人生上手くいかないのはその環境のせい

「環境のせいにするな」っていう言葉、よく耳にするよ。

特に目指すという生き方をしていれば、上手くいかない理由を環境要因に求めるなっていう叱責の意味合いでよく使われる。

例えば、「俺の営業成績が伸びないのは商品が欠陥だから」とか、「上司が馬鹿だから」とか、「先輩が糞で邪魔してくるから」、「日本の景気が悪いから」とかね。

受験生でもいるだろ?「この予備校のレベルが低いから成績が伸びない」、「あの講師では嫌」とか。

 

そういう意味だと、環境のせいにするなっていう叱責も当然だと思う。そうじゃないだろう、と。環境が糞でもそこで成功するやつがいる以上、そこは言い訳にならないよな。

日本の景気が悪いからっていう言い訳は日本全国どこでも聞くけど、景気っていうマクロ経済を言い訳に出来るのは日本ではトヨタ自動車の経営者だけだろ。田舎の営業マン1人の分際でマクロ経済を言い訳にするその滑稽さってあるよね。トヨタですらディーラーの末端の営業マンは景気なんか一切関係ないわけで。

 

でもさ、環境のせいにはするなと言うけど、もっと根本的な、「生きている環境」っていうことなら、たしかに影響はするんだよ。

 

俺の話をする。

俺はご存知の通り、粗末な育ちをしてる。青森の田舎町で、若く幼い両親のもとに生まれ、虐待され、学校ではいじめられ、学習困難児で小学6年でも漢字は書けなかった。言葉の発達も著しく遅れていて、会話ができなかったんだよね。話そうとしても言葉が出てこない。「うー」とか言うだけで、自分がもどかしく情けなかった。

そんな環境で生きていると、当然、自己肯定感はゼロだよ。自分の価値を全く感じない。自分が特別に何かの価値があるとはとても思えなかった。

 

そうすると、毎日の細かい判断や選択の矢印が、どんどん下方向に向いていく。自分でも気づかないくらい、ほんの少しずつ下方向にズレている。

彼女の選び方、セックスのあり方、勉強への考え方、進路への考え方、何に対して反抗的になるか、何に対して素直になるか、マインド、健康への考え方、交友関係への考え方、自己承認の欲求のあり方、他人への態度、恋愛の仕方、恋愛の後始末の仕方、お金の使い方、買い物の欲望のあり方・・・

そういうものがちょっとずつ、ちょっとずつ、選択するときに影響してくるんだよ。それ一つでは別にどうでもいいことが、積み重なると人生が変わるほどの影響力があったり。

 

他人に対して挨拶が出来ず笑顔を作れない彼氏、ちゃんと箸を持てない彼女、軽自動車の改造に高額なローンを組む男、就職をしないでフリーターになってる女、よく考えないで就職先を決めた就活生、美容院で別に欲しくもないトリートメントを買ってしまう女、同級生が保険屋になったからってすぐ保険を見直す女、喧嘩に勝とうとして試合に負けてる負け犬女を彼女にして執着する男、多額の借金があるのに黙って結婚する女、それを知っても何も感じない男、一日中Twitterに依存する独身の男、2ちゃんねるばかり見てる中学生・・・

それ一つではどうってことない。別に普通のことだよ。でも、それが積み重なる。

毎日の一瞬一瞬で選択のあり方に影響するんだよね。

 

俺もそうだったと思う。

弟子のみーくんが最近俺に言うんだ。俺が22歳からの会社員生活のことを話しているとき、「アキラが当時そんな仕事をしてるなんておかしい話だよ」って。「アキラほどの才能と能力がある若い男がさ」

そう、俺が最初にお勤めした会社は、正直、そんな能力が必要な職業じゃなかった。単なる作業員でしかない。能力の高い社長が、作業員にステイタスを与えようとしているだけのただの田舎の作業員だ。

「アキラの歴史の中で最も不自然なトピック」と言われるんだけど、実はそれはほんの一つの選択でしかない。その他にも俺は、目線の低さから来る選択ミスを何度も犯してきたわけだよ。

 

音羽が俺に言ったことがある。音羽が17歳のときにね。「アキラが、なぜ青森に住んでるのか分からない」って。なぜビジネスにも不利な青森なのか、なぜそんな歴史を持つアキラが青森に居続け苦労し続けるのか、分からないと。もっと簡単に億万長者になる道はあっただろうにって。

俺は考え込んだ。青森は何の商売でもガラ空きのマーケットだからっていう理由を言ったような気がするけど、実は違うんだろな。22歳だったあのころ、やっぱり選択を間違ってきたんだ。

 

パラレルワールドっていうかね、少なくとも15歳の時から選択を何度も繰り返してきて、今の境遇があるんだよ。もし違う選択を繰り返したら、もしかしたら今頃億万長者になってるかもしれないし、会社員になってるかもしれない、はたまた、犯罪者として刑務所だったかもしれない、いい結婚をして幸せな家庭を持っていたかもしれない、夜の世界なんて無縁の男だったかもしれない。

 

17歳だった音羽に俺は言ってた。

「でも俺は、どのルートから登ってきても結局今の俺になってたよ」って。

でも音羽は言った。

「同じ仕事に就いていたかもしれないけど、結果はもっと違うかもよ」

 

俺が今まで生きてきた環境でも、ものすごくいい出会いも少ないけどたしかにあったよ。仕事を教えてくれた師匠、愛とは何かを教えてくれたMちゃん、どん底の俺を信じてくれたなつき、ラブレスキューの時代にたくさんの感情を経験させてくれた美しい女たち。俺の選択が一個だけでも違えば出会わなかった人ばかりだよ。俺が貧乏したり虐待されてなければ、出会う感受性になってなかっただろうし。

 

そこへの感謝はきちんとあるとして、それとは別に、自分の環境ってもっと意識するべきだと思うよ。

間違った恋愛をしてないか?間違った仕事の選択をしてないか?間違った友達付き合いをしてないか?間違った感情で大切な彼女を失ってないか?間違った感情で誰かに執着し困惑させてないか?

それは戦略があっての判断なのか?

それは根拠がある行動なのか?

それは人として正しいことなのか?

理屈だけで考えて後で後悔しない判断なのか?

今、目の前にいる人は、本当に一緒にいるべき人なのか?

 

あのね、優等生であろうとして判断を間違えるときもある、まともであろうとして判断を大きく間違えて後悔することもある、反骨心を持ちすぎて間違えることも、反抗するものを見間違えて痛い目をみることもある。

 

二年前、問題を起こしまくっていた紫音に俺が振り回されていたとき、美咲も、ももかも、俺に著しく疑問と不満を持っていた。付き合うべきじゃない、関わるべきじゃない、正直ありえない、と。切れ、と色んな人に言われた。

だから切った。でも、結局は俺は情に負けて音羽をまた仲間に迎えた。そして紫音は死んだ。

感傷的にもなるけれど、俺の時間を奪ったやつだったのも確か。一方で、そういう理不尽で理屈に合わない俺のセンチメンタルな行動の積み重ねがあるから、こうやってここを長年読んでいてくれている読者さんがいるのも事実だよね。

 

世の中のプレイボーイなんて、みんな同じだよ。

もっと成功することができるのに、ずっと向こうを遠回りしてる。遠回りして、屍が積み上がる海辺の街を見たり、誰も知らないようなキレイな花をみつけたりしてる。誰も気づかない感情に気付き、誰も口にしなかったフレーズを口から放つことができる。

でも人生はずっと遅れてるし、お金を持つのもずっと後になってからになる。

そこが魅力だと言ってくれる女性も多いけれど。だから今も子供みたいなんだと言う女性も多いけれど。

俺だってそんなプレイボーイになりたくてなったわけじゃないんだけど。

 

最近は付き合いを極端に狭めて生きてる。仕事で金銭的にもステイタス的にも成功できるように、真摯に生きてるつもり。

自分が付き合うべきじゃない人、関わるべきじゃない人は、ごめんなさい、フェードアウトさせてもらってる。

俺の経験上、知り合いが一万人いても、それは人脈ではないよ。絶対に。ぜっったいに。

人生の最良の選択って、静かで落ち着いた生き方の中にしかないと思うんだよね。特に数千人の女を知った後の男はさ。

 

人生が上手くいかないのは環境のせいだよ。

でもその環境を選択してるのは自分のせい。環境のせいにしないと自己肯定ができないみじめな人生になってるのも自分のせい。そういう貧相なマインドしか育ってないのも自分のせい。

 

環境を変えなくてもいいから、きちんと整えたほうがいいね。