他人のモノマネだけで成功するほど甘くない

18歳で青森の田舎から東京に出ていって、ニキビ面晒して新宿の片隅で生きるようになって、右や左どころか上も下も分からない訛ったガキが東洋一の歓楽街でサバイバルするためには、百戦錬磨の先輩たちや師匠や、デブの社長が俺に教えてくれる「アドバイス」に耳を傾けなければならなかった。

 

いわゆる成功ノウハウとか、成功哲学ってやつ。

 

それがまた、俺には難しすぎた。

 

特に師匠が俺に教えることは、支離滅裂かつ馬鹿馬鹿しい謎掛けのオンパレード。1990年頃の話だしね。まだまだ根性論とか精神論が跋扈していて、「本気なら○○できるはずだ」的なアドバイスばかり。抽象的なうえに、なんか掴みどころがない。

で、それをやらないと当然怒る。だからやってみる。そして能力的にやれないとまた怒る。俺の人格まで否定してくる。

じゃあどうしろってんだよってことで俺もキレる。キレるとキレる。キレた師匠に俺もキレる。取っ組み合いの喧嘩になる。でも顔が商売道具だったんで、お互い顔は殴らなかったけど。

それでまあ冷静になって、師匠が8割悪いけど俺も2割悪いところもあります的な謝り方をしたり。でも実は俺は一切悪くねえよってツラして、それがまた喧嘩の原因になったり。

 でも、ほんとに、おまえの教え方がわりいんだよって今でも思ってる。

 

そういうわけで俺は弟子業としては、最低で最悪。素直さゼロ。ゼロというかマイナスだね。素直になれというと、素直になるどころかマイナスに振り切って怒りまくるっていう。

 

肝心の諸先輩方のアドバイスが全然役に立たないのはなんでなの。ほんと腹立った。

ほんと俺が悪いせいなのか、先輩や師匠の言う通りやっても上手くいかないんだ。

「アキラ、俺が教えていることになんで我を入れるんだ!このカスクズアホ!」とか言うんだけど、悪いけど何度やってもそのやり方で俺がこの夜の世界で稼げるわけねーーーだろ、って思ってたんだよね。

 

それ無理って思ってた。

でもその通りやれってうるさかった。でもそれじゃ俺無理なんだよ絶対。

 

想像してみてよ。俺、青森の八戸っていう田舎の生まれだよ。当時も今も田舎町だよ。イカとかサバとか貧乏くせえせんべい汁とか食って育ったわけ。喋るイントネーションもふにゃふにゃおかしいし。地域柄、喋るスピードもものすごく遅い。おっとりなんだよ、今も。

そんな育ちしてんのに、新宿に来たら、いくらガラが悪い不良だっていっても俺からしたらいい育ちしてんのよ。都会的っていうかな。スマートっていうのかな。みんな喋るのも面白いしさ、上手だしさ、これは女性にモテるだろうよって痛感したよ。

俺は?喋れない(笑)外国人になった気分。

言葉一つそんな感じだったんで、こんな田舎のガキに、そんなトレンディ(死語)なお兄さんがたのアドバイスなんか、役に立つわけがない。

 

前提が違うと思った。俺なんかオシャンティ(死語)なジョークなんか繰り出したり、

調子ぶっこいたお世辞なんか言えねえよ。

 

周りの若い奴らは兄さんがたのアドバイス通りに実行して、結果を出す。

俺はいつまでも出せないまま、怒られて先輩の教えをイヤイヤ守ってる。

いや、教えられるのが嫌なんじゃないよ。いいこと言ってたし、納得いったし、勉強になった。東洋で一番洗練された歓楽街だけあって、俺は日本で一番レベルの高い環境にいるって思えた。

それはすごいことだとは思ってた。プライドもあった。

 

でも結果出せないのは俺ばかり。

 

で俺はそんな教えをある時から破るようになった。守破離なんてもんじゃない。真似すら出来ない状態で、教えを捨てた。

先輩たちも俺を見放していたんでちょうど良くて。落ちこぼれっていうのは便利なもんだよな。好き放題しても無視されてるから。

 

俺の仕事は、中年女性とデートすることではあったんだけど、そんな単純に見えて複雑怪奇極まりない仕事をしていると当然每日失敗した。

以前だったらそれを先輩に言って怒られるだけで終わったんだが、俺は報告は一切せず、その代わりにノートに書いていくことにした。

今日どんな失敗をした、それはなぜか、どんな法則・数式で一般論かできるか、自分がコントロールできることできないこと、失敗を成功に繋げることができるか、そもそも自分の仕事の考え方が正しのかどうか、そんなことを赤いペンを使って殴り書きしていく。

当時俺が使っていた青いファブリックのリュックにはノートと赤い革の手帳が常に入っていて、気づきがあるたびに人目につかないように便所の個室にこもって書いたりしてた。夜の世界でそんなメモなんかしてると、馬鹿にされていたからね。ひ弱っぽくて。

 

そしてそんな時間もかからず、俺は自分のやり方でうまくいくようになった。教えてもらったことから遠くはないけど細かいテクニックの部分は別物の、アキラオリジナルのやり方だった。

売上が上がってくると、まず社長が喜んだ。先輩たちは嫉妬した。師匠は呆れていた。

いいじゃねえかよ、売り上げ上がってんだからと突っ張ろうとしたけど、いや、先輩たちがいろいろ基本(っぽいもの)を教えてくれたりしたことと、それでも一流の場所だっていうステイタスみたいなものがあってこその俺だとは思ったんで、俺も大人になって言った。

俺は俺のやり方で仕事をしていく。でもここは店というチーム。チームとしてやるべきこと、たとえば掃除当番とか買い出し当番とか、下っ端がやるべきことは積極的にやった。

そうこうしているうちに、先輩たちの売上を越していった。

 

でもね、当時のことを考えると俺がラッキーなだけだったかもしれないし、それでも基本を強制的に暴力的に叩き込まれていたので成功したのかもしれない。

それでも、俺は、自分のやり方で成功したと思ってる。俺オリジナルの方法で。

 

オリジナルであることは、孤独であるということ。誰からのアドバイスももらえない。師匠の教えをコピーして努力するタイプであれば、師匠がいちいち教えてくれるだろう。でも、俺はそれでは成功できないんで、仕方ないよね。

 

俺は、自分が長期的に、かつ本質的に成功しようと思ったら、オリジナルを追求しないとならないと思う。

短期的にちょっとだけ上手くいかせてみたい、と思うのであれば、他人のモノマネでいいと思うけどね。

最初は基本を教えてもらうのは絶対。基本通りに真似から入るのがいいと思うけど、絶対にそれでは長期的に成功しないと思う。

 

 

自分の今日の失敗に向き合ってますか。

今日、何もしなかった、今日、失敗すらしなかった、今日、漫然と過ぎた、

それ自体が失敗なんであって。

 

そこに向き合うのって自分でしかないんだから、成功する方法だって自分オリジナルでしか無理なんだよ。