デニムに寄せるコンプレックス

あの頃、履いていたジーンズは気がつけばボロボロになっていた。

 

18歳の時、たった一人で上京するときに履いていたのは、リーバイスのデニムだったのを覚えている。ウエストが29インチ。高校時代にさんざん履きつぶしたデニムを履いて新幹線に乗り、上野駅で降りた。時代はバブル末期の東京。新宿では自分の服装は恥ずかしかった。田舎から出てきて、膝とお尻の生地が薄くなって今にも破れそうなジーパンを履いた自分を、道行く人がみんなバカにしているような気がした。

もちろん、俺のことなど誰も見ているわけがないけれど。

 

それでも、そのリーバイスを捨てることはなく履き続けた。当時住んだアパートの近くに洋服のリフォーム店を見つけて、そこでお尻と膝の破れた部分のリペアを頼んだ。裏地をつけてタタキを縫ってくれた。おかげでまた履けるようになった。

 

決してカッコいい見た目ではない。高校生の時に買った何の変哲もないリーバイス501。でも履くと、高校時代に病気で苦しんだことや、付き合っていた彼女との思い通りにならない恋愛を思い出したり、真冬に猛吹雪の中を歩いて家に帰った時の風景を思い出した。石油ストーブに近づくとちりちりと痛むように熱い、あの感覚も思い出す。なんの目的も理想もなく、東京に引っ越すことに決めてよかったのか、何度も考えていた18歳の冬を思い出すような、ちょっと重苦しい服だった。

 

ちょっとした経緯から夜の仕事を始めた時、仕事では華やかでおしゃれな服をたくさん持つようになった。新宿のごく狭い街でしか通用しない気取った服を着て闊歩していた俺だったが、仕事から離れるといつも、そのリーバイスを履いていた。

リーバイスと、白いジャックパーセルと、夏はTシャツで冬は継ぎはぎだらけのニット。マフラー。それとどこかで買った安いレザージャケットかダウンジャケット。華やかで少し気が狂ったような街を少し離れると、俺は自分が安心できる同じ服ばかり着ていた。まるでライナスの毛布のように。

仕事で着る服は2か月ごとに手放していた。父親の月給より高いカシミアのコートも、ヘンプのジャケットも、履き心地の悪いGucciのローファーも。どれもこれも自分じゃなかった。

洗いすぎてスカイブルーになったボロボロのデニムを履いている自分が、本当の自分だと思っていた。本当の自分なんて、実は誰も分からないのだけれど。

 

そんなリーバイスも、気がつけば自分の手元になかった。そのあたりは記憶に全くない。何度か引っ越した時に遺失したのか、時々頭がおかしくなっていたので捨ててしまったのか、一緒に住んでいた女性の誰かが勝手に捨てたのか、よく分からない。

 

覚えているのは21歳頃は、501じゃない、もっとイマドキのシルエットのデニムを履いていたこと。数本持っていたと思う。リペアに出したことはないし、色落ちするほど履いた記憶もない。たぶん、数か月履いては捨てていたのかもしれない。

 

ラブレスキューを描くとき、服の描写の多くはあいまいな記憶を創作で補っているけど、「蝉」に出てくる「俺」のリーバイスは、あのデニムのままの記憶だ。あの当時はまだ履いていたのが分かる。あの夏も、Tシャツとデニムだった。

 

あれから30年近くが経っても、俺は今でもデニムを履いている。

でも、デニムに複雑な感情を持っているのも気づいている。

 

18歳の時のように、自分の肌のように、自分の生活のように、一本のデニムを履き続けられない自分がいる。

求めているのはこのデニムじゃないんじゃないかと思ってはクローゼットの奥に仕舞ったものが数十本もある。

シルエットが違うんじゃないか、色が違うんじゃないか、ブランドが違うんじゃないか、セルビッジ付きじゃないからじゃないか、ストレッチは邪道じゃないか、なんて色んなことに文句をつけながら。

 

きっと、あの頃のリーバイスを追い求めている。

たぶんどれも満足することがないのも知っている。

追い求めているのはデニムじゃないからだ。あの頃の俺なのかもしれない。あの不安定な魂を転がすように、怯えながら地下鉄の階段を駆け下りていた俺を求めている。

リーバイスが象徴するものは、きっとそれだろう。

 

今は、Lee101のヘンプ混のセルビッジデニムと、nudie jeansのBrute KnutとThin Finn、それと古着で買った1991年アメリカ製のリーバイス501の4本を履いている。スーツを着る時間が多いけれど、普段は寝るまでデニムを履いている。

気が向けば古着屋やネットショップで、デニムばかり眺めている。

 

普段の俺は、きっと気難しそうで、身なりの粗末な男だろう。孤独に仕事をし、お金だけをたくさん稼いで、一人でぎこちなく眠りにつく。内面からあふれ出てくるものを素手で抑えながら、毎日生きている。

 

田舎町の片隅や、現代の新宿の路地の向こう側で、それでも正気であろうとしている。