苦しいなら仕事は変えてもいいんじゃないの

これは別に今に始まったことではないけれど、今の自分の職場環境が苦しくて仕方ないという人は本当に多いと思う。

 

もちろん、今の環境に満足している人もいる。今の環境は学びがあって誇りも高く持てるし、お金を払ってでもいたい場所だと思う人も確かにいるんだよ。その多くはいわゆる一流企業やマインドの高いスタートアップだろう。優秀な人材が集まっている場所というのは、業種業態関係なく、そういうもの。

 

でも多くの人にとってそんなことは夢のまた夢。たとえ自分が優秀だったとしても、優秀な環境にいられるとは限らない。才能があっても境遇が悪ければ低学歴のままの人もいる。幸運が揃わなければ、たとえ頭脳が優秀でもいい環境にいられるわけじゃないんだよね。

「努力」という概念すら、偶然と幸運の産物だと思う。努力するということすら知らずに大人になった人たちは大勢いて、その中には本来知的に恵まれているはずの人も少なからずいる。

 

そうなると自分の本来の能力とは大きくかけ離れた環境で仕事をすることになる。

 

職場の腐った人間関係、陰口、妬み、目的と手段がすり替わったルール、上司の保身で潰されていくアイデアとやる気。

そんな環境にげんなりしながらも、いつの間にか自分もそこに留まっている。職場と関係がないところで、セミナーを受けたり意識高い系のオンラインサロンに絡んでみたり小難しい本を読んでみたりしているけれど、月曜になれば待っているのは、あの死んだような顔をして、何もしないのが安全でいられるコツというあの職場。

自分もいつしか、意識だけは高いつもりの、何もしない人になってしまっている。

 

逆に、自分の能力よりも高すぎる環境にいて苦しむこともある。低学歴のはずだが何度か転職を繰り返してたどり着いたのが、新卒なら就職できなかったような企業だったり。

周りの能力が高すぎて、自分ができることが何もないと知ったときの苦しさってある。次第に、だめで当たり前、だめだと失望されて当たり前、出来なくて当たり前、期待されなくて当たり前になっていく。

「あの人、なんでここにいるの」という目線は気のせいではなく、本当にそう思われている。いつの間にか無能を受け入れて、何もしないことに慣れていく。

 

こういうことに、いつまで我慢するのかと思う。

一年、また一年と時間だけを浪費して、はっきり言えば業界の底辺で必要のないクズになりさがっていくことを、どうして自分に許しているのかと思う。自分が優秀であろうとなかろうと、いずれにしても必要とされていないわけだろう。

 

その環境が似つかわしくないほど自分が優秀だとしても、逆にそこが自分には高すぎる環境だったとしても、自分が月曜日を楽しみにできない状況なら、もう辞めるべきだと思う。

 

月曜日の朝が楽しみで、日曜日の夜に靴を磨いたり、服にアイロンをかけたり、仕事道具の手入れをする自分じゃなかったら、その職場はもう去る時だよ。

転職するのは負け、とか思っているとしても、もう負けてるじゃんって。月曜日の自分に負けて暗い顔をしてるじゃない。

 

優秀な人は、起業でも転職でも思い切りチャレンジすればいいと思う。

あまり能力は高くなくて、俺のように障害がある人は、無理せず自分のペースで働ける環境を見つけてもいいよね。

アンマッチな環境にいつまでも甘んじていては、心を蝕むだけだよ。

 

 

能力があるなら、能力を必要とされる場所に行けばいいし。

能力がないなら、自分が快適に過ごせる場所に行けばいいし。

 

それだけの話でしょう。

 

収入が下がってしまうなら、収入に見合った生活に変えればいいよね。それの何が悪いのか分からず怖がってるんじゃないの。

 

もう苦しむ必要はない。

「不安」を言い訳にしているわりに、自分の心の荒み方を心配できないほど腐ってるよ。