どう?って質問されたらどう?

アキラブログで定期的にやってるのが、コミュニケーション講座。

俺が講座なんてやれるほど偉くはないんだけどさ。でも俺は自分でも底辺の乞食便所から這い上がってきた自負があるよ。生き残るためにはコミュ力が絶対だった。親とか友達とか女とかそういう他人からの援助も支援もなく、おまけに一時期は家もないアキラが「コミュニケーション能力」って言うとき、それは小粋なパーティジョークのことじゃなく、サバイバルすることと同じ意味なんだよ。

 

で、今日のテーマは・・・

「どう?に対応できますか?」というお話。

 

コミュニケーション能力が著しく高い人と、極めて貧相な人の会話を聞いていると、よく見る光景がある。たとえば

「○○くん、新しい職場はどう?」

「え、どう?・・・どう?・・・どうって・・・?」

 

「○○さん、最近仕事はどう?」

「え?どうって・・・うーん・・・なにが?」

 

結論から言うと、コミュニケーション能力が貧相な人は、「どう?」の質問に一切答えられない。

そもそも、どう?って言う問いかけは、フリーコメントでなんでも言って欲しいっていう意味なんだよ。新しい職場はどう?って言われたら、人間関係がまだなじめないんだよねでもいいし、変な人がいるんだよねでもいい、建物が古くてトイレが臭いでもいい。

最近仕事はどう?って聞かれたら、愚痴でもいいし、新しい発見があったよでもいい、困ってるんだでもいい。

どう?っていう大きい問いかけに対して、フリーでコメントを返すことで、さらに質問や意見が生まれる。その結果、実は新しい気づきが生まれたりする。そういえばあの時こう言ってたね、とか言って、ずっと後になって人脈を紹介してくれることにもなるかもしれない。

 

コミュニケーション能力が低すぎると、「はい」「いいえ」で答えられるような限定質問にしか答えられないんだよな。せいぜい、答え方が数種類しかない質問しか無理だ。

「新しい職場の上司はどんなひと?」もダメで、「新しい職場の上司の出身地はどこですか?」くらいまで限定した質問をしないと、答えられない。

 

これでは能力の高い人、知的に豊かな人からは対等に相手にされない。だから、自分の能力を越えたチャンスが人から伝わってこない。だから、一生人生が変わらない。

 

コミュニケーション能力が高い人は、どう?に答えられない人に対して、もっと答えやすいように質問の仕方を変えることができる。答えを促すように工夫してくれるんだよ。だからコミュ力がない人も話しやすくしてもらえるんだけどね。

でもこうやって気遣いをされてしまった段階で、その場はもうチャンスが生まれる場ではなくなる。序列が出来てしまう。

 

コミュニケーション能力でサバイバルしていこうと思ったら、どう?と質問された瞬間はチャンスだと思ったほうがいいよ。

フリーでなんでも言えよって状況なんだから。

 

「どう?って?」って答えた瞬間、自分にはチャンスはもうなくなる。