不幸人間拡大再生産工場

夜の仕事が長かったせいで、数え切れないほどの夜の女の人生に向き合ってきた。

俺が18歳の頃に、18歳だった女。

俺が30歳の頃に、20歳だった女。

俺が40歳の頃に、22歳だった女。

そして、

18歳だったあの頃の女が、46歳になり

20歳だった女が、30歳を迎え

24歳だった女が、37歳になり。

当たり前の話だけど、みんな年を重ねていく。ある女は大人になり、ある女は大人になる前に命を落とし、ある女はいまだにネバーランドにいる。

 

夜の仕事をするなんて、せいぜい18歳から21歳くらいまでのもの。若く美しかった女たちは、若さと女であることを武器に夜の妖しい明かりの下で暗躍する。父親たちが血反吐ぶちまけても稼げない金を一瞬で稼ぎ、母親たちが腕にかけることもできない高級なバッグをまるでエコバッグのように使い。男たちが夢中になって注いだ金を、金がなければ近づくこともできない美しい男に費やし。

夢のようなとは言わないけれど、どぶ板を鼻歌交じりでピンヒールで渡り歩き、夢に似ているようで実はラブホテルの一番高い部屋のような場所で生きている。そこは港区の高級マンションでもなければ、別荘の高級ログハウスでもなく、ただのラブホテルの一番高い部屋だってことに気づかないわけなんだけど。

夢に似た夢ではない場所で、愛に似た愛ではない人間関係に溺れるふりをして、生きている。

 

そんな生活もいずれ終わりが訪れる。

早ければ半年で、遅くても数年で。

卒業の仕方にはいくつか種類がある。

最初から期限を切っていた女もいるし、貯蓄額の目標を決めている女もいて、彼氏が出来て去っていく女もいる。でもやめるときまで理性を保ち続けた女はそう多くない。

借金を返して貯金したら辞める、彼氏ができたら辞める、なんて最初は思っていても最後は夢に似た場所に居続けることになる。

そして辞めようとするとき、今この場所にある夢の続きがあるのだと勘違いをする。

 

夜の女の多くは、先を見通すことが難しい。夜の生活を続けていると、ハートが近眼になっていく。

夢の続きは、「愛人になること」であったり、「起業する」であったり、そんなことを考えている。

それで「その時期が来た」と思い込んで夜の世界を去っていく。

愛人なんて言っても、ろくな相手じゃない。売春婦に金を払って囲いたいなんて思ってるカスだ。起業するなんて言っても、ろくな商売じゃない。せいぜいネットワークビジネスの集会で煽られただけのこと。またはカス客が「一緒にビジネスやろう」という誘いをしてそれに安易に乗っただけのこと。

風俗嬢はその夢の続きのような話と、自分の恋愛を綯い交ぜにしてしまう。愛人のおっさんに恋愛感情を抱くようになる。

 

当然ながら、その夢の続きなど砂上の楼閣に過ぎない。恋愛感情と綯い交ぜにした愛人家業や、恋愛感情と綯い交ぜにしたビジネスなんて、普通は馬鹿がやること。結局、早々に崩壊する。

最後に男に言われるのはいつもこう。

「お前はサゲマンだな」

もちろん、男も相当なサゲチンなんだけども。

売春婦と、売春婦に変な期待をするバカ男と。

 

商売にしてもろくすっぽ上手くいかない。基本的な努力の仕方を知らないビジネスパーソンなど生き残れるはずがないからだ。

 

夢の続きどころか、夢など最初からなかったことに気づくときには、25歳を越えている。若さを無くしているのに、まだ自分に売れるものがあると信じたい。でももう行き場もなく、多くの女に残されたのは普通のサラリーマンと子供を作って結婚すること。できれば公務員や大手企業がいいが、それも出会いなんてなく、もともとの出身階層の男と結婚する。それも残念ながら離婚率は高い。20代後半の高齢になってからまた風俗でバイトをする場合も多い。

風俗嬢をやめて、就職し、上手に社会人になれるのはごく一握りの話。多くは元の木阿弥。

 

なぜそうなるんだろう。

別に不思議な話ではない。

 

風俗嬢は金銭感覚が狂い人生をうまく生きられなくなると言う人がいる。それはちょっと違って、狂うのは金銭感覚ではなくて、人生や人間関係への危機意識の方。1万円の価値が突然狂い始めることはほとんどないよ。いまお金に不自由していないから、人間関係を粗末に扱ってもいいだろうと感覚が狂っていくというのが正しいよ。

 

夢の続きがその先になかった人は、そこが原因だったりする。

 

「愛人家業」にしても、「起業する」にしても、「愛している恋人」に溺れるにしても、人間関係を粗末にする悪癖のまま突き進んでいくから、結局は苦しいことになる。

愛人家業は風俗嬢のようにタスクが決まっているわけではなく、笑顔とペルソナを維持する商売だ。

「起業」については言うまでもなく、高度な社会性と泥臭い努力が必要だよね。基本的には起業するって、営業力がないと無理だよ。

「愛している恋人に溺れる」にしても、恋愛に必要なのは本で読むような大げさな哲学ではなく、電話が来たらすぐに出る、出られなかったらすぐかけ直す、今日の予定を教え合う、自分のラーメンに入っているチャーシューを相手の丼に勝手に入れる、みたいなささやかなことの繰り返しだ。

風俗嬢にはそれら全てができないことが多い。全て。人間関係に深い価値を持てないまま年を取ってしまったせいだ。

「気配りとはなんぞや」的な大げさなことを言うわりに、自分の餃子を一個相手にあげることができないわけで。

 

結局、自分がいたのは、高級マンションのモダンなリビングではなく、場末のラブホテルの値段の高い部屋だったといずれ気づくことになる。

その後の人生は、よほどの根性がないと「まとも」にならない。まともな職業、まともな恋愛、まともな収入のあり方ができない。いつも孤独と孤立を感じ、疎外感に苦しんで精神に綻びが出てきたりもする。

 

 

俺もその後の人生に無責任に放ったらかしてしまったことがあって、すごく後悔していた。

だからある頃から、嬢には厳しい制限をすることになった。

 

在籍は一年だけ。それを越えたら強制的に辞めてもらう。

自分は「風俗嬢」ではなく「売春婦」。かっこ悪いことをして金を稼いでいるだけ。だから貯金ができたらさっさと消えること。

売春婦に人権なし。まともな仕事じゃないと言われるのが当たり前。税金も払ってない存在で偉そうな口を利かないこと。

彼氏がいるならこの

商売のことは言わないこと。バレる前にやめること。続けるなら別れること。

辞めた後は二度と俺にも仲間にも関わらないこと。連絡先は消すこと。

 

でもまあ、そんなこと気休めに過ぎないのは想像できると思う。結局は同じことになったけど。俺も途中でどうでもよくなり、そんな制限などなし崩し的に消してしまった。当然、不幸な女の人生を今も見続けている。

 

風俗なんてろくなもんじゃないなと、当事者の俺ですら思う。

不幸人間拡大再生産工場みたいなもんだ。

 そして俺はそのクソ工場からピンハネして商売を気取っていた。