女の生い立ちと、愛人のオヤジと

昔、俺がまだ風俗の世界にいたころ。

嬢の中に客からのクレームが目立つ女がいた。客につけばつくほどクレームが確実に増えていく。もちろん大量にではない。

想像がつくと思うけど、風俗店って本来そんなクレームはないもんだよ。嬢がよほどやる気がないとか、何か盗まれたとか、客の対価に釣り合わないナメたことをしない限りクレームなんか言わない。イメージとしていかついオヤジが事務所にいる感じだろうしね。

それでも、一定割合の客がクレームを言ってくる。怒鳴り散らすクレームではない。言うかどうか悩んだけど我慢できなくてね・・・っていう感じだった。

客のクレームを受けるのは俺だったり、受付の女の子だったり。謝るというより、そうですね、気持ちわかりますって感じに共感を示さないと収まらないタイプのクレームだった。受付の女の子は次第に苛立ち、嬢にきついことを言うようにもなった。

俺は客からのクレームを嬢のせいにすることはしない主義だったんだが、それを貫き続けることで他の真面目な嬢がやる気を削がれてしまう。

最後は辞めてもらうしかなかった。

 

その嬢は、25歳だった。今はどうか分からないが、当時は風俗嬢としては高齢だった。その店があった土地の出身ではなく、自称によると400キロ離れた地方都市で生まれ育ったらしい。

18歳で高校を卒業してから、40歳の経営者をしている成金オヤジの愛人になり、オヤジ名義のマンションに住んでいた。仕事をしようとしたこともあったが、どの職も数日勤めただけで退職したという。每日昼前に目を覚まし、冷蔵庫に大量に買い置きしたアイスをメシ代わりにし、風呂に2時間入って、近所のショッピングセンターの本屋で買ってきた本を読んでいると窓の外は暗くなり、そうすると愛人社長がやってきて一発セックスしてからメシ食いに出る。每日見事にその生活の繰り返し。働いたことがないまま、23歳まで過ごした。その間も愛人社長の他に、セフレが数人。どのセフレも自分が彼氏だと思っていたが、一定の時が過ぎると去っていくの繰り返し。

働いたことがないまま23歳まで過ごした。

ある日、愛人社長の会社が倒産。親から継いだ会社だったがボンボンには経営は無理だった。自己破産をし、当然女が住んでいるマンションも手放すことになってしまった。

女は突然住む場所を無くした。近くに自分でアパートを探そうとした。金ならあった。社長が渡す金を全部使わず貯めていたんだ。でも、無職の若い女に部屋を貸す大家はいない。困った挙句に、自分を彼氏だと思いこんでいる同じ年のセフレに部屋を借りてもらった。もちろん家賃は自分で払うからと。

その部屋も出ていくことになるのはそんな時間がかからなかった。自称彼氏のセフレに、違うセフレを部屋に連れ込んでいるのが見られてしまった。男はアパートの解約をすると告げ、一週間で退去を求めてきた。実際は一週間も待ってもらえず、3日後には家財道具のほとんどを置き去りにしたまま逃げるように出ていくしかなかった。

僅かな貯金と、古いボストンバッグを一個だけ持って、愛人に昔買ってもらったBMWに乗って日本列島を北上した。仙台や盛岡のビジネスホテルに数泊しながら、ふらふらとたどり着いたのが俺が住んでいた街だった。

そう、風俗店をやっていた俺と知り合うことになった。

俺が保証人になってやってアパートを借りさせ、風俗嬢として仕事をするようになったのが24歳のとき。

初日に俺は気付いた。こいつはこの歳になるまで何も成長してないんだなと。大人に囲まれて愛人ごっこにセフレごっこをしてきたせいで、物を知ったようなことを言う癖がついてる。つまり、いけすかねえってこと。

「アキラ、がんばってんじゃん」

女は初日に俺にそう言い、まだ若かった俺に激しく怒鳴られた。まるでおっさんがバックにいていい気になってる雑魚愛人そのものだ。それでも謝るということを知らない。これは男にアパート解約させられたりするわな。

風俗嬢をだらだらやっているが、客からは每日のようにクレームが入る。静かに、そして疲れたようなクレーム。

客たちは皆一様に、自分たちの怒りや疲れを言葉にすることができないようだったよ。言語化が難しいんだろう。

でも気持ちは分かった。

それはこうだ。

「馬鹿にしやがって」「脳味噌ついてんのか」「態度が悪い」この3つ。

 

別に嬢が何か悪いことをしたわけじゃなかった。でもその顔つき、目つき、言葉、態度ににじみ出るものがあるんだ。

客を心底馬鹿にし、客をATMだと思い、客をちんぽだと思っている。もちろん風俗嬢だからそうなんだけど、そのオンナの場合はそれ以上のものが何もなかった。普通は違う。客を金でしかないと思っていても、風俗嬢はサービス業だ。出来る範囲で笑わせたり楽しませたりしようとする。次も指名してもらおうと努力するよね。

でもその問題児には一切ない。ちんぽしゃぶれば金もらえる、それだけ。こいつら馬鹿だな、と思っている。自分だけは安全な場所にいて、見下しながらちんぽしゃぶれば金がもらえる。そんな職業観で客と接しているとどうなるだろう。

ラブホテルのその狭い部屋は重く、嫌味な空気になる。

 

俺は、客のクレームがあったからといって、客と一緒になって嬢を責めることはしない主義だった。でも改善はしなきゃならない。だからそいつが理解できるように伝えるように努力した。

客を馬鹿だと思っていても、これは職業なんだから楽しませろとか。

つんつんして無表情でいるなとか。

どこのオヤジに習ったか分からないが、知ったかぶりをするなとか。

でもね。まともに就職をしたことがない女には無理なんだよ。安全な場所で誰かに守られているのを盾にして他人を見下す癖が治らない。

俺は自宅待機を特別に認めていたのを、明日から待機所にいろと命じた。

 

嬢は通常、待機場所と言われる事務所に詰めているのが普通だった。でも、本当はそこにいるのは嫌なもんなんだ。女の世界だしね。イジメも当然ある。嫌なことを言う女もいる。底辺女ばかりだからな。タバコ臭いし。

自宅待機ができる店もあるんだが、そんな店は絶対に潰れる。なぜかって、こういう馬鹿女の馬鹿さ加減を助長させてしまうからだ。

こいつの場合は本人が希望したこともあって、俺はあまり考えず自宅待機を認めていたんだが、激しく反省してそれを取りやめたんだ。タバコ臭え女の部屋で自分の名前が呼ばれるのをテレビ見て待ってろやと、扱いを雑にしてやった。

当然、これは堪えたようだった。安全地帯にいて他人を見下している女だ。いくら悪ぶっても、身の危険を感じるような場所にいたことがないんだ。

待機所ではあっけなくイジメに発展した。口の利き方と態度が誰かを怒らせ、ビンタされたり髪を掴まれたり。仏頂面して客のところに行くから、客に怒鳴られチェンジされてね。

俺に何か助けてもらいたかったようだが、俺も怒鳴りつけた。「黙って仕事しろよ!」ってね。

言っておくが、別に誰かに悪口を言ったり変な態度を取るわけじゃないんだ。自分に持ってるマインドというか、自分の心のベクトルが、顔つきや言葉や態度ににじみ出てしまって相手を苛立たせるんだよ。

たった一通のメールですら、ちょっと虫の居所が悪い人だったら沸騰させてしまう。

 

身を挺して他人に尽くしたり、自分を開示して相手に理解してもらおうと苦心したり、相手を楽しませようと馬鹿をやったり、笑いたくもないけど大声で笑ったり、そんな必死な努力をするっていうのは、社会経験のなせる技だと思うんだよね。

子供にはできないことだからね。

社会生活で、これができない大人がいる。それが20歳だったらまだいい。それが24歳だったら。27歳だったら。35歳だったら。45歳だったら。どんどん気持ち悪くなる。自分を守ったまま、他人をテクニックで操作できるような気になったり、他人を見下したりする幼いマインドと、実年齢がかけ離れるほど、不気味な印象になっていく。

 

客を怒らせまくる嬢には、俺が解雇を告げた。

そっか。そう言っただけで店からも、自分のアパートからも出ていった。

俺は、なんか複雑な気持ちになったよ。

 

こいつの生い立ちを知っていたからだ。家族に恵まれず児童養護施設と親戚の家を行ったり来たりして育ったんだ。そのどん底の生活からひょいっと逃げ出させたのが、愛人社長のオヤジだったわけ。そのオヤジに心から身を寄せたんだろうと思う。オヤジが救ってくれた。愛人という形ではあったけれど。

でも、女に一番ひどい仕打ちをしたのもこの愛人社長だと思う。

 

その後、女がどこに行ったのかは知らない。

今の俺だったら、もう少し何かできるんだろうかと考えてみたりするけど、やっぱり無理だと思う。

不幸な生い立ちの女をまともに育てるのは、本当に難しいことだ。

 

 

www.youtube.com