あらためてアキラブログをよろしくお願いします。

久しぶりにブログを書きます。

約一ヶ月も書かなかったのは、2007年にブログを始めてから初めてかもしれない。体調面でちょっといろいろトラブルがあって、おやすみさせてもらいました。

2015年に体調が悪かったときもこんなに休まなかったし、大変申し訳無いです。この一ヶ月、短文で済むから楽なTwitterばかりやっていたけど、やっぱり表現の手段としては俺はブログなんだろうなと思う。

最近いろいろ思うところがあって、ちょっと生き方を変えようと挑戦している。

Twitterでも書いたけど、多少カミングアウトするべき時が来てると思う。俺はそもそも発達に障害がある。知的な部分も一部障害があって。診断名を言うと変な仲間意識を持たれたり過剰な期待をされても困るので控えます。偏見と悪意と無知にあふれているおっさんおばさんが世の中に多い以上、診断名を言うと批判を浴びることになるのでね。

昔から共感覚者であると言えば、なんとなく想像もついたと思う。ガキの頃のイジメも親からの虐待も風俗業だったということもホームレスになったことがあるのも、全部その影響だろう。ブログを読んでいて見抜いていた人もいるけど、その意見は無視させてもらっていた。一応隠していたので。ごめんね。

障害を持って生きるというのは、時折絶望的な気持ちになる。障害そのものは別に慣れて受け入れてしまえばどうってことなくて、本当にがっかりするのは、周囲の悪意。俺のようなタイプの発達障害は、見た目にはさほど違和感はないと思う。でも世間のおっさんたちは、障害者は寝込んでいるものとか、介助が必要とか、口がきけないとか、食べ物を口からこぼすとか、そう思っている。むしろそうであって欲しいんだろう。だから俺が障害があるなんて言うと、必ず言われるのは「ウソ」という言葉。障害があったら仕事なんかできないじゃん、とか、障害があったら文章なんて書けないじゃん、とか、障害があったら起きられないじゃん、とか、障害があったらセックスなんてするわけないじゃん、とか、その程度の認識なんだよね。

口がきけない人もいれば、俺のように脳のバグが深刻なタイプもいるし、障害なんて今は細分化が進んでいることなんて考えたこともないだろう。細分化が進んだ結果、無知な人はこう言う。

「それを言ったら、みんな障害を持っている」とか「そんなことを言ったら、みんな障害者になる」ってね(笑)無知もいい加減にしてほしいんだけどね。障害と「性格」は違うわけで。

結果、発達障害のある人は、自分のことは何も言わなくなる。細分化されて診断されるのは自分を受け入れる手段に過ぎず、世間一般的には「非常識な馬鹿」というポジションでいいやって話になるわけね。俺もそのポジションを受け入れて、馬鹿扱いでいいやと諦めて社会生活を送ってきた。

でも、この日本では昔よりももっと生きるのが大変な子供たちが多いのを知って、もっと俺も正直に言うべきだろうなと思った。「生きづらい」という言葉は本当に嫌いなので使いたくはないけど、「日常生活が過酷」な子たちが多い以上、そこの助けになろうと思ってる。

昔から、アキラブログは、苛め抜かれて自宅の部屋で1人で音楽を聞いているような子のためのものというのは変わらない。仕事の話とか、小難しい話とか、エロい話もたまに出てくるかもしれないけど、基本的には生きるのが過酷な人たちのものだというのはブレないよ。

アキラブログというのは、底辺から上を見上げる目線で発信する言葉たちだから。

アキラのメッセージは単純なこと。

 

自分以外の何者にもなる必要はない。馬鹿でもブスでも貧乏でもいじめられっ子でも発達障害でも、努力はいらねえ。秘訣と裏技はあるから、やり方次第で人生おいしい思いもたくさんできるぜ!

ってこと。

美しいことを言って俺やあなたたちを苦しめる大人が多いだろ。

根気が大切とか

自己投資しましょうとか

努力は美しいとか

成功するまでやれば成功するとか

秘訣はないとか

めあてを持ってがんばろうとか

俺は貧乏だったが努力で成り上がったとか

貧乏は自己責任とか

全部ウソだから。

 

俺が、大人たちが子供たちに知ってほしくないことを平気で言うから。子供たちが知ってしまったら自分の威厳がなくなってしまうと焦っている大人に、嫌われることを俺が言うから。

 

これからもアキラブログをよろしくお願いします。