あなたの起業には絶対に賛成しない

俺は24歳の誕生日を迎える前に会社員を辞めて起業した過去があるので、今もたまに起業を考えている若い人に相談を受けることがある。現在勤めている会社を辞めて、起業をする準備を進めていると言う。資金もある程度調達し、人脈もある程度あり、知識もある程度身に着けているので、もちろん最初からうまくいくとは思ってないが失敗する気もしないと言う。

まあそれはともかくとして、起業を考えている男性の多くは、既婚者なんだよね。

奥さんは働いているの?」と訊くと、パート主婦だったり、専業主婦だったりする。

「それで奥さんは不安がってないのかい?」と俺は質問する。「文句言われないのかい」と。

するとみんな言うんだよ。

「妻は理解してくれています」って。

「ふうん」と俺は言って、必ずこう答えることにしてる。

 

「起業など夢見ることは止めなさい。家族を大切にしなさい。」

 

みんな驚いた顔をする。おおいいぞ、やれやれって言ってくれるかと思ったのかもしれない。でも俺は無責任なことは言えない。自己責任なのは確かにそうなんだが、いいねなんて言うのは違うと思って。

 

みんな俺のことをバカか何かをみるような目になる。なんだ、こいつ平凡な人生がいいと思ってる凡人じゃねえかと。チャレンジすることの尊さを理解してないおっさんじゃねえかと。なんだアキラは俺に嫉妬してんのか?と。

別にそれでいい。俺は自営業者であり、会社員では不可能な年収はあるが、それでも起業しようとする人に自営の仕事を勧めることはしない。いま会社員やれてる立派な社会人が、わざわざドロップアウトすることもないだろうと思うし、そう言う。

 

その後、彼らが俺にまた相談に来ることはない。起業したやつもいるし、しなかった奴もいる。大成功したやつは一人もいない。商売を続けているやつもいれば、とっくに諦めて再就職したやつもいる。でもみんな優秀な奴らばかりだから、やり続ければ絶対に成功するに決まってるとは思う。

 

俺は別に、可能性を感じないとか覚悟を感じないとかそういうエモいことを言って反対してるわけじゃないんだよね。やれば必ず成功できると思ってる。人は誰でも。成功するまでしつこくやれば、いつか必ず成功する。失敗するかもしれないけど、なんのかんのと結局みんな成功すると思う。

 

じゃあなんで?

 

俺はこんな相談を受けるとき、こういう言葉が頭に浮かぶんだよね。

22歳の時、俺がいた店の社長だった人が、深夜の新宿で俺に言った言葉。

 

人生の辻褄は、絶対に合わない。

 

俺も言ってる意味が分からず、だから俺も起業してひどい目に遭いながらも現在に至るわけなんだけど、

今なら言葉で説明できる。

 

年収600万円がある会社員が起業したとする。起業前には税込み年収600万円、支出は税込みで480万円だったとする。ということは、年間の収支は120万円の黒字だったということだよね。120万円は現金だけとは限らず、生命保険だったり積立投資だったり定期積立だったりするかもしれない。とにかく、キャッシュフローは黒字だったということだよね。

起業前に貯蓄が1000万円あったとする。起業して初年度は年収は250万円。支出は自営業になると保険料などが嵩むので530万円になったとしたら年間収支は380万円の赤字になる。そこで貯蓄は620万円に減っていく。

もし翌年度の年収が150万円になり、妻の車の車検がやってきたら。それに仕事がうまくいってなくても交際費は増大し、子供の教育費も年々増えていく。

1000万円の貯蓄なんて長くて3年、アクシデントがあれば2年で無くなる。3年目で突然商売が軌道に乗り年収が確保できるようになったとしたら、まあ「貯金は一回ゼロになって焦ったけど俺、本気でやったよ」的な美談を言えるくらいの余裕はあるかもしれない。

でもそれが5年、7年と続いたら?生活のサイズを小さくすれば済むわけじゃない。当然借金などで生活することになるが、その返済ものしかかってくる。

 

そうして、家計のキャッシュフローは火の車になるが、奥さんはきっと「もう辞めてほしい」とは言わない。言えるわけがないだろう。

追いつめられるとこう思う。

もう少しで成功できるから、年収が2000万円になったら全部取り返せる。生活は全部逆転する。これが会社員に戻ったら、年収450万円がやっと。借金も返せなくなるし、そうなったら自己破産しかない。俺には成功するしか道がないんだよ、って。

 

それはそれで美しい言葉の響きなんだが、気づいていないのは本人だけなんだよね。

奥さんからの信用を無くし、子供たちの不安を深め、今この瞬間にしかできなかったこと、この時期にやるべきだったことを、全部やれなくなることに気づかない。

 

10年が過ぎ、ようやく人並みにお金を稼げるようになった時、きっと、失ったものの大きさに気づく。離婚はしてないけれど、妻とは疎遠になり、子供たちはろくに口も利かない。

俺、年収4000万円なんだぜ、すげえだろ、成功したぜ!と言ったところで、社交辞令のように「いいね」と家族は言う。目も合わせてくれない。

 

実は売れなかった時代に不倫をしていて、お金を貸してくれたりいろいろ面倒をかけてしまった女性とはとっくに別れてしまい、恩返しもできないまま。その女性はとっくに結婚してしまっていて連絡の取りようもない。きっと糞不倫男と思われて嫌われているはずだ。

 

10年もの間、ぼろい車を誤魔化しながら乗ってきたが、この際、BMWに替えるかもしれない。近所の人が訝し気に見るほど立派な高級車。

服も買いそろえる、妻と子供にもたくさんのものを買い与える、旅行も連れていく、やっとのことで借金も完済できた。

 

でも。

 

きっと、心は晴れないだろう。激しく散財すればするほど、心に雨雲が垂れ込めてくる。失ったものの数を数えるような人生が始まる。でもそれもきっと慣れていく。そしていつか、「金はあるけど白けてるおっさん」と思われるようになる。楽しくなさそうな金持ちのおっさん。

 

人生は、金の勘定のようにプラスマイナスでは絶対に辻褄が合わないもんだ。

 

起業なんてやめて、今の会社で昇進を狙ったり、奥さんに120万円くらいパートしてもらったりしたほうがいい。

BMWは乗れないかもしれないけど、子供をディズニーランドに連れていくことはできる。高級ホテルには泊まれなくても、北海道旅行にいくこともできる。大きな家じゃないけれど新築の家を40年ローンで買うこともできる。

もし失業してしまったとしても、絶対に奥さんと子供の信用は無くさない。起業して我慢させた10年より絶対にましだ。

 

じゃあ、小さくまとまれって言うのかと呆れるかもしれない。チャレンジすることを否定するのか、って。

そうだね、もっと大切にしないと短い人生、後悔すると思うよ。

絶対に成功はするから。必死にやれば絶対成功する。成功するんだけど、失ったものは取り返せない。

家族の気持ちだけじゃない、独身の人でもあの頃傷ついた自分の心は絶対に成功では癒せなくなる。金では傷は癒えないんだよ。

 

俺もそう。

虚ろに大金をバラまいて生きるようになった自分に気づいてショックを受けたりする。

 

だから世の中の成功した社長達は、もっとわくわくする新規の事業をやりたがるんだよ。麻薬と同じだ。一生取り返せないものを、退屈さを吹き飛ばすような刺激で誤魔化すように生きている。