出会った直後の一週間で、本質なんか理解できる

それが彼氏であったり、彼女であったり、妻であったり夫であったりするかもしれない。もしあなたに好きな人がいたとして、その人のことをどれだけ知っているだろうか?

いや、知ってるよと言うかもしれない。

出身はどこの街で、高校はどこで、大学はどこで、兄弟は何人で、前に離婚歴があって、こんな職業を経験していて、今はどこに勤めていて・・・とか、ほら、知ってるよと言うかもしれない。

でも、それは単なるインフォメーションでしかないよ。もっと深いこと、もっと本質的なことを知ってるかっていうと、どうだろうね?

 

例えば。想像してみて欲しい。

今、これを書いているのは深夜0時。俺も、あなたも、今日という1日にいろんなことがあったわけだ。いろんな作業をして、いろんな感情の流れがあって、楽しさも喜びも、悔しさも怒りもあったと思う。もちろん俺もそう。

そんな今日という1日で、「誰にも言えたことがないな」っていう出来事や感情ってきっとあると思う。

俺もあなたも、目標というかゴールがどこかにあって、それを目指して毎日生きている。どのプロセスの中でどんなことで悲しみ、どんなことを毎日気にかけ、どんなことがあったら最高だと思っているのか。

それを、あなたの彼女や彼氏や夫や妻は、正確に理解しているってあなたは思えるだろうか。

 

俺も今まで色んな女性と付き合ったけど、俺自身が持っている心の澱のようなものとか、希望とか、目標とか、不安とか、怒りを正確に理解していた人はほんの数人しかいなかった。

「それはアキラが一番やられたくないことだ」とか

「それはアキラが一番理想としていることだ」とか

「それはアキラの仕事であってはならないことだ」とか

「アキラだったら絶対そっちを選択するだろうな」とか

「アキラはそろそろ撤退したほうがいいんだろうな」とか

俺の状況も、感情も、割と正確に理解している女性がやっぱりいたよ。

それってさ、一緒にいる時間の長さとは関係ないよ。

 

正直いってね、2年とか3年とか付き合ってるのに、「最近やっと彼女のことが分かってきた」とか、「うちの彼氏、やっぱり謎」とか、そんなこと言ってるようではもう別れたほうがいと思う。

たぶん、相手の本質的なところを理解するのには、1ヶ月もあれば十分過ぎると思うよ。1週間もあればいいんじゃないの。

俺だって、始めて話す女性が現れたら、喋りすぎるくらいおしゃべりになって、四六時中相手のことを知ろうとする。

知りたいのは相手の情報ではない。学歴とかそんなのはどうでもよくて。知りたいのは、もっと本質的なもの。何を目指して、どうあろうとしているのかっていうものだよ。

毎日電話をしたり、毎日メールを交わしたり、毎日コミュニケーションを大量に取りながら、理解しようとする。もちろん相手も同じで。

セックスなんて通過点にしかすぎず、ベッドの中で眠る直前でも、居酒屋でお酒を飲みながら話をする時でも、ずっと相手のことを知ろうとしてる。その頭のなかにある感情の物語をね。

一週間も経てば、相手に謎なんか存在しない。100%ではないだろうけど、わりと正確に相手のことが理解できると思うよ。

 

そうしたら、お互い、なくてはならない存在になるだろ?

もし今日、とても悲しいことがあったとしたら。真っ先に相手に話そうって思うよね。パートナーに話すことで共感が得られたり、自分と同じ目線で話をすることができるとしたら、もっともっと話したくなるだろ。

 

あのさ、誤解がないように言うけど、同じ職場だから共感できるとか理解できるとかじゃないんだよ。全く違う世界を抱えている2人でも、理解なんて簡単だろ。話して教えあえばいいんだから。同じ職場だから同じ目線になるとか言ってるのはほんのガキだよ。

 

知り合って、ほんの一週間。きっとコミュニケーションを大量にとっていた時期があると思う。そこでとことん相手を知ろうとしなかったり、とぼけたコミュニケーションしか取ってなかったとしたら、たぶん何年付き合おうが進展はしない。

後から理解しようなんて無理なんだよ。

本当に伝えたいと思っているのは、出会った直後の一週間だけだろ。そこを怠惰に過ごしてしまったら、絶対に2人の軌道がクロスするポイントがないまま、別れてしまう。または冷え切った関係のままでいるだろうね。

 

今日、悔しかったこと。

「あのね・・・」ってパートナーに言いたいと思えなかったら、その関係は続けるだけ時間のムダ。

それは相手のせいではない。

あなたが、出会った直後の1週間を粗末にした結果だよ。

 

持たざる者たちが成り上がるための処世術

今朝、電車の中でこれを読んで、深く深く刺さってしまった。

ちょっと読んでみて欲しい。どう思うだろうか。

tabi-labo.com

これは、日本人には少し誤解を招きやすいんだけど、最後の文章がすごく刺さるというか問題提起をしてると思うんだよね。

 

努力をすれば誰でも報われる。もしあなたに子供がいて、あなたはそう子供に断言できるだろうか。努力さえすれば、チャンスをものにできるんだと。努力は絶対裏切らないんだと。どんな環境で生まれても、どんなに虐められていても、どんなに低い能力だとしても、努力さえあれば人並み以上のいい人生になると言い切れるだろうか。

 

このマンガに出てくるポーラは、ほんと、俺そのものだと思った。

まともな人なら少し眉をひそめるような雑な家で生まれ、人並みの学習環境が用意されていなくて、いつも1人でテレビを見ながらメシを食っては、布団の中でいろんな空想をしながら1人で眠りにつく子供時代。

 

 

金はない。欲しいお菓子も食べられない。食べたい料理も食べられない。テレビに出てくる世界が俺の世界。

言葉の発育が遅れていたのは、誰も俺と話をしなかったから。俺に興味を持ってくれていなかったから。

「アキラとは遊んじゃいけません」そう近所の子の母親達は言い、その都度俺は誰とも話せなくなった。

 

夜の世界でいろいろあったけど、22歳からはまたまともな世界で戦おうとした。でも学歴のない俺には大手企業の会社員になるとか、そんなチャンスはなかった。田舎の小さな会社で働く、作業係だった。

こんな犬のような生活ではなく、もっと成功したいと思ったんだよね。だから23歳で起業した。精神分析みたいなのは苦手だけどね、きっと何かが足りないと思っていたんだろう。飢餓感みたいなものが。

もっと認められたい、もっとお金を稼ぎたい、もっと褒められたい、そんな子供じみたい感情だったような気がする。

だから、若かったし睡眠時間なんて3時間くらいで毎日毎日働いた。会社員時代は残業が100時間は余裕で越えていたし、ハードワークは慣れていたよ。それに残業100時間くらいの勢いで自営で仕事したら、成功はするだろうよってたかをくくっていた。

言っとくけどまだガキの頃だぜ?会社員の時間感覚と、経営者の時間感覚の違いなんか

分からなかったよ。沢山働けば、いい生活になるんだと思いこんでいたよ。

 

もちろん、それは叶わない夢でね。働けば働くほど増えていくトラブル、頑張れば頑張るほど減っていく銀行残高、自分の会社の規模が大きくなるのは簡単だったけど、利益を残すという商売の基本的なことが年を追うごとに難しくなった。スタッフを100人近く抱えるような規模になっても、自分の夢はどんどん枯れていくようだった。

スタッフに給料を支払っている立場の俺が、実はコンビニでジュースを買う金にも事欠いているなんて、誰にも言えなかった。給料を払うための金策が必要だったことはないけど、経費を払ってしまえば残りは何もなかった。

 

その会社はある日、ちょっとしたトラブルで俺がブチ切れてしまい、解散することにした。廃業したんだ。取引先は慌てていたけれど、俺を甘くみたらこうなると本当に言って、1ヶ月で廃業した。スタッフを解雇し、事務所を整理し、机やパソコンも売り払ってしまった。車も売った。業者を呼んでセロハンテープのスタンドからボールペンにいたるまで売ってしまうと、手元に金が少し残った。ほんの100万円程度。あんなに頑張っても残ったのはこれだけ。

「自己破産するよりはいいよ」誰かがそう言った。

俺は何も言わずに、自宅でテレビの画面を見ながら思ったよ。努力って叶わないもんなのかなって。

そんな時、つまり無職だった頃、スーパーで買物をしているとかつての同級生と偶然会った。自分の出身大学をこれ見よがしに自慢するセコい男だよ。今何をしてるのって俺が訊くと、某大手医薬品メーカーの名前を出した。いや、何をやっているのかって聞いているんであって、どこに勤めているかなんて聞いてないんだけどな。

「アキラは何をしてる」そう聞かれたので、「無職だよ」と答えた。

その同級生は聞いちゃだめなことを聞いたという表情になって、頑張ろうなって言ってそそくさといなくなった。隣にいる馬鹿そうな顔の女は彼女らしく、小声で「早くいこう」って言っていた。そんなに俺が迷惑か(笑)

いや、迷惑なんだろう。ガキの頃からそうだからさ。いかがわしい商売をしているゴロツキだったわけで。

俺の年齢は20代後半で、お育ちのいい同級生たちはそろそろ昇進して部下もできていていた。自分は会社でどのくらい自由に経費を使える身分なのかを自慢するようになっていた。自由に使えるなんて、それ会社の金だろって俺は思ったけどね。自分の身銭じゃない金を自慢できるセンスがすごいと思った。俺はいつでも身銭で仕事をしてきたから。100円のボールペン一本すら、自分の金だったから。

 

そこからもう15年以上が過ぎて、いつも思う。同じ光景はいつでも見るなって。

自分の力ではないものを、まるで自分の力であるかのようにドヤ顔で語り。

自分はしなかった努力を、あたかも血の滲むような経験であったかのようにうっとりと語り。

そして、誰かが言っていた言葉を表面だけ真似をして、部下や後輩に説教を垂れる。

自分だけは幸運のお陰で最初から持っていたものを、「いかにして手に入れたか」というノウハウとか考え方みたいなものを得意げに語っていたり。

アゴ髭生やしてカッコつけて、座禅ごっこしてるのをフェイスブックで上げていたり。

 

そしてそういう輩をチヤホヤする部下や後輩がいて。

○○さん、すげっす、○○さん、アツいっす、○○さん、やべっす。

40代にもなっているのに、「金の簡単な稼ぎ方」を俺知ってるぜと言わんばかりにご披露する。大抵は小手先の安っぽいテクニックなんだけどな。ダメな大人を見て育つ若者がまた増えてしまい。

 

一方で。

本当に目立たないところで毎日毎日努力して、人のために真摯に働いている地味なやつはもしかしたら金銭的に恵まれていなかったりする。結婚もしてなかったり、彼女もいなかったり、親とも疎遠になっていたりする。仕事では顧客のために毎日真剣に誠実に働いているけれど、不器用で会社の中で上手く立ち回れない。だから昇進もしない。自営業だとしたら、顧客のために利益を度外視して頑張るから、信頼は熱いけど毎月の支払いに困っていたりもする。

この漫画のように、カッコつけたやつらが住宅ローンを組めて、真摯に頑張ってるやつらが所得の低さから住宅ローンを断れるか、高い金利で組まされたりする。

金がないから子供に良い教育を受けさせるチャンスがなく、生命保険も入ってないからもし死んだら家族はもっと困窮する。子供は親がお金がないから旅行もしたことがないし、ちょっと洒落たレストランに入ったこともない。

細かいことが積み重なって、やっぱり子供も豊かな人生には慣れないことが多い。健康も害することが多いだろうし、子供も視力が悪かったり、身長が低かったりする。

 

俺は、本当にヒーローは、こうして人知れず頑張っている人たちだと思っているんだけどね。マンガのポーラのように、モノを持って育ったリチャードが武勇伝を語るのを横で聞いている人のほうが多いんじゃないのかな。

 

本当に、そんな世の中にならなければいいなと、俺も思うよ。

 

じゃあ、ここからどうしたらいいかって、それがアキラブログの本領発揮なんだけどね。簡単なことだよ。びっくりするほど簡単だから、きっとまた俺を批判する人が絶えないだろう。

それは、

「正しく生きる」「貢献の生き方をする」「そんな自分を認める」の3つだと思うんだ。

ここには、小手先のテクニックを覚えるとか、人から奪うとか、敵を貶める、という考え方はない。

正々堂々と正しく生きること。人に尽くし、感謝すること。そういう自分を誇ること。

それ以外のものでは人生は変えられない。俺のように底辺育ちであればあるほど、これが実は成り上がるためのテクニックでもあるんだよ。

ただしく生きるということが。

職人なら依頼主のために、営業マンは顧客のために、教師なら子供のために、警察や消防なら住民の安全のために、料理人なら客のために、ドクターなら患者のために。当たり前の貢献を、正しく当たり前の方法でやること。

そのことで、人から貶められることは一切ないから。それは夜の世界でだってそう。正しく生きているやつは、正しい場所で生き残れるように出来ていた。正しくないやつが生き残れる場所は、しょせん正しくない場所なわけで、早晩潰れて追われて消えるのが常だ。風俗業ですらそうなんだよな。

 

焦る必要はない。正しいことをきちんとやればいい。

挨拶を笑顔でできることとか、食事のマナーをきちんとすることとか、相手に貢献をするように生きることとか。ネクタイをして人と会うこととか、当たり前のことをこれ以上ないくらいに当たり前にね。

 

それが成り上がってやるための、貧者の処世術ってやつだよ。

それを綺麗事と言うのは、モノを持ってるやつらばかりだってこと。

 

 

 

 

 

 

もし最高に幸せな日を挙げるとしたら

昔、昔の話をする。

 

長年付き合った恋人が俺にもいた。俺も仕事が忙しくて、世の中の恋人たちのように頻繁に会ってデートするなんてことはできなかった。

土日も平日も仕事仕事仕事。働いても働いても生活は一向に良くならない。食べ物も粗末なものを買い置きしてほそぼそと食べていた。靴だって一足しかなくて、ボロ隠しに毎日一生懸命磨いたり、靴底の穴を補修ゴムで埋めている有様だった。新型家電なんて到底縁がなく、車だって誰かが捨てるものを数万円で買ってきて乗っていた。

それは付き合っていた彼女も同じような有様でね。近所のスーパーで仕事帰りに買ってきた300円の弁当を毎日食べているようだった。いつも身ぎれいにしている美人だったけど、生活がとても苦しいのを俺も知っていた。

もちろん、どちらも世間的にはまともな仕事についているはずなんだけど、この日本では真面目に働くだけではお金に余裕なんてできないんだって痛いほど思い知っていた。

 

そんな生活の中でも、恋人だった女性はとても気が利く子で、誕生日とか記念日とかはいつもサプライズでお祝いしてくれた。夜景の見えるレストランで、俺の誕生日を店に頼んで祝ってくれたり。ボロボロの安っぽい名刺入れを使っているのを知っていて、新しいものを買ってくれたり。

数万円もするスイス製の名刺入れを送ってくれたのに、俺が「○○ちゃんはどんな名刺入れを使ってるの」と聞くと、正直言って数千円で買えるような安いビニール製のものだったんだよね。あー・・・と思った。ありがとうと思った。

このオンナは幸せにしないといけないと、ろくな金も稼げないままの若い俺は思った。

夜の世界で派手に生きてきた俺だったけど、当時はまともな昼の世界で戦っていた。学歴もない、田舎の不良育ちの俺が、マイナスからまともな人生を積み上げようと必死に生きていた。そういう努力を、無神経な人間たちはいつも「綺麗事ばかり言う」と罵るもんだ。でも、俺は、こうして付き合っている彼女や、仕事で出会う人達、協力してくれる人たち、もっと言えば俺を人間扱いしてくれる人たちに、本当に感謝をして生きようとした。そういう努力を綺麗事だと馬鹿にする人間に腹を立てながらも。

 

彼女も必死に戦って生きているのを知っていた。毎日言いたいこと、苦しいこと、悔しいこと、不安なこともあっただろう。でも、俺はいつも一緒にいられるわけでもなかった。できることは限られていた。

だから、少しでも何か貢献しようとした。それは、暖房用の灯油を買いに行くことだったりもした。女性が1人で18Lのポリタンクに灯油を買ってくるのは重いだろうと、その都度俺は車で買いに行ったり。ガソリンの負担がなくなると少しでも楽になるだろうと、目盛りがあと僅かになった軽自動車を満タンにしたり。

金も時間もない俺には、そんなことをするのが精一杯だったけど。その都度、笑顔を顔いっぱいに咲かせて感謝してくれる彼女に、俺も幸せな気持ちになった。

してあげることがこれだけ自分の幸せになるのかと、まだガキだった俺は始めて知った。だからとにかく自分のことより、相手のことを思いやろうと。そのことがきっと、この貧しい生活の中から幸せになっていく近道なんじゃないかと思ったんだ。

 

喜ぶ顔が見たくてって言うと偽善に聞こえるかもしれないけどさ。いや、喜ばなくてもいい気もして。少しでも苦労が和らげばよかった。

何か必要なものはないか、何か困ってることはないか、といつも訊くようになった。もちろん何もないと言うのだけれど。

たまに行く旅行には、いつも当日の朝に美容院で髪をおしゃれにしてから来ていた。そうやってとても喜んでくれていることが幸せだったっけ。

 

そんな風に付き合っていた彼女とも、やはり別れのときは来るわけで。

きっかけは彼女の転職だった。転職したときに彼女は人生を変えたいと思っているのが分かった。俺もまた病気になっていて、その当時はめったに会うこともなくなっていた。

自分のことで精一杯だったんだ。俺も。今のように大人で、何もかも自分でできる人間じゃない。眠る瞬間までストレスを抱えて、ぎこちなく眠りに落ちるような惨めな毎日だった。

別れてしまうと、もっとやれたことがあったんじゃないかって、辛い思いをした。

自分のためにじゃなく、彼女のためにしてあげられることがもっとあったんじゃないかと。

彼女のけじめだったんだろう。最後にある高級ホテルに招待してくれた。そこで食事をして、眠った。朝にはもしかしたら他人になっていたのかもしれない。

その数日後には別れてしまった。

そこからは俺の病気がもっと重くなってしまい、しばらく仕事もできなくなってしまっていた。

 

その後数年間、彼女とは会うことも、メールすることもなくなっていた。SNSがある時代じゃないし、住んでいる場所も遠く離れていたからもう今何をしてるのかさえ分からなくなった。俺は病気が和らいだ頃に、献身的に看病してくれた女性が新しい彼女となっていた。でも、あの彼女との時代のように心が動くような付き合いにはならなくて、たった1年半で別れてしまっていた。

思えば酷いことをしたと思う。あれだけ溢れていた貢献の気持ちは40%しかなく、正直、何かをしようとするたびに面倒臭いな・・・って思ってる自分がいた。いや、ものすごく美人だと思う。世間の男がうらやましがるような。でも、違うだろ。ああいう恋愛はそう多くはないもんだからさ。

 

そんなある日のこと。俺はいつものように仕事をしていた。相変わらず鈍くさい俺が、もたもたしながら。偶然、彼女が住んでいる(であろう)街で仕事をしていた。

突然ケータイにメールが入った。それは彼女からだった。

俺は、彼女のメールアドレスも電話番号も削除したけれど、どちらも忘れずに覚えていたからすぐに誰か分かった。

「相談事がある」

そういう趣旨の内容だったと思う。ひさしぶりとか、どうしてるのとか、そんな社交辞令もなく、じゃあ、今日会うかということになった。

俺は知っていたんだ。彼女が別れるときにはすでに新しい彼氏がいるということも。

どんな相談内容かは知らなかった。でも検討はついていた。

別れたオンナからされる相談なんて世の中には3つしかないからね。

 

待ち合わせ場所は駅だった。でも仕事帰りのアポだったから、約束の時間に大幅に遅れてしまっていた。道路が渋滞で間に合わなかったんだ。

そのうち彼女からメールが入った。

「彼氏が急に早く仕事が終わることになって。ごめん」

そうか、こちらこそ申し訳ないってことになってね。待ち合わせ場所を通り過ぎて、俺は帰った。歩道を歩く彼女を見かけたが、それは言わなかった。

 

「残念だよ」俺は言った。

「わたしもね。アキラの好きなプルーンを買ったのに。」

待ち合わせ場所近くには、いつも通っていた高級青果店があった。

 

でも彼氏がっていうわりには、その後ずっと夜までメールのやり取りをした。

「相談ってなんだったの」と俺が訊くと、

「仕事のこと」と言った。

長く付き合った俺だから気づかないわけがない。そんなの嘘でしょと。本当のことがあるでしょと。

結局、仕事の相談などなかった。その頃、俺が抱えていた仕事のトラブルの話をしていて、返事が帰ってこなくなり、最後のメールは着信拒否になってしまった。

 

でもね。

俺は気づいていたんだ。本当は何を言いたかったのかって。

きっと、子供が出来たってことだったんだと思う。そこから仕事のことや、生活のこと、人生のことを、聞いてほしかったんだと思う。本当に苦しいとき、本当に困った時、親にも言えないことを話せるのが俺だっただろうから。

でもそれは勇気がいることだろうし、元の彼氏に言うことなのかって最後まで悩み、そして会うのをやめることにしたんだと思う。そして着信拒否にしたんだって知ってる。

 

ずっとずっと時間が過ぎてこの2017年になって、思うんだよね。

 

貢献が愛だと知ったのはずっと後のことだけれど、俺が彼女との付き合いの中で一番幸せを感じた瞬間があるとしたら、あの、会えなかった日だったと思う。

子供ができたと知ったら、俺は声をあげて喜んだはず。新しい人生を祝福し、勇気づけたと思う。それが直接できなかったとしても、俺は人知らず影から祝福をする。

たった一人で、自宅で祝杯をあげるよ。

そのしあわせに俺という人間が関われなかったとしてもね。

 

愛ってそういうもんだろ。

愛ってさ、貢献のことなんだよ。

 

仕事もエロも、伝え方が悪いと敵すら作る

いいことを考えて、使命感のあることをしているのに、もったいないなーって思った出来事があったので書こうと思う。

 

今日のテーマは、「仕事もエロも、伝え方が悪いと敵すら作る」という話。

俺の個人的な体験について語るので、ご自身の何かに置き換えて考えてみてください。きっと何か気づきがあります。

 

つい最近、NPO法人の代表者だという若い女性の講演を聞く機会があった。講演というほどでもないのかな。ある場所のミーティングにゲストとして呼ばれていたらしく、10分程度の講話だった。俺もその場所にいた。俺はその人の話があるとは事前に知らなかったわけ。

 

そのNPOの活動について書かれた資料が突然配られた。なにやら、難病の子どもたちのために募金を募り、研究機関の研究費を支援するというものらしかった。

へ~と俺はとりあえず関心を示したところで、代表者が現れた。見た目は私服。ぱっと見が、なんていうか、まあ小綺麗にしてるけれど、どうにも拭えない田舎の元ヤンキー感。うーん・・・と俺の興味レベルが10%下がったのが分かった。

そして挨拶をした。

「あ、あ、みなさん、おはようございま“す”う、おつかれさまで”す”う」

分かるだろうか。おはようございますの、語尾の「す」は本来引く発音のはずだ。だから正しくは「す」は小さく聞こえる。それが、この人の発音は、「す」をさらに大きく発音する。つまり、これって、バイト敬語ならぬ、バイト発音だよ。あまり教育が行き届いていない人材が集まる場所で無理矢理敬語を使おうとしたり、丁寧に発音しようとして知的には見えなくなる現象ね。

ちなみに朝からお疲れ様ってお前何様だよってそこも気になる。

 

それで肝心の話の内容なんだが、ものすごく話すのが下手で俺の中で再構成する必要があったんだよな。つまり、この女性の子供が難病で、実は同じ病気の人が世界でもごく少数で、研究自体が進んでいないので病院では誤診されてしまうケースも多い、長生きできない現状を打破したくて、自分の子供のことだけではなく世界中の子供達のために募金を募り研究機関に寄付をし治療法を確立してもらいたい、ということらしい。

 

なるほど、すばらしい。使命感に溢れている。・・・と思ったのは、俺の中で話を再構成したからであって。

残念なことにね、この女性の話し方では絶対に誰の心も動かさないだろうなと残念な気持ちになった。

まず、見た目。田舎のヤンキー主婦みたいに長い髪を垂らして現れている。風俗嬢じゃるまいし、大人の女性はロングヘアはオフィシャルな場ではまとめて来るのが常識だろ?そしてジャケットを着てない。大人が人前に立つときには、男女ともに絶対にジャケットは必須でしょ。別にユニクロのジャケットでもいいんだ。女性だから色は白とかブルーとか華やかでもいいはず。

でも、チャンピオンのスウェットにスキニーのデニムなわけ。いやそれなりに美人だよ。でも、オフィシャルな場では俺は受付けなかった。

 

次に声。田舎の女性で、特に地元に住み続けている人の特徴なんだが、24時間オールウェイズ地声なんだよ。地声。人前で話すときも地声。声色を変えるっていう礼儀とか、プレゼンスキルがあるってことを学ばなかったんだろう。

いつも似たような地元の友達とつるんでいるから、だろうな。特に青森の田舎の言葉はトーンが低い発音が多いので、暗いというより、「他人をナメくさってる」ような印象に聞こえてしまうんだ。

 

そして話をするための準備がないこと。人前で話をすることが慣れていないのは分かる。でも、だとしたら準備と練習をしろと言いたいよ。

ここでの話のゴールが何か全く伝わってなかった。たぶん募金の協力とか、人脈として協力者を募りたいっていうことだろうけど、それは俺が自分で解釈してるだけ。言葉として表現されていないんだよ。

しかも話の出だしにこう言う始末。「わ、わたす、子供のこと考えてー、泣きながら話すかもすれませんー」(訛ってる)

自分の使命のために相手に伝えようとする執念もなく、最初から自分の都合で話が曇ることをエクスキューズしていた。

 

話の内容もロジックが整理されていないまま、ただ情報を羅列して話しただけ。

俺はさ、こう思ったんだよね。

「自分の子供が大変なご病気なんでしょ?さぞかし心配されたんでしょう?それでこの崇高な使命をやり遂げようと思ったんでしょ?でもさ、それって本気なわけ?本気だとしたら残念すぎる。俺にさえ伝わらないってことは、他の人達にはもっと伝わってないよ」ってね。

案の定、周りは眠そうにしていた。俺も資料を閉じてしまい、まとめて捨てる準備をしてしまった。

本当に残念だなと思う。伝える力がない、伝える努力の価値を知らない、そのことを教えてくれる人が周りにいない、その結果、この取り組みは内輪受けのサークルごっこで終わる。せいぜい24時間テレビで取り上げられたら地元で有名人ごっこできるだけだろう。本当に変えたい現状は何も変わらない。少なくとも自分の力では変えられない。

 

俺がアドバイスできるとしたらこうだ。

せっかく話の「パーツ」はすべて揃って完璧な状態なんだから、話す順番と話し方を練習すれば絶対に世界が変わる。

 

まず必要なのは、見た目。簡単なことで、ジャケットをベースにしてコーディネートを組み立てればいい。全身ユニクロでもできる。女性の場合、多少の華やかさが絶対必要。明るい色を差すような配色を心がけて、ジャストフィットの服を着ればいい。

 

次に声は、「ソ」の音で話す練習をする。東北の田舎者はみんな「ミ」だよ。地声がミなんだ。あのね、恥ずかしいとか言ってる場合じゃないんだよ。

 

次にロジックの部分。誰でも出来る「伝わるロジック」はこうだよ。

①自分の物語。

たとえばだけど、「わたしは田舎で生まれて、中学からちょっとグレて遊び呆けていて親に沢山迷惑をかけました。高校を卒業するとき2歳上の遊び仲間の男と知り合って、すぐに妊娠。周りに反対されたけど結婚して出産することにしました。そして生まれたのが○○。3,000gの元気な女の子でした」

そしてお金の苦労はあったけど、幸せな子育て期があって、夫も仕事を頑張っていた。教育費も貯めなきゃなとか考えていたり、ディズニーランドに連れていきたいなとか考えているとき、子供の異変に気づきました。

 

②経験した現実から、気づきを得たということ。

病院ではこの病気を知らず、大きな大学病院で初めて診断された。自分はラッキーだったけど、違う病気に誤診されてなくなっている子も多いということも分かった。

 

③現状を打破するアイデア

子供は長生きできないと言われているが、今はまだ毎日会話もできている。しかしこの先どうなるか分からない。もっと研究を進めて欲しい。でも、現状はあまり進んでいない。原因はなにか、研究のための予算と人材らしい。

そこで、こういうアイデアを思いつき、こういう活動をしている。

 

④論理を用いて感情に訴える

もし子供の立場で、寿命の20歳まで刻々と迫っていく気持ちはどうだろうか。もし親の立場として、別れのときが近づいていく気持ちはどうだろうか。

 

⑤コミットメント

自分の覚悟と本気度を短い言葉で訴える。

 

⑤行動を促す、協力を求める、具体的行動を喚起する

今日、お願いしたいのは、○○と○○ということ。お金をくださいということではなく、お金を集める仕組みづくりに協力をお願いしたいということ。そのために○○という情報を持っている方はいらっしゃいませんか。

ここにいるみなさんは、人を助けたい、世界を変えたいと思って活動されていらっしゃる方がただと思います。みなさんの使命感に訴えたいのです。小さなことで結構です。協力をしてくれませんか。

 

この流れだったら、聴衆の感受性の受信機がややポンコツでも、割と多くの人が心を動かして貰える。キーワードは、物語の力、だよ。人は、物語によっていろいろなものを理解するだろ。人生そのものがそうなんだから。人生という物語のなかで経験を積み、学びを得て、次の行動を決めてるだろ。

 

パンフレットの文字の羅列は単なる情報。インフォメーションでしかないよね。心はインフォメーションでは動かない。動くのは、物語によってなんだよ。

 

俺が好きな麻布十番のたいやき屋がある。そこは薄皮の美味しいたい焼きなんだが、実は似たような味なら全国沢山あると思う。でもね、俺は新幹線の中でふと読んだ雑誌にこうあったんだよ。

先代の店主が戦前から労働者相手に提供してきたから、品のない甘さをポリシーにしている。戦争中はたい焼きを作れず空襲もあったので、店主は道具一式を地面に埋めて隠した。戦争が終わってからまた道具を掘り出し、復興の街で労働者向けの甘い甘いたい焼きをまた始めて、今に至るんだ、と。

俺はいろんなイメージが頭をめぐり、新幹線を降りてすぐに麻布十番に向かったんだ。まるで夢のようなたい焼きに思えた。歴史の物語を感じながら熱々のたい焼きを頬張った。

物語の力って絶大なんだよ。

 

悪いけど、たい焼きよりもっともっと使命感のあることを考えていらっしゃるのに、伝え方がポンコツなせいで、俺はもう資料すら捨ててしまった。それが誰だったかももう分からない。病気の名前も忘れた。今後、協力することもないと思う。

そして、きっとこのままならその活動も下火になるだろう。世界は何も変わらないままで。

もったいない。本当にもったいない。なんかさ、伝え方が悪いせいで、むしろ時間を奪われた感じすらして、少し腹が立ったんだよね。もったいなさ過ぎるだろ。

事実、俺の周りで後からその話題を出した人は1人もいないよ。

 

NPOって多くはそんな感じだよね。悪いけど。肝心なことを気づけないのは、きっと本当に使命感で生きていないのかもなって俺は思ってしまうんだよ。

友達ごっこがしたいだけでしょ、と。

 

 

それは女としてのエチケットでしょっていう品のない話

つい最近も似たようなこと書いたけどさ、知り合いを誰かに紹介するっていうのはものすごくリスクがある行為だよな。

ほとんどの場合、紹介したあとでものすごく嫌な思いをする。

俺としてはその人を応援したくて自分の人脈を無償で紹介するわけだよね。でも、相手はその行為がどういう意味なのか、どんな責任があるのか、しっかり考えたことがない。まあ、悪いけどサラリーマンしてる営業マンに紹介して、俺がほっとしたことはほどんどない。たった一度も。住宅も、車も、保険も。全部ムカついて後悔して終わり。紹介ください!って言うわりにね、紹介したことを後悔させるのが得意なんだよな。

 

もちろん優秀な営業マンもいるよ。でもそれは圧倒的な成績を収めているトップクラスのやつらだけ。俺の紹介なんて本来必要ないんだろうけど、みんなさすがでさ。紹介した俺が嬉しくなるようにしてくれる。紹介して成功だった、紹介して俺の格が上がった、紹介して気持ちよかった、って状況にしてくれる。さすがだなと思うし、俺も自分のビジネスでは同じように気をつけてる。

 

なぜ紹介してくれたのか、どうしたら紹介してくれた人に恩返しができるのか、どうしたら紹介したことを喜んでくれるのかって、俺も必死に考えるよ。それは簡単なことでさ、たとえば俺が誰かを紹介したら、「逐一報告をくれて」「結果はどうであれ感謝を伝えてくれて」「紹介した人も結果はどうであれ感謝を伝えてくれる」ことだよね。もちろん、そっちはそっちで商売が成立して三方良しの状態になっていたら最高だよ。

簡単な話なんだけどな。マメに電話すればいいだけなのに。一分もかからない。それを出来ないやつが91%だから、世の中ありえないほど成功するのは9%しかいないって頷ける話だよ。

 

だから、紹介はできるんだけど、めったに紹介はしない。各業界で紹介する人はこの人1人と決まってる。住宅営業マンならこの人、保険ならこの人、車ならこのメーカーのこの人、風俗店ならこのオーナー、飲食店ならこの店の大将って感じでね。

だから新規で紹介するなんて、ちょっと俺にはリスクしか感じないからあり得ないかな。紹介していいかどうかなんて、7秒も話をすれば分かるし。

紹介ってそれくらいのものなんだよ。

 

俺も紹介で沢山失敗した。紹介して激しく後悔したことが多いよ。

 

前置きが長くなったけど、そんな紹介の失敗の中で、このオンナはカスだなと思ったことがあって。こういう失敗はもうしたくないって強く誓うほどの。心底学びを得た。

 

普通、紹介って紹介した先の営業マンに対して後悔するものだと思うんだけど、これは営業マンにも、客として紹介したオンナにもどっちにも失望したっていう出来事(笑)

 

まあ、優秀な営業マンだと思っていたから紹介したわけね。彼に女の電話番号を教えておいたんだけど、彼が電話をかけても出ないと俺に連絡が入った。一週間、何度かけてもつながらないし、折り返しもないと。

俺は恐縮して「申し訳ない、俺から言っとくから」って営業マンに謝った。

それで、女に俺から電話したんだけど、やっぱり出ない。俺も苛立ってさ、「てめえ出ろよ」ってメールしたらすぐ返事してきた。

30歳過ぎてもなってだらしねえ女なんだよ。強く言わないと何もできない。殺すぞてめえ、と。

あー、こいつ紹介したら俺の格が下がるかもなーって少し後悔し始めた。でも営業マンに紹介はやっぱりなしなんて言えない。それにこいつが買いたがっていたから紹介するって話になったんだ。

「電話出ろよ」って強く言って、その直後に営業マンにかけさせたら繋がった。

 

それで営業マンとは会うアポを取れたらしいんだ。それで初回の面談があった後で、営業マンより先にその女から電話があった。

珍しいなと思って話をすると何を言ったか。

「かっこいい男性だねー、それに気が効いて女子力たかーい」

・・・・・・は?かっこいい?女子力?

俺は激しく嫌な予感がした。このオンナはとにかく男関係がだらなしない。若い頃は友達の彼氏とやったりして友達から切られるなんて日常茶飯事だった。不倫も数知れず。でも感受性がぶっ壊れているから、自分の何が悪いかなんて分からない。

そんな20代後半に不倫でもめて、相手の男性に軽く「死ね」って言った。感受性が壊死してる女だけど、男の感受性は女性のように繊細だった。その男性はその夜に首を吊った。携帯電話の着信履歴をみた警察から女に電話が入ったりした。男は、借金や仕事のトラブルで女に逃げたかった人らしい。そんな時に相手にしたのがこんな女。運がない。

その一悶着の後で女は動揺し、さすがに反省をしたように見えたんだ。だからアキラとしては縁を切らずに身内に置いていた。真面目に仕事をして転職もせずに頑張っているように見えたし、一応、彼氏みたいなのがいるとも聞いていたしね。

 

でもさ、でもさ、「かっこいい」とか「女性力たかーい」・・・だと?

普通の女が言うならいい。でもこいつだ。俺は激しく後悔しはじめたとともに、営業マンも童貞みたいなやつじゃないと信じようとしていた。

「アキラさんありがとー」って女に言われた時、もう関わるの辞めようと思った。俺は営業マンとの関係性を失うかもと思って凹んでしまった。

かっこいいかどうかじゃねえんだよ、お前のニードを満たす提案をしてくれる営業マンなのかで判断しろよって言ったんだが、浮かれ調子でさ。ふあーいって言うだけよ。

 

その後、契約をしたと営業マンから連絡があったのが2週間後。明るい女性で楽しく商談させていただきました~って言われたんだが、俺的にはずーんと重い予感。

「だらしない女じゃないですか?」って俺は聞いたんだが、「とーんでもないですよ」って営業マンが言うわけ。

いやいや、とーんでもない女なんだよ・・・そいつは・・・勘弁してくれ・・・

 

でも俺は下痢の時の腹痛のように押し寄せる不安を断ち切ろうと、その時期は酒ばかり飲んでた。

いつか来る。その時が。

 

そしてアルマゲドンはやってきた。女から電話が来たのが契約から3ヶ月後。

何を言うかと思ったら

「○○(営業マンの名前)を訴えたい」と言う。

何をしたんだよ・・・って出てくる言葉を予想できつつ訊いた。

「レイプされた!」

 

きた~~~~~~~~~~~は~~~~~~~~~

 

なんてことはねえ。既婚であるはずのその営業マンと不倫関係になり、痴話喧嘩をし、レイプされたってことにして狂言で警察にまで行く始末。

「アキラさん、あいつ殺して!」って言う。アホかよ。

お前を八甲田山に深夜置き去りにしてやるわと。クマに内臓食われてしまえと。

 

もうね、紹介してトラウマになるなんてこれよ。この女はぶん殴って山に捨ててくれば住む話だが、営業マンがこんな女に勃起するような小物だとは思わなかった。営業マンへの評価がガタ落ちになるこの居心地の悪さ、分かる?営業マンも自業自得だが、俺のせいも相当ある。こんな品のない腐れマンコを紹介したのは俺だ。

 

いや~紹介って怖いし難しいですね。って独り言を何回も言った。

そして、女の本質なんて数年じゃ何も変わらないもんだと痛感した。この女まみれの人生で、たぶん3700回目くらいの痛感。

女は変わる変わる言っても、結局変わらないもんだ。腐れた女は一生腐れなんだ。ヤリマンはいくつになってもヤリマンだ。壊死した感受性は切断するしか助かる方法はないもんだ。

何がレイプだよ。名誉毀損で訴えてやれって営業マンに助言し、女にはこう言った。

「お父さんにバレたら叱られるね~。お前、傷害容疑で逮捕だな。」

レイプって言ったのは、痴話喧嘩して女が激高して営業マンに殴りつけ、それを止めようと腕を掴んだことを言ってるらしい。暴力的に性行為をしたことなど一度もない。警察に狂言で訴え出ることは犯罪だろ。

それにこういう女は100%ファザコンなんだ。必ず。だから父親に悪い子と思われたくない。30歳過ぎたババアでもそうだ。もめたら父親にチクる話をしつこくすれば必ず最後は大人しくなる。

俺に今度は半殺しにされかねないのは分かっていたらしく、厳しく叱りつけたら事態は急速にクールダウンした。営業マンはただ、上司と俺からある意味一目置かれてしまうだけで済んだ。まあ、一生昇進はないだろう。転職したほうがいい。会社員としては無理だ。俺への信用もなくしただろうが、俺からの信用もないよね。営業マンとしてのキャリアは死んだも同然。

でもそうなった原因は俺であって、ほんとに女を殺してやろうかと思ったよ。

 

この経緯は今でも俺のトラウマ。女とは縁を切った。数年経った今も似たようなことを繰り返しては揉めてるらしい。そのうち殺されて白骨死体で発見とかローカルニュースで見るのも近いかなと思ってる。

見栄えはいいし、童貞みたいなやつならすぐ騙されるだろうよ。

「アキラさん、彼女紹介してください」って何度か言われたことあるな。

辞めろってって言うんだけど、モテない男はみんなこう言うもんだ。

「可愛かったらなんでもいいです」

 

いやね。あのさ。

分かってない。山で首吊ることになるかもしれねえぞ。さげまんってのはそういうもんなんだ。

 

はい、紹介するときは紹介する人、紹介してあげる人、どちらも本当に信頼できる関係じゃなければしないほうがいいと思う。

 

そんなお話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己肯定感の低さを放置すれば、そのうち世界観になってしまう

アキラブログでよく出てくる単語、「自己肯定感」。

最近、メンタルコーチみたいなインチキ臭い真似事で起業ごっこする主婦が増えていて、何かっていうと自己肯定感自己肯定感うるさい。頭悪そうな女をカフェに集めて金取って、言うことと言えば自己肯定感がどうこう。うるせーよ。

アキラが言う自己肯定感って単語は、もっとハードな意味合いというか、シビアというか、底辺の世界から生き残っていく過程で気づいたリアルな感覚として語ってるんでお忘れなく。

今日はその自己肯定感のお話。題して、「自己肯定感の低さを放置さうればそのうち世界観になってしまう」です。

 

何度も書いたからいまさら何をって言うかもしれないけどさ。世の中の、特に女性には自己肯定感が著しく低い人が結構いるんだよね。個人的な体験で言わせてもらえば、ベタベタ不倫をしている女の多くは自己肯定感がかなーり低い。

自分への評価が地面よりも低いとどうなるかというと、自分が馬鹿に出来る男を選ぼうとする。不倫をしたがる既婚男、頭の悪い男、ギャンブルをする男、喫煙者、貧困層の男、転職歴が多すぎる男、多重債務者、DV男、見た目がパッとしない男。

そういう男が好みというのではなく、自分でも手が届くような男を選ぶ。自分でも手が届くというのは、もし喧嘩になったらすぐに馬鹿にできるという意味だよな。だから、自己肯定感の低い女は頻繁に彼氏と喧嘩をする。しかも罵り合いのようなバカ丸出しの喧嘩な。

 

自己肯定感の低さって何が原因かって言うと、これは結構共通していて。

あまり能力が高くないくせに厳格な価値観で娘を束縛する父、

メンヘラレベルの過干渉を毎日繰り広げる神経質な母、みたいな感じかな。

束縛したり過干渉を繰り返すわりに、圧倒的な無関心の中で育っているのが最大の原因かもしれない。「こうあるべき」みたいな薄っぺらい価値観を押し付けてくるくせに、娘が好きな食べ物がなにか言えない父親とかね。娘の友達の親の職業を知りたがるくせに、友達がどんな性格の子か知らない母親とか。子供との約束を守らない父、ヒステリックに父を責め立てては娘に機嫌の悪さを見せつける母。

そんな環境にいれば、自己肯定感は簡単に崩壊する。

 

自己肯定感が低いのは、中間層以上の所得の世帯で育った娘に多いよ。風俗嬢の出身階層もまさにそれだしね。不倫にはまるのもそうだね。

所得が低すぎれば、子供にとってはむしろ楽な環境になりやすい。束縛も干渉も義務もないからね。学校から帰れば寝るまで自由時間っていう生活になるでしょ。親も子供に関心を持っているとは言えないけど、干渉もせず放置するので子供は圧力を感じることがない。

低所得層の娘が風俗嬢になることもなくはないけど、すぐに辞めていくことが多かった。その理由は、「その環境に慣れるのが嫌だから」だった。中間層出身の自己肯定感が低い女が、自分をこじらせている姿を見て、気持ち悪いから出ていくって言うんだ。こじれたお嬢さんたちが、うじうじしてんのが気持ち悪いと。よくもまあそんなに男に媚び売れるなと。

だからあまりにも貧乏すぎる生まれの子は、風俗嬢には不向きなんだよな。

 

自己肯定感の低さを放置していいのは、25歳までだと思ってる。不倫しようが風俗嬢やろうが、まあ言い訳も立つのが25歳までだよね。だって女の子だもん、っていう言い訳がね。

25歳も過ぎたら、自己肯定感の低さを放置してはいけない。とんでもねえことになる。

 

こういう女を見たことがないだろうか。

男性観がズレてしまっている女。

「ほら、男の人ってギャンブル好きでしょ?」

「ほら、男の人ってラーメン好きでしょ?」

「ほら、男の人って浮気したがるでしょ?」

「ほら、男の人って尻軽女が好きでしょ?」

「ほら、男の人って谷間が好きでしょ?」

男からしたら、ちげーしって言いたくなる男性観だったりする。どんな男と付き合ってきたんだよって。こういう男性感のズレ方は、細部にまで至る。

自己肯定感の低さを放置した結果、世界観がポンコツになってしまうんだよ。その男性観で25歳から先の人生を生きれば、そりゃー恋愛も上手くいかなくなるわ。

だって、わざわざポンコツ男しか相手にしねえんだもんな。言いたくねえけど、Twitterとかで「裏垢女子」なんて言ってるのもそれだよ。

自己肯定感が低すぎて行動がポンコツになり、それがいつしか世界観に変わり、自分の脳味噌に固着して人生をスクラップにしていく。

貧乏な男とばかり不倫していた女が、25歳過ぎて、金持ちの男と不倫をするようになっても人生はたいして変わらないだろ(笑)不倫ってところやめないとね、やっぱり(笑)

でもさ、世界観とか価値観にまで昇華したポンコツな脳みそのせいで、25歳過ぎて自己肯定感が低い女は、他人のアドバイスを聞き入れる能力が死んでしまってる。もう人生変えるのは無理だろなって思う。

 

風俗嬢が25歳以降に超絶生活苦になるのもそれが原因だ。貧乏になる脳みそしてたら、確実にあっけなく貧乏になるわな。

 

自己肯定感が低い女が人生を変えるとしたら、実は簡単なことでね。

今の人脈を全部切ること、今の彼氏と別れること、今の仕事を辞めること、引っ越すこと、知らない人とセックスしないこと。この全てが必要。

友達も知り合いも誰もいない無職の女になることを恐れないことだね。どうせクソみたいな環境なんだから。

無関心を持って過干渉されてきた自分を認め、一度、誰も「関心も持たなければ干渉もしない」っていう孤独を作り出すことが近道。

 

そうすれば、一人ずつ、周りの人間が入れ替わっていくんだよ。

まずは1人、それが彼氏であれば絶対幸運なんだけど、あなたが本当に関心を持てる人と友達になること。

関心を持ってくれる人、ではない。自分が関心を本当に持てる人、だよ。

 

でもそれは今そこで寝てるポンコツ彼氏じゃねえけどな。

今のポンコツDV男に関心持とうと思いこむのは違うからな。

 

自己肯定感が低い女は他人への関心が全くないから、感受性も死んでるんだよな。

親から無関心で育ったからって、自分が他人に無関心でいたら人生の環境まで死んでしまうよ。

まずは1人、関心を持って、「あなたに伝えたい事がある」って思える人と友達になること。

 

それが出来たら、不倫ばかりしてる糞ダメ女から卒業できるよ。

 

数千人の糞ダメ女を見てきたアキラが言うから本当だよ。

 

まあ、9割がた無理だけどな。

 

 

感謝されたい人?

こんなことを言う人を、どこでも見かける。

「感謝される仕事がしたいんです」とか、「ありがとうを沢山集める仕事がしたいんです」とか。

昔、俺のいた事務所でも結構聞いた言葉だよ。

俺が、「愛とは貢献のこと」って言うのを、彼女たちなりに解釈してそうなったのかもしれない。人から感謝される仕事をしたいってね。

 

もちろんそれは悪いことじゃないし、悪い発想じゃないと思う。人が喜んでくれて、ありがとうって言われるような生き方をするって、別に悪くはないよね。

だから、感謝される仕事がしたいって言うことになるわけね。

でもねえ・・・残念なことを言うとね。

それで人生が上手くいった人は見たことがないんだよね。人生そのものでも、仕事の上でも、まあ上手く行ってなかった。悪い人じゃないんだよ、感謝されたいって思うくらいだから。ありがとうって言われたいって。

 

ものすごく当たり前の話をするよ。当然の話なんだけど。忘れてるんじゃないのかなって俺は思う。

っていうのはね、「ありがとう」を沢山言われた人よりも、「ありがとう」を沢山言った人のほうが徳が高いだろ。

ありがとうをいくら言われても、幸せにはほど遠いよ。ありがとうを沢山言った人のほうが絶対に幸せになる。

人に夢を叶えてもらった人より、誰かの夢を叶えた人のほうが幸せになるよね。

貢献された人よりも、貢献した人のほうが幸せだし、成功する。

愛された人よりも、愛した人のほうが人生は豊かになる。

 

だからさ、ありがとうを沢山集める人生だとか、感謝される人生とかじゃなくてさ、

ありがとうを沢山言い、沢山ひとに感謝する人生になったほうがいよね。

 

この違いが分からないと、それこそ人からありがとうって言われる人生にはならないよ。