性格は塩基配列で決まってるから

その昔、俺が22歳だったころ、俺はサラリーマンをしていた。

サラリーマンという言葉がかっこよく聞こえるほど、俺の仕事は単なる作業員だった。

18歳から22歳まであのラブレスキューの時代、新宿でずっと過ごしていた俺が、青森の片田舎の一地方企業で、作業員として就職したんだ。

 

仕事は余裕だった。夜の世界としては日本ではそれ以上ない一流の場所で、暴力的だけど優秀な経営者や先輩たちに成功者としてのマインドを叩き込まれ、言葉の音の一つにすら神経を研ぎ澄まして、夜の雑踏のなかをすり抜けるようにサバイブしてきたんだ。だからこんな田舎のやつらが集まってる会社で、昇進するなんて余裕のこと。

 

でも、それが楽しかったかというと、ものすごく辛かった。毎朝仕事に行くときに吐きそうな気分になっていた。21歳のときにバッグに入れて仕事の合間に読んでたジャック・ケルアックの小説に「犬のように働き・・・」みたいな一行があったのを、いつも思い出しながら働いていた。

その仕事で楽しいのは、社長1人だけだと思った。田舎の社長によくあるんだけど、社長が自叙伝を自費出版してそれを社員が買わされたんだ(笑)せっかくカネだしたんだからと思って一気に全部読んだら、まるでおばさんの小便を飲まされた後のように全身が汚れた気がした。

第一章「ボクは仕事が好きだ」

どうだよ、このタイトル。「ボクは仕事が好きだ。そうじゃなきゃ毎日10時間も働かない」と続いていた。

 

いやいや、俺は毎日残業してる。朝7時に出勤して、会社を出るのは早くて夜11時。もちろん休みも10日に一回はあったけど、それも休日出勤してた。1日10時間働くから仕事が好きだとか何ほざいてんだと言いたくなったけど、経営者ってさ、仕事は全て自分ごとになるんで、いくら働いても楽しいのは間違いないよな。

 

毎日ハードに働いて、履いていたニューバランスのスニーカーのつま先が随分前から穴が開いていた。休憩時間にその穴を眺めながら缶コーヒーを飲んでいると、ふと思うことがあった。

 

「俺って何なんだろう?」って。

 

俺って存在するんだろうか?ってね。本当の、本当の、さらに奥のところに、「俺」っていうものが単独で存在してるんだろうか。

きっと疲れていたのかもしれない。でも、壁に張られていた勤務表の中に書かれた俺の名前を見ていて、ここから俺の名前を消してしまったら、俺は存在しないも一緒だと思ったんだ。

「アキラ!」って怒鳴り散らす32歳の上司も、いなくなってしまったら俺をアキラと呼ぶ人はいるんだろうか。

俺は、誰かが認識して俺になってるだけで、誰も認識しなくなったら俺自身は存在しないのかもしれない。

きっと、本質なんてどこにもないんだ。そう思ってた。

 

でもそれは、ほんのガキだった俺の、浅い考えでしかない。考えてみればあの新宿の雑踏の中でさえ、「本質」って必ずあった。それが絶望的な意味かもしれないけど、本質っていうものに俺も、女たちも、オヤジたちも、みんな支配されていた。

本質はときに残酷な形で必ずそこにある。

 

たとえばこうだった。

 

俺がいた店の社長はガラの悪いデブだったけど、金持ちで、情に厚い人だった。夜の店でも、過去に失敗があるやつは普通は敬遠される。たとえば殺人を犯してるとか、詐欺で刑務所ぶち込まれてたとか、出身や国籍とかの身元がはっきりしないとか、そういう胡散臭いやつでも、「人はいつからでもリセットできる」って言いながら仲間に引き入れていた。

多いのは借金から逃げてるやつ。多額の借金を抱えてそこから復活するために一攫千金を狙って仕事するんだけど、社長はそういうやつらに仕事をさせた。その代わり、借金取りが店に電話をかけたり訪問してきても、店として徹底的にそいつらを庇った。そんなやつはいない、もう辞めた、と俺もウソをついて追い払ったことがある。

「嘘つくなこの野郎!」って派手な柄シャツを来たオヤジが俺を睨んでも、「うっせえな臭え息かけんなよ」って言うだけ。

俺も当時はそういう社長の行動が「侠気」だと思ってたんだよね。

 

でもさ、結果はそういう侠気みたいなファンタジーとは程遠かった。

 

詐欺してたやつは、店の金を盗む。

人を殺してきたやつは、すぐ喧嘩をし刃物を持ち出す。

借金あるやつは、働いて返すよりもまた仲間に借金をしようとせがむ。

女関係で身を滅ぼした馬鹿オヤジは、やっぱり客と不適切な関係になってまたトラブルになる。

不倫するやつはまた不倫する。

 

社長は、「ったくしょうがねえな」って言うだけだったけど、そこには本質ってもんがあったんだよな。

つまり、人は、生まれたときから性格って決まってるってこと。

人は育った環境で性格が作られたりしないってこと。残念なことに、核酸のヌクレオチドの結合順のレベルで、塩基配列のレベルで、人の性格って決まってるんだと思う。

 

だから人は絶対に変わらない。本質っていうものが確実にあって、それはどうやっても変わらない。塩基配列を書き換える方法がもしあるのなら、人は変わるのかもしれないけど、残念ながらそれはないだろうね。

糞に生まれたら糞として育つだけ。犯罪者は生まれながらにして犯罪者。そう言うとものすごく抵抗があるだろうけど、動物並みにしか生きてない人間たちが集まる場所ではそれが真実としか思えなかった。

 

ただ、塩基配列は変えられず、自分に犯罪者の素質があったとしても、自分をルールで縛ることで行動は変えられるよ。自分のDNAを開花させないように不適切な情報から遠ざかることだったり、泥棒のDNAを開花させないよう金銭管理の習慣をつけたり、レイプ願望を抑えるために変態を受け入れてくれるパートナーを大切にしたり、怒りをコントロールするために空手道に打ち込んだり。

本質にあるものと、表面に出てくる行動は、分けて過ごすことはできる。感染症のキャリアで発症しないようにするのと似てるかもしれない。

社会的に健康で生きるためには、本質を変えることではなく、行動や思考パターンをルーティン化するのが現実的なんだよね。

 

本質なんてどこにもないんだよっていう考え方をすると、一定割合の人は、犯罪者になって刑務所行きだ。

環境に全てを委ねると、本質が人生に牙を剥く。

簡単に悪い習慣に手を染め、人格が本質のままむき出しになる。

 

アキラの本質は何かっていうと、あの会社員の時代は分からなかったけど、「プレイボーイ」そのものだと思う。かっこつけて言ってるわけじゃない。でも、女が好きでどうしようもない。新しい女と新しい体験を積み重ねることに執着してしまう。

ぽっきいだとすると、きっと本質にはプレイボーイの素質はない。あれば冒険家の本質があるだけで、きっとセックスが本質じゃないと思う。

俺は女が好きで、女の本質を暴くことに執着する変態だと思ってる。セックスが猟奇的で、でもSMなんていう作り物のファンタジーには全く興味がない。

 

この本質をコントロールできれば、セクシーだと言われ、

コントロールに失敗すれば、メンヘラだとかアスペルガーだとか言われる。

 

俺にはこのブログを書くことが、自分の本質をコントロールする良い習慣の一つだと思ってるよ。

 

自分の本質って何か、自分の中の井戸穴にロープで降りていく作業って絶対あったほうがいいよ。