読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

純粋さが際立つのはなぜ

ラブレスキューでもよく書くけど、俺は誰かと恋愛が終わると、いつも心を痛めてしまう。

あいつはあんなに頑張っていたけど、俺はもっと出来ることがあったんじゃないかって。

俺ももうずっと昔の写真を保存してる。それは当時の彼女のアパートにいて、一緒に食事してケーキを食べて話をしている光景。マグカップでお茶を飲みながら、他愛もない話をして笑って。

そんな写真を見ると、懐かしいとかそういう感情じゃなく、俺はもっとこの時話せたことがあったんじゃないか、もっとしてあげられることがあったんじゃないかって心が壊れそうになってしまう。

 

いや、俺もいろいろしたと思う、できることはしたような気がする、でもやっぱり、俺は手抜きをしていたんじゃないか、自分を優先にしたときが多かったんじゃないかって考えてしまうよ。

彼女は俺が知らないところで苦しんでいたんじゃないか、もっと俺が察してあげるべきだったんじゃないか、もっとできることがあったんじゃないかって。

 

付き合い始めた時に、手首にリストカットの痕を見たことがあった。俺は何も言わなかった。俺と付き合う前の傷だった。たしかに自分を大切にしていないような自暴自棄な生活をしていたのを知っていた。自己重要感が皆無な生き方をしていたのを見ていた。

 

俺はもしかしたら、彼女のややこしく絡みあった心の糸を見て見ぬふりしてきたんじゃないか、って考えては何年たっても苦しんだりする。

 

今の俺ならもっと言えることがある、出来ることある。でもあの頃の俺はまだ能力もなくて言葉も持ってなかった。今ならできることをあの頃はできなかった、なんて思うのは勘違いなのかもしれない。でも今の能力を持って過去に戻りたいと思うことは沢山ある。

 

あの場面、あの事件、あの口喧嘩、あのひどい言葉。あれがなかったら俺は成長しなかったのは確かだけど、今の力と経験があればあんなことはしなかった。もっと言えることがあったと思う。あんな風に話をはぐらかすことも、見て見ぬふりすることもなかった。

 

きっと、想像だけどあの頃の彼女もきっと今そう考えているかもしれない。

油揚げでごま油で炒めてカリカリにするときの匂いを嗅ぐと、そう妄想している。ひとりきりのダイニングテーブルで、ジャコサラダを食べながらキッチンの向こうの朝日を浴びた庭を見ていると、ふとこれが後悔ってやつなのかなって思う。

 

人が人を好きになるとき、人はその人の物語に心を寄せているよね。

自分が知らない世界で起きた出来事をゆっくりと語ってくれるとき、慎重に紡いだ言葉を紐解くように耳を傾けるとき、出会ってくれた奇跡を感じてる。物語に心寄せていくとき、生まれてきてくれてありがとうと思う。

 

その物語が悲惨だったり、惨めだったり、絶望だったりしたとしても、その合間にはきっと悦びも笑顔もあったんだ。カメラの手ブレのようなぼやけた景色の中で、感情の物語に心を持ち寄るとき、人生ってそれでも悪くないよなって思う。

 

「そんなたくさんの経験を積むと、純粋さが際立つのがなんでなのか、わたしにはわらないんだ」

お前はそう言う。

「くさい言葉ばかり言うね」誰かがからかう。

 

人を純粋にさせるのは、誰かの物語に心を寄せた量と質だと思う。

そして、あの頃のささやかだけど忘れることがないふとした瞬間の景色を、絶対に汚さないように生きている意思が、人を成長させてくれるんだと思うよ。

 

話は変わるけど、この曲を聞くと17歳のとき通った高校の門にあった大きなプラタナスの木を思い出す。

www.youtube.com