リアルに疾駆する者たちには全く見えない光景

それは俺には全く理解できない感覚で。

たとえば、俺は高校は田舎の進学校の出身。高校入試までは真剣に勉強してた。前にも言ったけど、育ちに色々うんこなことが多すぎて小学高学年まで九九が言えなかった。完全に学習困難児だったわけ。でも中学だけは必死で勉強した。目的はただ一つ、その進学校に入りたかったから。それ以上の目的はなかった。就きたい職業も想像できないし、どんな人生になるのかも分からなかった。親が俺に対して「何かになるように」期待をかけたこともない。「こうあるべき」という理想を押し付けられたこともない。

ただ、自分の勉強の結果としての点数とか順位とか偏差値を確認しつつ、毎日勉強してた。

 

5教科をほぼ満点に近い点数で進学出来た後は、みんなが驚くほど勉強しなくなった。なぜなら目標を完全に失ったから(笑)大学なんて別に行きたくないし、勉強する意味がなんなのか全く分からなくなった。

高校で必死になったのは女の子とセックスすることだけ。幸い、女の子にはいつもモテた。拒否されたことが記憶にない。やらせて?って言えば、多くの子がうん♡と言った気がするし、嫌だって言われても、それは「嫌だ♡」の意味であって最終的にはパンツ脱いだ気がする。

エロ関係で何度か停学になるほどだった。現代の高校生なら退学だと思う。教育実習の大学生ともセックスしたし、前にブログに書いたような気がするけど、セックスサークルも運営してた。これは定期的にギャラリーのいる前でセックスを見せて評論し合うという非常にアカデミックなサークルで、これによって俺は若くしておっさん並のセックススキルを身につけたんだと思う。

 

俺は15歳の時からアウトローの道に曲がっていったとも言えるし、逆に言えば天真爛漫にひん曲がったところがなく素直な10代を過ごしたとも言えるよね。

高校の同級生を見ていると、正直気持ち悪かった。

みんな、自分のものではない価値観で自分を煽って生きているように見えた。

 

それは、たとえばランキングの世界。マウンティングの世界。

○○大学は○○大学よりも上、○○大学では納得いかない、○○大学では意味がない、○○大学なんて恥ずかしい、とか

自分は同級生の誰よりも上、あいつは下、あいつは終わってる、あいつは落ちこぼれてる、あいつは無能、あいつは思い上がってる、あいつは俺を見下してる、とか。

 

進学校ってさ、俺みたいな男以外は、子供より親のほうが必死なわけよ。その当時から。○○高校に入れないと人生負け犬だとか、親は○○大学に入ったエリートだからあなたは○○大学くらいは行かないととか、そういう煽り方を親がしてるみたいだった。

だからこそ、その結果、卑屈になる暗いやつもいたり、常に自分の価値を過大評価して他人を見下すことしかできない自己愛性人格障害が沢山いたりした。

結局ね、みんな、親の顔色が気になる素直な優等生ばかりだったな。

動物園の猿山みたいにさ、序列のことになると必死なのは、自分への自身のなさと怯えのようなもののせいだった。何に対して怯えるかって、それは親からの評価だよな。

 

それってどう転んだってしんどいねーって俺は冷ややかに見てた。

数学0点、生物4点、世界史20点の、女の子がパンツ脱いでくれることしか取り柄がない俺みたいな底辺野郎にとっては、序列に必死な子たちを見てると、プリンプリン物語でも見てるような錯覚を覚えた。知能指数1300のルチ将軍とか出てくるあれだよ。

当時の俺にとっては他人との序列なんてどうでもよくてさ。別にビリでもいいわけ。俺は俺の人生ってやつがあって、実の母からの愛を欲しがったりしながら、付き合ってた彼女に浮気がバレないようにコソコソしてたり、セフレの1年生の女の子のおまんこが臭くて凹んでいたり、違う学校の女子と3Pする誘いに乗るか悩むとか、そんなことばかりだった。

 

何を言いたいかって言うとね、

誰かの価値観とか、世間の評価基準みたいなもので序列を作ってレースすると、人生はしんどいよってこと。

あたりまえのようでいてあたりまえじゃないよね?

Twitterでいるじゃんか。学歴コンプレックスと、卑屈な性欲と、自己愛とをごちゃまぜにして女を演じるキャラクターが煽ると、多くの弱い男達が奴隷のように卑屈にひれ伏す姿。

俺には理解できねえんだけどなー。しんどいなーそれはって思う。そして俺には通用しねーなーとも思う。

 

俺は俺の主観と、俺が自分の脳味噌で考えた自分の目標に向かって生きている。俺がしたいと思ったことをするし、それを反対する人がいても馬鹿にする人がいても別にどうとも思わねえよ。社会一般で負け犬だのなんだの言われて生きてるけど、それがどうしたよ?

 

俺は、めっちゃいい女と海の見える高級ホテルで駅弁して中出ししたり、シャンパンで酔っぱらいながら「だめな人ね♡」って貶されてニヤニヤしたり、金にものを言わせてあり得ない景色を見に行ったり、妊娠したら生むからね?って言われたり、

誰かに憧れたり、誰かのようになりたいと努力したり、24時間死にそうなくらい働いてもそれでも楽しかったり、

裏切られるのを承知で誰かを助けたり、朝4時に目が覚めて仕事のアイデアを思いついて必死に書き留めたり、

満開の桜の下で、ベンチに座っておでん食べたり、

次に会う約束を交わしてからじゃないと今日はお別れしないよ?って言われたり、

死にたくなるくらい凹みながら夜空を見上げて歩いて帰ったり、

朝起きたら、美女から心が暖かくなるようなLINEのメッセージが残っていたり、

昔に別れた女が思い出を語ってくれたり、

愛とは貢献のことだと言える自分だったり、使命感で仕事をしようと心に決めたり。

そういう自分が楽しいことや主観や、ある時は使命感だけで、生きている。

 

そうしていると、俺は自由だなと思う。そしてリッチだなと思う。

収入がなかった時も、俺はリッチだと思ってた。愛にあふれて生きていることはリッチ以外の何物でもないよね。

 

序列で勝っても、誰もあなたに、「あなたに心を征服されたから、あなたを幸せにするために生きていくつもり」って言ってくれないよ。

誰かをディスっても、誰もあなたを尊敬してくれないよ。

 

数学0点の可哀想なアキラ君に、生ちんぽでやらせてあげるっていわれたとき。情けなさと、その可愛い女の子の深い深い愛情も同時に感じてさ、ねえ○○ちゃん俺の彼女なってよって言ったら「嫌だよ」って言われたときのあのハートウォーミングな屈辱感。

それを彼女に告げ口されビンタされたときの、俺ってかっこいいって思ったパラダイムシフト。それでも生ちんぽでまたやらせてくれるあの子のどうしようもない愛おしさ。

 

俺ってリッチだなと何度も思った。

ホームレス時代も助けてくれたのは、あのなつき姫だった。

 

自分の主観と自分の目標で生きる時だけ、人に感謝できる人間になると思うんだよね。

それがリアルな人生だと思う。疾駆していくような生き方だと思う。

 

「俺ってどんな男?」とアキラが言う。

「おとうさんみたいなひと」と干支が二回りも違うような女の子が言う。

「じゃあセックスできないね」とアキラが言う。

「中出ししてくれなきゃ嫌だよ」と女の子が言う。

 

どうしようもなくキモいオヤジの会話だよと俺は思う。

でも最高の男だよねと女の子が言う。

でもオヤジだと俺は言う。

 

そして俺はこの毎日の、このたった一秒にさえ感謝して生きてる。

 馬鹿にされながら。でも楽しくて仕方なく。