されてんだよ。自分をクビにした会社を悪く言うに決まってるってことも分からないのか。売れてるおまえを引き抜いて、上司に一泡吹かせてやりたいっていう女々しい男だぜ?

どこまで馬鹿なんだこいつ。

「アキラさん、オフレコでお願いします」とか言いながら、今商談している客にまで転職のことを告げて、新しい会社で契約してもらえるように勧誘してる始末。

 

頭が悪いっていうのは、最終的にこうやって信頼を無くすんだよね。

 

古いことを言うかもしれないが、人からの信頼って、どのくらい義理に恩を感じているかだと思うんだよね。俺は。

雇ってくれた社長への恩、育ててくれた先輩達への恩、目をかけてくれて紹介をくれた人たちへの恩、自分から買ってくれた客達への恩、そこの期待に答えようと汗をかいている姿に、さらにみんなが意気に感じるわけだよね。

新築の家建てて、新車乗って、新しいスーツまで着れるくらいの給料もらっておいて、将来のこと?給料が安い?評価が不当?ブラック企業

サラリーマンだったら、頑張って昇進すればいいだろ。会社が育てば自分もよくなっていくんだし。そのためにはやっぱり、周りの人を大切にし、信頼を勝ち取っていくのが近道だよね。

本当に転職しなきゃならない時もある。会社が潰れたり、会社のなかで失脚したり、業績不振で解雇されたりね。どうしようもないことはある。でもそういう時、周りは放っておかない。信頼の貯金に利息がついていて、転職しても独立しても絶対に成功する。

 

自分の給料だの、待遇だの評価だのを目当てに転職したやつで、人から大きな信頼があるやつなんて俺は見たことがないよ。自分は転職に成功して信頼もあると勘違いしているけどね、たいてい。

ほとんどはまた転職を繰り返す。金銭的にも人間的にも成功は絶対しない。せいぜい給料が現状維持されただけで、人生が変わってない。無くしたモノのほうが大きい。40歳も越えているのに、誕生日のお祝いをしてくれるのが行きつけの飲み屋のオナゴだけだったり、友達が女しかいないオヤジに成り果ててしまう。

会社にしがみつく人間がいいとは言えないけれどもね。

一つの仕事を必死にやり続ける人間への信頼って絶大なわけだよ。「辞めない」という信頼ってあるんだから。

 

てめえ勝手な人間っているもんだ。営業マンはその傾向があるし、それが美徳だと思ってる馬鹿も沢山いる。自分勝手になって客に押し売りするのが強さだと勘違いしてるんだよな。プロであることを勘違いするんだよ。金で渡り歩くのがプロだとか。それはプロじゃなくて、アマチュアであって乞食って言うんだよ。

 

AIが進化していけば、人がやらなくてもいい仕事が増える。営業マンの多くは失業するよ。ただし自分勝手な押し売りを繰り返し、てめえ勝手な転職をするような人間はね。

人間でしかできないことに特化する営業マンしか残れない。そしてそういうやつが高収益になる。

それは、人の情を理解し、人のつながりに感謝できる人間なんだよね。

人でしかできないことが理解できてる人間だけが、今後いい思いをするよ。

 

腹を決めなかったばかりに失う大きなもの

今から10年以上も前のスタッフから、最近突然LINEでメッセージをもらった。

「師匠、元気にしてますか?」

突然のことだったが、何年も前からLINEのアイコンはずっと見ていたので知っていた。

「元気にしてるよ」

「みなさんはお元気ですか?」

皆さん。誰のことだろう。死んだやつも数人いるし、行方不明もいる。縁を切った奴らも沢山いる。

こいつはいつだってそうだ。自分以外を「みんな」と呼ぶ癖で何度俺に怒られたのか。みんなという人間はいないんだぞと。

それは、ある初夏の夜に、神楽坂を意味もなく上に歩いて昇っている途中だった。

「元気だと思うよ」俺は面倒になって適当に言う。

正直、気分が悪くなった。それからLINEにメッセージがいろいろ続いていたが、既読にもしないで全部消した。当然、返事はしない。その夜、ベッドで眠りに落ちる頃には彼女のことはもう忘れてしまっていた。

関わりたくない。そう思った。

 

この元スタッフのSは福岡の出身で、彼女が20歳の時から22歳になる直前まで俺と一緒に働いていた。いかにも九州の美人という感じだった。小柄で、でもキリッとした顔立ちで。

出会ったのは彼女が20歳になる時のことだった。友人を通して紹介された。ある年の秋、汐留にあった安めのホテルのロビーで初めて会った時、彼女の荒んだ外見にびっくりした。

白いTシャツに、ダメージ加工でもないのにジーンズには穴が開き、履いていたレッドウィングのブーツは経年変化というよりただのボロ靴。男物に違いない黒のレザージャケットは手入れもされずに肘や袖口の色が落ちていた。髪には栄養がなく、顔は吹き出物だらけ。美人ではあるんだけど、オンナを一切感じさせない雰囲気を出していた。

 

「アキラさんですか?」と俺にかけてきた声はまだほんの子供の声だった。

ロビーの隣にあるカフェでコーヒーを飲みながら話をし、30分後には一緒に仕事をしようということになった。引っ越しは最短でいつ出来るか訊いたら、答えは明日、だった。

いや、今住んでるアパートとかの手続きもあるだろ?住民票も手続きしたり健康保険とかも。仕事もあるだろうに。俺はそう言った。

するとSは言う。家はないし、住民票とか何か分からないし、健康保険証は持ってない、仕事もない。

ああ、そうかと俺は思った。こんな奴らは珍しくない。どんな風に生きてきて20歳になっているのか、この時はまだ訊かないことにした。どうせろくでもない。慌てて聞くこともない。

では、明日、東京駅で待ち合わせるかということにしたら、Sはこのまま明日までどこかで時間つぶして直接駅に行くと言う。ホームレスなんだろう。分かったということで、Sのためにそのロビーのあるホテルのシングルを予約してやり、明日の朝、またここに俺が迎えに来るということにしてその日は終わった。

次の朝、Sは久しぶりにまともな場所で寝たかのように、すっきりとした顔になっていた。小さな風呂のはずだが、二時間も浸かっていたと喜んでいた。

 

田舎に引っ越してから、風俗の仕事をしたのはほんの3ヶ月間。その間、俺の自宅に住み込んでいた。

近くでSを見ていて感じたのは、生活習慣のありとあらゆることが何も身についていないことだった。箸を使えないことに唖然とした。持ち方が悪いんじゃなく、使えない。だからいつもフォークで刺したり、茶碗にがっついて食べる。もちろん日本の総理大臣が誰かも知らない、地図上で東京がどこにあるのか、福岡がどこにあるのかも言えない。九九も言えない。自分の名前は漢字で書けるが、本を読むほどの国語力もない。メールの自動変換すら間違えている。句読点の打ち方の知識がない。

俺は呆れ果て、そんなことを一つ一つ教えていった。まるで狼に育てられた少女を人間社会に適応させるかのように。

 

よく、仕事がない夜は自宅でSとメシを食いながら話をした。俺がそろそろいいだろうと思って訊いたのは、過去の話だった。 

Sは過去の話をすぐには言おうとしなかった。そんなことを聞きたいと思われることが面倒臭いというように。

でも断片だけを言わせてみると、それだけで胸焼けがしそうだった。父親は犯罪者で物心ついたときには、何度も服役を繰り返していた。母親はたぶん精神障害者で、中学生だった娘を働かせ、金を奪って生きているようなクズだった。

Sは年齢を誤魔化して、いろいろなバイトをした。コンビニもそうだし、スーパーの鮮魚売り場で松前漬けをパック詰めする仕事もした、そして、年齢がバレるとバイトを辞め、どうしても金が稼げないときには出会い系サイトを使ってエンと呼ばれる売春行為をした。年齢を言うと犯罪だぞと言う男もいたけど、多くは「いいのかい?いいのかい?」と喜んで食いついてきた。

売春は犯罪だと知っていたけど、あり得ないほどの大金が手に入った。一日3000円も母親に渡せば喜んでいたので、残りは全部自分がもらった。一日に数万円もの金が残った。それをお年玉用に昔作ってもらった通帳に入れ続け、高校を中退する17歳の夏には1000万円を超える残高があったという。

 

もちろんその物語が真実であるかは分からない。もしかしたら、いや、かなりの確率でそれは近似値のような物語にすり替えられているんだろう。金を稼いだのは援交などではなく、もっとなにか、暗い行為によるものだったかもしれない。酒を飲みながらの盛った話だったのかもしれないが、そう遠くはない、やはり近似値だったと思う。

 

・・・高校を中退するとき、父親が刑務所から出てきてずっと家にいた。刑務所で何を反省してきたんだと言いたくなるほど、性格も何も変わっていなかった。昼間から母親と酒を飲んではセックスをし、母親は娘がいても遠慮なく喘ぎ声を出すような有様だった。母親は娘が家にいるというのに大きな声で中出しをせがみ、そして妊娠していた。妊娠がわかる頃にはまた父親は刑務所にぶち込まれていた。

 

Sは小さなリュックに服と食べ物を詰めて、財布と通帳を持って東京へと向かった。母親には知らせなかった。18歳になろうとしている時。

 

東京で俺と出会うまでの2年と少し。どうやって生きていたかは詳しくは分からない。ただあの成りを見ると、ろくでもない生活をしていたのは間違いない。いつの間にか健康保険証も切れてしまい、住民票も九州に置いたまま。そんな状態では住む家もないはずだ。金だけがあっても、自由がほとんどないのが日本という国だから。

 

Sは風俗の仕事を3ヶ月でやめ、昼のまともな仕事をするようになった。それは美容関係の物販の仕事だったんだが、夜のスタッフたちから可愛がられていたSは、最初から仕事がうまくいった。営業の仕事にありがちな「売る相手が探せない」っていう状況はなかったと思う。次々に仲間が仲間を呼び、色んな人達が協力をしてくれた。俺ですらSから化粧水や乳液を買ったほどだ。決して安くはない高級ラインの化粧品だった。

客からは、Sの可愛らしい九州弁が人気だと聞いた。また会いたい、また九州弁聞きたいってね。

当然、風俗の仕事と遜色ない収入になった。生まれて初めて社会保険も厚生年金も手に入った。住む部屋だって簡単に見つかった。広くはないが、築浅の綺麗なアパートで。

 

俺は教えたんだ。

この今の恵まれた環境はおまえの実力なんかではなく、おまえを思ってくれている仲間たちの気持ち一つなんだぞって。普通はおまえは化粧品なんて買ってもらえる営業センスなんかないんだ。だからこの環境を大切にして、受けた恩を返すように大切に每日生きろよって。だからこそ、仲間のことを「みんな」なんて呼ぶのはやめろと叱っていた。みんな、じゃない、一人ひとりの心があるんだって。

その時はとても納得するような素振りをしていたんだけれど。

 

でもある日、俺のもとに不動産屋から連絡が入った。俺が保証人になっているSのアパートなんだが、Sが家賃を払わないまま、連絡がつかなくなっていると言われた。

必死に俺や仲間が探したけれど、結局見つからなかった。せっかく就職した会社も退職になってしまった。俺は未払いの家賃と立ち退きの費用を負担し、終わった。少しだけ増えていた家財道具は、全部俺の狭い家に押し込んで保管した。

 

正直、仲間たちの失望と怒りは俺に向けられているのが分かった。俺は何度も何度も謝った。それぞれのスタッフが、それぞれ大切にしている人たちにSを紹介し、そして顔に泥を塗られたんだから。

「もう二度と紹介なんてしなくない。凝りました」

古いスタッフにそう言われた時、俺は地面に頭がつくほどの申し訳無さでうなだれた。

 

そんな失望のある日、Sからメールが入った。

「引っ越したんで。すんません。」と書いてあった。

「やっぱりウチのともだちが、そんな男の人に上手く利用されんなって言うんで、そう思っちゃって。お世話になりました」

 

そんな男の人?利用?・・・まあ、そんな言われようは慣れている。でも、俺は利用したんだろうか。俺はそれだけの利益を得たんだろうか。仲間たちは、彼女を利用しただろうか。化粧品を売って俺が中間マージンでもピンハネしただろうか。

俺はメールの返事はしなかった。もういい、そう思った。

 

それから俺はいろんな事情と失敗が重なり、なつきのcocoonに世話になった。僅かな金にも事欠くような惨めな生活をするようになっていて、Sのことはすっかり忘れてしまっていいた。

 

・・・神楽坂を歩いている時に俺のiPhone7にメッセージが入る。

「みなさん、お元気ですか?」

ひどく気分が悪くなった。その夜は返事をしなかったが、その二日後もメッセージが届いた。

 

「あのとき、師匠のもとにいるべきだったと思ってます。」

そうあった。

「師匠が言うとおりに腹を決めて、もっと必死になるべきだったと思います」

 

俺の返事を欲しがっているのがわかったけれど、結局返事はしないまま、そのメッセージアプリのアカウントをブロックしてしまった。

Sが今どんな生活をしているのかなんて、俺は何も知らない。金持ちの男と結婚したのかもしれないし、うまいこと商売かましてるのかもしれない。

 

師匠のもとにいるべきだった、なんてセンチメンタルになられても困るんだよね。

俺は、自分を信じてくれて、腹を決めてついてくるやつのためなら、損でもするし、献身もするよ。だからSにもそうした。でも結果は、誰か会ったこともないやつらに想像だけで批判をされ、俺の信用はガタ落ちになり、仲間たちの信用も失墜することになった。それで、軽くメールだけで逃げてしまった。

まずそこに対して謝るべきであり。

いるべきだったなんて言う資格もないし、本質を今も分かってない馬鹿でしかないんだろう。

 

それを聞いて、ある元スタッフのHが言った。

 

彼女の今、何やってるか知ってるよ、と。

 

既婚の男と不倫してるよって。九州に帰ったけど結局居場所もなくて。アキラを批判してくれた友達も別に何も人生に貢献してくれることもなくて、むしろ陰口を叩くだけの存在になって。

その逃げ道になった男は既婚者で。しかもそれは昔のアキラのような男だよって。

 

アキラのようなというのがどんなことか分からなかったが、ため息しか出なかった。

あの時の、なつきと愉快な仲間たちの世界は、まともな世界から弾かれたロクデナシの居場所だった。何もできないやつらが集まって力を合わせれば、エリートさんたちよりもずっと成功ができると信じていた。

もちろんいかがわしい部分もあったし、ガラの悪いやつらも多かった。世間の評判ももしかしたら悪かったし、俺は「なつきに絡む面倒くさい男」として知れ渡っていた。

 

でも、そこで腹を決める覚悟もなく、安全な場所に逃げてまた「それっぽいこと」を自分一人でしてみたというわけだ。

もちろんそんなものが上手くいくわけもない。

 

不倫をしてるのが本当かなんて俺は知らないが、どうでもいい。お前に貢献する気持ちは一ミリも残ってない。

 

元スタッフのHが俺に言ったのは、

「最近、またこの近くに戻ってきて住んでるんだよ」

ということだった。

 

なぜ。そんなもの場所の問題ではないというのに。あれは、「みんなの」心の寄せ合いだっただろ。そして、失ったらもう二度と手に入らない居場所だっただろ。

 

あの時はごめんねって、そう一言言うだけでも違うというのに。

 

 

 

 

 

 

 

1990年の悩みを2017年に持ったら、人は簡単に死ぬ

俺が高校生だった1990年は、高校生や大学生の進路ってこんな共通する価値観があったと思う。

「偏差値の高い高校に入学し、次に偏差値の高い大学に入学する。そうすれば一部上場企業に就職出来て、定年退職するまで給料は右肩上がりに増え続け、もし役員になれたら年収3000万円と使い放題の経費が手に入る。」

そしてその逆もあって、

「もし底辺高校に入学でもしたら、大学に行けなくなって、田舎のしょぼい零細企業に就職するハメになって、昇給もボーナスも福利厚生もなく、そのうち会社が倒産して失業して、一生結婚もできない」

みたいな。

このざっくりと2つの価値観が植え付けられていたんじゃないかな。

もちろん今もそんなことを考えてる人もいるみたいだけど、当時が今と違うのは、親の世代は中卒か高卒だったということ。それでも右肩上がりの日本では、十分家族を養うことができた。真面目であれば貧乏にはならなかった。そして子どもたちは、努力さえすれば自分たちが行かなかった大学という進路も開けている。むしろ、そうしないとこれからは負け犬になってしまう・・・そう親たちは思っていたと思う。

 

この当時、「職業」とは、「会社名」のことだったと思う。

「なんのお仕事をされているんですか?」と聞かれたら、ドヤ顔で「○○堂です」とか「○○海上です」とか「○○商事です」とか「○○銀行です」、聞いてもいない会社名を答える人が多かった。

いや、業種と職種のことを質問したんだよって言いたくなるが、当時は会社名だったんだ。勤め先が零細企業の人だけ、「ごにょごにょ」ってはっきり言わない。恥ずかしかったんだろう。

2017年の今、そういう答え方をしていたら、馬鹿だと思われるよね。

でも当時はそうだったわけ。

 

当時の18歳が、今、18歳や22歳の子供の親の世代になってる。

そうなると事態はもうめちゃくちゃシュールな有様だよ。

 

たとえば青森の田舎でも、学習塾の前を夜9時頃通ってみると、子供の迎えの車が沢山並んでいるよ。子供を「良い高校」に入れさせたくて必死なんだ。親がね。言っとくけど青森だぜ?

残念な事実があってさ、その親達は一様に、大学に行ってなかったりする。つまり、大学に入ることが安定した人生のチケットだと固く信じているらしいんだ。

まるで1990年の18歳の親の世代のような考え方をした親が、2017年に18歳の親になってるってことだね。

一方、さらに残念な事実もあって。俺は一応、地元の進学校の出身なんだが、当時の同級生で子供を塾に通わせていると聞いたことがほとんどない。いや塾なり予備校なりに通ってるケースはあるのかもしれないけど、あの塾の前の渋滞のように必死な雰囲気はないと思う。それどころか、あの優等生だった男の子供が、地元のわりと偏差値が低い高校に通っていたり。それが別に困ってもいなくてさ。「好きに面白おかしく生きろ」って言ってる。

子供に1990年の価値観を押し付けて塾漬けにする親がいる一方で、元優等生のオヤジは子供にいくらでも本を買い与えていたり、一緒に旅行に行ったりして学歴には無頓着。部活も別にやらなくてもいいとか言ってる。好きにしろと。

結果、子供のヒューマンスキルは後者のほうが圧倒的に高い。もちろん学歴は低めかもしれないけど。

人生としてどっちが幸福度が高くなるかっていうと、それも後者かもしれない。きっとそうだね。前者は、いつも緊張し、成績が悪い子に尊大な態度を取ったりする自己愛な子供になりやすい。そして、学歴と将来のステイタスや年収が直接関係ないっていう事実を受け入れられず、かなり苦しむことになるよ。

1990年の18歳だって、46歳になってそこに気づいたんだから。学歴と人生に直接の関係がないってことに。当時はまだその価値観を信じていてもそこそこ良かったけど、今、それを真に受けて大人になってしまったら、・・・不謹慎かもしれないけどね、言うよ。

自殺するまで働く人間になってしまうんじゃないの。学歴があって、年収が高いかもしれないけど、それで人生が豊かになってるかというときっと焦りしかない。そして疲れてる。親の価値観を信じて努力してきたけど、そこ先の2017年にはどん詰まり感しかなくて。

 

1990年の悩みを、2017年に同じように悩んだら、人は簡単に死ぬよ。

1990年の働きすぎと、2017年の働きすぎは、同じ残業時間でも疲れと悩みの質量が全く違う。なぜなら、いい大学に行くことを期待した親が想像しているほど、その進路に親が期待するステイタスはもう存在しないわけだから。

1994年に俺が会社員になったとき、初日に言われたのは「死ねカス」だった。先輩に。でもそれ、気にならないんだよね。だって怒られても頑張っていけば昇給もあるし明るい未来あるもんな。

でも2017年に初日に「死ねカス」言われたらつらい。1994年に残業150時間は疲れたけど楽しくもあった。でも2017年にそれやったら俺も死にかねないと思う。

 

学歴だとか会社の知名度だとか、そんなモノサシを人参にして努力した先は、どん詰まりの自殺ワールドなんだよ。

そこまで日本はシンプルじゃないんだから。

昔ながらの、職業=会社名、みたいな価値観では、自分の生き方が迷子になるだけ。

そんなもん捨てても別にもったいなくもないし、絶対にそっちのほうが幸せに近い。

 

親が知ってる職業なんて、どれもどん詰まりだと思うよ?

 

職業なんて自分で作ってしまってもいいんだし、

親が知ってる職業であることと、自分が幸せになることとは、反比例だと思うんだけどね。

2017年は、親が理解できて喜ぶ夢を持ったら、もう終わりなんじゃないのかな。