コレクションをする男①

※今日のお話は全て実話です。ブログに書くにあたりご本人からの了解を得て、設定を多少変えています。

 

今日の出来事。7月末の気だるい日曜日の夕方。ある33歳の女性と話をした。

 

2年前の7月20日アポロ11号が月面着陸した何十周年目かの日に、離婚をしたと俺に言った。マグカップに淹れたコーヒーを飲みながら、手には細いボールペンを持ちながら、静かに言葉を紡いでいた。

「なぜ、離婚したのか聞いてもいいかい」俺は質問した。

女性はシルバーのボールペンを手の中で転がしながら、言う。

「まあ、価値観の不一致というか。」

たぶん言葉が不正確だと思ったので、もう少し細かいことを言えるように何回か質問した。するとゆっくりと言葉を飲み込むように言った。

「女関係、、、かな」と女性。

「女。浮気。」

「浮気と言うか、たくさんの女性と同時に、関係を」

「うん。たくさんの女性と同時に。」

「それと、ちょっとしたことでキレる。沸点が40℃くらいのイメージ」

「ああ。手が出る?」

「そう。それと、嘘をつくひと」

 

彼女は23歳で同じ年の夫と結婚して、3年間は子供を作らず2人で暮らした。ずっと避妊していたという。夫はまだ若く収入が低かったため、子供が出来ることを心配していたせいだった。

夫のことは当時、優しくて情が深い人だと思っていた。付き合っている時に後に妻となる彼女が交通事故で入院すると、毎日のように見舞いに来て、お菓子や果物を差し入れてくれた。彼女の両親も彼の愛情の深さをとても気に入って、結婚するまで何の障害も無かった。付き合って1年であっさり結婚をした。

 

結婚をした後、夫の印象に違和感を持つようになった。愛情が深いのは間違いなかったけれど、妻が働くのを露骨に嫌がった。仕事中も頻繁に電話をかけてきて、今何をしているのかを聞く。スーパーに買い物に行ったり、美容室に行ったりするのは安心していたが、友達と会うと言ったり着信に気づかずにいると、とたんに不機嫌になった。当然のように、友達同士での夜の食事会や泊りがけでの旅行などは絶対に許さなかった。

 

それでも、妻の誕生日や二人の記念日には驚くほどのマメさを見せた。話し上手で気配りも出来る人。そこだけ抜き取れば、友達も羨むような夫だった。友達の彼氏たちは、彼女の誕生日すら忘れてしまうような人ばかりだから。

決して高収入でもないし高卒の会社員だけど、仕事ぶりも真面目で評判だと聞いていた。

 

でもなぜだか、彼女は自分のことが幸せだと心から思えなかった。

 

結婚して4年目に入るときに、子供が出来た。27歳となることに彼女の方が焦りを見せたからだった。

「子供が欲しいと何度も言わなければ、きっと子供を持つことはなかったと思う」と彼女は言う。

 

しかし子供が出来てからは、夫は父親として完璧だった。子供の世話を厭わず、深夜に泣く子供をあやし寝不足になっても文句ひとつ言わない人だった。

だが子供が1歳を迎える頃、突然夫の様子が不自然になった。

 

「仕事で遅くなるので食事はいらない」とほぼ毎日、昼にメールが入った。

「分かった、ごはんはちゃんと買って食べてね」と最初は彼女も返事をしていた。

次第にその連絡もなくなり、深夜2時や3時に帰ってくるようになった。彼女は毎日夕食の支度をして待っていたが、夫はいつも深夜にしか帰らなかった。1歳の子供を寝かしつけてから、毎日深夜まで夫の帰りを待った。

 

妻はいつの頃からか、悪い想像をするようになった。

女性がいるのではないか?女性の家で食事をしているのではないか?もしかしたらその女性は妊娠しているのではないか?子供までいるのではないか?結婚する前から付き合っているのではないか?

 

帰ってくると夫からは女性の香水の匂いがした。

しかもその香水は日によって違った。

 

そんな日が半年も続いたころ、耐えかねた彼女は夫に自分の疑念をぶつけた。朝の出勤前のことだった。

「女、なんでしょう?浮気してるんでしょう?」

すると、夫は気が狂ったかのようにキレはじめ、妻の髪を掴んで床にねじ伏せ、腹を蹴った。内臓がねじれるような激痛に息が出来なくなり、気が付くと夫は家を飛び出していった。

子供が激しく泣いていた。床に自分の髪の毛がたくさん落ちていた。

 

妻はそれ以来、恐怖で夫に女性関係の話が出来なくなった。夫は何もなかったかのように同じように深夜に帰ってくる生活を続けた。次第に、帰ってこない日も増えた。気が付けば自宅でシャワーを浴びる姿を見なくなった。

 

妻は、夫が不倫をしていると強く思っていた。一人の女性と二重生活をしているんだと。そしてある日、スーパーの駐車場にある看板が目に入った。

 

「浮気調査」

そう書かれた探偵事務所の看板だった。翌日、子供を連れてその事務所まで行ってみた。胡散臭い中年男が物腰柔らかく話を聴いてくれた。調査は数日で済むし写真も撮れる、事実関係の証拠をそろえることは簡単だと言った。

でも、知らなくてもいいこともあるんですよと、中年男は言った。いいんですか?

「いいんです、お願いします」

蚊の鳴くような声で彼女は言った。

結婚するときから隠し持っていた貯金から、数十万円を料金として支払い、報告を待つことにした。

 

その二週間後、探偵の男から調査が終わったと連絡があり、事務所にまた行った。

そこで知らされたのは、想像をはるかに超えた夫の実態だった。

 

夫には確かに浮気している女性がいる。その証拠となる写真を見せてくれた。まずは女性の自宅アパート。次に女性本人の写真。髪が長く背の高いスレンダーな美人。夫がその部屋に入っていく写真。スーパーの買い物袋を持って。

残念ながらこれが現実。

でも、それは現実の一部分でしかなかった。

夫には他にも女性がいた。探偵の男が確認できているだけで他に7人。全員の写真は見た。詳しい素性は未調査で別料金だと言われたが、7人は50代風の中年女もいれば、制服を着た高校生までいる。醜い肥満体の中年女もいる。その肥満体とはショッピングセンターの駐車場で待ち合わせ、カーセックスをしていた。

それと、浮気した後で一人でラブホテルに入り、デリバリーヘルスを呼んでいたことも聞いた。ラブホテルの駐車場に置いた車から一人でビルに入っていく姿の写真もあった。背の高い女性と会ったそのあとで、車を飛ばして中年女に会って行っていたこともある。

 

ショックだった。

でもこの探偵の男は優秀な人なんだなって、なぜか考えてしまった。

 

「ご主人、病気だね」と探偵の男は言った。「浮気とかじゃなくて、病気だよ。よくあるんだ、こういう人。男性に多い。ご主人は、不倫にさらに浮気も重ねてる。訴訟とかじゃなくて、まずは病院に連れて行きなさい。追加料金でもっと詳しく調べることもできるけど、勧めないよ。」

 

彼女は激しい動揺で、その日どうやって家に帰ったかは覚えていない。その日もやはり夫は帰ってこなかった。

 

それでも、彼女は夫に知ってしまった事実を告げることはできなかった。

それから数年もの間、彼女は子供のことだけ考え、同じ生活を繰り返した。夫は子供にはいい父親であるのは間違いなかったが、時々不機嫌そうな声をあげるたびに子供は怯えるようになった。

そして子供は幼稚園に通うようになったが、ある日園長先生から呼ばれ、専門の病院を受診してみてはどうかと勧められた。幼稚園での様子が気がかりだと。

 

そんな緊張を強いられる日々を続け、2年前の7月の初め、また何かの拍子に夫婦喧嘩になってしまった。

激しく怒鳴る夫に黙って耐えていた。夫が言う。「もう離婚する!」

妻はそれに黙って頷いた。自分から切り出すことが出来なかったから、ちょうどいいタイミングだと思った。

離婚をこんなに簡単に決めていいのか分からないけれど、ずっと黙って悩んできたのだから、もう解放されてもいいでしょうと妻は自分を納得させた。

 

そして7月20日。離婚届けを市役所に出しに行ったのは夫だった。

 

離婚してから、彼女は元夫のことを考えるだけで疲労感を感じるようになった。だから電話もしないしLINEもしない。養育費も拒否したし子供に会わせることもしない。


でも夫のことが嫌かというと、あの状態は嫌だったが、人として嫌いとかではないと思ってると言う。

 

「それでね、アキラさん。昨日、夫から復縁をお願いされたの。LINEで。」


「そうか、どうするの」


「どう思う?」


「旦那さんは勇気持って言ったと思うよ。」


「うん、でもばっさり断った」 


「なぜそんなこと今言って来たと理解してる?」


「歳をとって女から相手にされなくなってきたんじゃない?」


「そうかな。違うと思うよ。」


「子供に会いたいだけかな」

 

「もちろん子供のこともあるだろうけど、その根っこのところ、考えてみたほうがいいよ」


「どういうこと?分からない」


そうだね。じゃあ、俺の話をしようか。

アキラ自身の話を。

自分のことに置き換えて聴いてみて。


《②に続く》