目線の低さが人生をおかしくしてた

この日本では大都会に住んでいる人はごく少数派であって、圧倒的多数は地方の、それも本当のド田舎に住んでると思う。

俺が生まれ育ったのも青森の田舎町。大学進学率は今でも最下位争いをしていると思う。学校でも勉強しないことが当たり前。せいぜい宿題をするくらい。塾に通ったり、自宅で練習問題を解いてるなんて、そっちのほうがもしかしたら恥ずかしいことだったかもしれない。

 

その親達は典型的な低所得者。多くは地元の零細企業に勤める肉体労働者だよ。ろくに字もまともにかけないような親も珍しくなかった。家族で旅行に出かけたりすることは一切なく、ただ毎日同じように暮らし、お金のことで醜い争いをするのを子供に見せ、そして離婚したり、生活保護を受けている家もよく見かけた。勤め先が倒産しては、職安でまた同じ業種の同じ職種の仕事を探して就職し、また倒産し。

 

俺の世代でも中学卒業時に高校に進学しない子は、ひとクラスに2人くらいいた。40人くらいいたクラスのうち、5%は中卒だったんだ。さすがに全国水準だと中卒はもっと低かったはずだが、青森っていうのはそういう土地だったんだと思う。

1990年当時、高校から大学進学となると、同世代の10%くらいだったはず。今でも統計を見ると専門学校を含めた進学率が40%程度らしいので、どれだけ一般的な日本人の感覚からずれているか、分かるよね。

 

そういう環境にいると、貧乏は遺伝するんだって子供心に痛感してた。学力も低く、学歴もない女子は、親が東京などで就職することを許さず、やはり地元の零細企業の事務員として就職させたがった。月給10万円程度の給料をもらって実家に住んで、零細の運送会社や中古車屋に勤め、22歳くらいになったら型枠大工をしてる彼氏との間に勝手に子供ができ、それで結婚し、そこからは専業主婦で、子供が小学校に入るくらいになったら扶養の範囲内でパートで適当に働く。ちなみに夫の税込み年収は250万円で社会保険はなく。

 

そんな環境では結局その子供も同じような人生になる。残念ながら、2016年の今でも圧倒的多数の人間がそうやって貧乏を遺伝させて生きている。

 

そんなことないよって青森の人は言うだろうけど、もう自分が貧乏だと思わなくなってるのが問題であって。

そういう環境にいれば、誰でも目線が下がってくるんだ。

 

青森の企業の生産性は極端に低い。革新的な企業が出てくることもない。ぶっ飛んだアイデアを持って生きてるやつもほとんどいない。

東北新幹線の待合室に入ればよく分かるよね。ぼんやりとして暗い顔つきをした人が、ドブネズミ色の安物の服を着ておとなしく座っている。年寄りの話じゃない。若くてもビジネスマンでもそうなんだ。

 

実は青森に会社を持っていても、青森に住んでいない経営者が多いよ。俺もそうで、ビジネスの半分以上は東京に移してしまった。残り半分は全国いろいろで、青森っていうのは売り上げ的にはごく少数。

青森という環境では自覚しないまま目線を下げてしまう。これはどれだけ優秀でも避けられない病気みたいなもので。そう、田舎者病だね。

 

田舎者病ってさ、自分と他人が全く違う人生だってことを想像できないところから始まるんだよ。自分の人生のキャリアと、他人の人生のキャリアが対して違いがないってことに安心感みたいものがあって、全く違う人生を生きる人間は田舎では生きにくい。周囲を不安にさせ、そして嫉妬というか憎悪すら覚えさせるからだ。

 

世の中には努力によって格差もあって、違う人生を生きる人がたくさんいて、想像もできないことをして生きてる人もたくさんいる。

今日、それを一度も感じなかったとしたら、ちょっとどうなのかな、それ。都会にいたって田舎者病はありえるよね。

 

最近、弟子にみーくんっていう子がいて。俺とは全く違う人生を生きてきたのが新鮮。誰もが知る超絶お嬢様女子校の出身で、俺には想像もつかない偏差値で卒業し、周囲はもう完全にセレブばかりで、考え方から感覚から常識まで全てが別次元の子だね。そんな子なのに、俺みたいなロクデナシに興味を持って弟子になるそのぶっ飛んだ行動もまた俺にはありえなくて。

あたまがいいってこのことかと毎日感心してる。最近suburbiaのエロ回帰や、はてなへの移転も、みーくんとのコラボによる作業だよ。

目線が下がってるなんて自分じゃ気づかないからね。

 

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