親に理解されるような夢を持ったら終わり、という話

優秀な高校生とか大学生だけじゃなく、たとえばそれが不良だったとしても、昔から「親に褒められる」「親に認められる」ということにものすごい価値を感じてる人が多いと思う。

例えば進路のこと。

「看護師になりたい」

「弁護士になりたい」

「金融マンとしてメガバンクに就職したい」

「海外でドクターになりたい」

「大学院まで進んで研究者になりたい」

「小学校の教員になりたい」

子供がそう言ったら、そりゃ親は鼻高々だろう。親はたとえ自分ができないことであっても、その進路について100%理解できるよな。

そういう優等生だけじゃないよ。

自動車整備士になりたい」「大工として自分の手で家を作りたい」「介護士としてお年寄りの助けになりたい」「警察官になりたい」「家業を継いで親孝行をしたい」「農家を継いでものづくりをしたい」

みたいな進路だって、親はホクホクするだろうさ。教師も褒めちぎるさ。

 

もちろんそういう進路が悪いとは言わない。そういう仕事も世の中には存在するだろう。でも、俺の年になってみてつくづく思うのは、「親に理解されるような夢や進路を選んだやつら」は、中年になるとことごとく腐ってしまってるという事実なんだよね。

簡単な話でさ、あなたの身の回りの40代後半以降の中年男女に質問すればいい。

 

「あなたの人生は最高ですか?」

または、質問しなくてもいいかもよ。その中年の目を見て、今でも野心の暗い炎を燃やしてるかどうかなんてすぐ分かる。

残念ながら、大半の中年男女は疲れていて、人生が最高かどうかも分からないし、そんなこと考えたこともないよと鼻で笑うだけだろうよ。

それが親や教師が褒めちぎった進路に進んだはずの、教師や有名企業のサラリーマンや医者、研究者、士業、親の跡継ぎ・・・それなのにどうだろう。誰も自分の人生が最高だぜなんて言えやしない。毎日射精するほど興奮してるぜなんて言えやしないだろう。

その姿を子供が見たらきっと思う。

「大人って大変だな」

「仕事って怖くて嫌なものなんだな」

追い打ちをかけるように大人たちは言う。「仕事っていうのは辛いものだ」って。

 

アキラからしてみたら、なんか可笑しくてしかたない。

だって、アキラなんてガキの頃からみじめ極まりないんだぜ?貧乏だわ勉強できねえわ虐められてるわ虐待されてるわ居場所はないわで、「だからおまえはダメなんだ」と何度言われ続けたことか(笑)

笑われて、捨てられて、粗末にされて、期待されないで育った。でも中年のおっさんになった今、はっきり断言できるのは、

「人生は最高だし、仕事は楽しくて仕方ない。友達もたくさんいるし、金もある。いい女がパンツ脱いで遊びに来てくれるし、やりたいことが沢山あるのに、1日24時間じゃ足りない。そしてこれからもっと年を取って知識と経験がついていくのが楽しみで仕方ない。そしてもっともっと成功できるだろうし、金ももっと手に入る、新しい夢を考えるのも楽しい。」ということ。

もちろん、楽ではないよ。生きていくことって。でも楽しいか楽しくないかっていえば楽しいはずだし、今でも夢は確実に山ほどある。その夢の大半は叶うだろう。

 

繰り返して言うけど、高校の教師にすら「アキラはこのままじゃ人生の敗北者になる」とまで言われたというのに。

 

なぜ親に理解されるような夢を持ったら終わりだって言うのか説明するとね、別に医者になる弁護士になる研究者になるって夢は真っ当だしいいことなんだよ。もちろん。

でも、難しい言い方かもしれないけど、

「夢を叶えるための流通の仕方が、古過ぎはしませんか?」ってことなんだ。

 

例えば作家になりたい高校生がいるするよ。その夢を教師に言う。「僕は芥川賞をもらいたいんです」と。すると教師は言う。「芥川賞目指して頑張れ」

だがどうでしょうか。その夢の方向性。芥川賞を受賞して食えてない作家がほとんどだろ。受賞した本だけが多少売れて、その他は鳴かず飛ばず。せっかくの才能も流通の仕方を間違えたばかりに、芥川賞以外の価値がなく、結局腐って消えていくだけ。

きっと言うだろう。「おれは金目的じゃないから」

でも、金目的じゃないとしても、その人の新しい文章を待っていてくれる人がどれだけいるだろう。下手したら、風俗嬢のブロガーよりも読者が少ないんじゃないの。金目的じゃない趣味のブロガーよりも、新作を期待されてない作家大先生なんじゃないの。

もし教師にこう言っていたらどうだっただろうか。

「先生、ぼくブロガーになって有料ブログ作って、文章書きまくってがっぽがっぽ儲けてエロい美女と立ちバックしたいです」

きっと言われる。

「おまえは人生敗北するよ」

だが、その敗北者になるはずの男の文章に救いを感じて大切にしてくれる人だって沢山いる。ビジネスとしても、作家としての本質としても、勝っているのはお偉い大先生じゃない。

 

例えば、化粧品の売上シェアの順位を見たことがあるだろうか。健康食品、生命保険会社、検索サイト、いろんな業界のシェアや順位を見ていると、最近びっくりするよね。見たことも聞いたこともない会社が上位にいたりする。それらはCMもしてない。

情報源がテレビやネットだけっていう人には、CM量が知名度だと勘違いしやすいし、CM量=信用度だとさえ信じてる。

実際はどうだろう。テレビCMでよく見かける会社が、ジリ貧なんてことめずらしくないよ。ほら、田舎に行けば行くほど、「郵便局は世界で一番の優良金融機関」とか言っていたり、「外資系企業は信用できない」とか言ってる人が若い人でもいる。その人達が信じている世界では、売上がジリ貧で、死んだような目で生きるゾンビみたいなおじさんが10年前と同じことをしてる腐りきった会社が信用できるんだ。なぜなら自分が理解できる範囲の中にいるから(笑)

 

これと同じように、自分の夢の流通のさせ方が古ければ古いほど、大人たちは理解できるだろうさ。でも、絶対に成功できなくなる。なぜなら古いから。

 

あなたが大きな夢を語った時、「おまえには無理だよ」という人がかならずいるだろうよ。

でも、こう考えればいい。「おまえの信じてる世界なら無理だろうさ」と。

俺は俺の世界で夢を流通させるから。そして成功できるから。

 

腐った大人はね、たとえ他人が成功したとしても、自分の理解ができなければ批判するんだから(笑)

覚えておいたほうがいいよ。