知性をTPOで使い分けないと生きづらくなる

社会に出て働くと、「知性」って二種類あることに次第に気づいてくる。

 

どちらが正しいとか優れているということではない。場所と相手によって、知性って使い分けないと結構生きづらくなる。

その知性を使い分けなきゃならない具体的な場面は、「誰かに質問するとき」だよ。

 

今日はそんなお話。

 

たとえばこんな状況って経験ないかな。

教師にこう質問する。

「先生、勉強が全くわかんないっす。何が分からないか分からないっす。よくわかんないけど点数とるための秘訣教えて。」

すると教師はなんて答えると思う?想像つくよね。

「まずは自分で勉強を始めて、何が分からないか自分で分かるようになってから来なさい。先生はあなたのお母さんじゃない。」

そう怒られると思う。

一方、「優等生」はこんな態度で教師に接触する。

「先生、ここの数式がこうで、こんな風に解くのは理解できるんですが、この問の場合なぜこうなるのか分からないんですよね。」

すると、教師はなんて言う?

「君はしっかり勉強してるね。そこはこうなんだよ。分かるかな?こっちの問題も解いてみなさい。」

優等生は、わからないところを具体的に質問しつつ、自分の優秀さも教師にアピールする。つまり、自分がどの部分で躓いているのか分析し、それを言語化し、教師に一目置かれることも目的にしつつ、質問する。もしかしたら、質問しなくていいところも質問したりする。

学校ではそれが優秀さだと教えられることが多いよね。

 

もちろんそれは悪いことじゃない。学生が勉強を教えてもらうのは教師であって、教師に認められるということは今後有利に働くことだからね。

でも、これは、「タスクがはっきりしている世界」での話。

具体的な作業手順がはっきりして、作業のゴールがはっきり見えている場合ね。勉強もそう、職人の世界もそうだね。事務員の仕事もそう。看護師や介護職もそうかな。

具体的にやるべきことが見通せる世界では、

①上司や先輩という知識レベルが高い人がいて

②その人に知識を授かりに行き

③なおかつ、可愛がられるような質問の仕方をしなければならない

④しかし、知識レベルでその上司・先輩を追い越した時、関わる必要がなくなる

ということになる。

 

④が結構特徴的かもしれないね。

 

一方で、こんな世界もある。こちらは俺のような人間がいる世界。

後輩が質問をする。

「先輩、俺、ここまでは理解してるんですけど、何回やってもちょっとイマイチになるんですよね。惜しいところまでいくというか。ここどのように対策したらブレイクスルーできるんでしょうか」

そう具体的に躓いているところを俺に質問してくる。まるで俺が教師であるかのように。

俺は苛ついてこう答える。

浅ましいわ!

ムカつくのでその後一切教えない。後輩からは当然、人としてどうか的な顔をされ、評判は悪くなるだろう。

でも、こう質問されたら違った。

「先輩、何が分からないか分からないっす。だから一日ぼーっとして終わってしまうっす。このままだと辞めなきゃならないんで、たのんます、ラーメン奢るんで教えてください」

 

これを言うと、「え?なに?アキラは教えてもらう人が卑屈にならないとおしえないわけ?」って考えるひとがいるだろうね。モラハラかと。パワハラかと。

でも別に卑屈になるとかじゃないよ。

やるべきタスクがはっきりしていなくて、目標だけがただ数値化されている世界では、こちらの質問の仕方のほうが優秀だということ。

目標というのは、売上額だったり締切だったり、そもそもそこに居続けることだったりする。だけど、やるべき作業は手順化もされていなくて、手順化されてもそれが永続的に通用するわけでもない。クリエイティビティやリズム感、ビート感が問われる世界のことだよ。

具体的にはどうだろう、営業の仕事やクリエイティブの仕事、アーティスト、起業家、自営業者、開業医、経営者、スポーツ、そんな人達だと思う。

そんな世界で人に教えてもらう、質問するというのは、「自分という器をカラにして先輩に向き合う」ことなんだよ。

 

先輩はきっとこう言う。

「え?全然だめなん?しょうもねえな。じゃあまずはこの一個の作業をやっとけ」

そして、意味不明な作業を指示される。まるでベスト・キッドラルフ・マッチオが車のワックスがけを言いつけられたかのように。こんなんやってどうすんだよって思うんだが、後輩は俺はやれることもねえし仕方ねえかって思いながら作業をこなしていく。

一つ終われば一つ、言いつけられる。次第に、気付きが出てくる。経験も生まれてくる。まぐれで上手くいったりする。あれ?なんで今うまくいったんだろって説明できないことが増えてくる。それを先輩にまた言いに行く。

「まじですげっす。まぐれで上手くいったっす」

そして次の作業を言いつけられる。いい気になってサボると怒られるので、また作業する。また先輩のところに戻ると、飲みに付き合えと言われ、深夜まで仕事の話をする。先輩の悩んでいることも聞いたりする。先輩がした今日の失敗も聞いたりする。愚痴のような形だけど。

飲みの強要つらいっすとか思いながらも、家に帰って寝る前には何かがまた自分の中で動く始めるのが分かる。

すると、次第に後輩は伸びていく。文字通りブレイクスルーするポイントがやってくる。先輩を越えてどんどん伸びていく。

そしてこう言う。「上手くいったのは、先輩に秘訣聞いて、それを自己流にアレンジしたからっす」

実は先輩に聞いたのは秘訣でもなんでもなくて、全部自分でやったんだよって話。

先輩は自分を超える後輩を次々に生み出している。

 

先輩の役割は、知識を授けることじゃなくて、話し相手になって思考を移植しただけのこと。最低限の作業は言いつけられたけど、大切なのはたくさん話をして、思考にケミストリーを起こすからだった。練習も努力もしたのは後輩本人。

 

この場合、先輩を追い越しても、実は先輩と話をする必要がある。用が無くなるどころか、先輩と話をすることで思考がまた磨かれるようになる。

教師に教わりに行く優等生のような態度で先輩に臨んだら、浅ましいと言われるのは、まるで乞食が施しを受けるのに好き嫌いを言い出すのと似てる。だから浅ましいと言われる。

 

タスクがはっきりしているものを教わるときのマナーと、

クリエイティビティが必要な場面で教わるときのマナーは正反対。

 

せっかく優秀な能力を持っている人が、力を発揮できず辞めてしまうことがあるのは、知性をTPOで使い分けられなかったからなんだよ。

クリエイティビティが必要な場で、先輩に優秀アピールしたら干されるに決まってる。

タスクがはっきりしている場で、先輩に丸投げして教えてもらおうとしたら、激しく嫌われるに決まってる。

クリエイティブ系の仕事の人が、同じ職種の同僚と話す時と、事務スタッフと話をする時に知性を使い分けなければ仕事しづらくなるよね。

 

逆に、タスクがはっきりしている場所で、意味のない飲み会を強制されたら仕事を辞めたくなる。

クリエイティビティが必要な場所で、仕事とプライベートを必要以上に分けられてしまったら、孤独になってしまう。先輩の飲み会がときにありがたいのはこっちの人たち。

 

どちらが優れているかって話じゃなくて、使い分けないと社会人はやっていけないよってお話でした。

 

おしま胃