読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「#東北でよかった」に潜む惨めさと暗さ

まだ一週間も経ってない話なのに、すでに古い話題になったあの話をします。

Twitterでの「#東北でよかった」のあれについて。

 

先にお話をしておきますが、ご存じの方が大半かと思いますが俺は生まれも育ちも青森の田舎町だよ。18歳で東京に住んだけど、20代からはまた本拠地を青森に戻して、日本中あちこち出かけて仕事をしてる。俺のルーツはよく分かってないけど、少なくとも3世代前までは東北のどこかに住んでいたらしい。それ以上の過去のことには興味はあるんだけど、あえて調べてはいない。

俺の祖母も、俺がお世話になってる社長も、同じことを言うんだ。

「青森に住んでいる以上、ルーツは調べるな。」って。

え?なぜ?って俺は訊いたんだけど、みんなこう言う。

「惨めになるだけだ」と。だからもうこの話題はやめろと。

青森の一部の人間の過去はその土地に土着したルーツを持ってない。それでも祖母は言った。食えなくて流れ着いた乞食の末裔でしかないんだと。どうやら、俺のルーツは5~6世代以上前は日本のどこかから逃げてきたのかもしれないと。

祖母は商売で大成功し、庭に葡萄畑があり使用人がいるような屋敷に住んでいたが、そこにはルーツに潜む暗さがあったような気がする。

東北は暗い。それはそんな背景が多いからかもしれない。

 

復興担当の大臣が、自分を元気づけようと派閥のボスが開いてくれた会合で失言してしまった。あの震災は東北で良かった、東京ならもっとひどいことになっていた、ってね。

それで結果的に辞任に追い込まれたわけだけど、個人的には別に辞めなくてもいいと思ったし、まあ、デリカシーがない老人の言うことだからそんなもんかなとは感じたよ。実際その通りだしね。あれが東京で津波が起きたらもっと大惨事だったわけで。

 

その「東北でよかった」を逆手にとって、Twitterで東北のオラが村自慢をするっていうのがこの一週間くらいで起きたこと。話題にはなったけど、たいして盛り上がってはいないみたいだけどね。

 

正直、これって、俺には弱者の処世術にしか思えないんだよね。嫌だなって本当に思う。

大臣の発言が気に食わないなら文句言えばいいじゃない。デリカシーないぞジジイって言えばいいだけのこと。でも別に怒りもしない。怒る感情も沸かないのが東北の人の現実でさ。

それで、Twitterで「オラのムラ一番だっぺ」みたいにやり始めてるのを見て、俺は吐き気すらしたんだよね。

卑屈だなって思う。だから馬鹿にされるんだよなって思う。

大臣にも潜在意識の中でかなり馬鹿にされてんだなってのも分かる。

 

確かにさ、東北には美しい景色も美味しい食べ物もあるかもしれない。自分がそう思うものに対して自慢するのも分かるよ。

でも自分たち以外が本当にそう思ってる?少なくともそういう視点を持ったことがある?オラがムラ一番って言っても、相手にはただのクソ田舎にしか見えないし、その食い物もあんたら言うほど美味くはないよねって現実もあるよね。

俺個人的な感想では、青森の名物の「○○焼き」なんてほんとに下品な料理にしか思えないよ。不味い。味以上に、何か怠惰な感じがして嫌い。きっと、自分たちの世界以外で評価に洗われていないからだろう。

 

東北じゃなくても美しい景色も、美味しい食べ物もある。もっと洗練されて、一流のやり方でプレゼンテーションされ、日本中に評価されているものが東北以外に沢山あるよね。

評価されるために努力することをせず、その努力の価値すらよく分からず、村自慢してる人間がものすごく多く思えて、この一週間暗い気持ちになった。

 

もっと言えば、東北の人は、自分たちについて本当の意味で誇りを持ってないんだろうなと思う。少なくとも青森はね。

最近、酷い写真を見た。

なんか黒い顔にスーツにサングラス、みたいな格好をした男が集団でカッコつけて写真に収まっていて、それを説明する文章に、「これみんなリンゴ農家」ってあった(笑)

どうやら津軽地方のりんご農家のセガレたちが、スーツ着てカッコつけて撮影したものらしい。なにかの雑誌の記事らしかった。

そのコメントには、「EXILEみたい!」とか「リンゴ農家に見えないよね!」とかいろいろあったんだけどさ・・・

俺はかっこ悪いなと、卑屈だなと思った。ごめんなさい。正直なところ。

なぜかってね、本当にカッコいいのは、あんたらが汗と土にまみれて、Tシャツに軍手でりんご栽培の作業に没頭してる姿なんじゃないかと思ったんだ。本当にかっこいいのはそこなんじゃないの。男が自分の仕事に打ち込む姿ほどかっこいいもんはないはずだ。

でもさ、分かるよ?津軽の農家に生まれてさ、高校卒業して就職するけど父親も年取ってきてさ、結局仕事辞めて農家継ぐんだ。農家っていう仕事がどれだけ苦しく報われないことが多い仕事なのかって、ガキの頃から見てるんだ。だから百姓は嫌なんだって何回も思ってきた仕事なんだ。親も金には縁がなかったし、俺だけはって思っていたのに農家になるなんて、てどこか自信がないんだよな。

もちろんそうじゃなく野心に燃えて農家の勉強してきたやつもいるよ。でも圧倒的多数は、自分の境遇を目をつぶって飲み込んだだけ。

だから、農家のセガレ集まって、EXILEの真似事する企画に乗ってしまうんじゃないの。違うだろって。そこ怒るところじゃないの。俺はりんご農家に誇りを持ってんだ、タレントの真似事する猿芝居はゴメンだってなんで言えないんだろう。りんご農家に似合うはずもない一張羅の衣装着せてさ。りんご農家に見えないよねなんて、それ馬鹿にされてんだって話だよ。

逆に、りんご農家の本来の作業服とツールを身に着けて、全員で写したらさぞカッコいいだろうに。男だな、漢だなって惚れ惚れするだろうに。プロの仕事のツール一つ取ってみても、憧れる人も出てくるだろう。

もっといえば、ひとりひとりの物語が分かればもっとかっこよすぎる。ただの一個のりんごにドラマを感じる。

 

同じことなんだよ。本質は。大臣に怒りもせず、ニヤニヤしながら東北で良かったとか言って、加工しまくった風景写真を載せられてもね。

誇りがあるなら、まずは抗議すべきだろうよ。それとは別に、自分が愛している景色を、自分たちのムラの言語や文脈じゃない方法でプレゼンテーションするべきだろうよ。

それが出来ないのは、弱者として戦うことを辞めたから。自分たちの狭い世界で自分たちだけが通じる言語で分かり合っていればいいと逃げたから。自分たちのことを理解してもらおうとプレゼンする勇気を知らないから。

 

難しいことを言うけど、人や物の魅力が多くの人に伝わるのは、「物語性」のおかげだと思ってる。そこに至る感情の物語や、苦難の歴史、現在に至る死と再生の歴史、そういうものが物語として伝わった時、人の心が開いていく。

つまり魅力になって心に刻まれるんだ。

でもそれって、誇りがある人間しかできないプレゼンテーションだよ。

俺の人生、俺の故郷、わたしの好きな食べ物、わたしが好きな風景。そこに主体性と誇りを本当に持って、あなたに伝えようとするとき、必ず魅力になっていく。

 

ほら、あれだ。むかし、始めて訪れる知らない街で可愛い女の子とデートする時、いろんな光景や食べ物を教えてもらった。すごく楽しかったんだよね。これはお父さんと来て食べたんだとか、これは当時の彼氏とよく来てたんだとか、大学落ちた時にここで泣いたんだとか、そういう物語を語ってもらえると、知らない町がとたんに輝いてくる。いや、駅前の商店街がシャッター街だったとしても。造船所とコンビニしかない小さな町だったとしても。

いくら加工した風景写真を何枚も見せられても魅力なんか絶対感じない。クソ田舎はクソ田舎でしかない。

その女性の中に秘めている人生への誇りが、物語となって表現されるとき、どうしようもなく訛った方言も魅力に感じてしまうよね。

 

津軽の話で言えば、津軽には地ビールならぬ「地サイダー」ってやつがある。ものすごく炭酸が強い。

それはりんご作業する人たちが、農薬が気管に入ってしまうため、強い炭酸で吐き出してしまう目的があったと聴いたことがある。それを知った時、俺には地サイダーはすごく特別なものに思えた。飲んでみたいと素直に思えた。

伝えてくれた人が、上手だったんだろう。髪の長い、津軽美人の女の子だった。

 

東北でよかった、なんて卑屈なことやってないで、もっと誇りを持ちたいと思う。

 

東北の暗さは、ルーツの暗さなんだよ。

それに誇りを持って物語として発信できたとき、そこにしかない魅力って絶対でてくるんだよ。

卑屈なタグで遊んでも、自分たち以外なーんにも伝わってないんだよ。むしろ馬鹿にされてるんだよ。

 

 俺は暗いルーツにも誇りを持とうとしてる。

俺が育った景色、たとえば海や山、俺が苦しんだときの町の路地に至るまで、誇りを持とうとしてる。

俺がなつき達と出会い、人生を変えたボロアパートを物語とともに人に見せたことがある。聖地巡礼だねって写真を撮ってくれていた。ただの細い路地にある古いアパートだよ。

俺が悲惨だった時代に見た桜を見たいと言って、遠くから来てくれる人もいる。城の濠に映る夜桜を、物語とともに案内してあげて、楽しかったと言ってくれたり。

 

東北でよかった、んじゃない。

誇りを持てる人生を生き抜いてきてよかった、んだ。