持たざる者たちが成り上がるための処世術

今朝、電車の中でこれを読んで、深く深く刺さってしまった。

ちょっと読んでみて欲しい。どう思うだろうか。

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これは、日本人には少し誤解を招きやすいんだけど、最後の文章がすごく刺さるというか問題提起をしてると思うんだよね。

 

努力をすれば誰でも報われる。もしあなたに子供がいて、あなたはそう子供に断言できるだろうか。努力さえすれば、チャンスをものにできるんだと。努力は絶対裏切らないんだと。どんな環境で生まれても、どんなに虐められていても、どんなに低い能力だとしても、努力さえあれば人並み以上のいい人生になると言い切れるだろうか。

 

このマンガに出てくるポーラは、ほんと、俺そのものだと思った。

まともな人なら少し眉をひそめるような雑な家で生まれ、人並みの学習環境が用意されていなくて、いつも1人でテレビを見ながらメシを食っては、布団の中でいろんな空想をしながら1人で眠りにつく子供時代。

 

 

金はない。欲しいお菓子も食べられない。食べたい料理も食べられない。テレビに出てくる世界が俺の世界。

言葉の発育が遅れていたのは、誰も俺と話をしなかったから。俺に興味を持ってくれていなかったから。

「アキラとは遊んじゃいけません」そう近所の子の母親達は言い、その都度俺は誰とも話せなくなった。

 

夜の世界でいろいろあったけど、22歳からはまたまともな世界で戦おうとした。でも学歴のない俺には大手企業の会社員になるとか、そんなチャンスはなかった。田舎の小さな会社で働く、作業係だった。

こんな犬のような生活ではなく、もっと成功したいと思ったんだよね。だから23歳で起業した。精神分析みたいなのは苦手だけどね、きっと何かが足りないと思っていたんだろう。飢餓感みたいなものが。

もっと認められたい、もっとお金を稼ぎたい、もっと褒められたい、そんな子供じみたい感情だったような気がする。

だから、若かったし睡眠時間なんて3時間くらいで毎日毎日働いた。会社員時代は残業が100時間は余裕で越えていたし、ハードワークは慣れていたよ。それに残業100時間くらいの勢いで自営で仕事したら、成功はするだろうよってたかをくくっていた。

言っとくけどまだガキの頃だぜ?会社員の時間感覚と、経営者の時間感覚の違いなんか

分からなかったよ。沢山働けば、いい生活になるんだと思いこんでいたよ。

 

もちろん、それは叶わない夢でね。働けば働くほど増えていくトラブル、頑張れば頑張るほど減っていく銀行残高、自分の会社の規模が大きくなるのは簡単だったけど、利益を残すという商売の基本的なことが年を追うごとに難しくなった。スタッフを100人近く抱えるような規模になっても、自分の夢はどんどん枯れていくようだった。

スタッフに給料を支払っている立場の俺が、実はコンビニでジュースを買う金にも事欠いているなんて、誰にも言えなかった。給料を払うための金策が必要だったことはないけど、経費を払ってしまえば残りは何もなかった。

 

その会社はある日、ちょっとしたトラブルで俺がブチ切れてしまい、解散することにした。廃業したんだ。取引先は慌てていたけれど、俺を甘くみたらこうなると本当に言って、1ヶ月で廃業した。スタッフを解雇し、事務所を整理し、机やパソコンも売り払ってしまった。車も売った。業者を呼んでセロハンテープのスタンドからボールペンにいたるまで売ってしまうと、手元に金が少し残った。ほんの100万円程度。あんなに頑張っても残ったのはこれだけ。

「自己破産するよりはいいよ」誰かがそう言った。

俺は何も言わずに、自宅でテレビの画面を見ながら思ったよ。努力って叶わないもんなのかなって。

そんな時、つまり無職だった頃、スーパーで買物をしているとかつての同級生と偶然会った。自分の出身大学をこれ見よがしに自慢するセコい男だよ。今何をしてるのって俺が訊くと、某大手医薬品メーカーの名前を出した。いや、何をやっているのかって聞いているんであって、どこに勤めているかなんて聞いてないんだけどな。

「アキラは何をしてる」そう聞かれたので、「無職だよ」と答えた。

その同級生は聞いちゃだめなことを聞いたという表情になって、頑張ろうなって言ってそそくさといなくなった。隣にいる馬鹿そうな顔の女は彼女らしく、小声で「早くいこう」って言っていた。そんなに俺が迷惑か(笑)

いや、迷惑なんだろう。ガキの頃からそうだからさ。いかがわしい商売をしているゴロツキだったわけで。

俺の年齢は20代後半で、お育ちのいい同級生たちはそろそろ昇進して部下もできていていた。自分は会社でどのくらい自由に経費を使える身分なのかを自慢するようになっていた。自由に使えるなんて、それ会社の金だろって俺は思ったけどね。自分の身銭じゃない金を自慢できるセンスがすごいと思った。俺はいつでも身銭で仕事をしてきたから。100円のボールペン一本すら、自分の金だったから。

 

そこからもう15年以上が過ぎて、いつも思う。同じ光景はいつでも見るなって。

自分の力ではないものを、まるで自分の力であるかのようにドヤ顔で語り。

自分はしなかった努力を、あたかも血の滲むような経験であったかのようにうっとりと語り。

そして、誰かが言っていた言葉を表面だけ真似をして、部下や後輩に説教を垂れる。

自分だけは幸運のお陰で最初から持っていたものを、「いかにして手に入れたか」というノウハウとか考え方みたいなものを得意げに語っていたり。

アゴ髭生やしてカッコつけて、座禅ごっこしてるのをフェイスブックで上げていたり。

 

そしてそういう輩をチヤホヤする部下や後輩がいて。

○○さん、すげっす、○○さん、アツいっす、○○さん、やべっす。

40代にもなっているのに、「金の簡単な稼ぎ方」を俺知ってるぜと言わんばかりにご披露する。大抵は小手先の安っぽいテクニックなんだけどな。ダメな大人を見て育つ若者がまた増えてしまい。

 

一方で。

本当に目立たないところで毎日毎日努力して、人のために真摯に働いている地味なやつはもしかしたら金銭的に恵まれていなかったりする。結婚もしてなかったり、彼女もいなかったり、親とも疎遠になっていたりする。仕事では顧客のために毎日真剣に誠実に働いているけれど、不器用で会社の中で上手く立ち回れない。だから昇進もしない。自営業だとしたら、顧客のために利益を度外視して頑張るから、信頼は熱いけど毎月の支払いに困っていたりもする。

この漫画のように、カッコつけたやつらが住宅ローンを組めて、真摯に頑張ってるやつらが所得の低さから住宅ローンを断れるか、高い金利で組まされたりする。

金がないから子供に良い教育を受けさせるチャンスがなく、生命保険も入ってないからもし死んだら家族はもっと困窮する。子供は親がお金がないから旅行もしたことがないし、ちょっと洒落たレストランに入ったこともない。

細かいことが積み重なって、やっぱり子供も豊かな人生には慣れないことが多い。健康も害することが多いだろうし、子供も視力が悪かったり、身長が低かったりする。

 

俺は、本当にヒーローは、こうして人知れず頑張っている人たちだと思っているんだけどね。マンガのポーラのように、モノを持って育ったリチャードが武勇伝を語るのを横で聞いている人のほうが多いんじゃないのかな。

 

本当に、そんな世の中にならなければいいなと、俺も思うよ。

 

じゃあ、ここからどうしたらいいかって、それがアキラブログの本領発揮なんだけどね。簡単なことだよ。びっくりするほど簡単だから、きっとまた俺を批判する人が絶えないだろう。

それは、

「正しく生きる」「貢献の生き方をする」「そんな自分を認める」の3つだと思うんだ。

ここには、小手先のテクニックを覚えるとか、人から奪うとか、敵を貶める、という考え方はない。

正々堂々と正しく生きること。人に尽くし、感謝すること。そういう自分を誇ること。

それ以外のものでは人生は変えられない。俺のように底辺育ちであればあるほど、これが実は成り上がるためのテクニックでもあるんだよ。

ただしく生きるということが。

職人なら依頼主のために、営業マンは顧客のために、教師なら子供のために、警察や消防なら住民の安全のために、料理人なら客のために、ドクターなら患者のために。当たり前の貢献を、正しく当たり前の方法でやること。

そのことで、人から貶められることは一切ないから。それは夜の世界でだってそう。正しく生きているやつは、正しい場所で生き残れるように出来ていた。正しくないやつが生き残れる場所は、しょせん正しくない場所なわけで、早晩潰れて追われて消えるのが常だ。風俗業ですらそうなんだよな。

 

焦る必要はない。正しいことをきちんとやればいい。

挨拶を笑顔でできることとか、食事のマナーをきちんとすることとか、相手に貢献をするように生きることとか。ネクタイをして人と会うこととか、当たり前のことをこれ以上ないくらいに当たり前にね。

 

それが成り上がってやるための、貧者の処世術ってやつだよ。

それを綺麗事と言うのは、モノを持ってるやつらばかりだってこと。