東京は夜の七時

loverescue.hatenablog.com

 

なぜ俺がラブレスキューで執拗に20歳前後の頃の話を書くのか、実は自分でもよく分からなかった。

ふと、今日思い出した。

フラッシュバックみたいに、怖いくらい生々しい感触として。

20歳の頃、新宿の夜の7時に降り立った自分の心の中を。

 

俺は、16歳の時に病気を発症した。勉強はまるで手がつかなくなり、進学校の中で哀れなほど順位が下がっていった。結局3年間で体調が回復することはなかった。

学校が終わると、家に帰ることはなく、深夜まで女の子とうろうろしていた。毎日停電みたいな田舎町で何をしていたかは覚えていない。一人暮らしをしている友達の家に遊びに行ったり、ゲームセンターでたむろしたりしていたんだと思う。

3年間、まともに家に帰ったことは本当に少ないと思う。今思うとシャワーとか着替えとかどうしていたんだろうと不思議なくらい。

 

夏の日、19時になると次第にあたりは暗くなってくる。街灯がつきはじめ、夜の店のネオンが眩しく見えだす頃、俺は胸の奥の方で錆びた歯車が回るような感触を覚えていた。歯車の隙間に砂を噛むような。足取りが鉛のように重くなり、呼吸が早まり、そわそわしてじっとしていられなくなる。裏路地の角々に黒い人影が見え始める。耳元で女がささやくような声がする。

 

「アキラ、様子おかしいよ?」と17歳の彼女が言って笑う。

「なんでもねえよ」と俺は言った。もっと走らないと、もっと早く走らないと、俺は死んでしまう。そう思って叫びたくなったりした。

 

元気がいいわけじゃない。恐怖と不安が夜の闇に紛れて俺に襲い掛かってくるんだ。

 

俺は、夜が深まっていくにつれて不安と孤独で死にそうになる病気だった。

今でこそその病気には名前がついている。当時はそんなことなんか知るわけもない。

ただ、今夜はこのまま死んでもいいぜって思っていた。まだほんの高校生だった俺だけど。

 

その感触は、18歳で東京にやってきてからさらに強まった。

「ママ、俺、東京に引っ越すんだよ」って俺を捨てた実の母に教えようと自宅に行ったら、厳しい口調で迷惑だと言われたその数日後、俺は東京に移り住んだ。

 

東京の夜は、田舎の夜よりもずっと俺を不安にさせた。東京の夜の七時から深夜3時までは、絶対に1人でアパートの部屋にいるなんて無理だった。怖すぎる。不安すぎる。孤独すぎる。

引っ越した最初こそ自宅でずっと我慢して家にいたけど、すぐに怖くなった。

 

東京に住んでいるあいだ、俺は夕方から深夜にかけて一人で部屋にいるなんて数えるほどだったと思う。

とにかく夜をやり過ごさなきゃならなかった。その怖い夜の時間に、俺は客と恋愛ごっこをし、糞みたいな気分になっては恋人との幼くて傷つけあうような恋愛を追いかけて。疲れ果ててベッドに入って気絶するまで、俺は東京の夜の闇から逃げ続けた。

 

それは今も同じだ。

夜になると、死にたくなる。何度か死のうとしたのも、夜だった。

 

大人になっても昼に会社員をしていながら、夜はデリヘルの仕事をした。夜が来るのが怖かったからだ。もちろん金を稼がなきゃならなかったのもあるけれど。19時に会社を出て、部屋にも帰らず事務所に行き、深夜2時過ぎまで仕事をした。仕事が終わっても女の子たちにせがまれると引き連れて近所のラーメン屋に行ったりね。仕事に関係ない生活の悩みごとにも一生懸命乗った。

家に帰って気絶して眠って、数時間後に起きてシャワーを浴びて会社に出勤する。

その生活で俺は疲れ果てて帯状疱疹が出るほどだったけど、夜に喰われてしまうよりずっとましだった。

当時付き合っていた彼女とも、昼間に会うことは数回しかなく、すべて夜だった。その彼女に黒霧島の瓶で殴られ病院送りにされたのももちろん夜のこと。

夜にすべての人生を詰め込むような。

 

夜が怖い

夜が怖い

夜になると俺は死ぬかもしれない

死んでもいいけど、一思いに殺してくれ

 

そう思いながら、今でも夜に1人で黙っているのは苦手だ。

 

溺愛する彼女といる時じゃなければ、黙って夜の時間を過ごすなんて無理なんだよ。