多様性ってどういうこと?

新しいラブレスキューの記事を更新しました。

ぜひ読んでください。

葡萄 vol.2です

 

blog.crooz.jp

 

ここに出てくる蓮っていう女性のことを思い出して書いていて、あらためて思ったことがある。

それはね、人は多様性ってやつをどこまで認めることができるのかなってこと。

 

ラブレスキューではいろんなキャラクターの人間がたくさん出てくるけど、あれは物語風に書いてるからそれっぽく見えるだけであって、実際に会ったら激しく拒絶する人が沢山いると思う。俺ですら、というか田舎育ちの俺だからなのかもしれないけど、違和感しかない女もたくさんいた。

あいつらはもしかしたら隣の家に住んでいたら、絶対に話もしない存在だと思う。それは、見た目もそう、行動様式もそう、生活のパターンもそう、オーラのようなものもそう。いるだけで違和感がある。何もかもが異次元で、同質の人だけで生きてきた人には恐怖感すら与える存在だよ。

 

人は、自分が育った環境を円とすると、その外周のほんの5mくらいのはみ出し方しか許せなくなるもんだよね。本当はその5mすら嫌なんだけど、「理解できる常識はずれ」っていうゾーンがあるんだ。言葉が矛盾してるけどね。

 

たとえば、学歴は大学は当たり前の人がいたとして、でも別に有名私立じゃなくてもいいでしょ、とか。転職歴が3回ある?いやいや、今は仕方ないよ、昔みたいに終身雇用じゃないんだもん、とか。京都大学大学院卒の秀才が息子だとして、奥さんが看護師?あ、まあまあいい大病院に勤務されてるからいいんじゃない?とか。

東大を一年で退学して2年間世界放浪したの?頭いい人はちがうね?とか。

 

自分が理解でき社会的にも認められるであろう「記号」があって、そこから多少はみ出していてもそれはまあ個性として認めてやろうっていう、臆病さなんだよね。

 

俺はガキのころこうだった。「虐待で養子縁組した可哀想な子、どうやら学校の勉強もできないし風呂も入ってないから臭いらしい、虐められてるらしい、性格も暗くて何か話せばむかつくらしい、お小遣いももらってないらしいよ、もしかして人の家から何か盗むかもしれない子じゃないの?あの子の親は何をしてる人なの?どこの生まれなの?」

そうやって同級生の親たちが話しているのを聞いていた。そして必ずこう言ってるのを知っていた。

「イジメはだめだけど、できればアキラ君とは違う子と遊びなさい」

 

まあ、それはそれでなんか理解できるかもしれない。実際汚い子だったから嫌われて当たり前だろう。

 

でも誰も、俺と話をした親はいなかった。全部、だろうの話だった。

 

俺が22歳で一度サラリーマンになった時、普通の世界の彼女ができた。同じ歳の子だった。別に美人じゃない。スタイルが良くもない。コミュニケーションがずば抜けてるわけでもない。そこそこの大学を出た普通の家の子。

 

当時の俺は夜の世界から一度足を洗ったばかりで、出来る限り普通の外見になるように努力していたけど、就職先で先輩から「夜の蝶」みたいなアダ名をつけられるほど、外見からあやしいのが滲み出てた。実際は夜の蝶だったのは誰も知らないんだけどね。

 

当時の彼女とドライブしようと思って、彼女の家に迎えに行った。実家に住んでる子だった。家の前に当時乗っていたゴルフを停めると、母親らしき人が出てきた。「こんにちは」俺は満面の笑顔で挨拶した。笑顔には自信あった。人懐っこい声の出し方も得意だった。でも、母親らしき人は表情がこわばり、視線が泳いでいた。

「ちょっと」

そう言って娘をまた家の中に呼んだ。2分位ですぐ出てきたけど、彼女の顔は少し怒っていた。

「どうしたの」俺は彼女に訊いたよ。するとはっきり言わないんだよね。彼女はそれからずっと心ここにあらずみたいな状態で、会話もできなくなった。

「どうしたのか分からないけど、体調良くないなら帰ろうか。無理しなくていんだよ」と俺が言うと、そうするって言って家に戻ることにした。その間、たった1時間半程度だった。

 

俺は彼女を送ってから、1人でマクドナルドに行ってフィレオフィッシュのセットを食べた。なんとなく理解できていた。その夜、体調を心配したので彼女の自宅に電話をしてみた。彼女は携帯を持ってないような時代だったんで、家の電話にかけた。するとまた母親が出て、「体調が悪くてもう寝ました」と棒読みで答え、ガチャと雑に受話器を置いたのが分かった。

 

ああ、そういうことか、と。その夜の深夜、彼女から電話が来たんだよ。「実はね・・・」あまり頭の良くない、感受性も育ってない田舎の女にありがちな暗い切り出し方をして彼女に何が起きたのか言った。

 

つまりね、俺の外見があやしいと。こんにちはって言って笑顔を見せるようなやつは詐欺師しかいないと。投資詐欺をして社長が殺された豊田商事もみんなそういう営業マンがやってきたんだ、と(笑)

彼女は母親に言った。なんでそんなに外見で判断するの、ってね。母親は言い返す。お前みたいな子供には分からない、私のような大人には分かる、って。

 

それを聞いて、俺は、まあ・・・俺の過去は確かに決して社会的な評価は受けられないかもなってぼんやり思った(笑)かあちゃん、あんたは正しいかもね。

 

「だから、アキラは○○の社員だって言ったんだよ?○○って有名な会社じゃん、優秀な人しか就職できない会社じゃん」

彼女はそう言ったら母親が言う。「○○の社員だったら少し信用するけど、ほんとにその社員なのか社員証をコピーしてもらって私に頂戴。それから判断するから」

 

そして彼女が言う。「アキラ、社員証のコピーほしい。親を安心させればアキラと付き合えるから」

 

社員証はいつも首から下げたストラップの中にある。勤怠管理をするICカードもその中にあった。仕事上必要な資格を認証しているカードもある。勤務先を証明するには十分だ。悪いけど、その彼女には就職も業務遂行も能力的に無理な企業だった。俺はその会社が好きなわけでも誇りなわけでもないけど、社会的には属性を高く評価される企業だったと思う。少なくとも住宅ローンを借りるにあたって障害となるような勤務先ではなかった。

 

「いや、それは断る」俺は言った。「失礼にもほどがあるよ」

 

もちろん、俺が男娼のままだとしたら母親が娘を心配するのも分かる。でも、そうだとしてもなぜ母親の審査が必要なわけだよ?当時は個人情報もクソもない時代で、就職すると興信所の探偵が勝手に実家近所に聞きこみをするようなことをしていた。娘の交際相手を調査するなんてことも普通にあった。

 

彼女は俺の素性を全部知ってるわけじゃなかった。特に夜の世界で、ババアの小便飲んで小遣いもらってたなんて言ったことがない。俺が養子縁組をしていたことも、障害があることも、病気があることも。もし興信所が入って、たまたまその探偵が優秀で、全てを知られたら、俺は彼女とは付き合えないだろう。

 

母親が言うのも当たり前のことで、全く理解できないわけじゃない。でも、娘はそれを俺に言うべきじゃない。彼氏とはいえ、社員証のコピーをくれだなんて。そこの会社員だってこと知ってるだろうに。

その彼女が俺の属性を疑ってるなら社員証も見せるよ。でも、その社員証のコピーの目的があまりにも歪んでる。歪んでるというか、無知で無礼な田舎者そのものだ。

 

俺は、理解しやすい記号をそういう目的で提供するつもりはない。逆に俺も、自分が理解しやすいための記号を相手に求めることもしない。俺が大切なのは、ハートと、能力と、感受性、そして愛だけだ。

それが青臭いと思うのは、中途半端なガキだけだろ。俺のようにヘドロの底から這い上がってきた男は、みんな純粋に愛を求め愛を守ろうと行動するんだ。過去がヘドロなだけに。

 

彼女は激しく泣いた。俺と母親の不信感の狭間で苦しんでいた。アキラが分からないと言って泣いた。

「もう会わないほうがいいよ」俺は静かにそう言った。

 

「仕方ないよね、親は大事だもん」彼女はそう言い、関係は終わった。終わっても哀しくはなかった。ただ少し悔しかった。しょうもない田舎の子どもと恋愛して、時間の無駄だったのかもなって。

 

その次に付き合った時もおなじことがあった。父親が言ったという。「外車に乗るやつは詐欺師だ、若いくせに」それが原因だった。外車って言葉も卑屈な言葉だし、だとしてもせいぜいVWゴルフだよ。

これが俺に刺青があったらどうなったんだろう、これで俺が障害者なのがバレたらどうだったんだろう、これで俺の髪の色が黒じゃなかったらどうだったんだろう。

 

もちろん、でかい刺青が入った奴が犯罪者になる確率は高いのは経験上見てきたし、親が障害者の俺にはどれだけ障害者が冷遇されるものか知ってる。髪が黒じゃないだけで男は馬鹿に見えることも知ってる。

もちろん、それだけじゃないことも知ってる。

 

でも、多くの大人には、自分が安心できる記号と、不安になる記号と両方あるんだ。本質なんか見せ方の順番を入れ替えればどうにでもなる。例えばこうだ。

 

刺青があって怖そうに思えたけど、今は更生して介護の仕事して立派だ、とか。元ホスト社長だけど足を洗って公務員になった、偉い、とか。

それが言葉を逆にしたらどうなる?

元公務員だけどつまんねえから退職して今風俗店経営で成功して金持ちです、だったら?

介護の仕事してるけどオシャレに目覚めて刺青入れました、だったら?

東大中退して今はホストです、首まで刺青でまともな就職はできません、だったら?

全部見せ方の順番の違いで印象が違ってしまう。

 

言ってることは同じだろ。そういうのって、爽やかサディズムとか、ほのぼのレイプとか、セックス健康法とかと同じレベルだよ。自分が安心する単語を組み込んでも本質は何も変わらないよな。

 

多様性を認めたくない人は、自分の中に弱さがある人だと思ってる。認めることで自分の拠り所が崩れてしまうと怯える人。

 

人は本質なんてどうでもいい。自分が安心できる文脈と記号がほしいだけだ。

 

最近の俺は、本質的に付き合える人に恵まれていると思う。相変わらず親が見たら気が狂うような男だけどね。でも一人の男として、本質的な愛を大切にできる人に恵まれていると思ってるよ。

 

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