主語があなたではない話には一切乗りません

つい最近、俺にこんなことを言ってくる人がいた。

 

「アキラさん、○○社の○○がアキラさんの悪口言ってました」

「アキラさんって人から嫌われてるって言ってる人がいました」

 

あー、と思った。またこれかと。

 

ご存知の通り、俺は底辺にずっといたから分かる。こういう言い方をしてくる人間が、底辺の社会にはものすごく多いんだ。

俺は言うよ。「それで?」

そいつらは必ずこう言う。

「いや・・・アキラさんの耳に入れておこうかと思っただけです。不愉快にさせたのならごめんなさい」

 

なるほどな、底辺はみんなそうだ。その言葉に何の意味もないのは分かってる。共通の敵を作って、話を盛り上げたいだけだろ?

底辺社会のいじめのメカニズム。

 

○○が悪口言ってる、だからどうした?

その「だからどうした」っていう部分がないのに、人にそういうことを言ってくる。それがいつまでも底辺で生きなきゃならない人間の共通するマインドなんだよな。

 

分かるかな?言ってる言葉に主体性がないと、人生はいつまでも底辺のままだ。主語がなにか分からない言葉を使ってると、人は貧乏になっていく。それに、底辺のやつらは必ず群れる。群れる論理って、いつもこれだ。主語も主体性も意味不明になった言葉を使って、集団ヒステリーになる。

 

たとえばこうだ。

 

アキラの悪口を○○が言ってるよ

え、それどんな?

アキラが性格悪いって

まじかよ、それからなんて言ってた?

○○とか

ひでえな、ありえねえよ、そもそもあいつ何なんだよムカつくな

(エンドレスで続く)

 

こういう姿って、低い社会階層でよく見かける。デコログでもCROOZでも、こうやって群れてる女性は多いだろ?学校でもそう、会社員もそう、工場勤務とかスーパーのパートなんかだと特にそう、友達付き合いでもそう。

主語がないまま共通の敵を作って悪口を言い合って盛り上がりたいヘタレの群れ。

 

アキラを○○が批判していたけど、私もそう思うんです。って、それだったら分かる。主体性を持って俺に意見をし、あるいは喧嘩を売ってくるならそれはそれでいいよ。でも主語も主体性もない言葉にそのまま付き合うと、底辺主婦の群れになってしまう。うじうじつるんで、誰かの悪口を言うわりに、それを本人に伝えることはしない。伝える意味も持たないし、伝えて何かを変えようとする主体性なんかないからね。

 

誰かが悪口を言ってたよっていうネタで、話が盛り上がってるやつは男でも女でもたくさんいる。必ず出口なんかないから。出口なんか求めてないから。

 

俺は主語が自分にない人間とは、一切、話をしないことにしてる。