相談を受けるということはこういうこと

先日、大井町の駅前の安いカフェで時間調整をしていた。サラリーマンがWindowsのパソコンを広げてカチャカチャやっているようなチェーン店のカフェだ。そこで弟子のむんたろうと小さいテーブルをはさんで無言でコーヒーを飲んでいた。

 

チェーン店の安いカフェを想像するとあるあるだと思うんだが、隣の席がやたらと近い。否が応でも隣の席の人の会話が聞こえてしまう。

その時隣の席には、30代後半くらいの短パンを履いて髪の毛をつんつんに立てたおじさんと、10代であろう女の子が無言で向き合っていた。どう見ても不自然な2人だった。どうやら、「専門学校を辞めたい」という相談事のようだった。最初、俺はその男は専門学校の講師か何かだと思っていたが、どうやら違うようだ。もしかしたら出会い系かツイッターで会ってしまった二人しかもしれない。

男はもしかしたら悩みごとの相談に乗るっていう口実で女の子と会ったのかもしれないと思い始めた。男は汚いすね毛を丸出しにして、狭い席で脚を組んでいる。隣の俺にも気配りできないような姿に、たぶん教育関係者ではないのが分かってきた。

男は言う。「辞めたいって言ったり、辞めたくないって言ったり、おかしいじゃん。辞めたいなら辞めればいいし、辞めたくないなら辞めなきゃいいし、君の言うことは矛盾してるんだよな。一体何がしたいの」

女の子は目も合わせず無言。何か考えているようだ。

「君は楽しいことって何かないの。」

「親には言ったの」

「学校の何が嫌なの」

女の子は涙を流すだけで何も話せない。

 

いい加減にしろよと俺も言いたくなったが、まあ関係ないのでずっと聞いていた。

男は続ける。

「俺はさあ、総合格闘技やってるわけ。毎日練習厳しくて全然ついていけなかったけど、なにくそって思って根性で毎日通うだけ通ったんだよ。そしたら、だんだんできるようになって、それが自信になって、今は後輩もできて教える立場にもなったんだぜ。だから君もできるよ」

 

もうね、凄惨な現場を久しぶりに見た。女の子の涙は、こんなバカに会ってしまったという後悔の涙かもしれない。ここまで相談を受けるスキルも人間性もない人間をひさしぶりに見た。男の見た目からも、まともな会社員をやっている雰囲気はない。年齢に相応しいコミュニケーションスキルを持っていない。セックスできるかと思ってネットで若い女の子をひっかけて駅前のカフェで待ち合わせてみたっていうだけだろう。当然ながら、そんな男なので女の子は全く笑わない。

 

ツイッターなんかで「相談乗ります」みたいにリプってるおっさんって、みんなこうなんだろうなと思ってため息が出た。

まあ、こんな無能な男には、目の前の女の子を導くだけのスキルはない。いうことは詰問と自分の話(笑)ダメの見本。

 

そもそも相談に乗るというのはどういうことなのか。俺はある時期、風俗店の仕事をしていた。大きなトラブルを起こした過去があるので特定される情報は書かないが・・・ご想像の通り、風俗店のスタッフなんて何かしらの問題を抱えていることが多いわけね。貧困、病気、家族との関係、恋人との関係、借金、犯罪歴、孤独。自分に問題があることのほうが多いが、まあ、若い女の子にとっては精一杯悩んでいる問題だ。

実際はそんなことには深く関わらないほうがいい時も多かった。俺みたいな風俗店のピンハネ大将に言うことでもねえだろって思ったしね。でも仕事に支障が出てきた時には、相談に乗ったほうがいい時もあった。

当時の事務所の近くに深夜までやっている古い喫茶店があった。どうやって売り上げが立っているんだろうと思うほど閑散としていたが、コーヒーが抜群に旨かったし、店主の老婦人は客の会話なんか聞こえないようなそぶりをしてくれているのが心地よかった。いつもそこでコーヒーや紅茶を飲みながら話を聞くのが常だった。

 

問題を抱えた女性と対峙するとき、絶対にしてはいけないことがあった。それは三つのこと。

「論理的整合性を求める」

「自己責任と主体性を求める」

「愚痴に乗っかって悪口を言わない」

 

多くの場合、問題を抱えた女性が持っていないものがある。それは「言葉」

自分の状況や感情を言葉に変換することができないままなんだよね。頭の上あたりに大きな漬物石みたいな塊がある。その漬物石は感情が凝り固まったものなんだよ。それを鳥のささ身みたいにほぐさないと何も始まらない。

「何か悩んでるの」

そんな言葉を掛けたら、「何も悩んでません」と返事が来るだけ。それは分かり切ってる。女の子が嘘をついているわけじゃない。悩んでいるという言葉で表現されるものを持っていないと本当に思っているからだ。もちろん顕在化した問題っていうのはいくつかあるけれど、それと悩みとは違う気がするものだろう。

 

そんな時、俺が問いかけることばはこんな感じだった。

「いつも頑張ってるね。ありがとうな」

そして

「最近、随分と仕事に集中してるのは俺見てるよ。体調はどうなの」

女の子「大丈夫ですよ」

アキラ「やせた感じするけど、メシは食えてるの?」

女の子「食欲だけはありますw」

アキラ「そうかそうか、それなら安心した。あのさ、最近、毎日考えていることってどんな?楽しいこととか、興味あることとか、消化できないこととか。教えてよ」

 

女の子は大抵の場合、少しだけ笑う。そして少し考える。そして言う。

「特にはないんですけどね・・・」

アキラ「特にはないけど、あることはある」

女の子「まあまあ・・・」

 

そしてポツリと何かを言う。今そこにある問題。でもそれは問題の本質ではない。そこで出てくるのは、必ず、問題を象徴する何かでしかない。

例えば、

「彼氏がパチンコとかで借金作ってる、ギャンブル中毒だと思う」という言葉が出てくる。大井町のような相談乗りますおじさんの場合、きっとこうやって返すだろう。

ギャンブルをやるやつはろくな奴がいない、別れたほうがいいよ。ってね。勝手にジャッジするわけだ。何か自分の中の価値観と、彼氏がいるということに嫉妬して攻撃になるのか、突然結論を押し付けてくる。

でも問題の本質はそこじゃないわけだよな。

しっかり表情と言葉の四隅に耳を澄ませていけば、分かってくる。問題の本質は、彼女自身の心の置き場所だ。

風俗なんてやっているのは最初は興味本位だったかもしれないけれど、今は金に余裕がある。借金も返し終わって、口座には1000万円の貯蓄もできている。やろうと思えば何でもできる自由がある。でもこの風俗の仕事でなければ、月収20万円の収入すら難しくなる。結婚もしたいと思ってるけど、彼氏は決して所得は高くない。でも一緒に働けばきっと何とかなる。それなのにパチンコにはまってしまう。こんな彼氏に腹も立つけど、でも彼氏はこの人だけ。そのジレンマに毎日重くなっている。彼氏は何を考えているのかも聞けないし。仕事はそれほどストレスもなくやれているので毎日生きていけているけれど。毎日が不安。

俺は、彼女がきっとそう考えているだろうと思って、言う。

「ああ、パチンコ。はまってんのか。」

「すごいんですよ?この前消費者金融からも督促来てたの見たし、友達からも借りて返してないみたいで。」

「ああ、ひどいな」

「ため息しかないです」

「まあな。彼氏とは仲いいの」

「いいと思います。パチンコだけなんで」

「借金いくらあるか分かるの」

「500万円かな。もうどこも借りられないと思うんで増えてないです」

「お前が返したらどうよ」

「え、そんなのバカらしいですよー」

「いやいや、彼氏大事にしなよ。でも黙って渡すのはだめだ。今から500万円貯まったら、俺が彼氏とお前を二人呼んで、俺の手から渡すのはどうだ」

「彼氏ビビると思います」

「自分の女が好きならこれで惚れ直さなきゃ男じゃねえって俺が言うよ」

彼氏だって、自分の女に情けない俺ですまんと思いながら、後戻りできない地獄にはまってんだろうし。ギャンブル中毒ってほどまだ病的じゃないよ。仕事がうまくいってないのかもしれない、実家がごたついているのかもしれない、逃げ道が欲しいだけだ、彼氏も。

俺の仕事、これから後半年は手伝ってもらえたら500万円は稼げるだろ。俺も助かるし、それで彼氏とやり直せるなら悪くないと思うけど、どう?

 

「アキラさんのためになら私やりますよ。でもそのお金を彼氏に使うかはまだ決められないですね・・・」

「もちろんそれでいいよ。」

彼女は求めているのは、ギャンブル中毒を辞めさせることじゃない。自分と幸せな関係を築きたいと思っているのか知りたい、そういうことだ。興味があるのが現象じゃなく、感情だ。

 

結局、悩みはそこにあったわけだ。でも、悩みはあるのって訊いたら、何もないですって言うに決まってる。こうして大きな塊を少しほぐすことができたら、初めて、こちらが自分のことを語ってもいい。

「俺のことになるけどさ、俺も彼女が酒乱で。どうしようもないけど、支えてきたんだよね」みたいな俺の問題を話すことができる。

相手は俺の質問しやすくなる。

「どうして別れないんですか?」

俺は言う。

「俺はそのくらいで別れるとか情のない男じゃないよ。好きだからいるんだよ。でも俺も不安だね。」

「何が不安?」

「別れてしまうこと、かな。今まで楽しかった思い出を過去にすることが怖いな。」

「他人のことを見ると客観的になれますね(笑)」

「だろ。似てるだろ(笑)」

「ほんとだ」

 

きっとここまでくれば、彼女の中で、言語化はできてきたと思う。まだ言葉にはならないと思うけど、言葉ではない言葉に気づいたはず。

論理的整合性も、自己責任も主体性も、一切関係ないんだよ。どうでもいい。下手な共感ごっこもいらない。

相談事っていうのは、言葉じゃない言葉で心の中で気づきを与えることなんだよ。