麻薬としてのセックス

今日のブログは、少し性的な話題を含みます。不適切なエロ記事にするつもりはありませんが、性的な話題が一切苦手という方はご注意ください。

元からのCROOZ読者さんには違和感はないはずなので、そのままお読みいただいて大丈夫です。

 

さて、いきます。

今日の話題は、「女性のセックス依存」について。

俺は臨床心理士でもなければカウンセラーでもないので、学問的な立派なことを言えるわけじゃない。でも18歳の時からセクシーな世界で体張ってサバイバルしてきた中で、痛みを伴って個人的体験を積み上げてる。だからあくまでも個人的な体験を書いていこうと思います。ご自身の何かに置き換えて読んでいただければ、何か気づきがあるかもしれません。

 

それは、俺が21歳だったころ。ちょうど、ラブレスキューの”カルティエ”の時代。俺の女友達の中で、Nという21歳の子がいた。別に風俗嬢ではないし、夜の世界の住人でもない。ただの大学生だよ。当時の言葉で言えば、グルーピーというか。痛々しく毎日身を削って生きている夜の世界の男に、まるで何か詩的というか文学的な酔狂を持って付きまとう女。ファンではない。派手な服を着たストーカーまがいの女だ。

最初はなんだこいつはって感じで冷たくあしらうんだけど、そのうち受け入れてしまった。Nが求めているこの夜の世界、暗闇の中で浮かび上がる濃いラズベリー色のような世界。時々、俺の心が軋んで歩くことすらままならない時があって、そういう時は恋人ではなく、Nを呼び出した。Nは何時でも呼び出されることに特権意識を持つような女だったので、俺にはものすごく便利な友達というか。別にセックスするわけでもなく、いつも新宿から離れて暗い路地の一角にある居酒屋で会った。それでもNに対して俺は心を開くことはなく、単なる暇つぶしとして利用しただけだった。Nが見ているのは俺ではなく、「アキラにまつわる世界」だったから。

 

Nと絡んでいると、次第にNのことが分かってきた。Nはどうやらものすごい数の男とセックスしているようだった。大学の後輩から、サークルの先輩、テレクラで出会ったサラリーマンのおっさん、自宅のエアコン設置に来た電気屋のオヤジ、そして売れないホスト達。あとは、バイセクシャルだったらしく、同世代の女の子や都市銀行に勤める30代のOLともセックスしているというのが分かってきた。

 

「ふーん」と俺は言った。「そんなに性欲すごいのか」

Nは言う。「分かんないけど、セックスしてると満たされるっていうか、寂しいのかな」

結局、Nがセックスしたがっているのが分かったので、たまに俺もセックスしていた。セックス自体は別に平凡だった。セックスが派手な女が周りに多かったせいもあるけど、これでセックスばかりしているようには思えなかった。

セックスっていうのは、古今東西同じ行為ではない。特に日本では、セックスのプレイ内容には流行りもあるので、古いとか新しいっていう感覚も付きまとうんだよね。Nのセックスは別にイマドキのものではなく。オーソドックスというか、もしかしたらそれ以下のちょっと鈍くさいものだった。

でも、Nのセックスが他と違うのは、少し不快にも思える甘え方だと思った。甘えと言うか依存というか。セックスそのものに依存するように、必死にしがみついているように思えた。

「アキラは私のことすき?」とNが言うわけ。

「好きじゃないよ」と俺は返事する。

「いじわるなこと言って」とNがいつも言う。

俺とセックスしても、その直後に必ず一人か二人の男と会い、「サクッと」セックスしたがる。

私のこと好き?なんて臭いことを言うわりに、Nはいつも違うことを考えているように見えた。そして少し疲れているようにも見えた。

そのうち、このNを俺の個人のアシスタントみたいにして、バイトとして雇った。店の先輩はNは厄介な病み女だから深入りするなと忠告したよ。それは分かってる。でも、Nの居場所がここだとしたら、別に俺は構わないし、バイトだったら毎日ここに来るのも変じゃないだろと思った。

 

ある日、Nの「セフレ」事情がはっきりと分かった。セフレとして会っているのは、男が32人、女が6人いた。そのほかに「彼氏」が1人。彼氏は3歳年上で、大学に入ったばかりのころにサークルで知り合って付き合った男。卒業してからは都内の大手企業に就職していたが、忙しくて滅多に会えなくなってしまっていたらしい。

近くでNを見ていると、最初に印象として感じていたエキセントリックなものは薄れ、平凡で退屈な21歳の女に思えるようになった。セックス依存症のような雰囲気を出していたが、慣れてくれば、その行動の原因は違うところにあるんだと分かってきた。

 

当時の俺の客の女性で、38歳の社長夫人がいた。その夫人との会話の中で、Nのことを言ったんだ。するとすぐに言葉にしてくれた。

「背伸びをした恋愛の顛末ね」

はあ、なるほどなと思った。夫人が言う。

「私の夫はね、私しか女を知らなかったのよ。宮城の田舎から出てきて大学に入って就職して、仕事ばかりしてきたの。絵にかいたようなまじめな人だから、お客さんたちに担がれて独立して社長になったそうよ。私と知り合ったのはお見合い。それまで女と手をつないだこともなかったのよ。」

「ふうん、それで?」

「仕事も順調に育っていって、私も子供ができたのが28歳のとき。夫は31歳だった。子供が生まれてものすごく喜んでくれたんだけど、どうやらそのころ、女と出会ったみたいなの。ホステスの女ね。私とは全然違う派手な女のひと。」

「ああ、あるね、そういう話」

「夫はその女に夢中になって、仕事をほったらかしてまで会いに行ってた。店にも行くし、女の部屋にも行って泊まったり。そのころ、夫の様子がとてもおかしかったのよ。”ぼくはいま、やる気にあふれてるよ”って(笑)初めて浮気してちやほやされて、元気になったのね。」

「うん、それから?」

「当たり前の話だけど、そのうち女は男に飽きてしまうのよね。女にウソつかれて会えなくなったり、ドタキャンされたり。女に連絡するときは、自宅から絶対電話しなかったのに、夜遅くまでどこかに何度も電話してるのを見たわ。女がつかまらなくなったのね。」

俺は生唾を飲んだ。

夫人の話によると、それから夫は狂ったように手当たり次第に女に手を出すようになった。部下の事務員にも、取引先の社長の妻にも、風俗店にも出入りするし、性病で泌尿器科に通った形跡を見つけた時もある。結婚まで女を知らなかった男にしては人が変わったような生活になった。

 

ある日、夫の友人の経営者から夫人が忠告を受けた。夫はセックス依存症になっていると言った。

それはなに?精神病?と夫人は笑いそうになったが、友人が話してくれる夫の異常行動は依存症としか言えなかった。

 

「これはね、最初にホステスの女と不倫したせいなのよ」と夫人が言う。

「男でも、女でも、背伸びをした恋愛をすると良くも悪くも世界が変わるの。男は仕事のエネルギーが湧いたりするよね。女はまるで世界が雲の上のハンモックみたいに安らいで感じるもの。でもそれは、別にすごい恋愛でもないし、特別なものは何もなくて。自分が勝手にその行動を美化しただけ。それを失いそうになったとき、人は激しく不安に振り回される。不安を解消するには?背伸びをした世界の延長の行動を何度も繰り返すのよ。夫の場合、ホステスの女との華やかな恋愛とセックスを再現しようと、相手を変えて何度も何度も試す。それがセックス依存の原因ね。」

 

大学生のNの場合、どうだっただろうか。最初、大学のサークルで4年生の男は随分と大人に見えたに違いない。その恋愛は高校生の恋愛とは違って、大人のものだった。何もかもが高校生の時の幼い彼氏と違っていて。

その男は就職と同時に、関心ごとの優先は自分の仕事になっていった。別れてはいないけれど、学生の時のように彼女だけ一筋にはなれない。そうして、Nは「背伸びをした世界」に異様に引き込まれていく。背徳感のあるセックスや、知らない世界の男とのセックス、彼氏以上に大人とのセックス、性別すら超えたプレイ。

でも、その先にあるのは、虚ろ。空虚。甘いチョコレートでコーティングされた、中身が空洞のセックス。

 

大人になった今、セックス依存症と聞くと、あのNと夫人を思い出す。男でも女でもたくさんいる。

セックスと言うのは、彼女たちにとっては、麻薬みたいなもの。セックス自体が好きなわけじゃない。淫乱ぶってはいるけれど、セックスが好きなわけじゃない。

セックスという麻薬でごまかしたい不安がその裏に必ずある。セックスでごまかせるのはNが若く美しい女だからだ。老いて男に相手にされなくなると、不安をごまかすのがギャンブルだったりもする。パチンコ屋でもたくさんいるだろう。ゲームセンターのコイン落としゲームに異様な顔つきでのめりこんでいる中年女性を見たことはないだろうか。彼女たちはセックスではないものに依存してごまかしたい不安があるんだろう。

それがネットワークビジネスとか、起業ごっことか、キラキラコンサルごっことか、不動産投資ごっことか、のめりこんでいく先はいろいろある。

 

Nのセックスは平凡だった。セックス自体がしたいのではなく、セックスが象徴する何か違うものを欲しがっていたんだろう。

セックス依存症のような行動言動を始めると、近づいてくる男の質はとたんに低くなる。質の低い男は言うだろう。「へえ、セックス好きなんだね、性欲の強い女の子は大好物です!」とか、「セックスで癒しあいましょう」とか、「欲望に正直なのはいいことだと思います」とか。

ツイッターに山ほどいる。

そうじゃない。セックスが麻薬になってるなんて、おじさんたちは理解できないだろう。同世代の男でも全く理解できないよな。

 

そこのところを理解しないで接してしまうと、本人も周りのおじさんもみんな不幸になる。おじさんは一生で一回だけの奇跡かもしれない。だからしがみつく。ストーカーになったりする。そして揉め事が増えていく。

 

セックス依存症」の女性は、いつでも集中力が散漫な印象を受ける。そして行動言動のわりに疲れているし、ノリがいいわけじゃない。

セックスしたーい、みたいなノリは一瞬しかない。圧倒的に多くの時間、本人は焦っている、不安になっている、欠落感に押しつぶされそうになっている。そして孤独だと思っている。

 

残念ながら、Nは俺と知り合って半年後には大学を辞めて北海道に引っ越してしまった。理由は分からない。実家は神奈川のどこか田舎町だったはずだけど。セックス依存の先に、何か違う安らぎと自信を手に入れた末の行動だったらいいと思う。今はどうなっているかは知らない。フェイスブックにもいないし、それは名字が変わっているせいかもしれない。

 

セックス依存をどうにかする方法って、実は簡単で。

一時期、「プロ」の男と過ごすことだと思う。麻薬としてセックスを意図的に演じられる強い男。プロといっても半端なホストとかではないし、安っぽいヤリチンのことではない。

自我を完全にコントロールでき、消すことも出すことも自在で、麻薬セックスを受け止めたり演じたり。恋愛もできるし、コミュニケーション能力も神がかっている。そんなプロの男に半年でものめりこんでみるのがリハビリになるんだよね。

そんなプロの男が決して多くはないのが問題ではあるんだけどさ。少なくともそれは自称はしていない。地味に大衆の中に紛れ込んで、普通の生活をしている。

 

カウンセラーはきっと他に夢中になれる趣味を見つけましょうなんて言うだろう。それは間違いだ。麻薬に代わるものがあるはずがない。酒に代わりになるソフトドリンクがないように。麻薬としてのセックスに代わるものは、何もないよ。

 

闇夜に咲く濃いラズベリー色の花の代わりになるものは、どこにもない。

 

セックス中毒を乗り越えるには、強い麻薬のような男を見つけるか、老いてセックスができなくなる時を待つしかない。