ラブレスキューのためのスケッチ

例えば19歳のとき。あてもなく東京に出てきた俺には金がなかったから、夜の仕事をしていた。今で言うところの出張ホストなのかもしれないけど、俺の場合、もっと暗闇の中の紫色の世界だった。金とセックスと見栄と孤独とに振り回されているような中年女性が客だった。中年女性のオナニーのような恋愛ごっこに俺は全力で付き合っていた。風俗の女性と違って「抜く」のが仕事のメインではない。セックスはプロセスのごく一部でしかなく、仕事のメインは「恋をすること」だったと思う。親子ほど年の離れた、今の俺くらいの年齢の女性とけだるい恋愛ごっこをする。キャバ嬢をもてなす今時のホストとは違う。11月の日比谷公園から見上げる曇り空のような、重苦しく垂れ込めた灰色のような気持ちだった。

俺は消耗品のようでいて、実はそうじゃなかった。ぶっ壊れるまで何度も修理してこき使われる耐久財だと思った。

 

それでも、俺は金を稼ぐ必要があった。何より自分が食っていくためだ。まともな部屋で寝て、まともなモノを食べていくため。青森の田舎から出てきた鈍臭い不良には、東京ってものすごく深い海溝のようにさえ感じたよ(笑)東京では、金をいくら稼いでもそれを上回るスピードで消えていった。

 

そんな生活はものすごく孤独だったけど、そんなガラの悪い夜の世界でも俺はたくさんの恋愛をした。ラブレスキューにも一部書いたけどね。客の中年女性に、俺がビンタされたことがあった。なんてことない。旦那にも相手にされず、金だけ渡されて贅沢だけはし放題だけど、ずっと孤独と性欲を抱えて生きる42歳の中年女性が、俺みたいなガキに対してヒステリーを起こしただけだ。俺みたいな粗末なガキにさえ金でしかつながれないんだから。でもそれは一時的な感傷でしかなく、また元に戻るもんだけど、仕事とはいえ、ガキだった俺にはその理不尽さは堪えた。暴力的だった実の母を思い出しながら、殺したいほど腹を立て、一方では母を思い下を向いた。その時結構ひどく殴られたので俺の顔が腫れていた。腫れた顔をひっさげて、同じ年の彼女と待ち合わせて深夜に家に帰ったことがあって。彼女は事情は深く聞かなかったけど、何かを察していたのかめっちゃ楽しませようとしてくれてさ。家で彼女が客からもらった桃を剥いてくれて、シャンパン飲みながら食べた。桃とか葡萄とか、果物をつまみながらシャンパンを飲むのは彼女から教えてもらった趣味だった。リチャード・ギアが映画で苺とシャンパンを合わせていたけど、あれだけは不味いと彼女はかなりの勢いで小馬鹿にしていた。次第に明けていく朝に怯えながら、遮光カーテンで部屋を閉ざして薄暗い灯りだけでいつまでもくだらない話をして笑っていた。

 

でも、そんな喧騒のなかの隠れ家みたいな恋愛も、いずれこっぴどい終わり方をする。どうしてこんなことになるんだろうって、女ゴコロを商売道具にしていても俺は女ゴコロがまるで分からなかった。身体と心を切り売りする仕事で一番辛い瞬間は、恋愛ごっこに熱を出して頑張って、ひとり脚を引きずるように冷たく暗い部屋に帰るときだった。駅から帰る途中にあるセブンイレブンでチョコレートを買い、家に山ほど転がってるシャンパンを開けて飲んでは、ソファに転がって寝落ちしてしまう。最悪なのは起きた瞬間で、色々腐りそうなことばかり考えてしまうので熱いシャワーを浴びてから、最近見つけた手頃なセフレの風俗嬢と新宿で会ってセックスしたらもっと死にたい気持ちになったり。

 

結局、孤独なのは俺もだった。客の中年女性だけじゃなく、俺もひとりぼっちで心を軋ませながら生きていた。

「あなたの夢はなに?」と客の女が俺に言った。

こいつ殺してやろうかクズって思った。夢なんかあるわけねえだろ。お前からかすめ取った金を貯めて、髪の長くて脚の綺麗な美女とハワイにでも行くことだよ、とは言えないので、お決まりの「夢トーク」をする。

孤独な中年女性は、金を払って遊んでもらってる男の夢の話を聞くのが好きなもんだ。だからウケのいい夢の話は用意してる。一字一句、言葉の順番まで緻密に練習してる。結局、その夢トークが金になるんでね。

「俺ね、留学したいんだ」それが俺の定番のウソだった。

 

俺が欲しかったのは、まるでムーミン谷のような場所で美女と静かに暮らすこと。できればケツがプリケツのほうがいい。

そんな妄想をしながら、夜7時の靖国通りの雑踏をすり抜けるように待ち合わせ場所に向かって歩いていた。