読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

関わっちゃだめな2人

仕事をしていると、こんな光景を目にすることがよくある。

今日も見た。

 

「能力が著しく高い人」と「能力が底辺の人」との会話が、完全に破綻してる光景(笑)

もうね、悲劇だよ。どちらも不幸になる。

 

料理で例えるとね、

料理が得意な人は、レシピの工程の中でこれを焼いたらこうなって、そこにこれが入るから、5工程目のフライパンの中がこうなってる、とかイメージ出来てるよね。

 

だから素人に料理を教える時、全体の流れの中をイメージしながら、今はこれ切って、次はこれを和えてっていう段取り中心の話し方をする。

 

でもこれ、能力が低い人には大混乱するんだよ。能力が低い人には、今やってる作業と、次にやる作業の関連を丁寧に話さないと絶対に理解できない。

「流れ」で話すとちんぷんかんぷんになるんだよ。一つの作業をじっくりと丁寧に教えないとね。

 

塩気の具合はあとで尾調整できる料理だから、ここでいれる塩の量は「だいたいこれくらいでいい」みたいに話すと、完全に破綻する。

この軽量スプーンで、正確にこれくらい入れてね、とだけ言うべきであって、「あとで調整できる」とかが余計なんだよ。パスタを茹でるときの塩の量も普通は目分量だろ?それがダメなんだ。1Lにつき何グラムって指示しないと大混乱する。

 

「え、レシピには小さじ1と書いてます、だいたいでいいんですか?なんでですか?なんで水の量も目分量なんですか?」って訊き始め、作業が止まってしまう。

「レシピには書いてるけど、ここはそのとおりでなくていいんだよ」とか、そういうのがダメなんだ(笑)能力の高い人は流れで理解する習慣があるので、力を入れなくていいところが理解できてる。だから大雑把でいいところは思い切り大雑把なんだよな。

 

でもそこが、能力の低い人からしてみたら、「あの先生はいい加減だ」って言い方をしてしまう。そう、いい加減っていう表現ね。そして不満となって、最後に「無能な先生」とさえ言われる。

 

能力の低い人に教える時は、例外を認めない、ルールを守らせる、アドリブは禁止、教える言葉を少なくしてひたすら決められた作業だけをさせる、場面で判断は禁止。

 

著しく能力が高い人って、字が汚いよね。当然綺麗に書くこともできるんだけど、だいたいが読めないほど下手な字を書く。

逆に、能力の低い人の中には、びっくりするほど丁寧でキレイな字を書く人が多い。キレイな字だから能力が低いわけじゃないけどね。もちろん。

これって、本質的な仕事を見ているのか、作業を正確にすることが重要なのかの違いなんだよ。字を丁寧に書く時間が勿体無い、省けるものは全部省いてしまおうっていうことが、能力の低い人からしたら「いい加減」に見えるわけだよね。

 

能力が高い人は、能力が低すぎる人と会話する環境を作っちゃだめなんだよ。

高い人は低い人を「馬鹿」だといい始めるし、低い人は高い人を「いい加減」とか「適当な人」とか言うだけだから。

能力が高い人は、成果を出しているけど、能力が低い人にはそこは理解しない。結果どうこうより、いい加減だっていう印象しか持てないから。

能力が高い人は、絶対に教える仕事についちゃだめです。

これくらいできるだろうとか、これくらいの結果は出せるだろうっていう想定を遥かに下回る成果しか出せないから。自分と同じようになることは絶対無理だと認めるのも難しいし。

 

教える仕事って、プレーヤーとしてあまり優秀じゃない人のほうが絶対いいよ。天才タイプは、絶対にマーベリックとして一匹で行動させといたほうが、本人も周りも幸せだよね。