結果主義では間違いを犯す

社会人になって10年くらいになると、次第に、「人からの評価」って気になってきたりするよね。

同期のやつらは半分近くが退職していなくなり、反対に何人かは頭一つ抜けて昇進し始める。

そんな時に、自分は未だに現場で新人の時と同じことをしている。もちろん10年もやってるからスキル的にはものすごく磨かれている。新人には何がすごいのか理解できないほどスキルがとんがり始めるのも10年くらいのキャリアだよね。

でも、スキルがとんがってるはずなんだけど、業績がいまいち平凡。去年も、一昨年も、3年前も、ずっと同じ。ダメではないが、業績で目立つほどでもない。

 

そんな自分は後輩からどう見られているんだろうってふと気になるもんだ。

先輩先輩って慕ってくれはいるけど、時々新人の業績にすら抜かれるときがある。そんな自分を見て、後輩はどう思ってるんだろうか?

それ以上に、上司はどう思ってるんだろうか?派手な業績を出してチヤホヤされて、あっという間に昇進していく同期と比較しているに違いない。別に露骨に非難はされないけれど、きっと俺の評価は低いに違いない。俺はこんなにスキルが熟成されてきたのに、誰も評価しない、それは俺の業績が平凡だからだ・・・ってね。

 

俺は今まで評価される側だったり評価する側だったりしたけど、人の真価を測るってすごく難しいもんだよね。

例えば営業とか販売とかだったら、「結果」として数字って明確になる。だから評価し易いって思うじゃない。でも違うんだよね。数字が全ての営業マンの仕事ですら、数字だけで評価したら絶対に間違いを犯すんだ。

 

学生だとして、中間テストの点数だけで全てを判断したら、担当の教員は間違いを犯してしまうよ。

 

なぜなら、「実績主義」「業績主義」「結果主義」は、利益を生み出すだけのことで評価や判断基準には絶対使えないんだよ。

結果にシビアな世界ほど、実はプロセスをよく見てる。

 

分かりやすく学校のテストで言うと、中間テストとか期末テストって、ワークブックとか渡されたプリントとか繰り返せば点数は取れるよね。70点とか80点分は同じ問題が出るんだから。だから要領かませば、90点もいける。

資格の試験もそうだよね。過去問繰り返せばたいてい合格できる。テキストなんて軽く読むだけでも資格の認定はされたりする。

営業の仕事も同じ。たまたまのヒットは必ずある。でも再現ができない。100万円売り上げましたって言うけど、来月もそれ出来るの?再来月も?っていうと、無理なんだよ。

 

テストだったら、業者の統一テストで安定して75点取れてるやつは実力が安定しているだろう。90点が取れない理由も見つけやすくなる。

営業の仕事で、毎月40万円しか売り上げられないけど、もう5年もずっと安定して40万円やってるのを発見できたら、実力はあるので売上を70万円にする対策はわりと現実的になるだろう。

でも残念ながら、目立つのは中間テストで要領かまして100点だったやつだし、まぐれヒットで300万円を一発売り上げた営業マンだったりする。

 

なにはともあれ、結果出してるんだからそれが正義だ、みたいに考えてしまう上司や教員は、残念ながら無能だよ。

それを再現させるのは、ものすごく難しい。そもそも実力がないんだから、その結果はないのと同じなんだよな。ちやほやしてしまうから、本人も勘違いするし、余計に成長できなくなる。

 

風俗でもそう。夜のお店でもそうだろう。70点でいいわけじゃないが、40点でもなく85点でもなく、70点を安定継続させている地味な人間にフォーカスすれば、必ず楽に伸ばすことができる。

 

結果だけじゃなくて、プロセスとか継続性をよく観察すれば、力のあるやつを発掘できるよ。そういうやつらは、ちょっとしたことですぐに爆発的に成長するから。まぐれヒットして勘違いしたやつをちやほやしても、どうせすぐに辞めてしまう。一発屋っていうのはそういうもんだ。

 

もしかしたら子育てもそうなのかもしれないね。

安定して継続的に出来ている何かを発見すれば、才能を伸ばすことができる。

 

平凡な風俗嬢でしかない女が、その後の人生でぶっちぎりの成功を収めるのは、そいつの本当の実力を見抜く男がいるから。

要領かましただけの結果でちやほやされた同期が、そのうち腐って辞めてしまうのは、実力の無さを見抜けない無能な上司がいたから。

 

結果主義っていうのは、どうやら間違いみたいです。