猿真似をしなくてもいいんじゃないかな

俺は、自分が持っている重い発達障害の症状について、成人をとっくに過ぎるまで未診断のままだった。

家族が気付いて診察を受けさせたりすることは全くなかった。日常生活をきちんと送る能力がなかったせいで、親からは激しく虐待を受け、学校ではみすぼらしい姿になるまで暴力的にいじめられた。人間関係を築くのが絶望的に無理だったので、いつも1人で過ごしていた。学習能力もかなり遅れていたしね。

ずっと大人になってから、ああそうか、若い時にあれだけ苦労したのは自分の障害のせいだったのかって、診断名があれほど救いになったのは驚いた。まあ診断がついたとしても、日常生活でできないことは今も山ほどある。

例えば・・・

時間に遅れないように目的地に着くこと。

誰かに機嫌よく接すること。

誰かの気持ちを理解して、的確な返事をすること。

多くの人に共通する感性を持って、「それ分かる」って本当に思えること。

たくさんの人の輪の中に入って、人気を集めるように振る舞うこと。

恋愛すること。

人の期待を理解して応えること。

挙げていくとキリがない。そういうことが基本的にできない。

でも、それでは社会生活は送れないよね。18歳で東京に出てから、生きていくために手にとった職業は、夜の仕事だった。想像に難しくないと思うが、そこは普通の人よりもはるかに一般的な常識が必要で、コミュニケーション能力が尖っていることが必要で、かつ、いつも機嫌よく人気を集めるように振る舞わなければならないよね。

 

基本的に無理なわけだよ(笑)でも、俺はずっとその世界の住人でいることができた。その当時は自分の障害なんて知らなかったので、ずいぶんとしんどい思いをしたもんだ。普通の人が覚えられることが覚えられず、やれることがやれないからね。客に電話をするということが苦手で、もう終わってるんだけど、電話をかけて営業をするってことが死ぬほどつらかった。(やったふりしてやらないことのほうが多かった。)できないばかりに死ぬほど怒鳴られる每日。

 

じゃあどうやって生き延びてきたのかって、答えは簡単なことで、正確な呼び名は知らないけど、「パターン学習」と「オリジナリティ」のおかげだと思う。

こんなことがあったら、人はこんな気持になるのが「正解」なんだと、数千、数万パターンの感情の動きを記憶するのがパターン学習。この感情になったらこれを言う、っていう模範解答のようなものも覚えていく。そこに共感っていう心の動きはないんだよ。だって俺は一般的な感性の流れがなかったから。ただ経験と知識で自分の脳味噌をアップデートしていくしかなかった。

 

時間に遅れないようにするっていうことも、解決策はちょっと極端で。約束の1時間前に着くように行く。それだけ。相手のためにとか、そういうことじゃなく、1時間前に行かなければ死んでしまうと思い込ませて、必死になって行った。時間があるからって服屋をのぞくなんてことも禁止。待ち合わせ場所で一時間立っているのがルール。

そうじゃないと、まともな人間のように見えなかった。

 

でもねえ・・・それを一般的に何ていうかっていうと、「猿真似」だよ。

 まともな人の振る舞いを猿真似して、自分じゃない人間になろうとするわけ。苦しいよこれは。

20歳の時、おいしいチーズケーキのお店があるよって言われて一緒に行っても、味覚が死んでるのでよく分からない。匂いしか分からないから、匂いを嗅ぐとチーズケーキってくっせえし。バニラとゲロに臭いがする。でもそんなこと言えないでしょ。

わー、おいしいなあって、笑う練習は何度も繰り返すんだよ。俺が美味いと思うのは、当時キャラメルコーンとコーラと葡萄と味噌ラーメンだけだった。そんなことも言えるわけがない。

 

あとは、オリジナリティ。電話ができなくてサボってばかりじゃ売上立てられないだろ。やらなきゃならない。

でもならなきゃならないっていうのが無理なわけ。無理なもんは無理なんで、違う方法を考えなきゃならない。楽譜が読めないし覚えられないから、自分オリジナルの記号を開発しました、みたいなものだよ。

電話するのではなく、向こうから電話がかかってくる変なやり方を思いつき、そこの一点をひたすら磨いた。俺はひたすら電話を受けていればいいだけ。そんなのまともじゃない、きちんと基本通りにやれって何度も怒られたけど、結果は普通以上に出した。結果が出ていれば、まあ我慢してもらえる。認められはしないけどね。無視くらいはしてくれる。

 

ということで、俺のコミュニケーション能力の根本は、アップデートを繰り返した末の単なる小手先のスキルでしかない。

仕事の方法も、今も同じ。業界の常識から相当離れている。それは違う、それは間違っていると何度も指摘されてきたし、不正を疑われることも多いけど、でも仕方ない。俺がオリジナルで編み出して磨き上げた方法だから、俺はそれをやるだけ。それ以外ではできないから。

 

俺と同じ障害を持って苦しんでいる人がどのくらいいるのか分からない。そういう人達に俺が言いたいのは・・・

 

もうそろそろ、猿真似ごっこはやめませんか?ってこと。

 

自分以外のものになろうとしたり、まともな人間を気取って、気持ち悪いことを言ったりやったりするのは、もう終わりにしませんかってこと。

周りと同じ人間になるように努力しても、幸せになれなかったじゃないかって、もう受け入れる時が来てるんじゃないですか。

 

できないことはできない。

やりたくないことはやらない。

付き合いたくないものにつきあわない。

喧嘩になりそうなら、逃げる。

いじめられそうなら、逃げる。

学校行きたくないなら、行かない。

仕事がもうやりたくないなら、辞表出しに行く。

大学行きたくないなら、行かない。

実家のお父さんお母さんと一緒に住みたいなら、住む。

住みたくないなら、住まない。

金を稼ぐために、大金払って無名な私立大学に入学する必要はない。

スペックなんて言ってる学歴コンプレックス野郎とか、そっと距離を置く。

性格が会わない彼氏彼女なら、別れる。

彼氏の親が自分を悪く言うようなら、別れる。

 

自由に生きていいと思う。

仕事は、自分に合う仕事を自分で生み出せばいいし、

1人で生きていくと決めれば、急にわくわくもするよ。

 

自分以外の何者にもなる必要はない。自分のままで、自分の目標に向かって、自分のやり方で、1人孤独に打ち込んでいって、お金を稼げばいい。

 

誰からも褒められなくても、誰も自分の活躍を知らなくても、別に大した問題じゃないだろ。

 

 

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