大丈夫じゃなくたっていいだろ。

こういう言い方をするのは好きではないが、大人になるって本当に嫌だなと思うことがある。

 

18歳のころ、もうすぐそこに大人が近づいていた時期、大人になるということを考えるとちょっとゲンナリしてしまって、なるべく考えないようにしていた。当時付き合っていた彼女は、勉強の成績も優秀な優等生タイプで、卒業したら入学するつもりの大学の情報や、借りるアパートの立地や間取りなんかもしっかり調べていた。ピンク色のノートに調べたことを整理して書いていたり。

「アキラは卒業したらどうするの?」と、学校帰りにいつも立ち寄るファストフード店のテーブルで彼女は俺に訊いた。

「え?まだ9月だよ?」俺は答えにもならない答えを言った。「卒業は3月じゃん。」

彼女は、呆れたような顔をして「大丈夫なの?」と俺に言ったんだ。

何が大丈夫なのか俺には分からなかったけど、とりあえず大丈夫だよと言った。だって、俺、頭は馬鹿だけど健康だよ。懸垂もできるし逆上がりも出来る。漢字は書けないけどデンマークの首都は覚えてる。おまけにセックスもできるぜ。

そう言いたかったけど、言う雰囲気ではなかった。

その頃、俺にはもう一人いつも遊んでいるSという女の子がいて、その夜、Sの自宅に遊びに行った。Sは一人暮らしだったんだ。Sの母親はずっとシングルだったけど、1年前に彼氏が出来た。転勤族だった彼氏についていきたいとわがままを言い、別れた夫にもらった古い自宅にSを残してさっさと東京に行ってしまった。「たしか吉祥寺ってところにいる」と言っていたが、俺にはそれがどこにあるのかは知らなかった。

Sの自宅でカルピスソーダを飲んでからウイスキーを飲んで、浮かれて大騒ぎしながらセックスをした。

そのあと俺は聞いたんだ。「大丈夫なの?」

「は?」Sは煙草に火をつけて笑った。「何が大丈夫、なの」

Sは手を伸ばして、汗で濡れた俺の長い前髪に触れた。

「何がだろうね」俺はそう言った。

そうだな、大丈夫って何がだろうね。別にあと二年もすれば20歳のジジイババアになるよな。30年も過ぎたら48歳で、俺なんかとっくに死んでる予定だし。

「死ぬまで生きるだけだよ」Sは笑って紙コップにウイスキーを注いで飲んだ。

そう。大丈夫って、きっと、親が理解できるまっとうな大人になるための準備は大丈夫かって意味なんだろうな。親が理解できる進路、親が理解できる職業、親が理解できる交際相手と交際の仕方、親が理解できる結婚、親が理解できる自分との付き合い方、親が理解できる子育て。それを外れたらきっと不安になるんだろう。

なるほどね、大丈夫かって。大丈夫じゃないな俺は。

じゃあねって言ってSの自宅を出たのは深夜の3時。自転車で坂道を駆け下りて右に曲がると、そこは俺が好きな景色だった。まっすぐで大きな歩道に街頭が並んでいて、自転車のタイヤが舗装のつなぎ目を踏むたびに音を立てる。

大丈夫かって、大丈夫だよ。俺は死ぬまで生きるだけさ。そう独り言を言って、俺が邪魔者でしかない築40年のぼろ家に帰った。あと半年したらここは出ていく。何をするのかって、何をするのかすら決まってないけど、それで大丈夫じゃないって誰が言える。死ぬまで生きるだけさ。

 

18歳の4月には俺は東京にいた。不思議な縁から夜の世界に足を突っ込んで分かったのは、大丈夫じゃない大人がたくさんいるということ。あんなに大人になれない、ならないおっさんばかりいるなら、俺はそれでいいやと思った。大丈夫じゃない人生の中で出会う人は、魅力的な人か、ぶっ殺しても構わないほどの大便野郎か、どちらかしかいない。大丈夫じゃない人生でもたっぷりの金とおっぱいの大きな美女と、それと友達がいれば、別に他人の評価なんか無価値だよな。そう思った。

 

でも、それからずっと大人になってみて、とっくに死ぬはずだった30歳も越えて生きてみて、気づいたら、あの「大丈夫なの」という言葉に似た価値観を持ちそうになっていることに気づく。

もちろん親の目線のことじゃない。

「この事業計画で大丈夫なの」

「このコミュニケーションで大丈夫なの」

「この資料は大丈夫なの」

「この利益で大丈夫なの」

「この目標遂行率で大丈夫なの」

「こんな付き合い方で大丈夫なの」

「そもそも、俺で大丈夫なの」

そんなたくさんの「大丈夫なの」を繰り返しそうになる。その先は、もう大人なら知っていると思うけど、そこはやりがい搾取村しかない。

ろくな給料ももらえず、年収350万円くらいで、人間的成長とか自己啓発とか能力開発とか自分で言い出し、金よりやりがいみたいな気持ち悪い奴隷になって定年退職まで生きていく。一流の奴隷になるために、安い給料からさらに「自己投資」してセミナーに参加したりする。

あるいは、丁寧な暮らしみたいな言葉に踊らされて、パンケーキミックスを使わずに一から材料を集めて作ってみますとか、気の利いた彼女になりたくてなんか馬鹿な女みたいに媚びまくって彼氏と付き合うとか。自分から自分という人生を搾取するようなものだよね。

全部、自分が抱える「大丈夫になりたい」という妄想からくる妄動だよ。

大人なら考えてみたら分かるはずだよ。その先にたいした幸せがないということくらい。

 

大丈夫じゃなくたっていいだろ別に。死ぬまで生きるだけさ。

 

もう少し、大丈夫じゃないくらいいい加減でいいと思うんだけど。

就職しなくたって金は稼げるし結婚だってしていいんだよ。

別にセックスしなくて処女のままだって、恥ずかしいことないんだし。

転職歴が10回あっても、それがだめだという人間がいる会社に就職しないことが幸せだってこともある。

学歴が中卒だろうと高卒だろうと、年収1000万円くらいなら学歴関係ないし。

 

約にも立たない大丈夫をいくつ集めても、絶対に幸せは来ない。

この瞬間の人の気持ちに敏感な人間以外、何をやっても大丈夫にはならないわけで。

 

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