自分が望む通りの屈辱を味わう人

俺はごくたまに、後輩の仕事を手伝うことがある。俺のイメージにはないことかもしれないけど。

 

相手は、同じ仕事をしていて成功を目指しているけど、現時点では全然うだつがあがってないような人。俺と同世代もいるし、俺より20歳くらい年下の人もいる。男もいるし、女もいる。

ただし、弟子とかそういう濃い関係性はない。ただ先輩として後輩の育成というと陳腐過ぎだけどさ、俺も苦しい時代を過ごしたんでちょっと力になってやろうかと軽く思ってね。俺のノウハウを隠さず見せて、ちょっとの間一緒に仕事してみようかって感じにしてる。それでその人が上手くいけば、まあいいだろってくらいの義侠心だよ。

 

自分で言うのもなんだけど、俺は業界で生き残ってきた方だし、それなりに成功もしてる。そんな俺からわざわざ後輩に声をかけてるから、相手は結構びっくりするし喜んでついてくる。

 

みんな、現状はクズだけど根本は無能ではない。そこそこ実力もあるし、昔はそれなりに数字をやれてたこともある。でも今、なんらかの事情があって沈没してる。現時点で数字を出せてないから根本は優秀とまでは言えないけど、みんな真面目だし平均値以上のスペックはあるはずなんだ。

だから最初はきちんと仕事についてくる。言われた作業はきちんとこなす。

 

でもそれが1ヶ月、2ヶ月と過ぎていくと、次第に雰囲気が変わってくるんだよな。

必ず、何か期待が外れたような、不安そうな顔をする。

 

なぜなら、俺は仕事上のノウハウしか教えないし、売上を分けるとか利益をあげるとか、そういうタナボタは絶対しないからだ。教えっぱなしの放置プレイだから。教えてみて、やってみせるけど、その後のフォローはしない主義。本当にやりたかったら自分で質問するだろうし、質問するほど疑問も増えるだろうよ。

 

自発的に行動して、さらに質問を繰り返すやつはほとんどいない。俺が何かを「与えてくれ」たり、「全部やってあげる」ことを望んでるのがよく分かる。

 

もし俺だったら、昔売れなかったときノウハウだけでも教えてくれたら飛び跳ねて喜んだろうな・・・と思うんだけど。数字をタナボタでもらっても再現できなきゃ俺なら喜べないけどな。俺だったら欲しいのは再現性のあるノウハウだけど。

 

でも結果を出せない奴らには、タナボタの方を期待するほうが多数派だよ。

 

結局、こういうところで脱落しそれっきり業界を去るというのが最初の段階。結局、あの先輩も一般論しか言わなくて、自分に数字を作ってくれなかった、みたいに思うのかもしれない。つまり依存心まみれのクズだったってことなんだろうな。

 

まあ、それはそれで無能の証明だから、俺は気にしない。勝手にどこか行けばいい。本当に問題なのは、そうじゃない残りのやつらなんだよ。

 

ノウハウが大切だってきちんと考えて、必死について来ようとする後輩もいる。先の見えない単調な努力をひたすらやり続ける習慣があるやつらなんだよね。本当に優秀なやつってこうなんだと思う。

ほら、大昔の映画でいじめられっ子が沖縄から来た空手の師匠のジジイに弟子入りするやつあったでしょ。ラルフ・マッチオが主演のやつで。あれで、車のボディにワックスをかけさせられるシーンがあった。両手で円を書くように塗れとか言われて。ペンキ塗りをするシーンもあった。これが何の役に立つんだよって切れそうになるんだけど、優秀なやつって、意味も分からないまま努力し続けられる性格してるんだよな。

 

俺は優秀じゃないから腹を立てて、ペンキぶちまけて逃げるけどwww

 

同じ作業を繰り返して勉強しては質問もする。そういう努力の仕方も優秀な奴らがいるんだよ。

 

そうして、もうそろそろブレイクするなって思うポイントが見えてくる。もう少しアクセル踏めばここがブレークポイントになるっていうところが教えてる俺には見える。水が沸騰し始めてる。

 

だから後輩にも言う。もうすぐだから休むな、寝るな、死ぬ気で追い込めって。あと少しで億万長者の入り口の整理券は手に入るぞって俺は言う。

 

すると、後輩は・・・次第に雰囲気が変わる。

「は、はい・・・」って浮かない顔をする。あれほどマメにやってたことなのに、突然サボるようになる。言われたこと以上は全くやらなくなる。

 

そして案の定、ブレークポイントを外す。まるでこれでベスト8進出だっていう試合に無断で来ないようなことをする。

ビッグディールが舞い込んできて俺が興奮して、後輩にすげえアポが入ったぞって教えようと電話しても、出ない。折り返しもない。

メールしても電話しても一切出ない。

 

おかしいな・・・って思いながら、結局なぜかそのビッグディールには俺が一人で行くことになる。俺がやるから結果はほとんど見えてる。当然取引は成立になる。俺だけがそれを横取りするようなことはしたくないから、それからも後輩に電話するんだけど、やっぱり出ない。

 

やっとつながって、「早くお前の分の手続きしないと、お前タダ働きになるんだぞ」って俺が行っても、今回はアキラさんがもらってください、なんて元気がない。

「ほとんどアキラさんがやったようなものですから」とか言う。

 

違うだろとか色々言うんだけどね。結局その直後に業界を去ってしまう。それを見ていた同業者の人は言う。「もともとやる気なかったのを、アキラが無理矢理連れ回してただけなんだよ。そんなやつらは放っといてアキラが全部一人でやってしまえ」って。

 

でもそれも違うだろなって思ってさ。やる気はなかったけど、俺と一緒にやってやる気になったはずなんだ。もともと夢を持ってこの仕事をしていたはずなんだから。

それが夢への階段を一歩登れるっていう直前にひるんで辞めてしまう。怯えたように逃げるように去っていく。

 

これって、実は意外と多くの人がそうなるんだよ。

 

原因ははっきりしてる。それは、「どうせだめだろう」っていうコンプレクックス混じりの諦め根性、なんだよ。

もっときつい言い方すると、「自分が本当に望む状態になりたい人」なんだよ。

 

同じようなことは恋愛でも顔を出すよね。

女性でも男性でもいるけど、たとえば「かわいいね」って言うと、むきになって否定する女性って結構いる。

俺が昔付き合った女性もそうだった。

「かわいいね」と俺が言えば

「いえ、可愛くないから」とか言ってふてくされる。可愛らしく、ぷんってそっぽ向くような感じではなく、本気で嫌がってる。

それどころか、「昔の彼氏はわたしの顔を見ると舌打ちした」とか「クラスのやつらや先生までもわたしの顔を見てキモいって顔をした」「会社の同僚もわたしの顔が嫌いだと思う」とか言う。

実際はどうかと言うと、ほんとアイドルとか女優のような美貌なんだよ。顔立ちは綺麗で、スタイルは抜群、しかもオシャレで。肌は透き通るように白く、手足は長く、おケツも丸くて、可愛らしさと色気が両立していて。フレアスカートが揺れる度に、若かった俺の感情も揺れた。

 

この子は、可愛いねとか言うと怒ったが、「ブスだね」って言うと嬉しそうに笑った。どこのブスがいるかと思ったよって言いながら待ち合わせ場所に着くと、大声で笑って喜んだ。

正直、そんなこと言うのは悲しかった。ブスなんて思ったことは一度もない。あるわけない。思ってもいないことを言って、それを喜ぶ彼女の美しい笑顔を見るのが辛かったな。

この子と別れるとき、この子は言った。「次はもっとアキラ好みの可愛い女がいいよ」って。俺は息を飲んで言った。「そうだね。キミとは違うアイドルみたいな子がいいよ」

すると彼女は満足そうに笑って、うんうんと頷いた。

 

残念なことに、その子以上に美人な子は、アイドルでも女優でも見たことはない。お世辞とか贔屓目じゃなく、本当に。100メートル離れていても、その美女オーラを見逃したことがないほどの。待ち合わせ場所で細かい場所を指定しなくても、美女の匂いですぐに見つけられたほどだった。

 

美貌をそのまま受け入れることができたら、その子の人生はもっと違うものになったと思う。今は結婚しているかどうかは分からないけど、あのままでは常識的な男とは喧嘩が絶えないだろうなと思う。俺のような常識からズレまくった変態じゃなきゃ、あのコンプレックス美女とは付き合えないのに。

 

あの子は、ブスで見下される卑屈な自分っていうセルフイメージに忠実に生きていた。だから、そういう自分が望む状態になるように「努力」していたんだろう

 

仕事でブレークポイントを外すやつらも、根本は同じだ。

 

成功しようと努力して、寝る暇も惜しんでは働き、同世代の友達が遊びに出かけてる時にも事務所でパソコンにかじりつき、ここまでかって言うほど屈辱と失望を味わってきたというのに、ブレークポイントから逃げようとする。

 

それは、「だめな自分とその環境から脱出しようともがき苦しむ自分」というセルフイメージにしがみついているからだ。

そのセルフイメージでいるほうが安全だし心地いいからなんだよ。

 

「え、そのくらいちょろいよ」「年収3000万円?それくらい当たり前だろ」っていうセルフイメージを持ってないと、実際はそうなれない。

今はパンの一個も買うのが精一杯だけど、いつか年収5000万円になってやる・・・って思って毎日苦行のように仕事する自分に、いつの間にか安住してしまうんだよね。

もちろん、そういう苦行がなければ成功は絶対ないんだけどね。

 

俺もそうだけど、下積みが長すぎた人間は、屈辱を味わうことに慣れてしまうんだよ。屈辱は宝だと思い込む、パラダイムシフトを起こしてしまってる。目標を達成するための過程にある屈辱自体に価値があると思ってしまい、なおかつそれが快適になるんだよ。

 

ほら、ビンゴゲームでリーチになっても、「リーチ!」って叫べない人いるだろ。恥ずかしいんじゃなくて、なんかいいや・・・って急に感じてしまって席に座ってしまう人。ほんとはビンゴなのにもうどうでもよくなる人。

そういう人は、「数字でねーよ!」とか叫んで笑ってるのが快適なんだよね。

自分が望む通りにビンゴにならず、残念賞のたわしをもらって、いえーいとか言いたいんだろうな。

 

ビンゴゲームならそれでもいいけど、仕事や恋愛や人生で、望む通りの結果になってさらにそれについて愚痴ったり悪口言いたいっていう人って結構いるんだよね。いやそれはあんたの望んだ結果じゃねえかって思うんだけどさ。

 

結果として、今は一切、後輩の面倒は見ないことにしてる。自分から声をかけることもしないし、頼まれても体よく断ってる。

 

時間のムダだからだよ。