幸福になる会話、不幸になる会話

人が羨むような仕事やポジションで、誰もが手に入るわけではない学歴や育ちがあり、ありとあらゆる言葉を知って使いこなすだけの知性があっても、不幸せさを表情に塗りたくったような女性を多く知っている。

 

東京の夜景を見下ろすようなすごい景色を眺めるレストランで、ふとした拍子に顔を出す不幸せ感。

朝起きた瞬間の、無自覚なため息が伝わってきそうなメッセージ。

世の中の期待外れの数々を背中に背負い、仕事に行く道すがら。

 

俺は不幸な女と時間を過ごすことには慣れている。なんてことはない。18歳からそれが仕事だったから。

しかし慣れているものの、疲れてしまう。知り合いでいることにさえ疲れてしまう。

 

その不幸せになってしまう理由というか、ささやかだけれど確実にある誤謬が見えている。でも、指摘するほどの人間関係ではないよなと思い、黙っている。そして俺もまた、最後には期待を裏切る行動をするしかなくなる。裏切るまでいかなくても、コミュニケーションの出力を絞り切って一緒にいることになる。最後には、丁重な態度でゆっくりと消える。

 

多くの人がそうやって接していれば、本人はどんどん不幸が表情に滲み出てくる。

 

きっと子供の頃は「おてんば」で「元気いっぱい」に育ったのだろうと想像する。

 

天真爛漫だと言われて育ったことだろう。

根暗だと言われたことはない。まるでアニメのキャラクターにいそうな女の子として育ったに違いない。

自分のことが大好きで、毎日笑って学生時代を過ごしたと思う。

 

でも次第に、本人は生きづらさを感じ始める。

他人とのコミュニケーションがことごとくうまくいかなくなる。些細なことで腹を立ててひどいことを言ったりする。大人げないなと思いながら、残酷な態度を取ってしまったりする。みんなが自分をバカにしてるような気さえしてくる。

 

多くは、天真爛漫な育ちゆえ。

 

人の話を聴くときに、必ず自分の意見を言ってしまう。

人の話を聴くときに、共感ではなく、話を遮って評論をしてしまう。

それが自立した女性だと間違って思い込んだのかもしれない。話を最後まで聞くことが全くできない。元気いっぱい自己主張をし続けてしまう。

 

他人との関係が元から苦手で、慎重に構築してきた人たちは、必ず主観を横に置いて話を最後まで聞く習慣がある。自分の意見を言おうと焦ることは絶対にない。相手が話すのを聴いている。

だから相手は話をするのが快適になるし、関係性を大切に扱ってくれる。

 

例えば人の話を聴けない人の特徴はこんな感じ。

 

 「コロナの自粛騒ぎで会社の状態が悪いんだよね。ボーナスが出ないのは仕方ないけど、来年の仕事が何もないらしい。仕事を取ってこいと社長が焦ってイラついてるし、最近すごく疲れてるよ。」

 

女 「それは仕方ないのでは?うちの社長は、こういう時に焦っても仕方ないと大きく構えているから、さすがだと思うわー。売り上げは下がってるけど内部留保もあるしそれも安心材料かもね。それに比べてあなたの会社は財務が弱いのでは?」

 

男 「もういいよ。寝る。」

 

 「もう寝るの?それじゃ、しゅきしゅき~愛してるよ~おやすみ」

 

男 「(きもちわる)」

 

これが繰り返されたら、いい加減縁を切りたくなるだろ。

俺はこういう会話を18歳から沢山経験してきた。中年女性たちの話し方を思い出すだけでもうんざりする。

 

なぜ自分の話をした挙句に評論をするのか。なぜ、まず「ほんと今は大変だよね」と言えないのか。もっと言葉を吐き出させるように促さないのか。

自分の話ばかりすると嫌われるのは、男も同じ。相手の話に自分の意見を挟んだから話が続かなくなるに決まってる。

 

人は、自分が話した言葉で納得したり説得されるもの。ひたすら言葉を引き出してくれる場所は、安全な場所。安全な場所で自分が自己説得されるほど話を引き出してくれたら、信頼と感謝しかない。

 

自分の意見や評論をするなら、その後なんだよ。

ここが安全だと認識してもらった後は、議論や評論はとても冷静で知的なものになる。だから話が盛り上がって長話になる。話が楽しい。止まらなくなる。もっと話を聴きたくなるし、もっと話したくなる。結論なんかなくていい。いつも刺激があって、楽しくて。

 

ガキの頃、中年女性と続かない会話にげんなりしたあとで、女友達や彼女と朝までコーヒーとドーナツだけで喋りまくっていた夜は数えきれないほどある。そんな夜は細かくは覚えていないけれど、楽しくて、またあんな夜があったらなと今でも思う。

 

朝まで続く楽しい会話のあとは、一つの言葉で着地する。

「ありがとう。話を聴いてもらって感謝してるよ。いつも前向きにさせてくれてありがとう。」

世界がとても前向きなところに感じて幸せになる。

会話っていいなと思う、そんな夜。セックスよりずっと刺激的で、いい。

 

別に励ましてもらったわけじゃない。解決策が見つかったわけじゃない。話をとことん聞いてもらっただけのこと。安全な場所を作ってくれたことに感謝をするものなんだよね。

もちろん相手にも同じ場所を提供したいと強く思うようになる。話の聴き方を上手になろうと努力する。だから、その人と疎遠になってしまった後で新しい恋人と出会ったら、もっといい関係に出来るようになっている。

 

「あなたはきっと、昔の女性たちが話し上手の人ばかりだったのね」と、俺も何度も言われたりする。

 

人生に幸福感を感じるかどうかは、人との話し方、関わり方に大きく影響される。

幸せになりたかったら、他人の会話を最後まで聴く方が絶対に近道。そういう人には、話を最後まで聴いてくれる人が集まってくるよ。

 

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「印象」そして「評価」という呪縛

いつの頃からか分からないが、日本人は「他人から評価されてなんぼのシステム」の中で子供時代を過ごしている。

 

テストの点数の順位

徒競走の順位

部活の地区大会、県大会、全国大会

レギュラー、補欠

ミス〇〇高校、ミスター〇〇高校

誰が可愛い、誰がイケメン

などなど、比較されて、順位をつけられて、表彰されて鼻が高くなって、偏差値に一喜一憂して、親に期待されて、そんな風に10代を過ごしている。

 

そんな中で特に厄介なのは、人間性や印象のような、基準が曖昧なもので他人から評価を受けること。

 

「A君を見習え、彼は一時間も早くに部活に来て体育館の床のモップ掛けをしている。A君のような人が成功するんだ。」とか。

 

「B美はとても印象のいい女子だね。ふわっとして可愛くて一緒にいたいって思わせてくれる。愛されキャラって得だよね。君も見習ったら?」とか。

 

別に一時間も早く部活に行っても強くはならないし、印象なんて人それぞれの感性でしかない。それを見習ったり比較されたりする筋合いは、本来ない。

 

でも、こうやって有形無形のものすべての事柄に対して評価を受けるシステムが強固に構築されているなかで、ぎゅうぎゅう言いながら育つのが日本人なんだと思う。

 

そんな背景があるので、日本人の多くはアメリカ的な「サクセスストーリー」や「努力論」が好きだ。アメリカンドリームと聞くと無条件に興奮する人が多い。

 

努力して金銭的に成功する。ハードワークをして成功者となる。ウィナーになれルーザーになるな。目標を強く念じろ、目標を紙に書いて冷蔵庫に貼れ、欲しい家や車やライフスタイルを写真にして車の中に貼れ、努力努力努力。目指すはミリオネアと名声だ。

成功したら称賛と羨望を浴びるステージで、いかに自分が努力してきたのかという美談を自分で語る。やればできるよ、やらないお前は負け犬だよ。

 

そんな価値観ね。だからトランプ大統領に好印象を持つ日本人が多い。

 

アメリカ人で、某有名なDJがこんなことを言っていた。

SNSの役割は、自分が目指す成功者の姿を見て、俺もやるぞ!と毎日自分を鼓舞することだ、と。

 

そんなわけねえだろwwと突っ込みたくなったが、DJという、自由な姿を売りにしているはずの人でさえ、「評価を受け成功する」という価値観から1ミリもはみ出していないんだなと驚く。

また、それを言うことで「いいことを言うね」と好印象を持たれるのかもしれない。

 

まあ、アメリカンドリームはともかくとして。

 

日本人は好印象を受けたい、受けねばならない、やるからには上位に入りたい、入賞したい、という呪縛に苦しんでいるんじゃないかと思う。

 

俺も例外なくそうだった。

貧しい生い立ちなので、人より成功願望が強かったと思う。その成功とは、他人に勝ちたいとか評価を受けたいとか、そういう価値基準だったのは間違いない。俺もそういうシステムの中で育ったわけだから。当然、成功=他人に勝つ、になっていたわけ。

 

でもいろんなところで書いたが、そういうマインドを持っていると実は全く成功しない。

うまく行くときもあるけれど、すぐに落ちぶれる。うまく行ってる感じを見せるために、不正をしなければならなくなる。チヤホヤされることが目標にすり替わってしまう。だから実際は赤字なのにフルローンで高級車に乗るようになってしまう。

破滅はゆっくりと、確実に近づいてくる。

 

ご存知かもしれないが、俺は一度ホームレスになった。

 

俺が人生を取り戻すきっかけとなったのが、エロの商売だった。エロの仕事では俺は挫折を知らない。失敗したことが一度もない。

だからエロに天賦の才能があると自認していたし、今もそう思っているが、実はそうじゃないんじゃないかとある時気づいた。

 

ここ、大切なところなのでマーカーペンで印をつけてください。テストに出ます。

 

エロの仕事は、想像できる通り誰からも評価はされない。

感謝もされない。

順位もない。

人から馬鹿にされたり、反社会的勢力だと思われ避けられる。

いくらお金を稼いで納税をしても、誰も成功者とは認めない。

何より、印象が悪い。

交際している女性にさえ正体を明かせない。

 

こういう、自分が育つ中で培った価値観のポジションを全部裏ごしするような場所にいたから、うまくいったんだと思う。

 

そんな仕事で稼いだ大金を使って、いろんな人に貢献できている。ボランティアが出来ている。家族や仲間を支えている。不自由のない生活が出来ている。

感謝はさほどされないが、人に貢献できることを誇りに思っている。

 

つまりね、人からの印象や評価はもう捨てようよ、ってこと。

 

人から「いい印象」を受けるために努力するのではなく、

自分が「いい」と思う「印象」に素直に従い、自分を「いい」と思える「毎日の過ごし方」をすればいいわけです。

 

他人からの印象や評価は、自分を助けてくれないともういい加減分かったほうがいい。気づいたほうがいい。

順位や入賞や表彰は、何一つ自分の問題を解決してくれない。それどころか自分の問題をさらに深刻にしてしまう。

 

借金を返すためにフルコミの営業マンになったのに、順位と表彰式に惑わされ虚栄心のために不正と借金を重ね、しまいには違法行為で逮捕されるおっさんは沢山いる。

 

いい印象を持ってほしくて似合いもしない流行りの服を買い込み、そんな自分が嫌になって断捨離とか言い出す女性も沢山いる。

 

自分がいいと思える選択肢を選んだ方がいいと思う。

それが他人から印象が悪くても、笑われても、蔑まれても、自分の人生を立ち上げることが出来るならそれでいいと思うんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

感じるを信じない女たち

13歳の時、俺は強迫性障害を発症した。

 

初めはゆっくりとした変化だった。自分が横書きで日記を書いていると、頭の中で声がした。

「お前の人生は右肩下がりだな」と。

俺は小学校の高学年まで九九を言えず漢字もほどんど書けなかった。人が読めるような作文を書けるようになったのは六年生にもなってからだった。

だから文字は下手くそで、横に文字を書いていくと必ず右下がりになってしまう。罫線に沿って書くなんて意識していなかったから仕方がない。文字を並べることで精いっぱいだった。

 

その右下がりの文字が、まるで自分の人生の転落を象徴しているような気持ちがわき上がってきた。

怖かった。ただでさえ地獄のような生い立ちなのに、ここからさらにひどい目に遭ってしまいには死ぬのかと思うと怖くなった。

 

だから右上がりにわざと文字を書く癖がついた。癖というより意識的に、だね。罫線を無視して、斜め上方向20度くらいの角度で書く。

明らかにおかしい。教師も真面目に書けと怒った。なぜ斜めに書くのかと。

しかし斜め上に書かなければ自分の人生が終わってしまうのだから仕方ない。

 

症状はどんどん進行していった。

ある日、また頭の中に誰かの声がした。「午前0時に鏡を見ると、お前は鏡の中に吸い込まれ戻ってこれなくなる」

それが以上に怖くなり、俺は家の中の鏡を毎晩集め、机の上に置き、教科書やノートを上に乗せて鏡を隠した。鏡が見えると俺は危ない。そう思い込んだ。

鏡を0時に見なければいいのであって、0時0分1秒ならいいのだと自分のルールを作った。

 

同時期に、教師が冗談で語ったオカルト話がある。

肉体と魂は一本の糸で繋がれていて、夜に眠ると魂が肉体を離れ凧のように彷徨っている、その時に悪魔が糸を切ったら朝目覚めることはなく死んでいる、と。

教師がどんな文脈で語ったのかは覚えていないが、軽い怪談だったんだろう。しかし俺はそれが強迫観念として大きくなってしまい、夜眠る時には必ず帽子を被っていた。肉体と魂を繋ぐ糸は頭頂部で繋がっていると信じたからだ。

 

強迫観念はどんどんエスカレートし、俺の生活を支配していった。俺の毎日は儀式とルールでがんじがらめになった。

(後に東京に出てきて夜の仕事を始めた時も、駅から自宅までの歩数を正確に測って歩くようになっていた。何歩目で、右足で、このマンホールの蓋を踏まなければならないと思い込んでいた。)

この症状の典型の「止まらない手洗い」もあった。手は2時間以上も洗っていたり。

アキラ師となった今も、服を着る時の儀式は細かくある。クルーネックのニットやスウェットは、左腕から通さなければならない。次に右。

そう、「右上がり」でなければならないからだ。13歳の時の儀式とルールは今も少しだけ続いている。

 

俺のこの症状の深刻さに気づいたのは、1人だけだった。ほかの女性は気づいていたとは思うが何かの冗談だと考えていたと思う。

 

強迫性障害のきっかけとなるのは「幼稚な不安感」だ。

ありえないことを信じて不安になる。

幼稚な不安感を払拭するために幼稚な儀式を繰り返す。払拭できないので血が出るほど手を洗うし、鍵をかけ忘れていないか確認する。

 

幼稚な儀式を繰り返したあとは、ひどい疲労感と徒労感と情けなさに打ちひしがれる。

 

後年、風俗嬢たちのボスとなったとき、強迫性障害を持つ子が予想以上に多いことに気づいた。

手を洗う女が沢山いるという意味ではない。強迫性障害と同じプロセスの感覚を持つ子が沢山いたということだ。

 

強迫行動は三つの特徴に集約されると思う。

 

・曖昧さを許さない

・感じるを信じない

・基準が崩壊している

 

不安を不安のままに、複雑さを複雑さのままに、理不尽さを理不尽のままに、屈辱を屈辱のままに、事実を事実のままに、誤解を誤解のままに、曖昧さを曖昧のままに棚の上に置くことができない。

 

鍵はしまってるよね、手は綺麗になったよね、これはオカルト話だよね、これは妄想だよね、こんな儀式には意味がないよね、と必ず「感じている」のに、その「感じているを信じない」

 

もう二時間も手を洗っているよと自分で考えている時、「二時間」を認識する「時間感覚」が崩壊している。グリニッジ標準時という人類が決めた基準を一切無視するようになる。二時間という時間が、自分にとっては何の意味も持たなくなる。

 

この感覚のプロセスを丁寧に踏んでしまう。

 

そうすると若い女の子は例外なく全員、衝動性の権家のように振る舞い始める。

 

衝動で風俗嬢をやってしまう。金に困っているわけでもないのに風俗をやりはじめる。自分でのこのこ歩いて面接にやってくる。

友達が怪訝な顔をするようなろくでもない彼氏と付き合う。彼の犯罪に加担する。麻薬や盗み、ツツモタセなどを一緒にやりはじめる。勢いで妊娠する。勢いで結婚する。子供を虐待して逮捕される。店でひどいクレーマーになって店員に殴られる。同じ事務所の特定の子に敵意を剥き出しにして喧嘩をする。

 

急ぐように、慌てるように、崩れていく地面から逃れるように、全力で走るように衝動的に生きる。その衝動性は止まらない。

もちろん全員が人生をうまくやれない。一つもいいことが起きない。

 

曖昧さを許せないから、言わなくてもいいことを言って彼氏に殴られたり、友達がいなくなったりする。

感じることを信じないから、一度彼氏や友達が嫌いになると自分が被害者だと思い込むようになる。

基準が崩壊するから、ルールや法律が守れなくなって自己破産をしたり逮捕されたりする。

 

結局友達がいなくなる。一人で生きづらそうに生きている。

 

彼女たちの崩壊のスタートは、「幼稚な不安感」だ。

俺が、脳と魂が糸で繋がっていると信じ怖くなったような、幼稚な不安感をまともに信じてしまうことが強迫的な衝動と崩壊に繋がっていく。

 

もしも・・・が枕詞につく幼稚な不安を抱えている。

 

もしもこのまま底辺な人生だったら

もしもこのまま風俗嬢のまま死んだら

もしも彼氏が浮気したら

もしも車を運転している時にきづかないうちに人を轢き殺していたら

もしも

もしも、もしも、もしも

 

もしもの話が衝動に繋がってしまう。このぶっ飛び方は健常者には理解できないだろう。

 

衝動と強迫性障害の儀式は別物のようでいて、根本のプロセスは同じ。

 

そんな風俗嬢に質問する。「おまえさ、中学生のとき、変な儀式とかあった?」

 

すると多かれ少なかれあると答えるんだよね。

 

強迫性障害によって手を洗いすぎるのは、それほど大変なことではない。いずれ止められる。

でもそれがオブセッションとなって形を変えた時、人生はバラバラになるまでスピードを上げていく錆びた衝動機関車になってしまう。