電話はすぐに折り返せよ

最近、呆れるほど陳腐に成り下がった言葉の一つが「コミュニケーション能力」だと思う。

「あの人、コミュ力がある」とか大学生が言っている時、それってただ単に「他人の領域に土足で踏み込む無神経な人」のことだったりするよね。または、「人前でテレビの芸人の真似をする幼稚さ」とかね。目も当てられないほど勘違いしてる子になると、「人心を操作できる技術の達人」とか(笑)

残念ながらコミュニケーション能力って、人前で芸を見せることでもないし、他人を自分の思い通りに動かす胡散臭いスキルのことでもない。

 

他人の気持ちを深く聴いて理解しようとする努力のことだったり、

自分から毎日毎日、明るく挨拶ができることだったり、

他人のために自分の時間を犠牲にして何かできないだろうかと考える習慣のことだったりするわけね。

 

コミュニケーションの上で毎日戦っている人は、コミュ力ってスキルじゃないと知ってると思う。だって、それがスキルのことだとしたら、上達するまでに時間がかかるってことだろ。上達するまで素人でもいいって意味になるだろ。

そんなわけないよね。上達するまでにの間にも、今日も1人、明日も1人と、毎日誰かを怒らせたり呆れさせたりする。上達するまでにまともな社会生活からは退場させられる。

コミュ力って、今この瞬間からまともな能力を持っていなきゃ意味が無いんだよね。だからこそ、上に書いたシンプルなことが大切なんだよな。

 

特にさ、自分から、毎日毎日、明るく挨拶できることって本当に大切だと思う。コミュ力の半分以上はこれ。

たとえばコミュ力がなくて人を怒らせる人はこうだ。

 

自分の恋人にさえ、毎日「おはよう」「おつかれさま」「ただいま」「おやすみ」のLINEやメールができない。自分からすることはあっても気まぐれ。それどころか、返事をしないこともしょっちゅう。

コミュ力がない人は、ほぼ全員これ。

職場や学校ではどうかというと、やっぱり挨拶できない。

店で店員に挨拶されても、無視するか、「う・・・」みたいに首を少し前に出す素振りするだけ。田舎では特に多いよ。

Suburbiaは元は田舎のグループだったから、この傾向多かった。ほんと挨拶できねえんだ。お前らの無能な親の顔が見てえよって罵倒しても意味が分からない。

うす・・・とか、「%&#”@@¥・・・」みたいな訛ってるくせに口開かないで喋るやつとか、無言とかな。こういうのは怒鳴り散らしてやり直しさせるしかなかったけど、コミュ力っていうのは人間性そのものだからさ、結局挨拶できるようになる子はいなかった。仕事で生き残れる子は、

明るく、笑顔で、自分から、大きな声で、「おはようございます!」って言える子だけだった。スタッフの雅と紫音が帰ってくるスタッフたちと大きな声で挨拶してハイタッチをするというのが儀式だったんだ。それが気持ち悪いとかやりたくないって思う女はしょせん何やってもダメな女でしかない。客には挨拶してるからって言うわりには、クレームが耐えないし。

 

着信があるのにその日のうちにコールバックできない、電話出来ない時は非礼を侘びていつ返事するかのメールができない、LINEが届いているのに読んでない返してない、人を見かけたのに挨拶しない、会社じゃないところであまり話したことがない同僚を見つけたのに無視する、

そんなことが一度でもあるなら、コミュ力があるとは呼べないんだよ。いくらテレビの芸人の真似をしようが。