人生の抱える熱の量だとか

先日、某所で『ジーザス・クライスト=スーパースター』を観劇した。聖書の基本的な予備知識があればかなり楽しいミュージカルで、今回観るのは3回目。

「何が起こるのか教え給え」と「狂信者シモン」という曲が前からお気に入りで、今回もなかなか聴かせてくれたけど、ちょっと今回のキャストはどうかなーと残念半分。

でもあっという間に1時間45分が過ぎて、プロってすげえもんだなと感動したよ。劇団四季の、「人生の喜びを謳い上げる芝居しかしない」というポリシーが大好き。

 

それから、ふらふらと電車に乗って九段下の駅のそばにある、地味で無名な施設に行った。

前からずっと行きたかった場所が3つあって、一つは目黒の「寄生虫館」、もうひとつが靖国神社にある「遊就館」、それと近くにある「しょうけい館」。

寄生虫館は見たらナマモノが食べられなくなるし、遊就館は・・・まあやめとく。そしてこのしょうけい館。

エッヂの効いた3大施設に、美女と行くというこれまたエッヂが効いた趣味を持つ俺です。

ちなみに、日本全国には面白い展示施設が多くあって、青森には「八甲田雪中行軍遭難資料館」というすごいものまである。これも女性と行くとたまらなく楽しい。まあそれは置いとく。

 

で、しょうけい館。これは、戦争傷病者についての資料を集めた展示施設なんだよ。分かりやすく言うと、戦争で手足がなくなったり失明したりね。写真で分かるように、漫画家の水木しげる先生もそうだね。主に徴兵されて戦場で障害を負った方々についての資料が展示されてある。

と書くと、随分悲惨なものが展示されてあるんだろうと思うけどさ。確かに義足とか、戦場で麻酔もなく弾を摘出する手術の悲惨な様子のジオラマとかあって、たしかに悲惨なんだよね。

でも、俺はそこに全く興味なくて。いや申し訳ないんだけどね。

(俺の父親も戦争による身体障害者なんだけども)

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※これが入り口

 

証言のビデオとか、展示資料をずっと見ていって、やっぱり俺が興味を持ったのは、そこには「その後の人生」がいろいろあったということ。片腕を失い恩給もなく必死に募金活動をしたり、乞食をしたり、商売をして成功したり、教師として僻地で教育に人生を捧げたり。惨めな思いをしたり、でも喜びもそこにはあって。

同じように戦争傷病者の水木しげる先生の作品や証言ビデオも展示してあったけど、そこにはやはり悲惨さをこれ見よがしに見せつける暗さはない。胃が丈夫で片腕がとれてもメシを食ったという話とか、新宿でおからの寿司を食った話とか、そういうのが続く。

ああ、いいなあと思った。語弊を招くかもしれないけど、水木しげる先生の作品から伝わる人生への希望というか熱量のようなものが、本当に真摯に生きた人だったんだなと思った。

明るいのとも違う、困難を乗り越えるとかそういう優等生的な発想とも違う、もっと生命の力のような。

 

何度も言うけど、俺はそんな戦争傷病者の障害には興味ない。戦争障害者の生活を身近で見て育ったせいか、そんな同情も特段湧くわけでもなく。まあほんと、いまさら興味がない。戦争反対とか賛成とかそういうのは無職のおっさんがSNSで吠え合えばいいので俺には関係ない。

俺に興味があるのは、人生そのもの。その物語。一人ひとりが二つと無い人生を生きて、苦しみ、悲しみ、それでも生きたということ。生命の喜びというか。そこに興味があって。

しょうけい館は、俺にはそういう場所だったな。面白かった。受付のご婦人は、よほど人が来ないのか俺らにやたらと親切に話しかけてくれた。

ありがとう、そう言って施設を後にした。

面白かったというと怒る人もいるかもしれない。でも、ここには人生と希望があったように俺は感じたよ。

 

深夜になって、浜離宮の横をすり抜けて汐留のほうまで歩いた。韓国人と分かる超絶美女の風俗嬢が歩いているのに気付いたり、かと思うと赤いワンピースに上品なコートを羽織った金持ちそうな熟女が歩いていたり。

着ていたPコートでは寒すぎて、襟を立てて、ちょっとうつむきがちに歩いていった。

「このあたりは風水的にあまりよくない場所らしいよ」

そんな話をしながら、それでも俺が夜の街にいた頃には空き地だったこの人工的な街が俺は好きで。初めてここらあたりに泊まるようになったのは2004年のこと。その時は俺の力では解決できない大きな問題を抱えていた。正直死にたい気持ちだった。

セックスだけは最高にいい女とまだ空き地が目立つ寂しいこのあたりの路面にあったラーメン屋に入った記憶がある。そんな店がもうある雰囲気ではないので、きっと移転したか潰れたんだろう。何を食べたかどんな味がしたかは覚えていないけど、あまり清潔な店ではなかったな。

東京タワーが夜通し輝いているのが見える高層ホテルの部屋。あれから14年も過ぎ、俺の人生は少なくともお金で苦労することはなくなった。でも、感情は今も大きく乱れ、ブレまくり、そこだけは未だに大人であることに慣れないままだ。

 

人生って、いろいろあるけど、シャンパングラスの小さな泡に映る夜景とか、すぐ横を大きな音で通り過ぎていくポルシェだとか、血に染まるトイレとか、もう手の届かないところに行ってしまった恋愛だとか、穴の空いた古いセーターとか、そんな光景すべてが人生の物語なんだろうなと思えるようになった。

 

俺は俺という物語で生きている。その物語は生命が脈を打っている。まるで射精する時のように。

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